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Amazon.co.jp ・本 (224ページ) / ISBN・EAN: 9784003270936
みんなの感想まとめ
愛の複雑さを探求する短編集は、日常の中に潜むさまざまな「冒険」を描いています。主人公たちは、愛や幸福、健康といったテーマに向き合いながら、それぞれの思いや葛藤を抱えています。物語は、時に矛盾を孕みなが...
感想・レビュー・書評
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サントリー角瓶がかつて掲げた宣伝文句、「『角』÷H20(筆者註:エイチツーオー)」。
太い角張ったゴシック体で提示されるその強烈なキャッチコピーにつづいて、読者の視線を引き寄せる細かなボディコピーは、「そのH2Oが問題なのです。井戸水に限るという者がいるかと思えば、いや井戸水はいけないという者がいる。そこへ、ミネラルウォーターが良いと口をはさむ者がいて、…」とえんえんと続き、広告文にしてはかなり多い文字数を割いている。水割りとひとくちにいっても流儀がいろいろあるのだ。誰もが井戸水に与するわけでもないし、口をきわめてミネラルウォーターを礼賛するとも限らない。愛はむずかしい。
むろん話は角瓶に留まらない。「健康」や「幸福」だってそうだ。
一見簡単そうに思える事柄だが、突き詰めて考えるほど、知らず知らずのうちに、イバラに満ちた陥穽へと人を陥らせないではおかない不朽の主題だ。健康志向が高まる社会ほどじつは頻りに不健康をかこっているし、幸福とは何かを考えないでいられる人間こそ幸福だということわざもある。考えずにいられるなら結構だと私も固く信ずるところだ。問題は、考えざるを得ない道筋が往々にして勝手にひらけることだ。たとえば、何気なく水道水で割っていたウイスキーが急に不味く感じる。たとえば、気持のいいはずの風呂上がりにも関わらず、なぜかすでに頭に痒みを覚えていることに思い至る。たとえば、宴会のさなかにあって、口角があがっているのに自分が内心少しも愉快でないのを悟る。これでいいのか、と思うからには、これではよくないかも、の疑念が芽吹いていて、もはや、磐石な、これでいいのだ、には永劫帰れない。
知らぬ間に足を踏み入れてしまう「冒険」を本書『むずかしい愛』は描く。
安穏と日を送るどころか、悪寒さえ催させるアウェイな環境下にあって、それでもこだわることや突き詰めることをやめられない、人間のむずかしさをとくと思い知る。へとへとになりながら、終わらない旅路の果てに12の主人公たちが辿り着く景色に、普遍的な教訓の色は滲み出ない。ただただ、つまずき、めげる苦労を反映して刻まれた足跡だけが残る。愛はむずかしく、ゆえに、悲しい哉、おもしろい。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
ある兵士の冒険、ある海水浴客の冒険、ある読書の冒険、ある近視男の冒険がおもしろかった。
一番好きなのはある兵士の冒険。
エロティックでスリリング。触れるか触れられるかの攻防が、コミカルに、スリリングに、エロティックに繰り広げられる。
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近視の彼が好き
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さまざまな"ダサ"の詰まった至極の短編集。さまざまな"拗らせちゃうひと"たちのひとときの冒険と愛の欠片たち。
美しさも愛も言葉にならない。絶望は饒舌。そのことにあなたは、絶望している。??
早朝のカフェのなんでもない会話。一夜のアバンチュール。それぞれのぬくもりを求めてきょうも男たちは夜を浮遊する。憂いと歓びと孤独が熱々の珈琲の湯気みたいにふわふわと漂って、"幸せ"がもうすぐそこに、掴めそうにおもうけれど、現実にその淡い幸せを奪われ、だれかを憎むことでおなじくらい愛し囚われてしまう矛盾に遊ばれている。けれど女の描くシュプールは、曇天とは混じらない空色の、ぴかぴか。昼と夜の、交わる刹那はこのうえなく愛おしく美しい。愛はきっと深く、永く。
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まっぷたつの子爵の作者カルヴィーノの現代を舞台にした短編集。12編がのっていてすべてのタイトルが「○○の冒険」となっている。
日常の一部が違う側面をみせたようなそんな瞬間をきりとって描写している。物語性からかけ離れている。語りたい部分以外を剥ぎ取った姿だ。
12編もあればどこか自分に刺さるものがある。
ある旅行者の冒険・ある兵士の冒険の列車の中の出来事が好き。 -
美しく見えるから写真に写される現実と、写真に写されたから美しく見える現実との距離は極めて僅か。写真家は一日の移ろい易い連続性から1秒以下の時間の細切れを取り出そうとする。ボール投げをしている君たちは現在に生きているが、写真は未来においてもう一度自分の姿に再会する楽しみが君たちを動かす。自然でさりげない写真を好むことが、さりげなさを殺し、現在を遠ざける。写真は即座に郷愁をまとう。たとえ一昨日の写真でも追悼の匂いがする。だから君たちが現実を写真に撮るために送っている人生は、すでに出発からして人生の追悼なのだ。
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2008年12月19日~19日。
面白い。
薄い本でもあるので、一気に読み終えてしまった。
彼の作品によく登場する自意識過剰な人物も健在。
一見、何でもないような日常も、物の見方一つでこうも変わってしまうのか、といった感じ。
「ある読者の冒険」や「ある近視男の冒険」には、思わず大笑いしてしまうようなテイストもある。
そして最後にはホロリとするか、暖かい気持ちになるか、深く考え込んでしまう。
「ある夫婦の冒険」なんて、凄くいい気持ちにさせてくれる。
宇宙規模のホラもいいけど(「むずかしい愛」はちょうど転換期の作品に当たるようである)今まで読んだ彼の作品の中では今のところ最高に面白かった。 -
『むずかしい愛』は、現代人の日常生活の中でのさまざまな“すれちがい”のおかしさを集めた、ユーモアとエスプリに満ちた短篇集である。活字中毒者が繰り広げる微笑ましい恋愛光景を描いた「ある読者の冒険」、写真マニアの秘かな願望を探る「ある写真家の冒険」他、全12篇を収録。 --このテキストは、絶版本またはこのタイトルには設定されていない版型に関連付けられています。
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2014年4月の課題本です。
http://www.nekomachi-club.com/schedule/124 -
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何気なく読んでいたのに、刺さってしまった
こんなときめいたのは久しぶり
私がなりたいものが詰まってる!
