悪魔の涎・追い求める男 他八篇―コルタサル短篇集 (岩波文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (301ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003279014

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  • 「続いている公園」切れ味の鋭いショートショート。
    「パリにいる若い女性に宛てた手紙」○ 本当は君のアパートに越したくなかったんだ、という私信から始まる驚愕の兎小説。金井美恵子の「兎」を何となく連想(あっちの方が強烈だが)。
    「占拠された屋敷」○ つつましく暮らす独身の兄妹に忍び寄る危機。定かに描かれない危機の正体は現代生活の不安のメタファーだろうか。
    「夜、あおむけにされて」 事故で負傷し病院に運ばれた男が朦朧とした中で見たのはアステカ族から密林に逃げ込むという悪夢だった。題材こそラテンアメリカ的だが、あくまでも素材で西欧文学でもよく見られるパターンに思える。
    「悪魔の涎」○ 写真家が公園で見かけた少年と年上の女。解説によるとコルタサルは出来のいい短篇を見事な写真になぞらえていたらしく、この小説などはまさにその一瞬を活写し想像力を喚起させてくれる。
    「追い求める男」○ 類稀な才能を持つサックスプレイヤーと友人の音楽評論家を主人公とするジャズ小説。天才だけが感じることが出来る他人と共有することの出来ない世界の表現が巧みで、その孤独感と共に鮮やかに切り取られている。また一つ音楽小説の傑作を発見した。
    「南部高速道路」○ 長く続く渋滞が起こす騒動。これも現代社会を戯画化しているように思われる。
    「正午の島」 飛行機内の勤務中に見かける小さな島に取りつかれ、行ってみることにした主人公。オチは少々意外。
    「ジョン・ハウエルへの指示」 ふと訪れた劇場のつまらない芝居に失望していたが、ひょんなことから次の幕から舞台に上がることになってしまった。これも良かった。
    「すべての火は火」 古の剣闘士と電話で会話する現代人の話が並行して語られる実験的な作品で収束していくエンディングまでの手つきがお見事。

     短篇作家ということでどの作品も完成されていて非常に質の高い短篇集。どちらかというと都会的で非常に洗練された作風。ベルギー生まれでフランスの詩人やシュルレアリスムに強く影響を受けていたためか、あまりラテンアメリカ文学っぽさは感じられず、反対に日本のあるいはよく読まれている英語圏の短篇小説作家が好きな人にも手に取りやすいのではないか。
     

  • その経歴と幻想的な作風からボルヘスとの比較は避けられないが、ボルヘスの作品では虚構が現実を侵食していくのに対して、コルタサルは現実と虚構が並列して存在し、代替可能な様に描かれているのが印象的であった。そこから生じるのは不確かさ故の不安感や寄る辺の無さであり、だからこそ「追い求める男」が求めるものは決して手に届かず、「南部高速道路」で生まれた共同体は形成された途端に瓦解する。そうした作風の原因を、南米出身でありながら半生をフランスで過ごした著者の引き裂かれたアイデンティティに求めてしまうのは蛇足だろうか。

  • コルタサルの短篇では「遠い女」のように、幻想が現実を侵食していくもの、いつの間にか視点が移り変わっていくものなど、ちょっとぞわっとさせられるところが好き。
    本短篇集では、「夜、あおむけにされて」「悪魔の涎」「正午の島」あたりが好み。

    「続いている公園」
    どこかで似たような話を読んだなと思ったら、エリック・マコーマックの「フーガ」(『隠し部屋を査察して』)だった。コルタサルのこちらが本家。

    「パリにいる若い女性に宛てた手紙」
    読んでいるこちらの喉までムズムズしてきそう。

    「悪魔の涎」
    傍観者として、街角で見かけたドラマチックな光景を写真に収めた男。
    壁に飾ったその写真、一瞬を切り取ったはずの写真が独自の時間を刻みだす。写真が窓のよう。観る者から見られるものへ。

    「南部高速道路」
    とてつもなくヘンな話なのに、最後に味わう寂しさったら。

    「正午の島」
    一瞬の間に見た幸福な幻影、なのだと思う。

  • アルゼンチン出身の作者。父親の仕事で世界を転々として過ごす。南米作家は、家族の転勤や、自身が外交官やジャーナリストという「旅行作家」タイプが多くいて、一度離れた視線から祖国を見て、そのため却って独自の視線で祖国へのアイデンティティが表現される作品が多いです。
    コルタサルの作品は、異空間に放り込まれてドアを消されたような、なんとういうか寝覚めの悪い悪夢を見たような読後です。
    また、短編は難しいなりに分かるのですが長編は残念ながら私には理解不能、本人も晩年は「分からないように書けるようになった!」と喜んでいたというので困った作家だ。そんな難解さのため、「日本語には絶対翻訳不能の作品がある」と翻訳者が根をあげているような作家です。

