- 本 ・本 (400ページ)
- / ISBN・EAN: 9784003262375
感想・レビュー・書評
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チェーホフ晩年の短篇集。『美女』『ともしび』『気まぐれ女』と、『箱に入った男』『すぐり』『恋について』(この3篇は連作で登場人物が同じ)、『谷間』『僧正』『いいなずけ』の9つの短篇を収録。
特に好きなのは、以下の3作品。
『ともしび』は、主人公の技師に助手の学生が語った「…それこそ二千年もすれば、この土手だって、激しい労働で今ごろぐっすり寝こんでいる人間だって、塵さえ残らないでしょうね。…」という言葉に対する反論が好き。あと、主人公の回想で、一夜の戯れ話しなど。最後は、哲学論議に終わりが無いように、読者に考えさせるような終わり方。
『谷間』は、こちらも終盤の哲学的なやり取りが印象的。子を産んだ娘が語る不幸な問いに対する老人の受け答えが好き。
『僧正』は、忙しい勤めに追われて日々を過ごすうちに、気がつけば体の具合が悪くなり、死が迫っていることを悟った人の物悲しい心の葛藤…そんな心の内が、とてもよく描かれていると思いました。
あと『気まぐれ女』『いいなずけ』もいい作品です。
余談ですが『恋について』は、宮本輝『本をつんだ小舟』(文春文庫)に、高校時代の天城旅行中、一晩中読み続けたり、旅の途中で二度読み返したりしたことが書かれています。これは、気に入ったということではなく、納得がいかなかったからなんですけどね。これは、自分も同意です。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
どれも良かったけど、特に好きだったものについて。
『気まぐれ女』
これは身に覚えがある話で、読んでいて辛かった。
今目の前にいる優しい人が自分にとってはなによりも大事だったはずなのに、どうでもいい寄り道をして、結局失ってからその大事さに気づく。
『箱に入った男』
現代でもこういう人いるよなぁって。
自分も変わり者の部類なのに、他人にはやたら厳しく四角四面な人。
最後は皮肉がきいてた。
『谷間』
最初はちょっと退屈な話かなと思ったけどリーパが嫁いできてから怒涛の展開に。
「松葉杖」や道端で出会う老人などの言葉がよかった。
人生の恐ろしさや幸せについて考えさせられる。
それにしてもアクシーニヤは罪に問われないの!?
殺人では……そこが一番引っかかった。
当時は罪にならなかったんだろうか……
『僧正』
日常に追われて疲れきって、死が目前に迫った僧正の話。
もうすぐ死ぬとわかって「なんといいのだろう!」と思う僧正の気持ちはなんとなくわかったりした。
『いいなずけ』
チェーホフの最後の小説。
今まで無邪気に尊敬していた親がなんだかちっぽけな存在にみえたり、愛していないと気づいた男からの接触が気持ち悪く感じたり、なにもかもが俗悪で愚劣で幼稚に感じる気持ちはよくわかった。
この主人公が新しい道で満足のいく生き方ができるといいなと思う。 -
人生への深い洞察、登場人物たちの的確な配置、ひとつの作品で表されるひとつの明解なテーマ。史上最高の短編小説家のひとり、チェーホフの手になる傑作アンソロジー。
■「美女」
「この美しいものに、わたしはなんとなく奇妙なものを感じていた。マーシャが掻き立てたのは、欲望でも、歓喜でも、快楽でもなくて、快くはあっても、重苦しい悲哀の念だった。」
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ぼくもやっぱり、あまりにも美しい女からは冷たさとかよそよそしさが連想されてまず身構えてしまうなぁ。もちろん実際に会話をしてみると意外と気さくだったり、逆に愛嬌のある顔をしていても真性のサディストみたいなヤツも過去にいたけれど……。
■「ともしび」
シニカルに構え、人間を、社会を、世界をわかったつもりになっている若い男。助けを求めてきた幼なじみの女を騙して捨てたあと、激しい自己嫌悪に陥る。
「こうしてわたしはその夜、翌日、そしてその日の夜と悩みぬいて、自分の思想がなんと役に立たないものかと悟り、ようやく目が覚めて、自分がいったいどういう人間かがわかったのです。………今や、さんざん悩みぬいたあげく、自分には信念も、確かな道徳規範も、人間らしい心も、理性もなかったことがわかったのです。わたしの知的な、道徳的な財産はみな、専門分野の知識、片々たるもの、要らざる思い出、借り物の思想から成り立っているだけで、自分の心理の動きは単純、素朴で、幼稚だったのです、………。わたしが、嘘をつくことが嫌いで、盗みもしない、人も殺さない、一般にそう大きな過ちも犯さなかったとしても、それは信念によってではなく―――信念なんてものはもともとなかったのですが―――自分が手足を乳母のおとぎばなしや陳腐なモラルによって縛られていたからに過ぎなかったのです、もはやそれは血肉となり、くだらないとは思いながらも己の人生を知らず知らずのうちに律してきたのです。」
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ぼくは同性の立場として、この男のとった行為は理解できないでもない。が、ぼくはこんな仕打ちを女にしたことはないし、逆に一回関係をもってしまったなら、よけいに情がわいてのめり込んでいくんじゃないかと思うんだけどなぁ……。
■「気まぐれ女」
芸術とパーティーをこよなく愛する女と、まじめ一徹、優秀な医師との結婚生活。芸術と医学、分野は変われど偉大なものは偉大ということ。女はとりかえしのつかない失敗を経て、それを教えられる。
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これは、ドラマツルギーからしたら成り立っているけど現実的には、まぁ、ありえない。そのテのお話、ミステリー小説ではよくある。
