ブロディーの報告書 (岩波文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (208ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003279274

作品紹介・あらすじ

「鬼面ひとを脅すバロック的なスタイルは捨て…やっと自分の声を見いだした」ボルヘス後期の代表作。未開の蛮人ヤフー族の世界をラテン語で記した宣教師の手記「ブロディーの報告書」のほかに、直截的でリアリスティックな短編一〇編を収める。

感想・レビュー・書評

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  • 様々な人物の末期(まつご)が淡々と叙述されていくところは
    山田風太郎『人間臨終図鑑』のようだ。
    表題作を除いては幻想的でもメタフィクショナルでもないが、
    我々と異なる時代、遠い場所に生まれて死んだ人たちの――
    恐らく多くは作者が
    実体験・聞き書きに尾鰭を付けたと思われるドラマが
    味わい深い。

    晩年、作風がアッサリしていったのは、
    視力の衰え(最終的に失明)から
    口述筆記に移行したことと関係があったのだろうか。

    以下、特に印象的な作品について。

    「じゃま者」
     ならず者が暮らす地域に住んでいたニルセン兄弟の逸話。
     彼らは一人の女を共有したが……。
     自ら招いた三角関係の無残な清算。

    「グアヤキル」
     それぞれが属するカテゴリの代表的人物である
     二人の交渉が全体の動向を左右する、
     連動して決定される様が象徴的に綴られ、
     ラテンアメリカ独立運動の立役者二人について語る
     二人の学者の論戦が描写されている。

    「マルコ福音書」
     医学生バルタサルは、いとこに誘われ田舎の農場へ。
     管理者らは無教養で他人に無関心だったが、
     バルタサルが文字を読めない一家のために
     読み聞かせを行なうと、
     彼らは聖書のマルコ福音書に耳を傾け……。
     皮肉で残酷な結末だが、
     不思議に乾いた笑いが込み上げてくる。

    「ブロディーの報告書」
     1839年刊『千一夜物語』第一巻に挟まれていた
     宣教師デイビッド・ブロディーの手稿を
     スペイン語に翻訳したという体裁のフィクション。
     後進地帯で伝道に従事したブロディーが見聞きした
     ヤフー族の特異な習俗について。
     これはいかにもボルヘスらしい面白さ。

  • 謎と話
    「ブロディーの報告書」の最初の短編「じゃま者」を読みました。
    ボルヘスが細部にこだわる誘惑?を断ち切って書いた簡潔な短編。冒頭にこの話にはいろいろなバリエーションがあるなんてことを断っていますが、人は何故他人に話をするのか?という先ほどの問いの答えがここにあるかも。人が伝えたい、と思う話には何らかの芯がある…と。
    (2012 08/21)

    裏切りと決闘のテーマ
    標題に書いたように、アルゼンチンのガウチョや無法者の決闘とか裏切りが(今のところ)テーマになってます。ボルヘスの別の側面…とともにあちらの人はこういうの好きなのね…という感じ。でもボルヘスだから?何かひとくせありそう。
    その中で「めぐり合い」を。何がめぐり合うのかといえば、(決闘する)人ではなく、ナイフ…
    物は人間より持ちがいい。この話はここで終わりなのかどうかわからない。ナイフがふたたびめぐり合うことがないかどうか、これもわからない。
    (p68)
    ボルヘスきたーって感じですが(笑)、この前にナイフのコレクションを見せられているところから、伏線はしっかりとはられているようです。もちろんその前からも…
    収集家というものは、そういうものも含めて味わうんだよなあ…話の収集家もまた…

    老夫人の記憶
    「ブロディーの報告書」から2編。「フアン・ムラーニャ」は朝の短編の続きのようなナイフもの(?)
    で、次の「老夫人」からは、決闘とかならず者からは離れて、ボルヘス味?が増す。
    古い記憶ほど鮮明なものである。
    (p88)
    短い何気ないこういう言葉が引っ掛かる。
    最後に老夫人に残された楽しみは、追憶が、後には忘却が与えるそれだったのではないか。
    (p88)
    それって何(笑)。説明しなくてもなんとなくわかるけど、でもよくはわからない「それ」がボルヘスのテーマなんだな。
    この短編はアルゼンチン軍人の昔の英雄(日本で言えば幕末の志士みたいな感じかな)の子供の最後の生き残りである老夫人の話。この「英雄」や老夫人にはボルヘスの先祖のエッセンスが入っているみたいだが…それだけに最後の一文は皮肉の味。
    (2012 08/22)

    争い2編
    「ブロディーの報告書」は争い2編。「争い」と「別の争い」。前者は争い…というには静かな女性画家同士の関係。後者はまたもガウチョ同士の争いで結末も残酷。でも、この2つを並べてこれみよがしなタイトルつけてるところから、ボルヘスの興味(のうち一つくらい…)もわかる…対立関係は常に温微的に存在し、その基本的なスタイルは変わらないけど、発火するかどうかは本人逹次第…というところかな。
    あと、皮肉めいた楽しい?表現がやはり多い…
    (2012 08/23)

