伝奇集 (岩波文庫 赤 792-1)

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  • Amazon.co.jp ・本 (304ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003279212

作品紹介・あらすじ

夢と現実のあわいに浮び上る「迷宮」としての世界を描いて、二十世紀文学の最先端に位置するボルヘス(一八九九‐一九八六)。本書は、東西古今の伝説、神話、哲学を題材として精緻に織りなされた彼の処女短篇集。「バベルの図書館」「円環の廃墟」などの代表作を含む。

感想・レビュー・書評

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  • 一番好きな作家、アルゼンチンの巨匠、ルイス・ボルヘス。言葉で迷宮を作る人です。アルゼンチン出身で、幼い頃から諸国を周り、国会図書館長も勤め、その博識は神学、哲学に及ぶ。その文章は決して堅苦しいものではなく、読書オタクが自分の好きなものを自分の周りに集めて喜んでいるような、書物や言葉への純粋な喜びを感じる作家です。
    私にとっては史上最高の作家なのですが、内容は難解で何冊読んでも何度読んでも理解できない。しかし分からないなりの愉しみが味わえる。こんなに好きな作家に出会えたということが本当に幸せ。

    ★★★
    「伝奇集」はボルヘスの代表的短編集で、辞典・迷宮・夢・各地の伝承や神話の収集・入れ替わり・エッセイ・論文的研究文・南米気質の男達の話、などが収められています。

    【八岐の園(やまたのその)】
    一応ミステリー仕立て。八岐の園とは一つの本で一つの庭で一つの迷宮。時間とは均一で絶対的なものではなく、増殖し分岐し交錯する無限の編目であるというボルヘスの世界観が出ています。

    【円環の廃墟】
    夢から生まれた男が別の男を夢により生み出し、自分は無に還っていく話

    【ハーバート・クエインの作品の検討】
    実在しない作家とその著者の研究、という形式の短編。ボルヘスはこの形式をよく使っている。実在しない小説を「この人物は~」「この手法は~」などと書かれるので、読者としてはそれがどんな小説で、どんなテーマか、そしてそれを通してボルヘスは何を言いたいんだ?(何の考察遊びをしているんだ?)を探っていく。「私はこの作品(架空)の影響で”円環の廃墟”を書いたんだよ」なんてお茶目なことも言っている。

    【バビロニアのくじ】
    はじめは金銭の籤だった。しかしそれは誰もがいつのまにか参加している運命の賭け事となっていた。

    【死とコンパス】
    「神の御名の文字は明かされた」その迷宮は、ユダヤ教の律法学者、キリスト教の一教派、赤色、コンパスと菱型で出来ていた。
    迷宮的殺人事件に取り込まれた警部と犯人の話

    【記憶の人、フネス】
    落馬事故により、すべての記憶を持ち続けることになったフネス。24時間の出来事を24時間かけて反復し、一瞬の雲の形を昔見た文様と同じだと分析する。
    そんな男の見る世界とは。
     特殊能力の人間そのものやそれによりおきる出来事と言うより、その価値観世界観など人間の内部を書こうとした作品。

    【刀の形】
    顔に刀傷を持つ男の罪の告白。
     Aという人物が実はBで、Bが実はAというボルヘスお気に入りの手法となってますが、話としてもスリリング。

    【裏切り者と英雄のテーマ】
    これもAが実は…という手法で、なぜそうしたかの人間のプライドと時代背景を書いてます。

    【隠れた奇跡】
    死刑直前に彼の願いは神に届いた。最後の詩作が彼の頭に完成されるまで密かに与えられた猶予。

    ===

    ボルヘスの言葉をいくつか。

    ❒「私は作家になるよう運命付けられた人間だが、作家であるより読書家でありたかった」
    後半生は盲目となり、アルゼンチンの国会図書館長となった時の言葉「天は私に書物と闇を与えた」
    ウンベルト・エーコの「薔薇の名前」に出てくる迷宮のような図書館の盲目の図書館長はボルヘスがモデルなのだそうです。

    ❒「むだで横道にそれた知識には一種のけだるい喜びがある」
    「幻獣辞典」の序文。
    そうそう、本を読む理由、仕事の文章は頭に入らなくてもしょーのない雑学とかが頭に入るのはけだるい喜びに浸れるからだ!
    私がボルヘスを読むのは(たとえ理解できなくとも/^^;)、文章からボルヘスの喜びや愉しみが感じられ、さらにそれを読書と分かち合おうとしていることが心地よいからだなと思う。