■「箱に入った男」
ベーリコフは中学のギリシャ語教師。自分の身なりは奇態なのに、他人の行動にはいちいち難癖をつけてトラブルばかり起こしている。
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このベーリコフというやつ、他の登場人物たちと同様ぼくにとっても大嫌いなタイプだ。しかし……”自覚の全くないタイプの社会不適合者”なだけにやっぱり正直かわいそう。最後は死んで「箱」に納まるし。
■「恋について」
「どうしてペラゲーヤが、気立ても見かけももっと自分にふさわしい男に惚れないで、ニカノールのようなあんな『でか面』にほれこんだのか。恋では個人の幸福の問題が重要なだけに、そんなことはさっぱりわからないし、どうとでも解釈できるものです。・・・ある場合にピッタリな気がする説明も、ほかの十の場合には当てはまらない。だから、一番いいのは、一般化しないで、個別に説明することでしょうね。医者のよく言うように、個々のケースを個別化しなければならないでしょうね。」
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ぼくにとっては同じような経験があって、非常に身につまされるお話。
■「谷間」
「『でえじょうぶ……』と彼は繰りかえした。『おめえさんの悲しみなんぞはまだまだだ。人の一生といや長えもんだ―――まだまだいいことも、悪いこともある、いろんなことが起こるよ。母なるロシアはでっけえでなあ!』」
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……ロシアがでっけえのはそりゃ結構なことだが、赤ちゃん殺しのアクシーニヤはお咎めなしか~~い!?
■「僧正」
ひとりの僧正が腸チフスによる死の直前に見た人生の走馬灯。子供の頃の記憶、ふるさとの風景、そして大好きだった母。
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幸福な人生など……ぼくの知る限りではありえない。しかし幸福な死は、ありえる。この僧正しかり。
■「いいなずけ」
「祖母とニーナ・イワーノヴナは(サーシャの)追善供養をしてもらいに教会へ出かけて行ったが、ナージャはなおも長いあいだ部屋の中を行き来して、物思いに耽っていた。彼女は自分でもはっきりわかっていた、サーシャの望んだように自分の生活がすっかり変わってしまったこと、ここでは自分はひとりぼっちで、余所者で、余計者だということ、自分にとってもここでのいっさいが必要のないこと、過去のいっさいが自分から切り離されて、まるで焼け失せたようで、その灰までが風に飛び散ってしまったことを。彼女はサーシャの部屋へ入って、そこにしばらく立っていた。
『さようなら、懐かしいサーシャ!』と彼女は思った。すると彼女の前途には、新しい、ひろびろとした、果てしもない生活が思いえがかれて、その生活、まだはっきりしないが神秘に満ちたその生活が、彼女に誘いかけて、さし招くのだった。
彼女は二階の自分の部屋に行って荷物をまとめたが、あくる朝、家の人びとに別れを告げ、生き生きとして、心も軽く町を去って行った、二度と戻ることはないだろうと思いながら。」
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見ず知らずの街での全く新しい生活。これから出会い、寝食を共にし、愛し合い、大喧嘩して、いっしょに涙する未だ見ぬ人たち。そしてその代償に、切り捨てるように別れを告げなければならない人生のかけがえのない恩人たち……。おそらくナージャはこの別れの朝を人生の最後がおとずれるその日まで、繰り返し繰り返しホロ苦い涙の味をともなって思い返すことだろう。ぼくや、ぼく同様ふるさとを捨て去らねばならなかった人たちがそうだったように……。 -
/谷間
/美女
/気まぐれ女
/箱に入った男
/すぐり
/恋について
/僧正
/いいなずけ -
某所読書会課題図書.チェーホフの名前は知っていたが、初めて読んだ.9編だが、ロシア人の名前は覚えられないのでメモを取りながら読んだ.「気まぐれ女」は金持ちの話だが、それ以外はロシア人の一般家庭の状況がよく分かる描写があり楽しめた.驚いたのは、ロシア人は男同士でも長々と話をする習性を持っていることだ.キリスト教の様々な行事が生活の中に組み込まれていることも意外だった.日本では馴染みがないが、団欒の場にサモワールが出てくる.調べてみると湯沸かし器で、紅茶を飲んで語り合うようだ.話の舞台は3世代の家族がほとんどだったが、現代はどうなのか少し気になる.
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倦怠感がよい。
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最晩年の作品もあり、人生の機微に触れることができた。『美女』『僧正
』などセンチメンタルになった。 -
「谷間」読了
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美しく豊かな自然によって精神とか考えを透かし見られるような感じです。
北海道もそうですが雪とか寒さという自然の厳しさに晒されながら大地の恩恵を受けているから自然を畏れ敬うような意識があるのかなあと思います -
ともしび、谷間、美女、気まぐれ女、箱になった男、すぐり、恋について、僧正、いいなづけ の計9本の短編。
1900年前後に書かれている作品が多いが、日露戦争の影は殆ど感じられず、ブルジョア達の日常的な感覚が、とても身近に感じることが、可笑しいようで怖ろしい。
著者プロフィール
アントン・チェーホフの作品





