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Amazon.co.jp ・本 (160ページ) / ISBN・EAN: 9784003262214
みんなの感想まとめ
登場人物たちの複雑な恋愛模様が描かれたこの作品は、報われない感情や自己中心的な思考が交錯する中で、悲劇的な要素と喜劇的な要素が巧みに融合しています。特に、女性キャラクターの強さが印象的で、男性たちの悲...
感想・レビュー・書評
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話しとしては、登場人物たちの報われない恋愛模様がもどかしいですね。誰もが満たされない鬱屈した悩みを抱えている。チェーホフは、これは喜劇だと言っていたらしいですが、この恋愛模様が巧みに描かれていることが、話し的には悲劇なのに喜劇的要素を与えています。登場人物は、自己中な人たちばかりだし……ただ、タイトルの『かもめ』の女性の強さには関心しました。まるで悲劇と言われる行動を起こす男性と対称的な、前向きなところがとても印象的でした。
ところで、この演劇、第二幕の後半がいいですね。チェーホフの作家論が、登場人物である作家のセリフを借りて語られているところ。ただし、チェーホフは自分を卑下しすぎてる気はしましたけどね。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
四幕の戯曲で、さほど厚くない本だが、少しずつ読み進める。一人一人の台詞は短いし、次々登場するので、最初は「えっと、コイツ誰だっけ?」登場人物のページを何度も見直す。
様々の恋が織りなす人生模様とカバーの裏にあるが、誰もが自分勝手だと思う。
一番違和感を感じたのは、アルカージナかな。息子を愛しているというけれど、無理解だし、女優なので衣装にお金がかかると、息子にはろくに服を買い与えない。
登場人物の誰にも感情移入が出来ないけれど、不思議な感触がある。
そして終幕。正直、息を飲んだ。
生の舞台を観たくなった。
「私はカモメ」って女性宇宙飛行士、テレシコワの科白と思っていたけど、元ネタがあったんだ。 -
新たな劇に模索するトレープレフ
女優になりたいニーナ
2人はカモメのように自由に生きていきたいと願うが…
別れてから2年後2人は再会する -
登場人物の誰にも感情を寄せることができない、というのが第一印象。
解説を読むと、それがチェーホフの作家としての進歩だったらしい。
確かに距離を持って眺めると、彼らの愛憎や煩悶は何が悪で何が善なのか切り分けることのできない現実を指し示しているように思えた。
そこにはただ結束しない個人の意図が横溢している。孤独が。 -
図書館で借りた。
健康診断の合間の時間つぶしのために、薄めの文庫から選択。ロシア文学だ。
薄いながら、作品の独特な雰囲気は凄い伝わってくる不思議な感じ。あまり深く読めなかったけど。 -
研ナオコさんの唄う「かもめはかもめ」(中島みゆきさん作詞作曲)は、このチェーホフの戯曲が何処かにあって生まれたのだろうか。
唄を知っていたせいか、読んだ感想に歌のイメージが被る。ドールンが感じるトレープレフの作品の印象と、かもめと、ニーナの背景に、日本海のようなブルーグレーの印象が残る。ウルフの「波」に似た、ひんやりした、透明な、美しき侘しさ。 -
戯曲である。津村の読み直し世界文学の1冊。こうした脚本を読むよりも演劇を見た方がいいが、古いので上演されなくなったのかもしれない。野田秀樹の早口ですすんでいく現代劇よりもこうした古典劇を何回も上演した方がいいのではないか。
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ただただ侘しい。
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登場人物がみな生き生きとしている。そしてそれぞれの物語がある。
ニーナに注目すると悲劇にも喜劇にも読めて不思議な味わい。 -
内容はよく分かりませんでしたが、劇中の雰囲気は好きです。
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“かもめのように湖が好きで、仕合わせで、かもめのように自由だった。ところが、そこにたまたま男がやってきて、彼女を見そめ、退屈まぎれにその娘を破滅させる”
これは、戯曲『かもめ』の登場人物である小説家の言葉。その小説家は、チェーホフ自身のようだ。なぜなら、それがこの戯曲のテーマであり、ここで作品の手の内を明かしているならだ。
トレープレフとニーナという若い男女は、互いに惹かれていた。
ところが、片方の愛が先に冷めてしまう。
他に好きな人ができたからだ。
世界中、どこにでもある話だ。
ふたりは距離的にも離ればなれになる。そして、二年後、ふたりは再会する。
ふたりの最後の会話の場面は、手に汗握った。そして、嗚呼、結末が...
もしあなたに忘れられない人がいるのなら、胸に響くものがある作品だろう。
なお、ボリス・アクーニンという現代ロシア作家が、『かもめ』の続編をwebで公開している。
http://www.akunin.ru/knigi/prochee/chaika/
p170
悲劇とは主人公を光源としてながめられた世界、つまりただひとつの視点によって成り立つ世界だ。まわりの人間から解放されない主人公と、彼を取りまく俗物たちの対立-悲劇は、その主人公の世界が孤立すれば孤立するだげ、その光彩を発揮する。
p179
世界を見る視線はひとつではない、世界は複数の視線、視点でもって成り立っている -
劇としての評価の変遷があったよう。
舞台上での出来事ではなく物語を紡ぐという行為への賛否と理解。
単純に読んで楽しい、面白いという価値ではない作品だった。 -
チェーホフ四大戯曲。
女優の母を持つ戯曲家を目指す息子と、かもめのように自由になりたい女優志望の彼女。伯父、作家、管理人の一家、医師、教師などと過ごすひと夏の別荘地生活は
劇的なことも起こらなく誰が主人公など分かりづらい日常劇。1896年(明治29年)初演では喜劇と勘違いされ大コケに失意のチェーホフは講演後ペテルブルクの深夜を彷徨い肺炎に。2年後モスクワ芸術座創設演目で新しい演出により大成功となり名声を獲得。この作品から内面を重視する演技と演出家を必要とする新しい演劇の時代になったらしい。 -
原書名:ЧАЙКА(Чехов,Антон Павлович)
著者名:アントン・チェーホフ(1860-1904、ロシア、劇作家)
訳者:浦雅春(1948-、大阪府、ロシア文学) -
震撼する。
人生において、狂ってしまう人と狂わないでいられる人、というと単純すぎるかもしれないけど、その線が見える気がした。
それはまた、狂ってしまう人の正常さ、狂わない人の狂気をも感じてしまう。
薄暗くて、猛烈に太宰が恋しくなった。そう思うと少し笑えた。
第四幕の、皆でゲームをする場面が怖い。 -
喜劇だと思っていたが悲劇だった。
なんか自分のことで精一杯な感じ
かもめ?ニーナになにか起こるかと思っていた。 -
ロシア上流階級独特の頽廃ってあるよなー
ニーナの「私はかもめ」があまりピンとこない。
撃ち落とされた、あのかもめのみを指すのだろうか。
親と子、男と女という立場の物語って永遠だな
しかし、初演は酷評、再演は絶賛て
演出によってそこまで違うって興味深いな。 -
誰もが現状に満足せず、不満を持って生きている群像劇。
自由に空を飛べるかもめを夢見ながら、あるいはそうであるはずなのに、撃ち落されて地面に落ちてしまうかもめ。理想と現実のギャップを埋められない。
2年後、そんなかもめたちは飛ぶことができるようになったのか? 飛ぶことができたのは誰なのか? それを決めるのは周囲の評価でもないし、客観的な現状でもない。ただ自分が自分を生き方を評価するのみなのだ。不幸せに見える人間が幸せであり、幸せに見える人間が不幸せであるのだ。
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