    ❒霊界の存在を信じるか、という問いに対して。
    「いいえ。いかなる霊界も存在しないと確信していますし、そんなものの存在はむしろお断りです。私は身も心も滅びたいと願っています。死後に他人が私を記憶している、と言う考えすら気にりません。死んで、私自身を忘れ、他人からも忘れられるということを私は望んでいます」
    本出して講演やって、完全に忘れ去られるのは無理だろ~~と思うが、ご本人がそう望んでいるので、私はひっそりと彼を読み続ける。
    (全く話は違うが、サド侯爵も遺言で「自分の痕跡を消してほしい」って言ってますよね。作家が無理言うな~と言う感じだ)

  • 山尾悠子の「遠近法」と舞台が似ているという「バベルの図書館」が読みたくて手に取った。以前アンソロジーで読んだ「円環の廃墟」の良さがわからなかったので(一口だけ食べて)食わず嫌いをしていたボルヘス。今回も初めはなかなかのれなかったのだけれど、前回今一つだった「円環の廃墟」でようやく面白くなってきて、読み終えることができた。諦めないでよかった。

    波長が合わない話は「アイデアはわかるけどそれを面白いと感じる感性が自分にはない、無」となってしまう。自分は独特な世界の詳細をよろこび、その設計図にはあまり興味を惹かれないのだろう。ただ、たとえばバベルの図書館の世界やメナールが書こうとした現代の『ドン・キホーテ』が見えたときは、大学でギリシャ哲学を学んだときの驚きと似た心地よさがあったのは新鮮だった。平たく言うと「よくこんなこと考えついたな!」という驚き。正直に言うと自分にはそれ以上の感動はなくて、小説として心から面白いと思える人がうらやましい。

    推理小説風の短編群は、通常の小説を読むモードでも読める。最後に頭の回転扉がぐるっとするようなひねりがあって、どれもわりと楽しく読んだ。

    今回面白く読んだのは、「円環の廃墟」「八岐の園」「記憶の人、フネス」「南部」。「円環の廃墟」を面白く読めたのは、主人公の取った方法が「寝る」なのが可笑しかったからかもしれない。それで物語に集中できて、最後に「おお円環だ」と満足できたのかも。

  • 再読。ボルヘスが織りなす、魔法・物語・教訓の三つの面からなる透明体の三角柱がまるで自分の背筋であるかのように芸術的感覚が働き、じりじりと胸に訴えてきた、そんな感想を書きたい。
    だが、三つの面による移動性の光線が射し込み、まぶしく曖昧で、具体と抽象が色々に奇妙によれ混じったルービックキューブに似た物を夢中でこねくり回し、魂を奪われている間に、最終頁の最終行に到達している。そして以前よりも、愛してやまない頁の枚数は確実に増え、わたしの内に水晶が震えるときのような唸りを呼び起こす。 我、時を全速力で逆走してゆく。
    《2021.03.15》

    伝奇集とは、奇蹟を叶える方法を伝えようと編集された存続する絵。
    どのように十代の水水しい感受性を維持するか。人はAからB、BからCと手を広げるように、十、二十、三十と歳を流し、この調子でだんだん熱情を流し、楽しく学ぶ術も流してしまうのかもしれない。追求すべきは逆行的に時間軸を歪める方法。Aの底の底への絞り込みと繰り返しで相違を焼却。我の体を熱情で燃やすようにAの底の人間の真の記憶に語らせる。基本的知識を身につけるための情報を必要最小限の物に絞り、同じ物を読み貫き、自分の血肉とする以外に奇蹟を叶える方法はない。
    《2019.04.06》

  • 文によってしか創られない世界があることを知る。脳みその、今まで使ったことの無い部分が刺激される。
    ___
    小説の面白さに目覚めさせてくれた本。
    初めて読んだときは、数行読むのに10分も20分もかかって、なんで⁈と笑い混じりに驚きっぱなしだった。

    今も上手く言えないが、文章そのものが主体なのだ。ストーリーとか内面描写じゃない。それらすら文章のためにある装飾のようなものだ。文とは、書くとは何なのか、その極限を見せてくれる。文によってしか創られない世界があることを知る。脳みその、今まで使ったことの無い部分が刺激される。
    幻想文学やあまつさえSFなんかに分類されてしまうこともあるが、とんでもない!これぞ文芸、純文学だと言いたい。

  • 6月くらいになんとなく手にとったボルヘスの本。
    なかなか手ごわい。と、併読していた「異星人の郷」がなくなる。で、次に手にした「愛おしい骨」もすぐにどこかへいく…。
    うーん、脇目をふらずにちゃんと読め!というボルヘスからのお叱りなの? ということで集中しようとすると、今度は肝心の「伝奇集」が見当たらない!
    ああ、バベルの図書館の奈落へと本が消えていったのか…。
    と8月に入ったある日、鞄の中からひょっこりとあらわれる「伝奇集」。
    え?鞄の中、散々探したはずなのに。
    これこそボルヘス的読書体験…というか、ちゃんと本の管理しろよ、俺!

