クオ・ワディス〈中〉 (岩波文庫)

制作 : Henryk Sienkiewicz  木村 彰一 
  • 岩波書店
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  • Amazon.co.jp ・本 (359ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003277027

感想・レビュー・書評

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  • キリスト教黎明期、ネロ治世下のローマで始まる叙事詩。中巻はイケメン軍団将校ウィキニウスさんが文句なしに主役。彼の恋愛譚を大いに楽しませていただきました。
    超ロングな台詞はこの小説の特徴と言ってもいいと思うのですが、中巻でもやっぱり長い!長口上はペトロニウスやキロンのお家芸だと思ってましたが、幸せモードのウィキニウスまで滔々としゃべりだし、お前もかよ!感がありました。

    キリスト教と触れることで登場人物が少しずつ変わっていき、この中巻の終わりには、どうにも決定的な変化を生み出してしまった模様。またしても次が気になるところで終わってしまいます。
    ポーランド人の著者がこの小説を書いていた19世紀の終盤は、ポーランドという国は存在せず、1870年代にはビスマルクが文化闘争でローマ・カトリックを弾圧していた過去も。どうにもこの小説の内容と重なってきます。

    ばっちり感情移入してしまったので、登場人物の今後が心配です。

  • ウィニキウスとペトロニウス、やはり二人は別の道を歩むことになりそうだ。ウィニキウスがあまり簡単に改宗してしまっては興ざめだなと思ったけど、自分には合わない、受け入れがたい、と思う反面でどうしようもないくらい魅かれる、という葛藤が描かれていたのでまあ納得のいく展開だった。
    この巻ではペトロニウスの美学というか哲学というかモットー?ポリシー?のようなものも存分に描かれていて、彼は彼でとても魅力的だ。「やろうと思えばできないこともないけど、面倒だから嫌だ」とか、「好きなものは好き!欲しいものは欲しい!生きることを楽しんで何が悪い?」みたいなところとか、正直でよいと思う。
    この巻でもう一つ印象的だったのは、グラウコスに正体がばれたキロンが、自分が殺されずに許されたというのが理解できない、というシーン。古代ではこれが普通の反応だったんではないかという気がする。
    はじめてこの教えに触れたとき、人々はどう思ったのだろう。二千年経っても世界中で信仰されているのだから、時代や文化を超えて普遍的に受け入れられる要素がある、ということなのだろうか。
    ローマ大火の場面は手に汗握るというか、煙と熱気にまかれるウィニキウスの焦りと息苦しさが伝わってくる。
    ペトロニウスの首が大変心配な状況で、下巻に続く。

  • まあまあ面白い。

    上巻で受けた冗長な印象は拭えないが、ローマが大火事になった辺りからはワクワクしてきた。
    思うに、長ったらしい記述がダメなのではなくて、ストーリー展開とのバランスが重要なのだろう。
    目新しさのない恋愛譚だけでは伏線が少なすぎてつまらないが、ネロ帝の苦悩やキリスト教の展開が加わってくると、話も膨らみそうな期待を持てるようになってきた。

    ノーベル文学賞作家が書いた本だという理由なのか、評価が過大な気がする。
    歴史物で大部作であれば、例えば浅田次郎の「蒼穹の昴」の方がよっぽど面白い。

  • キリスト教に触れたウィニキウスの変化が面白い。

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  • ネロの時代のディテールが細かい
    方々の闘技場に捉えられていた数千の獅子の遠吠えとか

    リギアと主人公の仲は順風満帆?
    と思いきや

    中巻の見せ場、ローマ大火に突入
    ここはテンポも良くて迫力のある描写が続く

    会話部分がひどく長ったらしくなる場面があるのはあいかわらす

    ネロの自己陶酔っぷりは相変わらず

    ティゲリヌスとペトロニウスの対立

    ※トロイロスの恋、注釈から
     作者の勘違い?で中世ロマンスの話が紛れ込んだ

  • リギアをさがすウィニキウス。
    なぜリギアは自分から逃げなければならなかったのか。
    それを助けるウィニキウスの叔父ペトロニウス。
    皇帝ネロに信頼され、従いながらもかわいい甥のために密かに奔走するうちに、ローマをクリストゥスがどれだけ浸食しているか、しだいに実態がわかってきます。

  • これもまた息つかせぬ展開。面白かった。ヴィニキウスとキロンがウルススにぶちのめされたところから、ウィニキウスがリギアやペテロとの関係の中でだんだんとキリスト教に感化されていく。リギアへの愛情は変わらないが、ゆがんだものから純愛に変化し、自らの生き方も省みるような心が生じた。しかし、この物語の表現のうまいところは、青年貴族が変化し、自身もクリスチャンになったつもりでいても、まだその心が信仰の深みに至っていないところ。自己中心の壁は超えていない。ローマの大火がおき、それがネロの享楽からのものであり、逃げ惑う人々と、リギアを探すウィニキウスの勢いが急速に物語を上昇させたところで下巻へ。

  • 感想は下巻で。

  • ウィニキウスの変化。
    ネロの残虐性。
    廷臣の愚行。
    嵐の予感。

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