アウラ・純な魂 他四篇 フェンテス短篇集 (岩波文庫 赤794-1)
- 岩波書店 (1995年7月17日発売)
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感想 : 45件
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Amazon.co.jp ・本 (240ページ) / ISBN・EAN: 9784003279410
みんなの感想まとめ
幻想的で不気味な短編集でありながら、メキシコの文化や視点を探求する作品群が魅力です。各物語は、内外からの視点を持つ作家の独特な感性によって描かれ、特に「アウラ」や「純な魂」では、暗い雰囲気と残酷な純粋...
感想・レビュー・書評
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メキシコの作家。父親の仕事で世界を転々と育ったため、内外から祖国を眺めた視点を持つ。これはねっとりした悪夢と現実の混じった不気味さの漂う短編集ですが、文章がかなり良いので癖になりそうな感じもします。
長編小説はさらに難解です。ある作品を読んだフエンテスの父親が「こんなのちっとも分からないじゃないか!」と壁に本を放り投げたというので、実の父親に分からんものが、日本人の私に理解できなくてもしょーーがあるまい。
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神像が肉体を得え人間に成り代わる話
/「チャック・モール」
「私は今空港に向かうバスの中であなたのことを考えているの、ファン・ルイス」
「ゲートから飛行機のタラップまで行く間に何とかその手紙を引き裂き、冷たい風の中に撒き散らす。きっと細かく引き裂かれたその手紙は霧に運ばれて、あなたが幻影を求めて水の中に飛び込んだ湖のほうへ飛んでいくと思うわ、ファン・ルイス」
半身のような兄妹、兄はメキシコからヨーロッパへの魂の遍歴に出る。妹は兄がヨーロッパで真の居場所を見つけたときに…。自殺した兄を引き取りに行く妹の独白から浮かぶ愛の残酷
/「純な魂」
腐った花と壊れた玩具の中に横たわる女王人形
/「女王人形」
闇に閉ざされた屋敷で不気味な老婆の作り出した永遠の女。’不気味で完璧’と評された
/「アウラ」
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「女王人形」と「アウラ」は不気味さにおいて確かに完璧。そして「純な魂」は残酷な純粋さにおいて完璧な作品です。「純な魂」は文体も素晴らしく、朗読劇で読んだらさぞかし心地よいだろうなと思われる。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
特に「アウラ」がよい。屋内のどろりと暗い感じ、化け物化した女のイメージが、水木しげるの妖怪本を思い出させた。水木しげるが絵をつけたら結構いい感じになりそう。
ほかの短編にも言えるのだが、生き生きとした死が手で触れられそうに感じられるところが、メキシコっぽい。-
なつめさんこんにちは
いつもレビュー楽しみに拝見しています。また、先日もお気に入り登録をしていただきありがとうございました。
フエンテス...なつめさんこんにちは
いつもレビュー楽しみに拝見しています。また、先日もお気に入り登録をしていただきありがとうございました。
フエンテスが亡くなったと今日知りました。そういえばなつめさんは好んで読んでおられたのではないかと思い出しまして…
この『アウラ・純な魂』私も昔読みました。中でも「チャック・モール」が好きでした。また読んでみたいです。
あまり節操のない本読みではありますが、今後もお付き合いいただければ嬉しいです。2012/05/19 -
花鳥風月さん、
こんにちは。フエンテス好きを思い出していただけるなんて、なんだかうれしいです。
フエンテスはわたしにとってラテンアメリカ...花鳥風月さん、
こんにちは。フエンテス好きを思い出していただけるなんて、なんだかうれしいです。
フエンテスはわたしにとってラテンアメリカ文学への扉になった作家だったので、今は心に小さい穴が空いてしまったような気持ちでいます。未翻訳の作品がたくさんあるので、その翻訳を待ちながら穴の修復を待とうかなと。これからの暑い季節にラテアメ本はぴったりな気がします。
それでは花鳥風月さんの多彩なレビュー(『モモちゃんとアカネちゃん』など!)、これからも楽しみにしています。2012/05/20
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幻想的で不気味な短篇集。であると同時に、メキシコ探究の書。
