イワン・デニーソヴィチの一日 (岩波文庫 赤 635-1)

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  • Amazon.co.jp ・本 (219ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003263518

感想・レビュー・書評

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  • うわー、辛いわ~。極寒の地で強制労働。これだけでも辛いのに碌な食べ物も与えられず、朝から具合が悪いのに休めない所から一日が始まる。私だったら真っ先に死んでるね。そんな生活を何十年と過ごしていくなんて…。気が遠くなるような時の中でそれでも生きていく人間の強さを見た。

  • 理不尽な収容所での生活を淡々と書いており、最後は"暗い影のちっともない、さいわいといっていい一日だった"という文章で締めている。その淡々とした筆致からうっすら入ってみたいと思うくらい(絶対嫌ですが)。ギャップが面白い。

    解説で紹介されていたロシアにおける「ポーシロスチ」という言葉が指し示すものが興味深い。

  • ソヴィエトの作家ソルジェニーツィン(1918-2008)が、スターリン専制下のソヴィエト体制に於ける強制収容所(ラーゲリ)の実態をリアリズムで描き東西両世界に大きな衝撃を与えた、1962年作。彼自身、1945年に友人の手紙の中でスターリンを批判したとして逮捕され、1956年のフルシチョフによる「スターリン批判」の時代まで収容所や流刑地を転々とし、そこでの体験が本作の下地になっている。

    その100年前、専制君主ニコライ一世統治下のロシアでぺトラシェフスキー事件に連座しシベリア流刑を体験したドストエフスキーの『死の家の記録』(1862年作)を思いながら読んだ。

    欺瞞的にではあれ「社会」によって担保されていた「人間性」が剥奪され裸形の一存在と成り果てた精神と肉体に、政治権力の殆ど剥き出しの暴力が直接作用する場である「収容所」。それを生み出す「収容所的なるもの」が、政治的存在たることを免れ得ぬ我々人間の内に皆無であると、断言できるか。現代の我々の「社会」それ自体が、柔和な顔をした「収容所」でないと、断言できるか。本書は、そうした自己省察を突きつけてくる。

    "ラーゲリの作業班というやつは、おえら方が囚人を駆りたてずに、囚人同士がお互いを追いたてるようにする仕組みだ。・・・。働かねえのか、この野郎、貴さまのためにおれが腹へらさなきゃならねえってのか? ふざけるな、働きやがれ、くそ野郎!"

    "囚人の最大の敵は誰か? 別の囚人だ。"

    "噛る者はかじりっぱなし、噛られる者はかじられっぱなし。"

    "きっと奴らがいちばん癪にさわるのは囚人が朝めし後ぐうすかねることなんだろう。"

    半世紀前に綴られた言葉に、現在と如何ほどの距離があるだろうかと暗然たる思いがする。政治という暴力を支える我々の内なる支配と抑圧の精神性は、何も変わっていないのじゃないか。

  • 先生の思い出。二人の哲学。良い意味で思っていたものと違った。

  • 毎日毎日ぼくらは鉄板の・・・。

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