罪と罰 上 (岩波文庫 赤613-5)

  • 岩波書店 (1999年11月16日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (430ページ) / ISBN・EAN: 9784003261354

AIがまとめたこの本の要点

プレミアム

みんなの感想まとめ

人が罪を犯す理由や、その罪を背負いながらどのように生きるのかを深く考察した作品で、主人公の心理描写が非常にリアルに描かれています。特に、犯罪を犯す瞬間の軽率さや、判断力の喪失といったテーマが印象的で、...

感想・レビュー・書評

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  • 私にとって初のドストエフスキー。今までずっと興味を抱きながらも敬遠してきた理由は、ひとえに先入観である。まずドストエフスキーという名前からして威圧的であり、さらに『虐げられた人びと』『罪と罰』『悪霊』などの陰鬱なタイトルによって読む前から心が重ーくなり、半端な覚悟で読もうものなら心の奈落に叩き落されそうな気がして、つい腰がひけてしまっていた。しかも作者の顔写真を見れば、人類の苦悩を一身に背負ったような険しい表情で、軽い気持ちで読もうとすれば「出直してくるがよい、無学者!」とあの世から一喝されそうで何だかコワくて手が出せなかったのである。

    しかし、近代小説の極みとまで言われる傑作群を読まずに一生を終えてしまうのはあまりに勿体ないと急に思い立った。別に余命いくばくもない状況になったわけではないが、人生いつ何が起きるか分からない。今年も無事に年を越せた幸運に感謝するついでに、いつ何が起きても後悔しないよう、ここらで頑張って気になっていた作品を少しずつ、よくわからなくてもいいから読んでいこうと唐突に思ったのだ。それでとりあえず、もっとも気になっていた本作品から読んでみることにしたのである。

    結論は、読んでみて正解だった。「重厚長大で難解、素人には理解不能の超高尚な哲学的大作」という先入観は見事に覆された。正確には、高尚な哲学的大作には違いないのだが、ありがたいことに哲学的な部分を抜きにしても純粋にエンターテイメントとして読んでいけるほど、物語として面白いのだ。文章も思ったほど難解ではなく、ストーリーを追うだけなら高校生でも可能だろう。少なくとも近代日本の私小説に比べればはるかにリーダブルだというのが私の印象だ。

    上巻は総じて、中・下巻のための前ふりという感じ。正直なところ最初の100ページほどは、読者は忍耐が必要かもしれない。ひたすら主人公・ラスコーリニコフ青年のモノローグによる自問自答が繰り返され、本筋とは一見無関係の(しかし実は必要不可欠な伏線である)エピソードが続くからだ。

    しかし、「ひとつのちっぽけな犯罪は数千の善行によってつぐなえないものだろうか?」という、物語の根幹をなす重要テーマのひとつが提示されると、物語は本格的に動き始める。そして最初のクライマックスである老婆殺害が遂行されると、主人公の苦悩の日々が始まり、警官とのやりとりや近代主義的哲学談義など幾つかの小さな山場を経て、聖なる娼婦・ソーニャとの運命的出会いによって上巻は終わる。全体として上巻はやや冗長に感じられるかもしれないが、これはすべて中巻以降に次々と繰り出される熱狂的クライマックスのために必要な伏線なので、ぜひとも頑張って読破したい。

    ともあれ、あえて強引にまとめてしまうと、これは読者にとって非常にコスト・パフォーマンスの良い作品だと言える。ほとんど推理小説のノリで楽しめるにも関わらず、読了後には「ドストエフスキー、読んじゃったもんね~」という優越感(?)に浸れるのだ。しかも意外なことに、読後感は決して悪くない。下巻のネタバレになってしまうが、バッドエンドだろうという予想に反して、エピローグは主人公の魂の救済を予感させる美しいエピソードで締めくくられているのだ。いかめしい名前と顔に反して、ドストエフスキーは意外とサービス精神旺盛な作家だったのかもしれない。「サービスではない、深遠な思索と人間性の追求による帰結だ!」と、それこそあの世から怒声が聞こえてきそうだが、読んでいて本当に楽しかったのは事実なのであるから、ご寛恕願いたいものである。

  • なぜ人は罪を犯すのか、それを背負ったままどのように生きているのかの一つの回答が得られそうだなと思った。

    「なぜほとんどの犯人がその痕跡をああも明瞭に残していくのだろうか?(中略)犯罪者自身が、それもほとんどすべての犯罪者が、犯行の瞬間にら意志と判断力の一種の喪失状態におちいり、そればかりか、判断力と慎重さがもっとも必要になるまさしくその瞬間に、めったにない子どものような軽率さにとりつかれる。」150

