緑の家 下 (岩波文庫 赤796-2)

  • 岩波書店 (2010年8月19日発売)
4.02
  • (41)
  • (57)
  • (25)
  • (4)
  • (2)
本棚登録 : 629
感想 : 53
サイトに貼り付ける

本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています

Amazon.co.jp ・本 (480ページ) / ISBN・EAN: 9784003279625

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • ノーベル賞作家リョサの代表作の一つ。南米ペルー、砂が降る街ピウラと、密林の中の街ニエバと、密林を舞台に複数の物語が絡みながら展開。リョサ独特のクセのある手法が多用されているので戸惑うが、慣れるとやみつきに。エピローグが特に良かった。訳者解説も良かった。

    ・リトゥーマ:軍曹。ピウラ出身で、ニエバに赴任し、ボニファシアを見初めて結婚。
    ・ボニファシア(セルバティカ):インディオの女性。リトゥーマと結婚するが、後に娼婦となる。
    ・アンセルモ:ピウラに娼館(緑の家)を建てる。ハープの名手。盲目&啞の少女に恋をする。
    ・ニエベス:船頭、リトゥーマと友人になる。ラリータと結婚
    ・フシーア:盗賊、闇商人
    ・アキリーノ(老人):商人、フシーアの相棒
    ・ラリータ:フシーアの愛人、後にニエベスと結婚
    ・チェンガ:新しい緑の家の女主人。アンセルモの娘

    リョサの作品は4作品目ですが、この作品が一番良かったです。でも、最初に手にしていたのがこの作品だったら、多分、途中で投げ出していたと思います。

  • ペルー沿岸の砂の町とアマゾン奥地の密林を舞台に、様々な人間たちの姿と現実を浮かび上がらせる、物語の壮大な交響楽。


    ずっと気になっていた「緑の家」ようやく読むことができた。
    5つのストーリーが組み合わされ展開してゆく。登場人物が多く入り組んでいるのでメモは必須。読んでいくうちに、徐々につながりが見えてくる。
    厳しい現実。表面的な偽善や同情は吹き飛ぶような世界だ。

    最後のセバーリョス医師とガルシーア神父の会話が、長い物語の終わりに、なんだか、しみじみとして。よかった。

    訳者解説も、本書が書かれた背景まで詳しく親切。ありがたい。

    • 淳水堂さん
      nanaoさんこんにちは!
      私も『緑の家』好きです。
      バルガス=リョサの小説は、現実は厳しいし、時系列入り混じっていますが、ラストは案外...
      nanaoさんこんにちは!
      私も『緑の家』好きです。
      バルガス=リョサの小説は、現実は厳しいし、時系列入り混じっていますが、ラストは案外スッキリして読み終えることができますよね。
      2023/11/12
    • nanaoさん
      淳水堂さん、コメントありがとうございます。
      拙い感想でお恥ずかしいですが、いいねもうれしいです。
      そうですね、ゴチャゴチャしているようで、最...
      淳水堂さん、コメントありがとうございます。
      拙い感想でお恥ずかしいですが、いいねもうれしいです。
      そうですね、ゴチャゴチャしているようで、最後は見事な収束という印象です。バルガス=リョサを読むのは、まだ2作目なので、他の作品も読んでみたいです。レビュー、参考にさせてください。

      2023/11/12
  •  40年に渡る南米の密林と砂漠に生きる人々の生活を描いた群像劇。
     文体や物語自体で苦労することはないが、構成がとても難解で慣れるまでスムーズに頭の中を整理できず苦労した。人が大勢出てくるし、同じ人を違う名称で呼ぶのなんて序の口で、時系列と場面がごちゃごちゃに切り替わるし、何の脈絡もなき突然回想に入って、しかも回想になったことに気付きにくいといった正直最初は読ませる気あるのか疑いたくなるような構成だった。ただ、慣れてからは物語の面白さに引き込まれ構成故に上手く騙されていた部分が分かってきて、この小説の醍醐味を味わえたと思う。読み終わった今となっては、全部時系列順とかに並んでたらここまで楽しめる小説にはならなかっただろうと思うまでになった。
     全体を通してあまりテーマ性が見えて来ず、この小説でテーマ性を求めることは陳腐なのかもしれないが、どこか不安を抱え何かを求めている人たちの物語だったと思う。時間とともにどんどん立場も状況も変わっていく中でも、それでも過去は追いかけて来て、そんな中で過去に囚われ変われない人もいれば過去を笑い飛ばせる人、過去を活かしている人と様々な向き合い方が示されていた。物語の時間が進むにつれ、私自身も一緒に年を取っていったように思える小説だった。人物が「生きている」ということを強く感じた。
     個人的には、最後のセバーリョス医師とガルシーア神父の会話が好きでこれまでの40年を見てきた二人の会話は驕った見方かもしれないが私の感想のようだった。

