悪魔の涎・追い求める男 他八篇―コルタサル短篇集 (岩波文庫)

著者 : コルタサル
制作 : 木村 栄一 
  • 岩波書店 (1992年7月16日発売)
3.90
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  • Amazon.co.jp ・本 (301ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003279014

悪魔の涎・追い求める男 他八篇―コルタサル短篇集 (岩波文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 幻想と現実が侵食しあう世界観にぐんぐん引きこまれていった。こういう、脳天を直撃するような作品に出会えてしあわせだ。どの短編もよかったが、「追い求める男」「南部高速道路」「すべての火は火」が特によかった。この後、コルタサルを読み漁ることになるだろう。

    「続いている公園」
    今となっては"ちょっと不思議な物語"としてしか読まれないかもしれないが、メタレベルの移動というテクニカルな手法が、けれん味のない文章で軽やかに描かれていることに驚いた。わずか2ページほどの作品なのに、一気に幻想的な世界に引き込ませてくれる。つかみはOK!といった感じで、この短編集の入り口にピッタリの短編だ。

    「パリにいる若い女性に宛てた手紙」
    論理的に考える作品ではないとわかっているが、わからなすぎて、つい考えてしまう。恐慌をきたした(かに見えるが、実はそうじゃないのかも)男の最後のことばに戦慄を覚えた。次の「占拠された屋敷」と同じく、なにかわからないものに対して恐怖を感じている人の描写がすごい。幻想的な入り口から入って現実的な不安で終わる。

    「占拠された屋敷」
    狂気を帯びた(ように見える)兄妹のその後と屋敷に入り込んできた"何か"の正体は明かされない。ロマンチックな空気さえ感じられる兄妹の関係が、作品の不思議な雰囲気を作っている。

    「夜、あおむけにされて」
    これもまた、文章力の勝利。お話としてはありきたりになってしまっても、こういう作品は生き残るんだな。

    「悪魔の涎」
    最初の「続いている公園」と同じように、メタレベルの手法を使った作品。最後の、変化していく空を見上げる写真の構図がゾッとする。

    「追い求める男」
    天才の孤独と、理解できないものを理解させようとする轟くような文章の迫力が圧巻。パワーズ『われらが歌う時』に先立つ現代の音楽小説の傑作。

    「南部高速道路」
    一刻も早く解消してほしいと願っていたはずの渋滞がついに解消されて車が動き出した時の戸惑いが、せつない。昔ながらの共同体への郷愁がかいま見えた。

    「正午の島」
    男が見ている夢(寝ている時に見るものじゃなくて、未来に思いを馳せる意味の夢)と現実がシンクロする結末が意外で、ちょっと唖然とした。

    「ジョン・ハウエルへの指示」
    舞台劇と鑑賞者の境目が消えていくお話。設定は不条理だが、表面的には現実的な物語に見える。それをさらに、語りが幻想を招き寄せる。

    「すべての火は火」
    設定がおもしろい。道ならぬ恋という共通の感情を要にして、まったく違うふたつの世界が交差していく。描かれる世界と同じく、うねるような文体もすごい。語られる世界が変わるところで段落が変わらないところもある。タイトルへの収束の仕方もすばらしい。

