アルプスの山の娘―ハイヂ (岩波文庫)

制作 : 野上 弥生子 
  • 岩波書店 (1991年3月1日発売)
4.20
  • (3)
  • (0)
  • (2)
  • (0)
  • (0)
  • 本棚登録 :22
  • レビュー :5
  • Amazon.co.jp ・本 (321ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003276112

アルプスの山の娘―ハイヂ (岩波文庫)の感想・レビュー・書評

並び替え:

表示形式:

表示件数:

  • 誰もが知るアニメとは違う点が色々あって面白い。
    ペーターの長所が見当たらない点とか…。

  • 読みやすく奥行きがありとても良い訳。出てくる人たちの純朴な敬虔さをとてもまぶしく清しくおもう。

  • スイス人の女流作家ヨハンナ・スピリの小説『アルプスの山の娘(ハイヂ)』を読みました。

    言わずと知れた、日本アニメーション『アルプスの少女ハイジ』の原作です。
    最近、この高畑勲さん演出の日本版ハイジを改めて観る機会がありまして、つくづく名作だなあ、と感じ入ったわけなのですが、ふと「原作に比べて、どこまで忠実なんだろう?」と興味が湧いてきました。

    新訳も出ているとは思いましたが、できることなら高畑ハイジの影響を受けていない、まっさらなものを読みたかったので、1934年初版、大正期の作家・野上弥生子さんによる翻訳本(岩波文庫から刊行)を選択しました。

    さすがに時代を経ているだけのことはあり、例えば

    ハイジが「ハイヂ」
    アルムおじさんが「アルムをぢさん」
    ペーターが「ペーテル」などと表記されており、
    少し可笑しく感じられるところもあるのですが、
    決して読みにくいということはありませんでした。
    むしろハイジ自体がすでに古典と化した今では、
    時代がかった文章の方がしっくりと感じられたほどです。



    さて、高畑ハイジを見慣れた僕にとって『ハイジ』とは、自然讃歌の物語であり、家族の物語であり、友情の物語でした。もちろん、主人公はハイジです。

    ですが、原作を読み終わった今、そこに新たな視点が生まれたのを感じています。
    自然讃歌、家族、友情。確かにそう。
    だけど、何よりこれは、再生の物語だ。

    ハイヂが中心に話が進むのはもちろんなのですが、僕はむしろ「アルムをぢさん」こそが真の主人公なのではないかとさえ思っています。



    アルムをぢさんは、人との交流を嫌い、たった一人で山に住んでいる変わり者として描かれています。これは高畑ハイジでも同じですね。

    原作では、をぢさんの過去について、噂というかたちで詳しく触れられています。
    アルムをぢさんは、裕福な家庭の長男に生まれましたが、若い頃から酒や賭け事に溺れ、ついには財産を食いつぶしてしまいました。
    両親は失意のうちに亡くなり、自らも行方をくらませたアルムをぢさんですが、やがてイタリアで兵隊をしていたことが分かります。そのうち、息子を連れて故郷に戻ってきたのですが、親類とうまくいかず、へんぴな村に落ち着くことになりました。その頃から村人とはあまりうまくいっていなかったのですが、息子のトビアスは順調に成長していきます。
    やがて一人前になったトビアスは結婚し、子宝にも恵まれます(この子がハイヂです)。

    ところが、あるときトビアスが仕事中に事故で亡くなり、ショックを受けた妻も後を追うようにして死んでしまいます。
    村人たちは、この不幸な出来事は、アルムおぢさんが神様をないがしろにするような不信心な行いをしている罰だと噂し、面と向かって言う者さえいました。
    これにをぢさんは激高。村人たちに絶縁を宣言すると、山に登ったきり、神様と人間に敵対するような暮らしを送るようになります。



    ハイヂが5歳のときにデーテに連れられて山に来てからも、アルムをぢさんのスタンスは変わりません。ハイヂが8歳になっても学校にさえ通わせようとしないことを心配した牧師さんがアルムをぢさんを訪ねたときも、彼はこう答えています。

    「山羊と鳥の中で育てあげて、幸福にしてやらうと思ふのです。さうしておけば、悪いことはなに一つおぼえませんからね」(本文より引用)


    これはアルムをぢさんの本心だったのでしょうか。
    デーテがハイヂをフランクフルトへ連れて行くため、再び姿を見せたとき、
    をぢさんは激怒しますが、力づくで止めるようなことはしませんでした。
    彼も分かっていたのでしょう。自分の意固地な考えが、ハイヂの本当の幸福にはつながらないことを。

    でも理解はできても、納得などできるはずもありません。
    ハイヂが去った後、をぢさんは完全に心を閉ざしてしまいます。
    息子に続き、孫も失ってしまった老人は何を思うのか。
    それは怒りというよりは、悲しみ、あるいは諦めに近い感情だったのではないでしょうか。


    だからこそ、帰ってきたハイヂが「おぢいさん、おぢいさん」とその胸に飛び込んだ瞬間は、アルムをぢさんにとって、ひとつの奇跡でした。
    彼はその夜、眠るハイヂの枕元で、心の底から祈りの言葉をつぶやきます。その頬を、涙がそっと流れました。

    多くのものを失ってきた男の凍てついた心が、ささやかな温もりに触れるとき。
    それは、再生の物語なのです。

  • 素直になんでも信じられる気持ちをなつかしく思い出しました


    それにしても…
    児童向けじゃなくて抄訳じゃないのを探したら
    野上弥生子訳 1934年刊 なんて吃驚!
    なんてったって「ハイジ」じゃなくて「ハイヂ」だもんね。

全5件中 1 - 5件を表示

ヨハンナ・スピリの作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

アルプスの山の娘―ハイヂ (岩波文庫)はこんな本です

ツイートする