タタール人の砂漠 (岩波文庫)

制作 : 脇 功 
  • 岩波書店
4.09
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本棚登録 : 682
レビュー : 72
  • Amazon.co.jp ・本 (368ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003271919

作品紹介・あらすじ

辺境の砦でいつ来襲するともわからない敵を待ちつつ、緊張と不安の中で青春を浪費する将校ジョヴァンニ・ドローゴ-。神秘的、幻想的な作風でカフカの再来と称される、現代イタリア文学の鬼才ブッツァーティ(一九〇六‐七二)の代表作。二十世紀幻想文学の古典。

感想・レビュー・書評

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  • 積読本が増えてきたので、少しあとに読もうかと思っていたところ、美しいカバーにやられて手に取った。

    「カフカの再来」と評されたイタリアの作家・ブッツァーティが、城砦に詰める士官・兵卒に材を取った小説。正直な話、冒頭から出オチ感に満ちているので、カバー裏のあらすじを読んでも読まなくても、大まかな流れはどういうものかはつかめてしまう。あとはディテール勝負。この不利な状況をやり過ごせば自分の人生に輝かしいものがある、そうじゃなくても意味のある何かがあると信じて、日々過ごす。ゆるゆると日は過ぎる。そして、手持ちの財産(心身も含めて)を、うっすらと振り返る。取り戻しはきくのかきかないのか。アーサー・ミラー『セールスマンの死』は、そのあたりを時速160kmの剛速球ストレート、あるいは絶叫マシン的に突きつけてくるような気がしたけれど、こちらは、「今考えることじゃないな」「そういうもんなんだ」という呪文にからめ取られて、どんどん身動きが取れなくなっていくさまがじわっと浮かび上がってくる。

    「幻想小説」とうたわれているが、主人公の置かれた状況は結構クリアな描写で、思考も明晰に、着実に積み重ねられていく。だからといって、彼には事態の好転を望むのか望まないのか明確にするのもためらわれる。このためらいが、嫌だけれど拭いても拭いてもきれいにならない壁のしみのように、読んでいるこちらの心に残る。しかも場面を追うにつれて、じわっと広がってくるような気がする。ポー『黒猫』の、胸に浮かぶ白い模様のように。

    「タタール(韃靼)」という言葉の持つ響きが、ヨーロッパ人にとってどれほどの異国感と最果て感をもたらすものなのかはちょっと不勉強でわからないのだけれど、個人的には、王維『送元二使安西』の「西の方陽関を出づれば故人無からん」や、岑參『胡笳歌』の「之を吹いて一曲猶未だ了らざるに 愁殺す樓蘭征戍の兒」と唱われる、本国の支配の及ばないはるか西域に赴く友を送る漢詩のイメージを感じた。日本文学・日本画では、井上靖・平山郁夫のイメージ。ずいぶん昔のドキュメンタリー『シルクロード』に毒されているな、私(笑)。たぶん、この小説や詩の登場人物の身になってみれば、最果ての地への赴任は不安と徒労感にあふれたものだろうけれど、はたから見るぶんには、高潔な輝きもちらっと見えたりする。そしてこの輝きに、送られる人間自身もひきつけられてしまう瞬間があるから厄介だ。その輝きを人生の糧にできるのか、していいのかと思わず考え込んでしまう。

    『セールスマンの死』のほうがインパクトも強いからか、☆がひとつ多くなってしまったものの、こちらのじわじわ感も、大人にとっては結構きます。海外文学を読みなれているかたなら少々のことには動じないかと思うけれど、そうじゃない場合には、心身ともに少々余裕があるときにお読みになるのがよいかと。

  • 購入は一年近く前。イタリア人作家の小説を読むのはこれが初めてのはず。主人公の表記が名のジョヴァンニと姓のドローゴで揺れているのは、意図的なものなのかそれともイタリア文学の潮流なのか。舞台設定も固有名詞を避けて抽象化させているし、敢えて複数表記で人としての輪郭を曖昧にしているのかもしれない。幻想文学と呼ぶにはあまりに寓話的で身につまされる内容。「ドローゴは俺だ!」と何度叫び出したくなったことか。あと表題は『砦』を当初予定していたそうだが、それだと些かカフカに寄りすぎな気もするので、現行の表題がいいと思う。

  • 訳者解説にあるように、主役は人生だ。人生そのものがモチーフ。寓意性に満ちている。

    読みながら、せつせつとこの社会の非情さ、人生の単調さ、人間のしたたかさを痛感した。しかし、最後が死を通して、微かな希望を示すとは。正しすぎて、言葉にならない。

    決して不条理だけで終わる文学ではない。

  • 時の遁走。知らず知らずに一生を砦で過ごすことになった主人公。まだ、若い、未来があるという間に時の遁走が始まり、もう後戻りすること、取り戻すことはできない。非常に心に刺さる本。