    「彼の判断力と意志は、その目論見を実行していく全過程を通じて、いささかもくもらされることがない、と決めこんでしまった。その理由はただひとつ、彼の目論見が「犯罪ではない」からである...」150

    犯罪は簡単に露見するが、目的が「犯罪ではない」ため簡単には露見しない。そのため、犯罪を犯してもよい。そんな理屈が主人公にはあるように感じた。

    老婆を殺害する描写は非常に美しく、まさに目の前で繰り広げられているように感じた。この描写はとても好み。

  • 「罪と罰を読まない」本から、実際に著者らも読まないから読むにシフトチェンジした所で私も読み始めました。
    以前に読んだカラマーゾフの兄弟(亀山郁夫訳)よりずっと読みやすい印象なのは、内容のせいなのかはたまた翻訳者との相性なのか。。
    上巻ではラスコーリニコフのどーしょもない生活っぷりが惜しみなく披露されている。実際の「とある事象」の描写に関してはかなり生々しく、実際にこういう心情になるものなのではという狂気に近い凄みもあり圧巻。その後のラスコーリニコフの様子もほんとになんというかウザいし、ラズミーヒンのしつこさもこれまた実にウザく、ウザさの波状攻撃が続く。

    現代ならあっというまにしょっぴかれるような始末だとは思いますが。
    (中)に進もうと思います。

  • 殺人を犯した主人公が自首するまでの物語。長い。あとロシアの名前ややこしすぎ。登場人物欄を都度確認しながら読むほかない。途中まで中村白葉訳のほうを読んでたんだけど、難解すぎて読み終えることなく返却期限が来てしまったので、途中から江川卓訳に切り替えたらあまりにもスラスラと読めてしまうので拍子抜けした。
    時代もかなり影響してるとは思うけど、訳によってこんなにも受け取り方が変わるのなら、外国文学ってわりと翻訳者ゲーなところあるなと思ったり、思わなかったり。
    そんなことはどうでもよくて、とにかくどえらい本を読んじゃった⋯という気分にさせられた。解説で、《社会小説としても、推理小説としても、恋愛小説としても、思想小説としてもいかようにも読むことができる》と説明されていたが、これは本当にそうで、この小説をどのように捉えるか、この小説から何を得るかは個人の趣味嗜好に委ねられているように思う。
    主人公の言動は側からみると異常そのものなんだけど、小説の中で語られる主人公の複雑な心理描写にはかなり共感するところもあって、それが恐ろしくもあり嬉しくもあった。自分はそんなことはしないだろうと、というかそんな考えすらつゆほども浮かんだことはないけど、もしかすると人を殺めてしまうとき、人はこうした思考の過程を踏むのかもしれないと感じた。それくらい心理描写がリアルだったし、ドストエフスキーは過去に人を殺したことがあるのではと思うくらいだった。怖。ところどころに現れる登場人物たちによる常軌を逸した思想。怖怖怖!でも最高に面白かった。つねにハラハラドキドキだったし、読みながら「わっ!」とか「え!?」とか言っちゃった。
    この小説の背景を知っていればもっと理解も深まるんだろうなあと思う。もっと教養を身に付けてから読み返したい。そんな日が来るかは分からんが..。

  • これはわたしが大好きな図書館である茨城の西部図書館で、ソファにもたれながら、少しずつがんばって、がんばって読んだら、中盤から面白くなって、読了して、ドストエフスキーす、凄い、GOD
    って思った作品。

    ただ殺したかった

    このシーンを読んで強烈なインパクト、衝撃を受けたその時の自分、それを読んでいた場所まで、思い出すほどのインパクトを私に残した今のところ唯一の作品。

  • 『あれはどこで?』ラスコーリニコフは先へ歩きながら考えた。『どこで読んだんだっけ?なんでも死刑を宣告された男が、死の一時間前に言ったとか、考えたとかいうんだった。もしどこか高い岩壁の上で、それも、やっと二本の足で立てるくらいの狭い場所で、絶望と、大洋と、永遠の闇と、永遠の孤独と、永遠の嵐に囲まれて生きなければならないとしても、そして、その一アルシン四方の場所に一生涯、千年も万年も、永久に立ち続けなければならないとしても、それでも、いま死んでしまうよりは、そうやって生きた方がいい、というんだった。なんとか生きていたい、生きて、生きていたい!どんな生き方でもいいから、生きていたい!……なんという真実だろう!ああ、なんという真実の声だろう!人間は卑劣な存在だ!だが、だからといって、人間を卑劣と呼ぶやつも、やはり卑劣なんだ』一分ほどしてから、彼はこうつけ加えた。

    何度読んでも震える、何度でも読む

  • まだ上巻しか読んでいませんが…。
    登場人物の台詞が、ひたすら長い。
    苦学生の苦悶は、彼をどこに導くのだろう?