    ボルヘスの本は、言葉がイメージを喚起するのを阻み、言葉がそのまま脳に入ってくる。
    たとえば、「バベルの図書館」。図書館の描写が細かくされているが、それはその図書館をイメージさせることなくその記述だけがじわじわと混乱をさせる。
    情景を言葉で描写するのではなく、言葉を重ねて情景を作り上げる、いや、言葉を重ねて重ねて情景を思い浮かべようとするのを拒否する。
    これが読みにくくてしかたないのだが、一線を超えるとなんだか気持ちいい。

    殺人と暗殺、決闘、裏切りと処刑、嘘と欺瞞・・・死の匂いがぷんぷんする短編。
    頭の中では、ピアソラのタンゴが鳴り響く
    ・・・なーんていう言葉で誤魔化すのはカンタン、
    でもそんなに難解かというとそうでもない。いくつかに分類できる。


    a.実在しないもの、実在しえないものを記述する試み
    「トレーン、ウクバール・・・」「バベルの図書館」

    b.もともとありもしないもの?曖昧なものについて
    「バビロニアのくじ」「フェニックス宗」

    c.暗殺、殺人に関するもの
    「八岐の園」「裏切り者と英雄のテーマ」「死とコンパス」

    d.ナイフで刺されるもの
    「結末」「南部」

    e.実在しない本、著者に関するもの
    「アル・ムターシムを求めて」「『ドン・キホーテ』の著者、ピエール・メナール」「ハーバート・クエインの作品の検討」

    f.うーん、まあ普通に奇想かなあ。
    「刀の形」「隠された奇跡」

    g.なんか眩暈を感じるもの。
    「円環の廃墟」

    g.遠くから見ると蝿に似ているもの。

    ・・・最後は「支那の慈悲深き知識の宝典」からの動物の分類でした。分類失敗。

    h.翻訳のせいで難解なのではないかと思われるもの。
    「伝奇集」

  •  みんなどうやってこの本を読んだのか。感想とか絶賛はよく目にする。だが、これをどう理解すればいいのか。感覚で味わうわけでも、哲学書のようになめるように読んでも、だめだった。ボルヘスしかわからない言葉がぶわーっと出てくる。なんだか固有名詞もいっぱい出てくる。南米ローカルネタも出てくる。「誰やねん!」みたいなつっこみがいっぱいできる。そして、それだけなのだ。ものすごいローカルなものを放り投げられて、何もわからないまま呆然と立ちすくしている気分だった。私はこの本の「向き合い方」がわからないのだ。読書会で取り上げられたものなのだが、皆、頭を抱えていた。何が先駆的なのか、理解できない。バベルの図書館の構造だけはちょっとだけ興味深かったけれども、他のほとんどは、「読めない」「わからない」「わかったとしてもそれほど深くないし面白くない」という三つが見いだされるばかりだった。一応、一冊すべてに目を通したがギブアップです。

  • 数年ぶりに再読。
    面白いなぁ、と感興を覚えるのに、
    一編読了して一旦本を閉じると、もう内容を忘れている……
    そんな奇妙な本。
    作品集『八岐の園』と『工匠集』を収録。
    後者は読み物として、より洗練されている気がするが、
    個人的には『八岐の園』編が好み。

    【注】以下、ところどころネタバレ感もあります。

    ■八岐の園「プロローグ」

     > 長大な作品を物するのは、
     > 数分間で語りつくせる着想を五百ページにわたって展開するのは、
     > 労のみ多くて功少ない狂気の沙汰である。
     > よりましな方法は、それらの書物がすでに存在すると見せかけて、
     > 要約や注釈を差しだすことだ。(p.12)

     という言葉どおりに、虚構の何ものかを
     あたかも実在するかのように短く叙述し、論評する形式がメインの作品集。

     どんなに長大な物語も要領よくコンパクトに語ることは可能だ――の実践。
     但し、端折るのではなく、極大から極小へ「超」圧縮する方法で。
     やってみたら、小さいが非常に重い、異様に高比重な金属の円錐体が
     姿を現すのかもしれない……なんちゃって。

