完訳 千一夜物語〈11〉 (岩波文庫)

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レビュー : 7
  • Amazon.co.jp ・本 (424ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003278116

感想・レビュー・書評

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  • 11巻は「アリ・ババと四十人の盗賊の物語」収録。盗賊の宝物の隠し場所でかの有名な「開けゴマ!」(※本書では「胡麻よ、開け!」)の呪文を唱えると、洞窟の扉が開くという、そのインパクトはやっぱり絶大。しかし全体の構成としては日本の昔話にもよくある、意地悪兄と善良弟(いじわる爺さんと良いお爺さん)の類話だと思う。

    アリババは貧乏な木こり。ある日盗賊が40人馬で森にやってきて、「開けゴマ」をやって洞窟に盗んだ宝物を運び入れるのを目撃、盗賊たちが去ったあと洞窟に開けゴマで侵入し、お宝をちょっぴりいただいて持ち帰る。アリババが金持ちになったことに気づいたその兄は、理由を問いただし、アリババの真似をして開けゴマをやり洞窟に侵入するが、出るときになってゴマの呪文をド忘れしてしまい、盗賊にみつかって殺されてしまう。

    ここまでは、マネしたほうが失敗するよくあるパターンなのだけど、このあと盗賊がアリババに復讐しようと執拗に付け狙うのを、なぜかアリババ自身ではなく利口な奴隷の娘マルジャーナが知恵を働かせて何度も撃退する展開に。そんなわけで後半はアリババ全然活躍しないまま、マルジャーナを息子の嫁に迎えてめでたしめでたし。アリババ、影薄い・・・。

    「気の毒な不義の子のこみいった物語」は本当に大変込み入っていたのだけど、魔神が猿に化けて貧しい若者を騙し王女をわがものにしようとする「若者の猿の物語」が変身譚で面白かった。「バクダードの橋上でアル・ラシードの出会った人たち」の中の「白い牝馬の主人の若者の物語」も変身譚。こちらは美女奴隷を妻にした男が、実は魔女だった妻により犬に変えられるも、なんとか元に戻り妻を牝馬に変えるという復讐を遂げる。

    ※収録
    第826-844夜:気の毒な不義の子のこみいった物語(若者の猿の物語/第一の狂人の物語/第二の狂人の物語/第三の狂人の物語)
    第844-847夜:九十九の晒首の下での問答
    第847-851夜:細君どもの腹黒さ(菓子屋の話した物語/八百屋の話した物語/肉屋の話した物語/竪笛吹きの話した物語)
    第851-860夜:アリ・ババと四十人の盗賊の物語
    第860-876夜:バクダードの橋上でアル・ラシードの出会った人たち(白い牝馬の主人の若者の物語/インドとシナの曲を奏する人々を従えた馬上の若者の物語/気前のよい掌の老人の物語/口の裂けた不具の学校教師の物語/橋上で頬を殴ってもらう盲人の物語)
    第876-881夜:スレイカ姫の物語

  • "第826夜から881夜まで。
    有名なアリババと四十人の盗賊の話。アリババの話、というよりはアリババの周囲の人の話というほうが正確かも。
    他はいつものアル・ラシードが街で気になった人を読んで聞く話など、複数の人から順番に話を聞くという話。"

  • 気の毒な不義の子のこみいった物語
    99の晒首の下での問答
    細君どもの腹黒さ
    アリ・ババと四十人の盗賊の物語
    バグダードの橋上でアル・ラシードの出会った人たち
    スレイカ姫の物語

  • アリ・ババと40人の盗賊の巻。
    前半のアリ・ババ自身の冒険より、後半のマルジャーナの知恵と慧眼が素晴らしい。
    アリ・ババはちょっと抜けてるよね…。
    スレイカ姫の物語もなかなか良かったかも。

  • 11 (826-881)
    気の毒な不義の子の込みいった物語
    若者の猿の物語
    第一の狂人の物語
    第二の狂人の物語
    第三の狂人の物語
    九十九の晒首の下での問答
    細君どもの腹黒さ
    菓子屋の話した物語
    八百屋の話した物語
    肉屋の話した物語
    竪笛吹きの話した物語
    アリ・ババと四十人の盗賊の物語
    バグダード橋上でアル・ラシードの出会った人たち
    白い牝馬の主人の若者の物語
    インドとシナの曲を奏する人々を従えた馬上の若者の物語
    気前のよい掌の老人の物語
    口の裂けた負具の学校教師の物語
    橋上で頬を殴ってもらう盲人の物語
    スレイカ姫の物語

  • 2008/02/02

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著者プロフィール

1890(明治23)年、福岡県朝倉郡福田村(現・朝倉市)に生まれる。1915年、東京帝国大学卒業後、明治大学、法政大学などで教授を務めた。また、1921年ごろから子供のための短編を書いて赤い鳥社などから出版社、100以上のおとぎ話を残した。有名な学者、フランス文学の翻訳者としても知られ、訳書に「レ・ミゼラブル」「ジャン・クリストフ」などがある。1955(昭和30)年、永眠。

「2018年 『豊島与志雄短編集』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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