    グアヤキル
    今朝は「ブロディーの報告書」から「グアヤキル」。南米の歴史で有名なボリバルとサン・マルティンとのグアヤキルでの密談…と、ボルヘス?とプラハ生まれのユダヤ人博士との会談がオーバーラップする…そういう話。
    あるいは、二つの異なった戦場における一個の意志の表現、ですか。
    (p131)
    この短編集を貫くテーマはひょっとしてこれかも。ナイフものもそうだし、2つの争いも…話に入る前のまくら?もこの二重性を表しているのかも。
    (2012 08/24)

    1冊読み終えるたびに3冊増える…
    そんなねずみ算的な状況です(笑)
    読み終えたのは「ブロディーの報告書」。今日読んだのは「マルコ福音書」と標題作「ブロディーの報告書」。共通点がいろいろあって、何らかのテクストが問題(福音書・報告書)となっていること、話者や対象がスコットランド出身であること、そして言語の話すことの始源への言及があること…
    無限は親指から始まるのだ。
    (p154)
    このぞくぞくっとする表現は、ブロディーが報告する原始(あるいは退化)種族ヤフーの数の概念が4までしかないところから来ている。この作品はヤフーからもわかる通り、ガリバーを下敷きにしているのですが、前よんでいたところから、「ヴィーコ」や「密林の語り部」を思い出していました。言語の始源。「マルコ福音書」にも語ることによって粗野な英語もスペイン語も充分ではない一家が変わっていく、そんなところが描かれます。
    (2012 08/26)

  • ボルヘスの短編は基本2種類に分けられる。1つは西洋形而上学を自在に駆使して構築される高尚文学。そしてもう1つは、故郷アルゼンチンを舞台にガウチョや荒くれの人生が伝聞されていく口承文学的な作品だ。本書は後者のタイプの作品を大部分とする事で自らをアルゼンチンの土着的文脈に再定義。そしてラスト前の「マルコ福音書」はその民族性が西洋史の起点と交差し超克する瞬間を描き出し、最後の表題作はガリバー旅行記とアルゼンチンの歴史を合わせ鏡とすることで自国文化の非西洋的側面を肯定する。南米の味がするボルヘスもまた、悪くない。

  • ボルヘス後期の短篇集。南米特有の場末の雰囲気には、日本の小説では味わえない異国感がある。「マルコ福音書」の終わり方がよかった。書かれないラストに思いを馳せ、書き出しに立ち戻る。「めぐり合い」の二本のナイフの物語はロマンチックだ。p68「物は人間より持ちがいい。」

  • 11の短篇を収録。これらはいずれもリアリズム風の作品。主として前半に収められている作品群は、ガウチョたちを描いたマチスモの気配の濃厚な小説ばかり。そこでは人ではなく、むしろナイフこそが主人公であるかのようだ。ラテン・アメリカに固有の歴史と風土が全編を覆っているのだが、最後におかれた2つの小説「マルコ福音書」と「ブロディーの報告書」の持つ辺境感はまさに地の果てだ。リアリズム風を装いつつ逸脱する「マルコ」の怖さと、表題作の、未開以前というまでの未開社会を描きながら、そこにも文化を認める視点はやはりボルヘスだ。

  • ボルヘス後期の代表作ということで、作家の全仕事における本書の位置づけやら意味付けは、解説を読むのが一番。
    一読者としては、面白かったか否かだけを。

    それなりに面白かったけど、それまでのボルヘスファンが落胆を禁じ得なかったというのも頷ける。
    老作家は意図して作風を変えたわけだけど、フツーになっちゃった的感想は少なからずあったんじゃないだろうか?
    ボルヘスの名を伏せて読ませたら、別の作家でも通ったんじゃないかという。
    特にチンピラものについてはコルタサルを想起させるものがあって、なぜボルヘスが感は否めないかも。

    『めぐり合い』『ファン・ムラーニャ』『マルコの福音』などが秀逸。

  • ボルヘス後期の短編集。収録作の大半が、いわゆるなんていうか、ボルヘスっぽさみたいな不条理だったり幻想的だったり不可思議だったりというお話ではありません。ガウチョもの?ていうか日本で言うなら地元のチンピラもの(違)ともいうべき無法者たちが多数登場します。未開地の野蛮な部族に布教にいった宣教師がむしろ逆に信仰心を失いそうになるほど衝撃を受けたという架空の報告書の形をとった表題作だけが唯一、多少なりとも幻想的(?)な趣がありました。

  • 白水Uブックスから岩波文庫へ、、、目出度いのかな?

  • ボルヘスはよほど悪漢が好きなのだと思った。倒錯している。

    時として、自分の命を大切にしない男たち(たとえば決闘好きなガウチョたち)の間では、不可思議なことが生じる。たとえば、処刑されてさえ、競争で相手に勝ちたいという虚栄心。そうした話を耳にするにつけ、知性の人ボルヘスはきっと、心底ぞくぞくしたのだと思う。

    ある意味残酷な書物だ。というのは、本書に収められた短編のほぼすべてが、人の死の前後を扱っているのだから。

    ボルヘスが書くことで、人間の一生は(ことばによって安易なむなしい因果関係を与えるがゆえに(知っててわざとか!?)かえってますます、無意味なものとなる。

    そして、まだ生きている読者はそれを読んで、ただただ、戦慄するしかない。

  • 乾き、こわばり、血の味、人間の体臭、闇。
    『伝奇集』とは違う作家が書いているようだ。
    現実を追究しているにもかかわらず、かえって現実から浮遊してしまう。

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