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Amazon.co.jp ・本 (185ページ) / ISBN・EAN: 9784003275719
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この作品は、聖書に登場する悪人バラバの物語を通じて、信仰や存在意義についての深い問いを投げかけます。バラバはイエス・キリストと運命を分け合い、釈放されたにもかかわらず、その後の人生において罪と葛藤を抱...
感想・レビュー・書評
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これほどの短編を読むのに時間がかかるのは何故だろう?普段の自分は利己的な輩を許すことができなくて、小さな粗探しをして苛々してしまう。自分で火にかけてないのにお湯が沸くと一番に使う輩。窓側に鞄をおいて通路側に足を組んで座って平然としてる輩。ほんとに我ながら小さい。しかし!自分だけ助命されイエスやサハクが処刑されるのを見ているバラバの姿はそんな輩の比ではない。八つ裂きにされればいいのにと憎悪でも沸けば別だが、どうしてそんな気分にもならないのだろう?バラバの最後に信仰の力をみるのだ。キリスト教徒じゃないのにね。
再読。スウェーデンの作家なれどノーベル文学賞の真骨頂。祭りのとき群衆の恣意的な選択によって釈放され、代わりにイエスが処刑された極悪人バラバ。新約聖書に少しだけ登場する彼の物語。釈放されたのにイエスの事が気になりゴルゴダの丘までついていき、イエスの絶命を観とり、弟子が埋葬するのを見守る。バラバ自身は自分の罪を悔いてもいないし奇蹟も信じていない。しかし信者の口裂女が民衆になぶり殺されたのを怒って更に罪を犯してしまう。バラバの行動を矛盾として片付けることは誰にも出来ない。初期キリスト教を描いた紛れもない傑作。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
ラーゲルクヴィストはスウェーデン出身のノーベル文学賞受賞作家。スウェーデン文学・・・比較的最近読んだのは映画「ぼくのエリ」の原作「MORSE」くらいでしょうか。
「バラバ」は、聖書に出てくる人物で、まあ一応悪人というか犯罪者として、イエス・キリストとバラバ、どちらを処刑しどちらを恩赦するかの選択で、生き残り釈放された人。いわば運命の二択を、キリストと分け合ったわけですね。キリストは処刑され、バラバは生きた。そのバラバの後半生を描いたのがこの小説。
処刑されていたのは自分のほうだったかもしれないという状況からくるキリストと自分との運命共同体ともいうべき同一感、彼が本当に神の子であるなら死ぬべきは自分だったのではないかという当惑や何故その神の子が死を選んだのかという疑問、しかし神が本当にいるなら何故むざむざと殺される無辜の信者を守ろうとしないのかという憤り(遠藤周作の「沈黙」的な)、それらが渾然一体となって、「信じたい」と「信じられない」の間を行ったり来たりするバラバの心理は、特定の神様を盲信しない現代日本人には反って理解しやすいかも。
虐げられた人々ほど無邪気に神を崇拝していて、バラバはむしろ、神そのものより、それを信じる彼らの無垢をこそ信頼していたではないかと思わされる部分もあります。キリストを信じて石打の刑で殺された女(バラバがかつて捨てた女)の遺体を引きずって砂漠を歩くシーンは、とても映画的で美しかった。 -
先日読んでいたアイザック・ディネーセン「ノルデルナイの大洪水」(1934,『ピサへの道 七つのゴシック物語2』所収)にもバラバとペテロの対話する挿話があったので、連想してこちらも読み返しました。牢獄や鉱山や下水道で長年過ごして人が変わる話には続けて興味があり、こちらのバラバは農業体験もすることから宮本武蔵やトルフィンのような属性も認めていいでしょう。映画は良心的な映画ではありません。この原作でキリエはあんまりです。
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イエスの代わりに磔刑を免れた、盗賊バラバのアナザーストーリー的な話し。
基本的には創作であるが、ペトロが出てきたりピラトが出て来たり(はっきりと明言しないが)、聖書に出てくる人物が登場してきて、イエス昇天後のバラバと初期キリスト教徒とが交わる物語がとても面白かったです。
誰にも望まれずに生まれたバラバが、イエスの死と復活を目撃しながらも信心には至らず、誰の事も愛し愛する事もなく、誰とも繋がりを持てない虚無的で実存的な話し。