  • 生ぬるい、けれどある程度の地位と生活は保証された環境。
    そんな環境に慣れると人はいつの間にかその沼のような環境に足元をすくわれて抜け出せなくなり、
    いつの間にか若さも青春もその沼にすっかり奪い去られてしまうという、
    世の中の多くの社会人が共感してしまう虚しい人生の流れと心情を主人公が体現したような作品。
    訳者があとがきでおっしゃっている「この本の主人公は人生そのものである」という解説にも納得がいきます。
    久しぶりに岩波文庫読みましたが、やっぱり他と違って重たいですね、いろいろと。
    読むと何だか自分の人生のことを指摘されているような気持ちになりますよ、いい意味でも悪い意味でも。

  • 自ら行動を起こさなければ、待っているだけでは望む結果を得られないという教訓を究極の形で示してくれる寓話的作品。単調な生活によって加速度的に時間が進む構成に身震いさえ覚える。なかなか行動に移れない怠惰な生活を改善したい人にぜひおすすめ。

  • 薦められて。前半は退屈だけど、後半からどんどん面白くなるから!なんて言われてたけど、僕は結構前半も好きだった。
    青春擲ってキツイ軍学校でて、砦勤務が決まって、戦でいっちょ功績残して地位名声を手に入れるぜ!ってイキってる青年がいました。でも行ってみたら砦なんて名ばかりで、辺鄙で戦なんか起こりそうもないところでした。これはヤベェよ…って街勤務を志願するけど、4ヶ月様子見よ?とか言われてしぶしぶ承諾。さて、どうなる?みたいのが前半。なんだこれブラック企業かな?ただし搾取されるのは労働力でなく希望で、酷使することでなく鈍磨させることでそれを行う。それとも、これを人生と呼ぶのだろうか。
    夢みたいな希望を胸に抱いたり、日々の仕事で忙しぶってみたり、誰かも無為に時を過ごすことを望んだり。砦の人々が現実から目をそらす様はなかなかに食らうものがある。
    後半はスピード感がどんどんあがって、あぁこれからの自分の時間感覚もこんなになるのかしら、なんて思いながら読む事をやめられない。人生に少しだけ疲れている時に読んではいけない。
    青春は階段で終わるのだ。
    他の人の感想を読むのが楽しい小説。

  • これを読んで焦っちゃう人って、なにかしら野望を抱いているとか、今の生き方に対して「こんなはずじゃない」と思っている人なんだろうな。そういう、ある意味前向きな人は嫌いじゃないけど、人生なんてそんなもんよ。悲観的にそう言っているのではなくて、劇的な出来事なんてそうあるものじゃないし、ある出来事を劇的と判断するか日常茶飯事と判断するかは自分自身だから。

    ドローゴの人生だって後ろ向きだというわけではないだろう。現状維持って意外と難しいのだ。何も変わっていないように見えて事態は刻々と変化している。バスティアーニ砦だってそうだ。勤務する兵士は入れ替わるし、階級も変わる。人も死ぬ。事件もある。その都度それに的確に対応していくのは、地味だけどそれなりの困難を伴う。

    それにドローゴは孤独とは言いながらも、友だちだってたくさんいたし、死ぬときに独りなのは誰でも同じだ。そもそも孤独が悪いこととは限らない。まあ、孤独を楽しめる人はそう多くはないだろうけど。

    ドローゴの人生に間違いがあったとすれば、それは悲観論者だったことだろう。なにしろ、これから将校として任地に赴こうとしている、普通だったら希望にあふれているであろう瞬間でさえ、士官学校ですごした日々を思い出して「結局は人生のいちばんいい時期、青春の盛りは、おそらくは終わってしまったのだ」と独白するのだ。任地でも終始その調子だ。常にドローゴの前を行くような上司オルティスの存在も大きい。ドローゴはオルティスの背中を見ながら、時に反感を持つことはあってもひたすら同じ道を歩んでいく。

    小説としては、登場人物の心も砦の風景もなにも変化しない、その変わらなさが魅力だ。また、三角形をした砂漠(この表現が良い)、砦の様子、夢や妄想などの描写が情緒豊かで美しかった。

    生涯、成すべきことを成せなかったのはドローゴにとっては心残りだろうが、最期のほほ笑みの記述は、それまでのドローゴの人生を決して否定してはいない。

  • 誰も攻めてこない山間の国境の砦で日々を過ごす将校ジョヴァンニ・ドローゴ。何か特別なことが起こることを心の中で期待しながらも、何も起こらない日を過ごしながら、気が付けば「時の遁走」の中で多くのものを失ってしまう。人の人生のありようを表現している。(固い翻訳文のせいか、やや読みにくいところがあった)

  • 幻想小説 のつもりで読み始めたらぜんぜん違った、人生というものを暴いてそのあられもない姿を美しい筆調で描写する小説だった

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