彼の最も有名といってもいい短編「チャック・モール」を読むのはこれで3度目。
しかし、この「チャック・モール」こそこの短編集を読み解く鍵だったため、全く無駄にはならなかった。
そう考えると、この短編集の冒頭に「チャック・モール」を配置した訳者の配慮は流石といったところ。
各作品とも、テーマなどを考えずに単純に物語を楽しんでも十分読むに耐えうる逸品ぞろいであるのは確かだが、それだけでは勿体ない。
一つの共通するテーマを探究するのに、これだけ多様な角度から、多様な物語を用いて表現できるってのは、ちょっと信じがたいほど。
それにしても木村榮一氏の解説は素晴らしい。
深い読みにも拘わらず、衒学的なところはなく、自分のような文学の素人でも理解できる論旨の展開は勿論、何より著者の作品をもっと読みたいと思わせる文章の上手さは何ともいえない。 -
自ら誰かのよき理解者を任じている人が居るとしたら、それは傲慢かもしれない。
理解とはそばに置き、可愛がることではない。
自分善がりの思い上がりは、時に破滅を導く起爆剤になりかねない。
いつか、己の罪の重みに自ら滅せられたときに全てが判るだろう。
理解とは生半可な覚悟で語れるものではないのだ。
特に、異文化の相互理解については。
対象のものが今まで自分の身を置いてきた思考様式、文化や価値観の全てと異なるとするならば、自分の世界すら一度失わなければ、新たなものは受け入れることすらできないものなのかもしれない。お互いはけして同化できないものだからだ。
ただ異文化の絵画や彫刻を収集し愛でることは理解ではない。
歴史全く異なる異文化を本当の意味で理解するということは、自分の生きてきた文化的基盤そのものを犠牲にしなければならないこともある。
部分を見て全体を見ていると錯覚しているだけだとしたら、
そして愛を囁いているとしたら、
それはただの自己満足。
瞳に映るは真実とは遙かにかけ離れた自分の中に棲まう幻想。
「チャックモール」カルロス・フェンテス著
平凡なメキシコ人のフェリベルトは、自ら異文化のインディオのよき理解者を任し文化物を収集しているが、これが真の理解者でないことはいうまでもない。
しかもメキシコ内の圧倒的な人数がカトリックという宗教観念、思想を抱いている中でインディオ的な文化というものはけして相容れないものである。
メキシコのアイデンティティを考えたとき、対立するインディオの文化は避けて通れないものであるが、それを理解するということは時に自らの文化基盤を失わせるという意味で死を覚悟しなければならない。それほど異文化の相互理解というものは生半可なものではない。
そうして、彼の理解者という傲慢さは結果、 インディオの神チャックモールに罰せられてしまう。 -
フエンテスって言う巨匠の看板が敷居を高くし、敢えて手に取らないように回避してきたつもりでした。出だしの「チャック・モール」からしてぜーったい読んだことあるんだけどという記憶に始まり、こんなにもスバラッシイ作品を見逃していたことを悔やむ。全然敷居高くないし、中二ってないし、解りやすく読みやすい。(読みやすいっていう定義が難しい)メキシコの作家って、ごってごてルアーとかリールでバス釣りしてるんじゃなくて、子供が小さい舟に乗ってわかさぎを釣るような「釣れなかったらまた明日来ようぜ」みたいな、粋な人柄を感じる。
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メキシコの作家、フエンテスの短編集。
えも言われぬ怪奇趣味は、部分的にはサキを彷彿とさせる。が、あっと驚くオチにヤラレル、というよりは「何なんだ?読み間違いか?」という違和感を絶え間なく感じさせられるような読後感。
土産物屋で買ってきた古代アステカ文明のちょっとした石像。苔をすっかり洗い落とすと徐々に生気を帯び始める・・・(「チャック・モール」)。ちょっとした偶然から二度と会うはずのなかった幼馴染の少女を十数年ぶりに訪ねると・・・(「女王人形」)。・・・
読んでいるときに襲ってくるいわば「解消しない不安定感」はまさしく時間軸の不安定さに由来する。我々は根拠がありそうでない「現実認識」「時間感覚」の中で生きている。しかし、「自分は自分である」というゆるぎない(しかし浅薄な)自信は、何かをきっかけにあっけなく損なわれるかもしれない。
しかしメキシコっていったいなんなのだ。なぜここまで濃厚に「死の匂い」を纏っているのだ。ラテンアメリカ文学、と一口に言っても、どうも南米大陸のそれとは何かが違う気がする。
最表題作の「アウラ」は「雨月物語」の強い影響下にある作品だという。村上春樹も雨月物語の夢幻性に強い関心を寄せている。両者の世界観はおそらく通底している。
うーん、ラテンアメリカ文学、興味深い。 -
