どん底 (岩波文庫)

著者 : ゴーリキイ
制作 : 中村 白葉 
  • 岩波書店 (1961年1月1日発売)
3.28
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  • レビュー :16
  • Amazon.co.jp ・本 (174ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003262726

どん底 (岩波文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 1902年作、四幕の脚本。キャストは17名。傑作。物語の舞台はコストイリョフとワシリーサがやっている木賃宿である。基本的に男はウォッカを飲みカードで博打をし、女はののしり、ののしられ、浮気をしている。全編、野良犬、悪魔、嘘つき、クソ、馬鹿野郎、ウスノロ、毒虫などの罵倒語がたくさんある。「バチあたりのマホメット教徒」というのもあった。なぜか「ジブラルタール」が「そりゃすげえ」の意味でつかわれている。物語の軸は、ワシリーサが亭主を殺して欲しいと、「生まれついての泥棒」で情夫のペーペルに依頼する話である。しかし、ペーペルはワシリーサに飽きていて、その妹ナターシャに乗り換えようとしている。一幕でふらりとやってくるのが巡礼のルカで、ワシリーサとペーペルの密談を立ち聞きし、ペーペルに亭主を殺すのはやめて、ナターシャとシベリアへ駆け落ちするようにすすめる。ペーペルはナターシャに愛を告白して、「これでも読み書きができるから、まっとうに生きる」と誓うが、ナターシャは疑いを拭い去ることができない。宿の亭主が女中のようにこき使ったナターシャをなぐり、熱湯をかけて不具にすると、ペーペルは亭主を殴り殺すが、殺害後、ワシリーサがそそのかしたと言いわけしてしまう。これを聞いたナターシャはペーペルとワシリーサがグルになって自分を欺いたと思い、警察に二人を引き渡し、どこかにすがたを消す。また、錠前屋とその女房アンナもでてくる。アンナは長患いで、錠前屋が酔いどれている間に死亡、ルカに死ねば休めると慰められるが、死後に何もないと聞かされると、夫にこき使われ、人より余分に食べやしないかと気にしてばかりいた不幸な人生にもかかわらず、もう少し生きたいともらす。ワシリーサにまだ死なないのかと言われ、ほかの連中にも咳がうるさいだの言われ、「せめて死ぬときくらい静かに死なせてくれ」といっていた。アル中の役者もでてくるが、ルカから無料でアル中を治療してくれる病院があると聞き、人生をやり直そうとその病院にいくため働きだすが、みんなに希望を嘲笑され、最後に首を括って死ぬ。零落した男爵も特徴的な人物だが、飲んだくれて、いい気分だったのに、役者の死で気分を台無しにされたと毒づく。これで幕切れである。ナターリアと言う女性はロマンス小説に逃避していて、ロマンスを現実にあった話のように語り、みなに嘲笑されている。男爵には飲み代をたかられ、バカにされている。ルカは登場人物を励まし、優しくし、人の道を説くが、第三幕でふらりとでていく。とにかく救いのない芝居で、登場人物はすべて絶望し皮肉屋だが、たがいを貶めることには情熱を傾け、このために人間のあるべき姿とか、良心とか、真実とかを引き合いにだし、不思議に高尚な話題で罵倒し合う。錠前屋が女房をなくした後のセリフが印象的だった。

    「真実とは何だ。どこにあるんだ。これが真実だ。仕事がねえ!力がねえ!これが真実だ!身の置き場、身の置き場がねえ!のたれ死でもするしかねえ、これが真実だ!悪魔め!そんなものがおれにとってなんになる。そんな真実がよ!それより、すこし息をつかせてくれ。休ませてくれ!いったい、おれになんの罪があるんだ!なんのためにおれにこんな真実がいるんだ?」

  • 2016/9/22
    名作なのであろう。

  • 好き

  • 有名な戯曲、これまで読んでなかったので読んでみました。なるほど。でも、ちょっと訳が古いのと、独特ですね。

  • 「下りる」にあり

  • 「[]いや結構結構!人間は、信心することもできりゃ、信心しねぇでもいられら…銘々のご勝手しだいだ!人間は自由だ…なにごとにしろ、自分で勘定をつけていくんだ−信心にしろ、不信心にしろ、色恋にしろ、知恵にしろだ。人間は、なにごとにも自分で勘定をつけていく、だから、人間は自由なんだ!」
    「人間は尊敬しなくちゃならねぇよ!憐れむべきものじゃねぇ…憐れんだりして安っぽくしちゃならねぇ…尊敬しなくちゃならねぇんだ!」

  • ずっと読もうと思ってたやつをようやく読了。小洒落た会話の中にツァーリ圧制下の陰鬱なロシアがありありと浮かび上がる。一度舞台でも観てみたいね~。

  • どん底とはどういうことか。
    その定義は色々あるだろうが、正直そこまで彼らは底なのだろうかという疑問は正直感じた。
    真のどん底は、その状況を誰とも共有しえないと思う。
    そういう意味でこの戯曲に登場する人物たちはまだどん底ではないのではなかろうか。
    勿論、下層であることには変わりないし、その状況を共有するということは何かしらのトラブルも起きて、この物語では殺人やら色恋沙汰が絡むわけなのだけど、それでも最下層の一歩手前だと思った。
    だからなのか自分には第三幕で家主であるコストゥイリョフが放つ言葉が響いた。
    要約すると「巡礼するなら黙って人から隠れて祈っていろ」ということなのだけど。
    ウォッカなんて飲みながら愚痴っているようじゃまだ余裕がある(まあホームレスでも酒盛りしているけど)。
    閉ざされた世界こそ現代ではどん底なのではなかろうか。
    それでも『共有する』ことは大事だと改めて思った。
    ただ登場人物が多すぎるような気はした。
    共有しすぎ、というか。

  • どこまでも堕ちていく無間地獄と、「どん底」、どちらがいいですか?

  • 最初は登場人物の多さに辟易した。
    そして断念した。

    舞台「どん底」を観たあとに
    再チャレンジ。
    今度は読めた。

    ロシア文学独特の空気。

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