  • 最初のページから主人公のラスコーリニコフ
    の背負う鬱蒼とした混沌が本の中から
    滲み出てくる様である。
    狭く重苦しい屋根裏部屋とソファにうずくまる
    ラスコーリニコフを目の前で自分が
    見ている様で息苦しさを感じるリアルがある。
    ラスコーリニコフの気分の上下の先には
    何が潜んでいるのか此方も彼の背後に
    こっそりと潜み付いていくしか無い。
    そして老婆を殺戮する場面に遭遇し
    そこだけはハッキリと彼の姿が見えるのだ。
    そこからまた霧の様に彼の思考は途切れ
    次に何が彼の心の衝動が起きるのか
    背後で見守って行きたい。

  • 罪を犯した後の生々しい感覚や自己嫌悪の感情が緊迫的に描かれていてすごい。ページを捲る手がどうにも止まらない。人物たちの話が現代にも繋がる感覚があるため、読んでいる途中一旦自分でそのことについて考えを巡らせる時間が発生する。これが最高すぎる。読書であり何かを考える時間。

    ラズミーヒンいい奴。ラスコーリニコフ、苦手な性格と思いきやなんだかんだおもしろくまさしく人間という感じ。酔っ払った女性が男にあとをつけられていて助けようとするも突然「どうにでもなっちまえ」的な感じで急に無関心になるところが何故か印象に残った、どういう思考回路、、?
    ラスコーリニコフってすごいハムレットじゃんと思った。

  • 罪を犯したあとの心理描写はリアル。ただ、キリスト教の強い背景で描かれているため、日本とかなり価値観は違いそう。

  • ・頭脳明晰な貧困大学生が、強欲な金貸老婆とその妹を殺害。
    ・一つの罪も100の善行で許される、といった主人公の独自の犯罪思想を展開
    ・しかし罪の意識や罪悪感に苛まれる
    ・娼婦のソーシャと出会い、彼女の家族のための自己犠牲に心を動かされる
    ・最後は自首し、殺人という最悪な犯罪を犯しながら、人間回復に努めていくストーリー

  • 初めて読んだドストエフスキー作品です。ヒロインとその言葉が光っていたと思います。

  • 古典にチャレンジ。本で読もうと思うと重い腰が上がらないが、その点、オーディオブックは良い。名前がわかりにくいから、誰だっけ?とはなるものの、それなりにストーリーの筋は追えるし、主人公の視点で描かれていく心理描写の圧がすごい。意外と、中巻、下巻も聴き進められそうだ。

  • 自分がこの小説を理解しきれてないのか、それとも、理解しきれないような内容ということで理解していいのか不安はあるが、難解な中にも、スリルや共感するような個所もあるので、それなりに楽しく読めた。
    主人公のラスコーリニコフの思想は、かなりあっちへいき、こっちへ戻りとするので、一気に読み進めないと疲れてしまうかも。
    全三冊

  • 自分は非凡だと確信している青年が、その非凡さ故に金貸しの

    ああもう無理だ。面倒だ。
    要するに馬鹿が金貸しババァの頭を斧でかち割って、勝手に怯え続けるだけの話だよ。

    古典として読んでおくと色々と他のお話を読む、観るにあたり
    良い予備知識となるし
    ロシア人ってのは寒くて薄暗い部屋の中でじっとしてるからこんな鬱々としてひたすらに長ったらしい文章を思い付くんだよ
    っつーか何よあの言語形態。長ったらしい上に書き辛くてボフボフ何云ってんだがわかんない言語。
    そんな生活してっからそんな言葉思い付くんだよとか思ったり
    あー夏目漱石とか、こういうのの影響受けまくってたりするんじゃね?
    っていうか、この当時の翻訳家ってこういう翻訳が流行ってたんかなーとか

    まぁ、死ぬ迄に暇すぎて仕方がないなら読んでおくべき本だとは思います。
    はい。

    大体だな
    良い年をした大人が罪だの罰だの罪だの罰だの!

    宇宙海賊コブラは「(神について)罪なんて詰まらんもんを生み出した奴さ」つってんだ
    ンなもん感じてんじゃネーよ。
    大体その二つは道徳と倫理とかいう
    「それが有る事で過去から現在まで唯の一人でも幸せに成った事あるんかね?」
    ってわけわかんねー人間の精神を苦しめるだけの毒を後生大事にs

  • 重くて読み辛そうだと敬遠していたが、高校生のとき手に取ったら意外と読みやすかった。
    考えながらもつい、読み進めてしまう、そんな一冊。
    【熊本学園大学:P.N.モコ】

  • 私を読書好きにしてくれた、運命の一作。
    江川卓のヘタレクンな訳がスキ!