  • 「続いている公園」切れ味の鋭いショートショート。
    「パリにいる若い女性に宛てた手紙」○ 本当は君のアパートに越したくなかったんだ、という私信から始まる驚愕の兎小説。金井美恵子の「兎」を何となく連想(あっちの方が強烈だが)。
    「占拠された屋敷」○ つつましく暮らす独身の兄妹に忍び寄る危機。定かに描かれない危機の正体は現代生活の不安のメタファーだろうか。
    「夜、あおむけにされて」 事故で負傷し病院に運ばれた男が朦朧とした中で見たのはアステカ族から密林に逃げ込むという悪夢だった。題材こそラテンアメリカ的だが、あくまでも素材で西欧文学でもよく見られるパターンに思える。
    「悪魔の涎」○ 写真家が公園で見かけた少年と年上の女。解説によるとコルタサルは出来のいい短篇を見事な写真になぞらえていたらしく、この小説などはまさにその一瞬を活写し想像力を喚起させてくれる。
    「追い求める男」○ 類稀な才能を持つサックスプレイヤーと友人の音楽評論家を主人公とするジャズ小説。天才だけが感じることが出来る他人と共有することの出来ない世界の表現が巧みで、その孤独感と共に鮮やかに切り取られている。また一つ音楽小説の傑作を発見した。
    「南部高速道路」○ 長く続く渋滞が起こす騒動。これも現代社会を戯画化しているように思われる。
    「正午の島」 飛行機内の勤務中に見かける小さな島に取りつかれ、行ってみることにした主人公。オチは少々意外。
    「ジョン・ハウエルへの指示」 ふと訪れた劇場のつまらない芝居に失望していたが、ひょんなことから次の幕から舞台に上がることになってしまった。これも良かった。
    「すべての火は火」 古の剣闘士と電話で会話する現代人の話が並行して語られる実験的な作品で収束していくエンディングまでの手つきがお見事。

     短篇作家ということでどの作品も完成されていて非常に質の高い短篇集。どちらかというと都会的で非常に洗練された作風。ベルギー生まれでフランスの詩人やシュルレアリスムに強く影響を受けていたためか、あまりラテンアメリカ文学っぽさは感じられず、反対に日本のあるいはよく読まれている英語圏の短篇小説作家が好きな人にも手に取りやすいのではないか。
     

  • その経歴と幻想的な作風からボルヘスとの比較は避けられないが、ボルヘスの作品では虚構が現実を侵食していくのに対して、コルタサルは現実と虚構が並列して存在し、代替可能な様に描かれているのが印象的であった。そこから生じるのは不確かさ故の不安感や寄る辺の無さであり、だからこそ「追い求める男」が求めるものは決して手に届かず、「南部高速道路」で生まれた共同体は形成された途端に瓦解する。そうした作風の原因を、南米出身でありながら半生をフランスで過ごした著者の引き裂かれたアイデンティティに求めてしまうのは蛇足だろうか。

  • コルタサルの短篇では「遠い女」のように、幻想が現実を侵食していくもの、いつの間にか視点が移り変わっていくものなど、ちょっとぞわっとさせられるところが好き。
    本短篇集では、「夜、あおむけにされて」「悪魔の涎」「正午の島」あたりが好み。

    「続いている公園」
    どこかで似たような話を読んだなと思ったら、エリック・マコーマックの「フーガ」(『隠し部屋を査察して』)だった。コルタサルのこちらが本家。

    「パリにいる若い女性に宛てた手紙」
    読んでいるこちらの喉までムズムズしてきそう。

    「悪魔の涎」
    傍観者として、街角で見かけたドラマチックな光景を写真に収めた男。
    壁に飾ったその写真、一瞬を切り取ったはずの写真が独自の時間を刻みだす。写真が窓のよう。観る者から見られるものへ。

    「南部高速道路」
    とてつもなくヘンな話なのに、最後に味わう寂しさったら。

    「正午の島」
    一瞬の間に見た幸福な幻影、なのだと思う。

  • アルゼンチン出身の作者。父親の仕事で世界を転々として過ごす。南米作家は、家族の転勤や、自身が外交官やジャーナリストという「旅行作家」タイプが多くいて、一度離れた視線から祖国を見て、そのため却って独自の視線で祖国へのアイデンティティが表現される作品が多いです。
    コルタサルの作品は、異空間に放り込まれてドアを消されたような、なんとういうか寝覚めの悪い悪夢を見たような読後です。
    また、短編は難しいなりに分かるのですが長編は残念ながら私には理解不能、本人も晩年は「分からないように書けるようになった!」と喜んでいたというので困った作家だ。そんな難解さのため、「日本語には絶対翻訳不能の作品がある」と翻訳者が根をあげているような作家です。