現代人の比喩として書かれたらしいですが、神なき時代の虚無感は、もはや虚無を通り越した21世紀の現代人にも当てはまるのだろうか、と思いました。 -
十字架を背負わされ磔刑になったイエス・キリスト
釈放されたバラバもまた十字架を背負わされ生きる
信仰とは 信じるとは
任す委ねることのできる人の魂は幸い -
人を信じること、愛することとは何かわからない不器用な主人公にとって、生き残されても孤独で彷徨い続けなければならならず、もしかしたらそれは死よりも辛いことなのかもしれない。主人公にとって愛することは最後までできなかったのかなあと。あまり救いというものが見られないのは残念だった。読んでいると舞台の上で演じる役者が見えてくるような演劇的な作品だった。
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とても難しい小説です。「信ずることのできない、愛することのできない」、「ときどきのエクスタシィにしか信仰がもてない」バラバ。信仰に惹かれ続け、模索し続けながら、最後まで本当には理解できなかったのかと思います。
「細かい線まで手を入れていない」描写が非常に個性的で、まさに荒削りの石塊のようです。 -
磔刑後のバラバの物語。「バラバ」という男の疑念、揺れ、そして選択は、まさにイエス・キリストという神を目の前にした時の人間のそれと同じではないだろうか。
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不勉強で、ラーゲルクヴィストという名前も、本書「バラバ」のことも知らなかった。著者はスウェーデンのノーベル賞作家。このバラバがノーベル賞受賞のきっかけとなった作品とのこと。
イエスの代わりに放免された死刑囚バラバが、キリスト教徒として処刑されるまでを描く。でも、読後に残るのは、バラバのいかんともしがたい孤独感だった。
(2015.4) -
宗教ってのは一体何なんだろうか。
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キリストが身代わりとなった囚人、バラバを主人公とした小説。
場面はゴルゴタから始まる。
バラバは自分の身代わりに磔刑となったキリストの死を眺める。
元々バラバはキリストと面識があったわけではない。それでも自分の身代わりになった男のことが気になり、キリストの信者たちに近づき、彼は何者であったかを知りたがる。
しかし聞けば聞くほどに、キリストのことが理解できない。
その後も、何人もの信者と交流を持つも、彼は死ぬまでキリストを信仰することはない。
またかなり深い仲になった(と少なくとも相手側は思っていた)人間とも、本当の意味で心の交流をすることはない。
誰にも救いを求めず、誰をも救うことがなかったバラバ。
それでも恐らく信仰と愛とについて誰よりも深く考え続けたバラバ。
著者から明確な結論は提示されない。また語り過ぎないくらいの簡潔な文体も相俟って、本書全体が問いかけのまま終わってしまう。
読者はバラバになって、自分が救われて生きていることの意味を考え続けることになる。
個人的に、最後の「おまえさんに委せるよ」の「おまえさん」はキリストではなく「死」=「無」なんじゃないかというような気もする。 -
友人に借りパクされた。くそー
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随分と以前(学生の頃?)に読んで、もう一度読んでみたいと思っていた本に久しぶりに巡り会いました。だからといって、イエスの代わりに放免された兇賊バラバという主人公のこと以外、内容は全く覚えていなかったけれど。キリスト教って、信仰ってなんだろうと考えさせられる内容でした。またいつか読むかも。
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バラバ。イエスの犠牲によって直接救われたもの。非常に興味深く読みました。フィクションとは知っていながらも、それ以上に信仰とは何か、私の人生とは何かと、真剣に読み進めていきました。
最後まで信仰を理解できなかったバラバ。しかし死に際の言葉はイエスのそれと同一であった。著者の思いやいかに。あまり深く洞察していませんが、時間があればゆっくり思案にふけりたいと思っています。
10/6/27
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