    「トレーン、ウクバール、オルビス・テルティウス」
     百科事典の海賊版に潜り込まされた架空世界「トレーン」の項目。
     そこに存在するという物質が、語り手の座す「現実」を侵蝕し始める。
     いつの間にか異物がジワジワ充満していく静かな恐怖。
     ……あれ、これSF(笑)?
     余談になるけど「輝く金属の円錐」=「きわめて重い物体」(p.37)に似たものが
     野阿梓「アルンハイムの領土」に登場する(後で巨大化するが)。
     -----*引用*
      ゴルフボールほどの大きさだが、途方もなく比重の高い物質だった。
      鉛ではない。いや、金属ではなかった。
      なにかとても重い元素を含んだ鉱石だろうか。
      きれいに球型に研磨され、表面はところどころ、いぶし銀の光沢をおびている。
     -----*引用ここまで*

    「アル・ムターシムを求めて」
     ボンベイの弁護士が書いたという(架空の)小説『アル・ムターシムを求めて』評。

    「『ドン・キホーテ』の著者、ピエール・メナール」
     架空の文学批評。
     ピエール・メナールなる作家が
     セルバンテスに成り切って『ドン・キホーテ』を作出した、
     という設定で、それと本家を比較して論じた体裁のパロディ。

    「円環の廃墟」
     夢みることで一人の人間を創造しようとする男の話。
     彼もまた、同じように夢の中で育まれた者だった。
     美しい単性生殖のイメージ。
     萩尾望都の幻想的な短編マンガに似た感触。

    「バビロニアのくじ」
     くじ引きに生活のすべて、延いては運命までを委ねる人々は、
     国そのものが危うい偶然によって存立することを悟る。

    「ハーバート・クエインの作品の検討」
     作家ハーバート・クエインの作品評という体裁のフィクション。
     架空のテクストの本文を「引用」することで短編小説を構築している。
     語り手=ボルヘスは
     クエインの四作品の一つ「提示」を基に自身の「円環の廃墟」を執筆したと述べ、
     虚構と現実の境界を曖昧にして読者を煙(けむ)に巻く。

    「バベルの図書館」
     六角形の閲覧室の積み重ねという構造の「バベルの図書館」
     あるいは「宇宙」と呼ばれる巨大図書館について、
     そこで暮らし、末期(まつご)を迎えつつある老人が述懐する。
     彼は他の死者同様、中央の換気孔から無限の奈落に投げ落とされるだろう。
     もしかするとボルヘス自身が「出来ればそんな風に死にたい」という
     夢想を抱いていたのだろうか……と想像する。

    「八岐の園」
     第一次世界大戦中、英軍のある作戦実施が延期された理由。
     歴史の裏に隠された逸話という体裁のフィクション。

    ■工匠集「プロローグ」
     > ハーバード・アッシュが幻の百科事典の第十一巻を受け取り、(p.143)
     →「トレーン、ウクバール、オルビス・テルティウス」参照。

    「記憶の人、フネス」
     事故の後遺症で、見たもの・読んだこと、
     すべてをそのまま記憶できる驚異的な能力を得た男が、
     それ故に「忘れられない」「気持ちが安らがない」苦しみを味わう。
     あらゆる事象は何ら噛み砕かれずに漠然と記銘されただけでは
     その人の知恵にはならない――という皮肉な話。
     
    「刀の形」
     顔に弧を描く刀傷、その由縁とは。
     語り手が聞き手であるボルヘスに騙った――という体裁の短い話。

    「裏切者と英雄のテーマ」
     劇場で暗殺された謀反人の話……を書こうと考えて綴った構想メモ、か。

    「死とコンパス」
     敏腕刑事が残された手掛かりを元に連続殺人事件を解決しようとするが、
     罠に嵌ってしまう話。

    「隠れた奇跡」
     ナチスによって銃殺が決まった作家に起きた奇蹟。
     神の恩寵で時間が停止したため、その間に作品を完成させるが、
     死は免れ得なかった……ということは、
     作品は書き起こされず、彼の頭の中だけにあり、共に昇天したのか。

    「ユダについての三つの解釈」
     ユダの裏切りは必然だったと説いて反論を受けたルーネベルクのこと。

    「結末」
     弟を殺された男の復讐の顛末を、不自由な身体で見守る雑貨商。

    「フェニックス宗」
     フェニックス宗と呼ばれる謎の宗派の話。

    「南部」
     傷を追って入院し、治療を受けて退院した男が、
     アルゼンチン南部の農場へ帰ろうとする。
     列車が予定の終点まで行かないと知らされ、
     降ろされた手前の駅近くの店で食事を取ると、
     店員にちょっかいを出され、挑発され、しかも、
     南部独特のマッチョな空気、風土に後押しされるようにして、
     ナイフでの決闘に挑む羽目になる――という不条理な話だが、
     あるいは朦朧とした意識が彼に見せた胡蝶の夢なのではないか。
     いずれにせよ、彼は愛する「南部」に身を委ね、殉じ、合一するのだろう。
     そう考えると奇妙にエロティックな物語である。

