どん底 (岩波文庫 赤 627-2)

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  • Amazon.co.jp ・本 (154ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003262726

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  • ある木賃宿に集まった人々の会話劇。社会の底辺で必死に生きる彼らを生々しい筆致で描く、ゴーリキイの不朽の名作。

    あまりにも厳しい現実に「なんで、そうまでして生きなければならないのか」と考えてしまう。

    皆、絶望の淵におり、浮き上がることもなく、彷徨い続けるしかない。搾取され、虐げられ、まともに人間扱いされず…「どん底」です。

  • 1902年作、四幕の脚本。キャストは17名。傑作。物語の舞台はコストイリョフとワシリーサがやっている木賃宿である。基本的に男はウォッカを飲みカードで博打をし、女はののしり、ののしられ、浮気をしている。全編、野良犬、悪魔、嘘つき、クソ、馬鹿野郎、ウスノロ、毒虫などの罵倒語がたくさんある。「バチあたりのマホメット教徒」というのもあった。なぜか「ジブラルタール」が「そりゃすげえ」の意味でつかわれている。物語の軸は、ワシリーサが亭主を殺して欲しいと、「生まれついての泥棒」で情夫のペーペルに依頼する話である。しかし、ペーペルはワシリーサに飽きていて、その妹ナターシャに乗り換えようとしている。一幕でふらりとやってくるのが巡礼のルカで、ワシリーサとペーペルの密談を立ち聞きし、ペーペルに亭主を殺すのはやめて、ナターシャとシベリアへ駆け落ちするようにすすめる。ペーペルはナターシャに愛を告白して、「これでも読み書きができるから、まっとうに生きる」と誓うが、ナターシャは疑いを拭い去ることができない。宿の亭主が女中のようにこき使ったナターシャをなぐり、熱湯をかけて不具にすると、ペーペルは亭主を殴り殺すが、殺害後、ワシリーサがそそのかしたと言いわけしてしまう。これを聞いたナターシャはペーペルとワシリーサがグルになって自分を欺いたと思い、警察に二人を引き渡し、どこかにすがたを消す。また、錠前屋とその女房アンナもでてくる。アンナは長患いで、錠前屋が酔いどれている間に死亡、ルカに死ねば休めると慰められるが、死後に何もないと聞かされると、夫にこき使われ、人より余分に食べやしないかと気にしてばかりいた不幸な人生にもかかわらず、もう少し生きたいともらす。ワシリーサにまだ死なないのかと言われ、ほかの連中にも咳がうるさいだの言われ、「せめて死ぬときくらい静かに死なせてくれ」といっていた。アル中の役者もでてくるが、ルカから無料でアル中を治療してくれる病院があると聞き、人生をやり直そうとその病院にいくため働きだすが、みんなに希望を嘲笑され、最後に首を括って死ぬ。零落した男爵も特徴的な人物だが、飲んだくれて、いい気分だったのに、役者の死で気分を台無しにされたと毒づく。これで幕切れである。ナターリアと言う女性はロマンス小説に逃避していて、ロマンスを現実にあった話のように語り、みなに嘲笑されている。男爵には飲み代をたかられ、バカにされている。ルカは登場人物を励まし、優しくし、人の道を説くが、第三幕でふらりとでていく。とにかく救いのない芝居で、登場人物はすべて絶望し皮肉屋だが、たがいを貶めることには情熱を傾け、このために人間のあるべき姿とか、良心とか、真実とかを引き合いにだし、不思議に高尚な話題で罵倒し合う。錠前屋が女房をなくした後のセリフが印象的だった。

    「真実とは何だ。どこにあるんだ。これが真実だ。仕事がねえ!力がねえ!これが真実だ!身の置き場、身の置き場がねえ!のたれ死でもするしかねえ、これが真実だ!悪魔め!そんなものがおれにとってなんになる。そんな真実がよ!それより、すこし息をつかせてくれ。休ませてくれ!いったい、おれになんの罪があるんだ!なんのためにおれにこんな真実がいるんだ?」