メキシコの作家、カルロス・フエンテス 著。死んだ友人の手記の登場するマヤ文明の雨の神「チャック・モール」、監獄から脱走する兵士達「生命線」、美しい海岸における老人の「最後の恋」、幼い頃に出会った女の子の家を訪ねる「女王人形」、ヨーロッパとメキシコの間で引きちぎれていく兄妹の愛「純な魂」、仕事募集の記事にひかれて老女の住む不気味な屋敷に迷い込んでいく「アウラ」、の六篇収録。
味わい深い短編集だった。
特に「チャック・モール」「女王人形」「アウラ」がよかった。いわゆるゴシック小説の部類なのだが、そこにメキシコ特有の神や死生観が絡んできて、何か原初的な恐怖を感じる。こういう話は、「死」がもはや生活と分離してしまった現代日本ではリアリティーをもって語れない気がする。
「生命線」と「最後の恋」は巧くできてはいるもののさほどオリジナリティーを感じなかったが(そもそもこれは長編の抜粋らしく、私としてはちゃんと長編として読みたかった)、「純な魂」に関しては解説を読むと著者自身の事情が影響していることがわかり、大分深みが増す。本編とは関係ないのだが、この解説の詳しさも、この本の魅力だろう。 -
良質のゴシック・ロマン。地下室や人形などの装置はポーを、「美しい魂」に描かれた強い情念はホーソーンを、などと19世紀アメリカの小説を想起した。非-単線的な時間や魔術的リアリズムなどラテン・アメリカ成分(?)は少なめか、とも思うものの、「訳者解説」でフエンテスのここにおさめられた個々の作品の基底部には、ラテン・アメリカの歴史やインディオの古代文化が伏流している(“メキシコの骨”=オクタビオ・パス)ことを知らされた。また、表題作「アウラ」の幽玄な美と作品の醸す怪異な雰囲気は卓越している。
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幻想的というか、ちょっと背筋が寒くなるような…そんな感覚が個人的にあった。短篇集。収録の「純な魂」と「アウラ」が傑作らしい。「アウラ」は時間が連環し回るような感覚がある。内容は、フランス語の資料の読解と整理をする高給の仕事を見つけた主人公が、その仕事先で美女のアウラと出会う。住み込みで働くこととなったが、どうも雇い主の老婆と老婆の姪のアウラの関係が歪に見える…というもの。読後感が独特。
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2025年4月15日、深夜2:39。夜食してスマホを見ると、Googleニュースからおすすめ記事があがってので見ることにした。ひとつが以下のサイトで、山形浩生さんの「翻訳者の全技術」を引用して書かれた記事だった。
【見切る読書で積読を解毒する『翻訳者の全技術』】2024-04-14
https://dain.cocolog-nifty.com/myblog/2025/04/post-46005e.html
記事の終わりにライターが著者の山形浩生について触れて、「何が残るかと「見切る」ことによって、積読を解毒していく。そういう読書が、必要なのかもしれぬ。……とはいえ、彼が絶賛していたフエンテスの『アウラ』は手に入りそうなので、新たに積読山に入れるんだけどねw」と〆ていたので、この本もチェック。 -
最後の訳者解説がすばらしい。全体を通して一番強烈だったのは「アウラ」か。時間の概念が古代メキシコの神への畏怖とともに狂ってくる傑作
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「アウラ」怖いよ。。「チャック・モール」この後どうなってしまうのか不気味。「女王人形」おぞましい。不思議な読書体験でした。
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「女王人形」だけで十二分。
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2008年12月16日~17日。
短編が六本。
そのどれもが面白い。
特に最後の「アウラ」は僕にとって絶品。
それと翻訳が良かったように思う。
いい意味でクセがなく、非常に読みやすい。 -
五編どれも傑作。なかでも表題作「アウラ」が素晴らしい。とある館に住み込みで働く若い男を襲う怪異。典型的なゴシックホラー調でありながら、一方でメキシコ人にしか描けないメキシコの宿業も感じさせる、凄みのある作品。
その他、生々しい死の手触りを感じさせる脱走兵の物語「生命線」、ミステリー仕立ての「純な魂」も秀逸。
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著者プロフィール
カルロス・フエンテスの作品
