バラバ (岩波文庫)

制作 : P¨ar Lagerkvist  尾崎 義 
  • 岩波書店 (1975年12月16日発売)
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  • Amazon.co.jp ・本 (185ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003275719

作品紹介・あらすじ

ゴルゴタの丘で十字架にかけられたイエスをじっと見守る一人の男があった。その名はバラバ。死刑の宣告を受けながらイエス処刑の身代わりに釈放された極悪人。現代スウェーデン文学の巨匠ラーゲルクヴィストは、人も神をも信じない魂の遍歴を通して、キリストによる救い、信仰と迷いの意味をつきとめようとする。

バラバ (岩波文庫)の感想・レビュー・書評

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  • これほどの短編を読むのに時間がかかるのは何故だろう?普段の自分は利己的な輩を許すことができなくて、小さな粗探しをして苛々してしまう。自分で火にかけてないのにお湯が沸くと一番に使う輩。窓側に鞄をおいて通路側に足を組んで座って平然としてる輩。ほんとに我ながら小さい。しかし!自分だけ助命されイエスやサハクが処刑されるのを見ているバラバの姿はそんな輩の比ではない。八つ裂きにされればいいのにと憎悪でも沸けば別だが、どうしてそんな気分にもならないのだろう?バラバの最後に信仰の力をみるのだ。キリスト教徒じゃないのにね。

    再読。スウェーデンの作家なれどノーベル文学賞の真骨頂。祭りのとき群衆の恣意的な選択によって釈放され、代わりにイエスが処刑された極悪人バラバ。新約聖書に少しだけ登場する彼の物語。釈放されたのにイエスの事が気になりゴルゴダの丘までついていき、イエスの絶命を観とり、弟子が埋葬するのを見守る。バラバ自身は自分の罪を悔いてもいないし奇蹟も信じていない。しかし信者の口裂女が民衆になぶり殺されたのを怒って更に罪を犯してしまう。バラバの行動を矛盾として片付けることは誰にも出来ない。初期キリスト教を描いた紛れもない傑作。

  • ラーゲルクヴィストはスウェーデン出身のノーベル文学賞受賞作家。スウェーデン文学・・・比較的最近読んだのは映画「ぼくのエリ」の原作「MORSE」くらいでしょうか。

    「バラバ」は、聖書に出てくる人物で、まあ一応悪人というか犯罪者として、イエス・キリストとバラバ、どちらを処刑しどちらを恩赦するかの選択で、生き残り釈放された人。いわば運命の二択を、キリストと分け合ったわけですね。キリストは処刑され、バラバは生きた。そのバラバの後半生を描いたのがこの小説。

    処刑されていたのは自分のほうだったかもしれないという状況からくるキリストと自分との運命共同体ともいうべき同一感、彼が本当に神の子であるなら死ぬべきは自分だったのではないかという当惑や何故その神の子が死を選んだのかという疑問、しかし神が本当にいるなら何故むざむざと殺される無辜の信者を守ろうとしないのかという憤り(遠藤周作の「沈黙」的な)、それらが渾然一体となって、「信じたい」と「信じられない」の間を行ったり来たりするバラバの心理は、特定の神様を盲信しない現代日本人には反って理解しやすいかも。

    虐げられた人々ほど無邪気に神を崇拝していて、バラバはむしろ、神そのものより、それを信じる彼らの無垢をこそ信頼していたではないかと思わされる部分もあります。キリストを信じて石打の刑で殺された女(バラバがかつて捨てた女)の遺体を引きずって砂漠を歩くシーンは、とても映画的で美しかった。

  • 「はい、あのお方の大きい溶かし釜のなかへ自分を捧げるので、とサハクはいった。」p.112

  • 人を信じること、愛することとは何かわからない不器用な主人公にとって、生き残されても孤独で彷徨い続けなければならならず、もしかしたらそれは死よりも辛いことなのかもしれない。主人公にとって愛することは最後までできなかったのかなあと。あまり救いというものが見られないのは残念だった。読んでいると舞台の上で演じる役者が見えてくるような演劇的な作品だった。

  • とても難しい小説です。「信ずることのできない、愛することのできない」、「ときどきのエクスタシィにしか信仰がもてない」バラバ。信仰に惹かれ続け、模索し続けながら、最後まで本当には理解できなかったのかと思います。
    「細かい線まで手を入れていない」描写が非常に個性的で、まさに荒削りの石塊のようです。

  • ノーベル文学賞受賞作。

    作中で貧しい人たちがキリストを信仰するのは、自分たちを困難な状況から救い出してくれる、都合の良い救世主を求めているだけにも見える。盲信と信仰心の区別はあいまいである。

    一方、バラバはキリストに強く惹かれながらも、決して盲信しない。むしろキリストの無力さを知っており、兎唇女のために律法士を殺し、彼女を埋葬し、あくまで行動をもって示そうとする。
    バラバは両親の愛を受けずに育った境遇からか、情がうすく、人に寄り添うことがない。ゆえに、周囲も無意識のうちに彼を拒絶する。しかし、兎唇女を埋葬し、サハクのために泣いたように、彼にも人間らしい情が残っている。
    親近感を覚えるような主人公ではないが、彼のような人間がいても自然ではないだろうか。

    キリストを信じない者にとっては、キリストに救われたことがほとんど呪いのようになるという悲劇。しかし、盲信する者たちに比べて、バラバが愚かだとは思わない。ただ、キリストを信じられなかっただけ。
    もしキリストが真の神であれば、バラバが人たちから拒絶されていようと、キリスト教徒でなかろうと、彼の魂をも救うのではないか。信者だけを救うのが神とは思えないからだ。信仰とは何か、考えさせられる。

    神を強く求めながらも、信じ切ることができない人間の姿は、『巫女』にも共通するテーマだと思う。
    個人的には、『巫女』ほどの求引力は感じられなかったので星3つ。
    ラーゲルクヴィストの作品がもっと日本で読めるようになってほしい。

  • 磔刑後のバラバの物語。「バラバ」という男の疑念、揺れ、そして選択は、まさにイエス・キリストという神を目の前にした時の人間のそれと同じではないだろうか。

  • 不勉強で、ラーゲルクヴィストという名前も、本書「バラバ」のことも知らなかった。著者はスウェーデンのノーベル賞作家。このバラバがノーベル賞受賞のきっかけとなった作品とのこと。
    イエスの代わりに放免された死刑囚バラバが、キリスト教徒として処刑されるまでを描く。でも、読後に残るのは、バラバのいかんともしがたい孤独感だった。
    (2015.4)

  • イエスの代わりに釈放された罪人バラバのその後を描くフィクション。

    信じたいと思いつつも心を閉ざし続け、罪を重ね、絶望の中で死ぬバラバ。
    しかし「おまえさんに委せるよ、おれの魂を」という不思議に安らかな最期の言葉に、わずかな光明を宿している。

    彼はだれともいっしょにつながれていなかった。広い世界中のだれとも。

    その一言が妙に胸に刺さった。
    結局のところ、人は誰かに是認されることで自分の存在を確立することを願ってやまない。

  • 宗教ってのは一体何なんだろうか。

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