  • 社会の「どん底」を舞台化しただけの群像劇。ゴーリキがルカにさせたかったことを何と想像するかで印象が変わる気がする。ただの優しく寄り添うだけだったのか、甘言を弄したのか、立ち上がりを促したのか。だけど終わってみると結局はどん底がこれからも続くのだ。誰も努力をしているようには見えないとはいえ、何とも無残な印象で締めくくられる。唯一ナターシャだけが行く知らずで、どん底から這い上がった可能性を想像することが可能と言えるかも。たぶん別のどん底で暮らしているのだろうけど。

  • 終盤に物語の展開は頂点を迎える。しかし、注目すべきはそこではない。この物語が初めから終わりまで全く進展してないことにある。物語が終わった時、何が変わったか。何も変わっていない。どん底にいる人がどん底にいる人を殺し、どん底にいる人がどん底にいる人を罵り、喧嘩をする。すべてどん底の中で起こった話であり、現状が良くなりもせず、悪化もしないというこの事実事態が「どん底」なのだ。

    事態が収まると、亡くなった爺さんがかつて遺したセリフが語られる。

    「生きているものは、みんなより良き者のために生きてるんだよ!だからこそ、どんな人間でも、尊敬しなけりゃならんのさ」

    なるほど、いい教訓にも見えなくもない。しかし、これは我々読者に伝えたい教訓というより、このセリフの後に、結局はみなお互いを罵り合い、尊敬できずにいるどん底の現状を引き立てている。

    登場人物の中に、「だったん人」が出てきて、イーゴリ公の中にある「だったん人の踊り」のあれか、となって、ちょっと嬉しかった。

  • 戯曲である。
    19世紀末頃のペテルブルグらしき都会の片隅。「木賃宿」が舞台。貧しい人びとが暮らす。宿といってもホテルや旅館とはほど遠く、日本のアパートのように部屋が設けてあるわけでもなく、大部屋ドミトリーのようである。この住居に暮らす貧しき人びとの群像劇である。

    群像なので、冒頭から10人近い人物が同時に登場していて、名前と、職業や年齢、生い立ちなどの人物像を結びつけるのに苦戦する。巻頭に「人物一覧」があるのだが、それでも。

    戯曲ということもあり、舞台の展開感に乏しく、物語は平板である。
    巻末解説では「不朽の名作」と評価する。だが、私は正直そうは思えなかった。本作品の良さがよくわからない。

    ところで、私はチェーホフの作品の良さがさっぱりわからない。チェーホフの小説をいくつか読んだが面白いと思えなかった。「かもめ」を翻案した舞台演劇も観たが、ひどくつまらなかった記憶がある。

    そして、作者ゴーリキイは、チェーホフにすすめられて戯曲をかき始めたという。ゴーリキイはチェーホフの影響下にあるのだろうか。とするならば、本作「どん底」を面白いと思えないのも、上述のことと関連するかもしれない。

    いつか近々「チェーホフ」諸作品を再読して、ほんとにつまらないのか、どうしてつまらないと感じるのか、改めてたしかめてみたい。

  • 3.27/322
    『この一編は周知の如くゴーリキイの名を永遠に光輝あらしめた名作であり,一貫した筋はもたぬが木賃宿の内外を舞台として社会のいわゆるどん底にうごめくさまざまなタイプの零落者を描く四幕劇である.そこには死があり,恋があり,殺人がある.温情,葛藤,嫉妬等あらゆる人生の要素があり,人間生活のいたいたしい断面がある.』(「岩波書店」サイトより▽)
    https://www.iwanami.co.jp/book/b248272.html

    原書名:『На дне』(英語版『The Lower Depths』)
    著者:マクシム・ゴーリキー (Maksim Gorky)
    訳者:中村 白葉
    出版社 ‏: ‎岩波書店
    文庫 ‏: ‎174ページ

  • いや戯曲か~~~い
    古本屋の投げ売りコーナーみたいなところで、めちゃくちゃに面白そうなタイトルとカバーのない本にひかれて中身も見ずに買ったけど台本でびっくりしちゃった
    読み終わったになるのはずいぶん先になりそうだけど有名な戯曲らしいのでまずは舞台から見に行きたい