  • p105「図書館は、その厳密な中心が任意の六角形であり、その、円周は到達の不可能な球体である。」
    題名が有名で、陶酔している人をよく見かけますが、、イマイチぴんと来なかった。
    円環、バビロン、迷宮、廃墟、神託、図書館…

    円環の廃墟、バベルの図書館あたりはストーリーもあり虚構の深淵さの永遠さがイメージしやすくて雰囲気に乗れたけれども、文学が文字の芸術たる所以だと感じとれたけれども、他は百科事典的で、格言や註釈がほんとなのか虚構なのか何を表現したいのかよく分からなかった。西洋の伝説史実哲学の知識がなく、想起させる何かを感じ取る素養がなかったのだと思います。
    ハーバート・クエインの作品の検討、アル・ムターシムを求めて、あたりはどう読むのが味わうのがいいのだろうか、心に残る言葉や文がほぼ無かったのですが、皆さんどんな感想を持っているのでしょうか…

  • 目当ては「バベルの図書館」。
    ケンブリッジ大学の数学教授が話題にしていたのがきっかけで読みました。
    書評のような話は勉強不足でよくわかりませんでしたが、後半の話は楽しく読めました。
    世界的に有名な文学者って、ほんと独創的。
    以前読んだガルシア・マルケス然り。
    どこからそんな想像力が出てくるのだろう~

  • 感想があまりまとまっていない…

    たまたま出かけることがあり森下の古書店で購入。
    本書は、「八本脚の蝶」で著書が挙げていた3冊のうちの1冊だった。
    短編小説集で、1つ1つはかなり短めの小編となっており、その意味では通勤の車内などでも読みやすかった。ただ、短編を読み終えた後、話の筋が理解できないというわけではないが、今の話の含意するものは何だろう…と思い返すと、すぐには解題できないように思われるものもあった。混乱の原因のうちには、(あえてそうしているのだろうし、本質的ではないと思われるけれど、)あまりなじみのないキリスト教やユダヤ教、ラテン語等の学者たちの固有名がたくさん登場したりするだけでなく、架空の著者や著作、架空の世界が、さも現実のことのように記載されていたりすることがあるだろうと思う。
    一度読んだだけで、ボルヘスの意図したことを全て読み取るのは困難だと思う。それに、これらの作品に共通するテーマのようなものがあるわけでもないと思う。それでも、おぼろげに、何となく次のような感想を持った。実際の事物や出来事よりも、人はそれらを言語で表すのだから、世界は人間が言葉で想像したり表現したりするそのままであるようにも思われるし、一方で、そうしたやり方にかなりの危うさがある。本書を読んで、もっともらしく思われたり、一方でとんでもなく現実離れした理想や、悲劇を想像しているように感じたりするのは、そのためではないか。「トレーン、…」、「円環の廃墟」、「バビロニアのくじ」、「死とコンパス」や「フェニックス宗」などを読んでそのように感じた。「バビロニアのくじ」「フェニックス宗」は、くじであらゆることを決めることにした社会や、架空の宗教についての話だが、前者はくじでその者の運命を決める仕組みであったはずが、それが複雑になりすぎて、もはやくじがあってもなくても同じような状態になっているように読めるし、後者も架空の宗教(宗派)があると言いながら、ほとんどの人に共通する何かを表しているに過ぎないようにも読めた。
    もちろん、私の読み方が間違っているかもしれない。けれど、間違った理解のまま述べると、つまり、何かが存在しているようで、実のところそれはただ現実を言い換えただけのことに過ぎない、ということを表現したかったのかな、との感想を持った。そして言葉というのは、本来そういうものであって、限界でもあるし権能でもあるということなのだろうか。
    また、その他いくつかの編に共通するものとして、循環や永劫回帰の要素が挙げられるように思う。「結末」「死とコンパス」「ハーバート・クエイン…」などがそうではないか。最後まで読むと、冒頭に続くとか、逆行して意味付けをするとかいう展開になるようなもの。その意味で、ボルヘスが推理小説にも興味があったという解説があったが、なるほど推理小説も似ている要素があるのかもしれない。ただ、推理小説では唯一の正解しかないのに比べて、ボルヘスの小説では、時間の流れに逆らって、あるいは時間ということをかなり意識してなのかもしれないが、可能性のある(無限ではないかもしれない)たくさんの分岐があることを示唆している。というよりむしろ、循環というより、分岐がテーマといった方が良かったのかもしれない。

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