    ===
    時が止まったように暮す兄と妹。だが屋敷に何物かが入り込む、兄妹はただ何もせず屋敷を明け渡す。
    /「占拠された屋敷」

    悪夢と現実が重なり合う話。
    /「夜あおむけにされて」

    公園で撮った写真は、その後の出来事を写し続ける。
    /「悪魔の涎」
    「悪魔の涎」とは空中に浮遊する蜘蛛の糸のこと。日本では雪の季節の前に漂うことから「雪迎え」「雪女房」といわれ、英語では「ゴッサマー」(意味は知りません)で「ロミオとジュリエット」の中ではフラフラ浮く恋心のたとえとして出てくる。同じものを見ても各国における捕らえ方が違うのが面白い。

    ドラッグにおぼれながらジャズミュージシャンが追い求めた彼岸
    /「追い求めた男」

    高速道路に信じがたいほどの渋滞が発生する。車で生活する彼らにコミューンが出来上がる。やがて渋滞が解消される…。
    この話はすごい。目から鱗と言うか、こんな読書体験初めてというか、とにかく異質で、短編の一つと言うより、一つのジャンルとなっているような作品。
    /「南部高速道路」

    現在パリのアパートと、古代ローマの闘技場。時代も場所も違う二つの場所で繰り広げられる三角関係を火は燃やし尽くす。
    /「すべての火は火」

  • 南部高速道路を一読したくて購入。南部高速道路では、高速道路の陥没による大渋滞という状況から、極限状態に陥った時の人間の儚さや醜さ、一方で、お互いに助け合うことで危機的状況を乗り切るという人の素晴らしさなどが描かれている。その他、タイトルとなっている、悪魔の涎、追い求める男など、全10篇が収録されている。

  • 池澤夏樹の世界文学短篇コレクションで読んだコルタサルの「南部高速道路」が好きで好きで、収録されている短編集を購入。

    読書という体験は基本的に登場人物の生活に侵入する行為というか、無断で覗き見をしているようなものなのかも、と一瞬我に帰るような作品が多い印象。気付けば自分の背後に人が居たり、見ていると思っていたら見られていたり…。視点がグルグル回る、エッシャーの絵画に入ったらこんな感覚なんだろうか。「続いている公園」「夜、あおむけにされて」「悪魔の涎」「正午の島」「ジョン・ハウエルの指示」「すべての火は火」辺りがそれに当てはまる。「追い求める男」も信頼足り得るべき現実が足元から崩れていく感覚が共通しているかも。薄々勘付いてはいたけれども、終盤に突きつけられる事実の恐ろしさたらないな。

    ただ、「追い求める男」はより登場人物の痛みが感じられて好きだった。何かを切実に欲する人の話にどうしても心揺さぶられる。だから恋人の家の不可侵性に耐えられず、白い子兎を吐き続ける男の末路を描いた「パリにいる若い女性に宛てた手紙」も強烈に印象に残っている。しかし何より「南部高速道路」が一番好き。幾日も続く渋滞に巻き込まれた赤の他人同士が、いつの間にか作り上げていた共同体が、渋滞が解消されるのと同じくらい唐突に、一瞬で解けていく…。はあ…人生だ…。

  • 「南部高速道路」はカッコイイな。どの短編もキュッと切なくなる瞬間があって息が苦しくなる。それが癖になる。「すべての火は火」はカッコよすぎてしみじみする隙がないくらいアクロバティック。

  • 知らないうちに「向こう側」に行ってしまう話がいろいろ。あちら側との接続のしかたが多彩で面白い。

    かわいくてだめだめな兎ストーリーの「パリにいる若い女性に宛てた手紙」、保身に懸命な評論家の視線で至高をつかもうとする芸術家を描いた「追い求める男」、交換条件がひど過ぎる「正午の島」の三篇が特に良かった。

    大人気の「南部高速道路」はそれほどでも。期待し過ぎたし、仕事でずっとじりじりしているからか、渋滞の話にぐっとこなかった。

    全体的におしゃれな雰囲気だったのは想定外だった。そういえばコルタサルって欧州住まいが長いんだものね。

  • 現実と非現実の境界線が曖昧な、独特の世界観。
    読後感がふわっとしているところはボルヘスと似ているなあと思うのだが、こちらの方が後に残る感じがする。
    何となく、ボルヘスは広い世界とか運命とかを描き、コルタサルは人間の内的世界を描いているような気がする。
    と、感想までが曖昧模糊となってしまった。

    ジョン・ハウエルへの指示が印象に残っている。
    冒頭のインパクト勝ちって感じ。

  • 一見どれもはじめはどことなく倦怠感のある流れを感じさせるのだが、それからじわじわと目の前のものが崩壊していく、あるいは急速に目覚めに向かうがごとく動きだしていく、その変化や切り替えが見事。

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