死せる魂 下 (岩波文庫 赤605-6)

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  • 岩波書店 (1977年7月18日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (254ページ) / ISBN・EAN: 9784003260562

感想・レビュー・書評

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  • 賄賂が横行する役所、横暴な地主、…など荒んだロシア社会を、死んだ農奴を買い取るために地主たちを巡る詐欺師チチコフを通して描いた、風刺の効いた滑稽な物語。後半の欠落した章もあるが、エンディングは感動した。
    チチコフは窮地を助けられ心を入れ替えますが、その後の行動が俗物的で印象に残ります。チチコフ、セリファン(御者)、ペトルーシカ(従者)の掛け合いも、馬車を引く馬も、よかったです。

  • チチコフの遍歴がようやく終わりを遂げる
    場所は移り、明示的に農奴の購入をする場面は無くなったが、引き続き購入はしていたらしい

    ゴーゴリの初期の構想、ダンテの『神曲』に準えるということから、本巻収録の第二部は「煉獄編」に当たり、ロシア人の善性が描き出されることとなる
    自身ののらくらさや惰性を悪いとは思いつつも変えられない人々が善に傾く様子が描かれる
    その転換からはチチコフも逃れること能わず、新たに手を出した詐欺の発覚を皮切りにこれまでの悪行が司直に暴かれる
    一度見逃されていたチチコフは、今度こそダメだと絶望のどん底に陥るが、そこに救いの手が差し伸べられる。

    当時のロシア文学らしく救いの手段はキリスト教的なものだが、心変わりする瞬間の描写は非常にドラスティックで、読んでいる私の心も揺るがすほどだった

    単に善人の手によってのみ救われるというわけでなく、やくざ者の手も借りつつ改心を達成するというのがリアリスティックだった

    続きが欠落しているというのは残念だが、遺された部分まででも十分作品として完成しており、読む価値はあると思う

    「もう死んだ農奴のことなどは考えないで、あんた自身の生きた魂のことを考え、いさぎよく別な道をとってお進みなさい!」

  • このドタバタが、やっと終わった!という感じ。
    第一部ではからだの丸い謎の男チーチコフが一癖も二癖もある貴族たちのもとを飛び回り、彼らに取引を持ちかける。

    その取引というのが、事実死んではいるけれど書類上まだ死んだことになっていない農奴(役所の負荷を減らすために死亡登記は年一回とかだったらしい)を安く、あるいは無料で引き受けようというもの。

    心よく無料でさしだす者もあれば、死んだ農奴の相場がいくらか・騙されたのではないかと猜疑心にとらわれる者、生前の農奴の特徴や長所を強調して値段をふっかける者、なんだかよくわからないがとにかく賭けがしたくてたまらない者……などなど。
    まるでダンテの地獄篇のようでありながら、作者はこれらの者たちがまったくもってロシア的、驚くべきほどロシア的であることを強調してみせる。

    プーシキンは農奴が、しかも死んだ農奴が、物のように扱われるのを見て「ロシアはなんて憐れな国だろう!」と嘆かれたそうだ。

    さて第二部はというと、これは作者がその一部を暖炉に放り込んで焼いてしまった……まあそのくらい苦心惨憺して書かれたものらしい。
    ゴーゴリは「死せる魂」を三部構成の小説、ダンテの「神曲」のように魂の浄化・救いのようなものが書きたかったらしいのだが、これは見事に失敗している。ナボコフもこの第二部はてんで相手にしていない。

    ゴーゴリはとにかく細部にこだわった。愚劣さ低俗さ、それからロシアの自然の美しさの細部に…。
    しかしどうだろう。数日たったらこの小説の内容はてんで覚えていなさそうである。掛け合いは確かにおもしろい……しかし惜しむらくは、古めかしい日本語訳のために内容の軽妙さと語のあいだにギャップができてしまってることだろう。

    小島信夫の解説からの以下抜粋。

    〈美しさといったものなら、細かに書かないで、むしろ文章を節約して思い浮かべる方がよい。だが愚劣さは、微細に書くに限るのである。〉

    〈極端にいうとリアリストというものにはテーマはない。それにテーマがつくのは、作者が進んで何かをいわんとするときである。そのとき本当のリアリストになるわけである。デテイルに酔うあまり、ゴーゴリはいわんとすることより、低俗さそのものが面白かった。プーシキンは、ある意味ではゴーゴリの奥底にある「いわんとするもの」をゴーゴリよりよく知っていたともいえる。〉

  • 神曲における煉獄編にあたる第二部には、理想的な地主であるコスタンジョーグロが登場し、チチコフに地主としての成功を夢見させる。所領を売りたがっているフロブーエフのところを紹介され、土地の為の金を借りる算段も付いた。
    あたりから原稿が抜け始める。うーん、勿体無い。
    第…章とされる終章では、告発されたチチコフが牢に放り込まれ、ムラーゾフに後悔を告白する。ムラーゾフは酌量条件に改悛を求め、チチコフはそれを誓う。チチコフの弁護士や悪友の奔走によりチチコフを投獄していた公爵も自ら罪があることを言われ、考えを改める。チチコフは釈放され出発する。公爵がみなを集め演説する途中で物語は終わる。
    ここにどのようなメッセージが込められていたのか、気になる。
    でも物語全体を通じてとても楽しい読書だった。ロシアという独特の雰囲気、ロシア文学、なんでこんなに可笑しみがあるのかなあ。滑稽で、悲劇的で、哀しくて、笑っちゃう痛ましさ。なんだろうこの面白さは。キャラクターの立ち方かもしれない。みんな利己的な腹立たしい面はあるけど、結局愛すべき人間ばかりです。そういう人間世界の普遍性かもしれない。

  • 第2部は第4章までで後は第…章になっている。完成していた現行をゴーゴリが死の直前に暖炉に放り込んで燃やしてしまったせいらしい。所々抜けている箇所があって話が飛んでしまっているのも残念。結局チチコフは途中で念願を叶えたらしいがそれも失ってしまい最後はアイデンティティを喪失して去っていく。各地を地主を訪ねて遍歴していくところや地主の屋敷でイベントが起こる箇所などはナボコフも言っているようにドンキホーテの影をみることができる。当初は神曲のような構成にしたかったらしいが煉獄篇で終わってしまった感じ。地主は贅沢や賭博にうつつを抜かし、農奴は飲み屋に入り浸り、役人は賄賂で私腹を肥やすことしか考えないというロシアの現実をリアリズムで描いた作品だった。

  • 再読。当時のロシアを風刺した作品ではありますが、笑っちゃうほど普遍的。そして、どうしようもなく愚かしい人達がたまらなく魅力的に描かれていて、これぞ純文学と呼ぶべきものかと。

  • スコットランド、エジンバラなどを舞台とした作品です。

  • 抜けているページが多すぎて、なんだかがっかり。面白いのに…!!

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