    てか初めて戯曲の本見たな

  • 戯曲なので、ごちゃごちゃしていてスジがわかりにくいが、とりあえずルカの話だけ聞いてればいいやと思ってからはわりとスイスイ読めた。

  • 内容を咀嚼できていない。どん底から出るために働かなきゃいけないけど死ぬ。どうしよう。

    戯曲の読み方が下手でなかなか読み進めなかったのだが、音読すると読みやすかった。黙読では会話のみで登場人物の区別がつきづらかいのが、自分で演じることでキャラになりきるので入りやすかった。目が頭より先にいかないように読めるようにしなければならないのだが、台詞だけだとうまくブレーキがきかない。

  • 原書名:На дне

    著者:マクシム・ゴーリキー(Gorky, Maksim, 1868-1936、作家、ロシア)
    訳者:中村白葉(1890-1974、神戸市、ロシア文学)

  • 2016/9/22
    名作なのであろう。

  • 有名な戯曲、これまで読んでなかったので読んでみました。なるほど。でも、ちょっと訳が古いのと、独特ですね。

  • 「下りる」にあり

  • 「[]いや結構結構!人間は、信心することもできりゃ、信心しねぇでもいられら…銘々のご勝手しだいだ!人間は自由だ…なにごとにしろ、自分で勘定をつけていくんだ−信心にしろ、不信心にしろ、色恋にしろ、知恵にしろだ。人間は、なにごとにも自分で勘定をつけていく、だから、人間は自由なんだ!」
    「人間は尊敬しなくちゃならねぇよ!憐れむべきものじゃねぇ…憐れんだりして安っぽくしちゃならねぇ…尊敬しなくちゃならねぇんだ!」

  • ずっと読もうと思ってたやつをようやく読了。小洒落た会話の中にツァーリ圧制下の陰鬱なロシアがありありと浮かび上がる。一度舞台でも観てみたいね~。

  • どん底とはどういうことか。
    その定義は色々あるだろうが、正直そこまで彼らは底なのだろうかという疑問は正直感じた。
    真のどん底は、その状況を誰とも共有しえないと思う。
    そういう意味でこの戯曲に登場する人物たちはまだどん底ではないのではなかろうか。
    勿論、下層であることには変わりないし、その状況を共有するということは何かしらのトラブルも起きて、この物語では殺人やら色恋沙汰が絡むわけなのだけど、それでも最下層の一歩手前だと思った。
    だからなのか自分には第三幕で家主であるコストゥイリョフが放つ言葉が響いた。
    要約すると「巡礼するなら黙って人から隠れて祈っていろ」ということなのだけど。
    ウォッカなんて飲みながら愚痴っているようじゃまだ余裕がある(まあホームレスでも酒盛りしているけど)。
    閉ざされた世界こそ現代ではどん底なのではなかろうか。
    それでも『共有する』ことは大事だと改めて思った。
    ただ登場人物が多すぎるような気はした。
    共有しすぎ、というか。

  • どこまでも堕ちていく無間地獄と、「どん底」、どちらがいいですか?

  • 最初は登場人物の多さに辟易した。
    そして断念した。

    舞台「どん底」を観たあとに
    再チャレンジ。
    今度は読めた。

    ロシア文学独特の空気。

  • 〔読む目的〕社会学の勉強
    〔感想〕
    ロシア帝政下、貧困と病気、誇りを失った生活。
    職人が妻の葬式代を出すために、仕事の道具を売ってしまった
    シーンが印象的。

  • 常にどん底の人々。底辺で、生きて死んでいく。
    過去の人も未来の人もどん底にいるというのが、リアル。
    役者の言葉がすきだったなぁ・・・。

  • 黒沢明が映画化もしてる。みてないけど。ラストの役者(だったかな?)が旅に出る!といって自殺するシーン(たぶん)。印象に残ってます。

  • 「人生は最低で最悪だ。でも、死ぬほどのものでもない。その程度のもの。。。」

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