    ★★★
    時が止まったように暮す兄と妹。だが屋敷に何物かが入り込む、兄妹はただ何もせず屋敷を明け渡す。
    /「占拠された屋敷」

    悪夢と現実が重なり合う話。
    /「夜あおむけにされて」

    公園で撮った写真は、その後の出来事を写し続ける。
    /「悪魔の涎」
    「悪魔の涎」とは空中に浮遊する蜘蛛の糸のこと。日本では雪の季節の前に漂うことから「雪迎え」「雪女房」といわれ、英語では「ゴッサマー」(意味は知りません)で「ロミオとジュリエット」の中ではフラフラ浮く恋心のたとえとして出てくる。同じものを見ても各国における捕らえ方が違うのが面白い。

    ドラッグにおぼれながらジャズミュージシャンが追い求めた彼岸
    /「追い求めた男」

    高速道路に信じがたいほどの渋滞が発生する。車で生活する彼らにコミューンが出来上がる。やがて渋滞が解消される…。
    この話はすごい。目か鱗こと言うか、こんな読書体験初めてというか、とにかく異質で、短編の一つと言うより、一つのジャンルとなっているような作品。
    /「南部高速道路」

    現在パリのアパートと、古代ローマの闘技場。時代も場所も違う二つの場所で繰り広げられる三角関係を火は燃やし尽くす。
    /「すべての火は火」
    ★★★

  • 「南部高速道路」はカッコイイな。どの短編もキュッと切なくなる瞬間があって息が苦しくなる。それが癖になる。「すべての火は火」はカッコよすぎてしみじみする隙がないくらいアクロバティック。

  • 知らないうちに「向こう側」に行ってしまう話がいろいろ。あちら側との接続のしかたが多彩で面白い。

    かわいくてだめだめな兎ストーリーの「パリにいる若い女性に宛てた手紙」、保身に懸命な評論家の視線で至高をつかもうとする芸術家を描いた「追い求める男」、交換条件がひど過ぎる「正午の島」の三篇が特に良かった。

    大人気の「南部高速道路」はそれほどでも。期待し過ぎたし、仕事でずっとじりじりしているからか、渋滞の話にぐっとこなかった。

    全体的におしゃれな雰囲気だったのは想定外だった。そういえばコルタサルって欧州住まいが長いんだものね。

  • 現実と非現実の境界線が曖昧な、独特の世界観。
    読後感がふわっとしているところはボルヘスと似ているなあと思うのだが、こちらの方が後に残る感じがする。
    何となく、ボルヘスは広い世界とか運命とかを描き、コルタサルは人間の内的世界を描いているような気がする。
    と、感想までが曖昧模糊となってしまった。

    ジョン・ハウエルへの指示が印象に残っている。
    冒頭のインパクト勝ちって感じ。

  • 一見どれもはじめはどことなく倦怠感のある流れを感じさせるのだが、それからじわじわと目の前のものが崩壊していく、あるいは急速に目覚めに向かうがごとく動きだしていく、その変化や切り替えが見事。

  • アントニオーニの映画『欲望』の原作、コルタサル「悪魔の涎」について。

    ほんの数頁。短篇。短い。怖い、というよりシュール。
    映画と違ってとても閉じている。
    全てが写真家の目の前、というより目の中で起こっている。
    それにしても。
    時空間の歪みどころか、次元の歪みというか何というかの連続。
    ふと気づくとあちら側とこちら側が交叉してる。
    それでぞっとする。
    立体的で時間も縦に一方向に流れている四次元の現実と
    フレームの中に切りとられた三次元の写真、その中の現実。
    ないはずの時間と動き、流れ。変更、いや変質?
    ということは閉じているというのとは違うのか。

    因みにこれには、確か高校のときの国語の教科書にあった
    「占拠された屋敷」も納められてます。
    これ授業でやりたいって言ったら却下された気がする。

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