  • 作品情報
    タイトル:罪と罰

    著者:フョードル・ドストエフスキー

    形式:Audible(7割)+書籍(3割)

    かかった時間:約27時間

    読みやすさ:★★☆☆☆

    罪と罰 (上)/ドストエフスキー, 江川 卓|岩波文庫 - 岩波書店
    罪と罰 (中)/ドストエフスキー, 江川 卓|岩波文庫 - 岩波書店
    罪と罰 (下)/ドストエフスキー, 江川 卓|岩波文庫 - 岩波書店
    Audible版『罪と罰 上 』 | ドストエフスキー | Audible.co.jp

    読み方に関する振り返り
    Audibleと書籍を併用。Audibleはハードルを下げてくれた一方、登場人物の名前が入り組んでおり、メモが取れないのは痛かった。飛行機や移動時間ではAudibleが便利だったが、重要な場面では文字で読んだ方が頭に残った。

    感想
    忌憚なく意見を言ってしまうと、長すぎます!(笑)
    前半をやっと乗り越えたと思ったら、後半も停滞するところが多く、読むのが大変でした...。正直ドーパミン中毒現代人にとっては苦行。

    また、キャラクターで好きになれる人がほとんどいないのも辛いところ。だいたい貧困が影響して、もしくは生来的に性根が曲がっている。また、出てくる女性が現代的なあり方とはかなりかけ離れた、可憐で純潔で弱々しい女性が多く、そこの点も感情移入がしづらかった。

    上記のせいで8割ぐらいはイライラしながら読んでいたが、それでも読む価値はあったと思う。主題が「殺人は正義のもとで正当化されうるか?」と言う根源的なものでもあり、復活や救い、愛といったキリスト教のテーマも加えながら、アンサーを返していく様は神聖で神々しく圧倒される。日本の文学と比較して、常に神という絶対的な存在が人間の中にいるので、なんだか悩みのスケールが大きいように感じる。

    このように様々なテーマがおり合わさっているわけだが、自分が最も刺さったテーマは「英雄になれない非凡人である''シラミ''はシラミなりに日々どう生きていけるのか」である。この物語にはナポレオン的英雄は一切出てこない。むしろ、英雄譚にすら出てこないモブキャラたち、もっと言うと底辺の人間が多い。非英雄である(そしてなれるわけもない)という現実を受け止め、いかに生きていけるか、そんなことも描かれていたように感じる。このどうにもならない英雄への距離への恨めしさ、やるせなさ、腹立たしさは凡人の私にとって痛いほど頷ける。

    ロシア文学のなんとも言えない陰鬱さ、社会の停滞を感じられるのも面白い。目に浮かぶ情景が全部薄暗く影が濃い....。寒いもんね...。しかし、スターターとしてはあまりに重いので、他の作品でも良いと思う。

    カラマーゾフの兄弟はこれより長いらしく、今のところもう挑戦したくないという気持ち、、。トルストイの戦争と平和も読みたいが、この鬱々した雰囲気はちょっとなぁと引け目を感じる。。。

    感想 ネタバレあり
    ①圧倒の救済シーン

    正直、ほとんどうんざりしていて、楽しめなかった。ある一場面を除いて。

    それは、ソーニャに罪を告白するシーンで、救いを受けるシーンだ。

    とふいに、ソーニャに対する刺すような怪しい憎悪の念が、思いがけなく彼の心を走り流れた。彼はこの感情にわれながら驚きおびえたように、とつぜん頭を上げて、彼女の顔をひたとみつめた。けれども彼は、自分の上にそそがれている不安げな、悩ましいほど心づかいにみちた彼女の視線に出会った。そこには愛があった。彼の憎悪は幻のごとく消え失せた。あれはそうではなかった。ある一つの感情をほかのものと取り違えたのだ。それはつまり、あの瞬間が来たことを意味したにすぎないのだ。

    フョードル・ドストエフスキー(著)、工藤精一郎(訳)『罪と罰』岩波文庫、1955-1957年
    これをAudibleで聴いた時、私の目の前にも何か啓示が降りてきたような気がした。文章力天才すぎる。(読み手の方もすごい!)この繊細でドラマチックな表現をズーーーっと続けてるもんだから、冗長に感じるんだろう。でもこのような重要な場面では、最高にこの表現力が際立って、思わずニヤニヤした。

