むずかしい愛 (岩波文庫 赤 709-3)

  • 岩波書店
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  • Amazon.co.jp ・本 (222ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003270936

感想・レビュー・書評

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  • サントリー角瓶がかつて掲げた宣伝文句、「『角』÷H20(筆者註:エイチツーオー)」。
    太い角張ったゴシック体で提示されるその強烈なキャッチコピーにつづいて、読者の視線を引き寄せる細かなボディコピーは、「そのH2Oが問題なのです。井戸水に限るという者がいるかと思えば、いや井戸水はいけないという者がいる。そこへ、ミネラルウォーターが良いと口をはさむ者がいて、…」とえんえんと続き、広告文にしてはかなり多い文字数を割いている。水割りとひとくちにいっても流儀がいろいろあるのだ。誰もが井戸水に与するわけでもないし、口をきわめてミネラルウォーターを礼賛するとも限らない。愛はむずかしい。

    むろん話は角瓶に留まらない。「健康」や「幸福」だってそうだ。
    一見簡単そうに思える事柄だが、突き詰めて考えるほど、知らず知らずのうちに、イバラに満ちた陥穽へと人を陥らせないではおかない不朽の主題だ。健康志向が高まる社会ほどじつは頻りに不健康をかこっているし、幸福とは何かを考えないでいられる人間こそ幸福だということわざもある。考えずにいられるなら結構だと私も固く信ずるところだ。問題は、考えざるを得ない道筋が往々にして勝手にひらけることだ。たとえば、何気なく水道水で割っていたウイスキーが急に不味く感じる。たとえば、気持のいいはずの風呂上がりにも関わらず、なぜかすでに頭に痒みを覚えていることに思い至る。たとえば、宴会のさなかにあって、口角があがっているのに自分が内心少しも愉快でないのを悟る。これでいいのか、と思うからには、これではよくないかも、の疑念が芽吹いていて、もはや、磐石な、これでいいのだ、には永劫帰れない。

    知らぬ間に足を踏み入れてしまう「冒険」を本書『むずかしい愛』は描く。
    安穏と日を送るどころか、悪寒さえ催させるアウェイな環境下にあって、それでもこだわることや突き詰めることをやめられない、人間のむずかしさをとくと思い知る。へとへとになりながら、終わらない旅路の果てに12の主人公たちが辿り着く景色に、普遍的な教訓の色は滲み出ない。ただただ、つまずき、めげる苦労を反映して刻まれた足跡だけが残る。愛はむずかしく、ゆえに、悲しい哉、おもしろい。

  • 近視の彼が好き

  • さまざまな"ダサ"の詰まった至極の短編集。さまざまな"拗らせちゃうひと"たちのひとときの冒険と愛の欠片たち。
    美しさも愛も言葉にならない。絶望は饒舌。そのことにあなたは、絶望している。??

    早朝のカフェのなんでもない会話。一夜のアバンチュール。それぞれのぬくもりを求めてきょうも男たちは夜を浮遊する。憂いと歓びと孤独が熱々の珈琲の湯気みたいにふわふわと漂って、"幸せ"がもうすぐそこに、掴めそうにおもうけれど、現実にその淡い幸せを奪われ、だれかを憎むことでおなじくらい愛し囚われてしまう矛盾に遊ばれている。けれど女の描くシュプールは、曇天とは混じらない空色の、ぴかぴか。昼と夜の、交わる刹那はこのうえなく愛おしく美しい。愛はきっと深く、永く。

  • まっぷたつの子爵の作者カルヴィーノの現代を舞台にした短編集。12編がのっていてすべてのタイトルが「○○の冒険」となっている。

    日常の一部が違う側面をみせたようなそんな瞬間をきりとって描写している。物語性からかけ離れている。語りたい部分以外を剥ぎ取った姿だ。
    12編もあればどこか自分に刺さるものがある。
    ある旅行者の冒険・ある兵士の冒険の列車の中の出来事が好き。

  • 美しく見えるから写真に写される現実と、写真に写されたから美しく見える現実との距離は極めて僅か。写真家は一日の移ろい易い連続性から1秒以下の時間の細切れを取り出そうとする。ボール投げをしている君たちは現在に生きているが、写真は未来においてもう一度自分の姿に再会する楽しみが君たちを動かす。自然でさりげない写真を好むことが、さりげなさを殺し、現在を遠ざける。写真は即座に郷愁をまとう。たとえ一昨日の写真でも追悼の匂いがする。だから君たちが現実を写真に撮るために送っている人生は、すでに出発からして人生の追悼なのだ。

  • 2008年12月19日~19日。
     面白い。
     薄い本でもあるので、一気に読み終えてしまった。
     彼の作品によく登場する自意識過剰な人物も健在。
     一見、何でもないような日常も、物の見方一つでこうも変わってしまうのか、といった感じ。
    「ある読者の冒険」や「ある近視男の冒険」には、思わず大笑いしてしまうようなテイストもある。
     そして最後にはホロリとするか、暖かい気持ちになるか、深く考え込んでしまう。
    「ある夫婦の冒険」なんて、凄くいい気持ちにさせてくれる。
     宇宙規模のホラもいいけど(「むずかしい愛」はちょうど転換期の作品に当たるようである)今まで読んだ彼の作品の中では今のところ最高に面白かった。

  • 2014年4月の課題本です。
    http://www.nekomachi-club.com/schedule/124

  • 12篇の連作短篇から成る物語。いずれもが「〇〇の冒険」といったタイトルで、いわばカルヴィーノによる「日常生活の冒険」といったところ。もっとも、冒険とはいっても、日常の延長の中にあって逸脱までも行かないのだが。カルヴィーノは、ここで様々な属性に人物を配してみることで、小説世界を構成する実験的な試みをしてみたのだと思われる。バッハが、『平均律クラヴィア曲集』で、様々な調性の曲を試みたように。本書の12篇という数も、あるいは「平均律」の24曲を意識したのかもしれない。なお、タイトルの「愛」は、行方知れずだ。

  • 「ある夫婦の冒険」はなかなか良かったですが、それ以外は驚くほど何も起きず、これといったオチも無い話ばかりでした^^;。左脳人間の僕には正直楽しみ方が分からない本かな~。ただ、このオチが無いところが好きな人は好きなのかな?妄想好きの人はきっと共感出来る本じゃないかなと思います。
     ※「ある読者の冒険」辺りは特にオススメ

  • NDC(8版) 973

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