特に読者、妻、詩人、スキーヤー、
言語化したら確実に消え失せる奇跡 -
本書を読んでいてなんとなく心に浮かんだのはイッセー尾形の一人芝居。実際見たことはなくあくまでイメージなんだが、周囲の世界とどこか馴染めずぎこちなさを感じる主人公が、時に期待を膨らませ、時に裏切られる、そんな日常の一断面を描いた連作短編集。皆違うようで実は同じ人物ではないか、と思わせるあたりが冒頭の連想を呼んだのだろうか。
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NDC(8版) 973
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原書名:(Calvino, Italo, 1923-1985)
著者:イタロ・カルヴィーノ(1923-1985)
訳者:和田忠彦(1952-) -
文体はパロマーとよく似ているが、出てくる人は痴漢か、良く言って気持ち悪い人。まあそれはいいとして。
カルヴィーノは「パロマー」「ある冬の夜...」「木のぼり男爵」「最後に鴉が...」「見えない都市」などいくつか読んだが、なんだか掴み所のない人という印象だ。文章は上手いし、着想は非凡だ。でもそれでなにを書きたいのか、なにを考えているのかが私には今ひとつ分からない。理知的過ぎるというか、ちょっと冷めた印象だ。この本のタイトルは「むずかしい愛」...。ここに書かれているようなことは、そりゃあらゆる意味でむずかしいだろう。そしてそもそもこれは愛なのか...⁇わからん......
完全なる蛇足
冷めていると感じるほど理知的であるという点で、バレンボイムさんのピアノに似ているなと思い、YouTubeで調べてたまたま出てきた(https://m.youtube.com/watch?v=h3OidpRYxx8)を見たら、思いの外めちゃくちゃに面白く、しかも分かりやすくて感動した。音楽に自分を捧げること。それは誰でも、今すぐにでもできることで、それは大切な他者に尽くす行為とも共通する。。ここまで言えたら達人だろう。視点が高い。一は全ということか。 -
ほんの小さな変化だが、主人公にとって決定的な変化になるのだろう、と予想させるような「冒険」が描かれる。その変化は、例えば一夜のアバンチュールという実際の行為によって引き起こされたものではなく、その行動によって起こった、自分の感情に対する気付きによって起こる。
(2015.7) -
イタリア人作家ブームなのでカルヴィーノを。○○の冒険小説。
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猫町課題図書読了。カルビーノは大学時代に好きだった作家だが、この『むずかしい愛』は初読。
解説にある通り、オリジナルの "Gli Amori Difficili" からの追加・削除を伴うバージョンなので、統一したテーマが読み取り難くなっているのだが、一つ上げるとすれば「不在の愛」だろう。相手の気持ちが読み切れない兵士、自分をいやらしい目で見る、しかし存在しない男達に怯える夫人、最後まで登場しない恋人のために旅をする男、読書の世界から出てこないままアバンチュールを楽しむ男、メガネをかけた世界とかけない世界ですれ違う存在、昼と夜とですれ違う夫婦、「行為」が存在しない不倫を経験する妻、愛を伝える言葉を失う詩人などなど。ところどころに語りの魔術師らしい描写が見られる(たとえば、言葉を取り戻した詩人の描写は圧巻)が、全体的には凡庸。やっぱりカルヴィーノは寓話的長編の方が面白いな。
一番のお気に入りは、まさに冒険と呼ぶに相応しい、初めての朝帰りと不倫の実感を描いた「ある妻の冒険」。ついで、電車の中で一夜を過ごす男の描写が楽しい「ある旅行者の冒険」、男ならばみな経験のある一線の描写が的確過ぎる「ある兵士の冒険」か。 -
男と女が互いに「愛している」と言うとき、それは同じ意味なのであろうか。
カルヴィーノのこの短編集では、男と女の分かりあえなさが美しく描かれている。彼は愛を語る唯一の手段を愛の不在を語ることだと考えているのだろう。
一人で生きる現在は二重性があり、それは一方で行動に、他方では存在する過去それ自体のなかに分岐して潜在性の領域を作る。誰かといっしょになるというのは現在が四重になるということではないか。そうして互いの分かりあえなさを認めなければならないのだ。
アベ・プレヴォによる『マノン・レスコー』の第二部では「恋よ、恋よ、お前は永久に知恵とは融和しないのだろうか」という一文がある。恋は人を馬鹿にする。カルヴィーノのこの短編集の登場人物たちのほとんどはそれに気づいている。だからこそ、愛へのためらいがあるのではないだろうか。
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