    ひたすら3章も選民思想を語ってき、弱者にも注がれるその愛に、主人公にかなり大きな天変地異が起こる瞬間。私も召された気がする。

    ②貧困は他人への想像力を狭める

    この作品では、貧しい人々の体験することを追体験できる点も価値があると思う。そして、彼らがどんな場所に住み、街を人をどのように感じ、そしていかに殺人を決心するのか。彼らが犯罪に手を染めるまでの心の動きまでもうんざりするほど追体験できるのだ。

    最近では、若者や外国人による殺人強盗のケースも増えている。どうせ捕まる可能性が高いのに、そこまで大きくない額のために、人まで殺すなんて...と全く不可思議に感じてしまう部分もある。しかし、この本を読むと、貧困というのはいかに他人への想像力を狭めるのかが分かる。

    狭い部屋に横たわる。今日食べるご飯もない。お金を借りに物品を渡しに行ったら貶される。遠くに住む母と妹は自分の状況を露知らず、可愛い妹は自分のために男に一生身を捧げる。

    こんな状況だったら、誰でも人生が嫌になってしまうだろうし、誰かを尊重するなんてもってのほかだ。(主人公は元々選民思想が強いので、生来全ての人を尊重することはできなかっただろうが)

    ③奇妙な罪の感じ方

    主人公の罪の捉え方は、きわめて独特である。
    彼の中には二種類の犯罪がある。第一は社会的に定義される犯罪、第二は自己認知に基づく犯罪である。後者は両親や自分の倫理観との照らし合わせによって判断される。

    社会的な犯罪に関して主人公は、「犯罪とは何をしたかではなく、誰がしたかで決まる」と理解している。権力者の行為は犯罪として裁かれず、弱者の行為だけが犯罪とされる。戦勝国の戦争犯罪が不問にされることを例に挙げれば、この発想は十分に理解できる。主人公はこの論理を根拠に、自らの犯罪を正当化しようとした。自分が強者となれば、その行為も正当化されると信じたのである。

    しかし、実際には彼は「強者」にはなれなかった。そのため、行為は罪として自分に跳ね返り、彼は後悔することになる。「自分が弱かったから反省せざるを得なかった」という発想は清々しいほどまで正直だが、同時に人間の普遍的な倫理観を欠落させた、どこか空虚な結論でもある。

    ④なぜここまで自意識が高いのか

    主人公に関して特に不可解なのは、彼がなぜこれほどまでに「自分は特別な存在だ」と思い込めたのか、という点である。彼は多少は聡明であるものの、決して天才ではなく、怠惰な一面も見せる。それにもかかわらず、「一度の殺人で得られる金によって偉大な人物になれる」と信じ込めたのはなぜか。

    一つの理由は、彼が田舎で育ち、他者との交流をほとんど持たなかったことにあるだろう。優れた人々と出会う機会が少なかったため、相対的に自分を過大評価してしまった可能性がある。狭い世界の中で、自分を「こちら側の人間」、すなわち偉大な存在に近い者だと錯覚していたのではないか。
    それにしてもなお、その過剰な自意識の高さは不思議であり、読者に強い違和感を残す。

    さいごに
    大学生が主人公の本作を同じ大学生の時期に読めたことは貴重な経験だと感じる。太宰治にも通じるが、若さゆえの過剰な思想やロマンチシズムは、老齢になってからでは手に余るように感じる。だからこそ今、この時期に出会えた意味は大きい。読んだ価値は十分にあった。

  • 900-Do-1

  • いつかは読んでみたい!と思ってた一冊。でも上・中・下とあるなんてー!
    まず名前が難しい〜。相関図を書きながらなんとか(上)完了。ラスコーリニコフにも周りの人にも、なかなか共感は難しく、なんとか理解しようとしてるけど、なぜこんなにズケズケと言えるのか、なぜ思いやってあげれないのか、時代なのか、お国なのか、違和感バリバリだったー。

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著者プロフィール

1955年5月25日、福島県いわき市に生まれる。高校時代(栃木県作新学院)にノーヒットノーラン12回、145回無失点など数々の記録を達成し注目を集める。法政大学時代は1年生からエースとなり、在学中六大学4連覇を達成。歴代最多記録の17完封、歴代2位の通算47勝をマーク。1979年、巨人入団。在籍9年間で、MVP1回、 最多勝2回、防御率1位1回。1987年の現役引退以降は野球解説者として活動する。2022年に開設したYouTubeチャンネル「江川卓のたかされ」はすでに登録者数が22万人を超えている。

「2023年 『巨人論』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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