  • 下巻も本当に面白くて、あっという間に読んでしまった。本の中でも小説好きなら、すこぶる魅力的な物語ではないだろうか。

    段々と登場人物同士が繋がっていく様子は、読み手を引きずり込む力に溢れていて、複雑に入り組んだ構成、人物関係に頭がついていけるのか心配しつつも中断を許さない、物語を読む醍醐味を味わわせてくれる、傑作だと思う。

    たまたま「継母礼賛」と「緑の家」書かれた時期にだいぶ隔たりのある2作を読んだが、アプローチの方法は違っていても、人物の内面を掘り下げるのではなく、行動から心情を読み取らせる書き方が共通していた。未読作品がたくさんあるので、これから読むのが楽しみ。

  • いくつかの話が徐々により合わさって、一枚の大きな絵が見えてくる。それが面白くて、どんどん頁を繰ってしまった。密林から砂漠まで、大地にはりつくようにして生きる人たちのありさま、何かが成し遂げられては跡形もなく崩れ去っていく様子が現実感を持って目の前に現れる。時間も距離もスケールが大きかった。

    ラリータとボニファシア。彼女たちがあのような心持ちで生きてこられたことに安堵したけれど、それは語り手・読み手の都合の良い願望、あるいは南米のマチスモの不誠実でしかないような気も。「俺は男だぞ」という言葉の空疎は強く感じた。

  • あまりの豊饒さに圧倒されるばかりでまともなレビューは書けそうにない。
    ペルー北部のアマゾン川流域と沿岸地帯を舞台に、場所も時間も激しく往来しながら五つのストーリーが繰り広げられる。それはまるで豪華な織物かタペストリーの製作過程を見ているかのよう。無数の色の糸のきらめきに目はくらむばかりで、飛び交う杼や針の動きは速すぎて残像しか捉えられない。混乱する頭で必死に読み進めていくと、最後の最後に織り上げられた布の上にあでやかな模様が浮かび上がる。
    仕掛けられた多数の伏線が最後に一本の糸に収斂する技巧的小説はいくらもあるが、一望を拒否する空間的広がりと細部の緻密さを併せ持つこの作品世界はバルガス=リョサ独特のものかもしれない。
    ラテンアメリカ文学の良き読者ではない自分にとっては、強い覚悟で一気に行かなければとても読了できない手ごわさではあった。しかし、砂の中のピウラの町と娼館〈緑の家〉、旧世界そのままの修道院と尼僧たち、またアマゾン源流の密林と、物語が発する空気は濃密かつ強烈で、なんとしても読み進めねばならないと思わせる何かがあった。そして結末に辿り着いた時のこの脳みそを直接つかんで揺さぶられるような衝撃と、押し寄せてくる充足感。読書の愉しみここに極まれり、であった。

  • リョサと他のラテンアメリカ作家を分けるもの、それは魔術よりも現実に重きを置く彼の生真面目なリアリスト性にある。解説によれば本作はリョサの実体験がかなり反映されている様であり、彼の想像力はリアリズムをどの様な技法で描くのかに注がれている。断片化された5つの物語を読み進めながら紐解く行為は本作が描いた、密林における混沌がやがて都会化された社会に変容していくプロセスにどこか似ており、物語が進むにつれて輪郭が明確になっていく人物像は密林と都会の狭間で自己を確立させていく南米の近代化そのものの様に思えてしまうのだ。

  • バラバラだったエピソード、その中に出てくる人物が、あ!あの時の!と気づく瞬間。
    最後は感動しました。
    みんな何かしら背負って生きている。過去や故郷、愛した人、全てひっくるめてその人になっている。
    上下巻共に教会の人間にかなりイライラした

  • エピローグまで来てやっと、複雑に入り組んだ物語の全貌が見えた。地域によって山岳部や砂漠や密林〜というふうにガラッと変わる風土、土着とカトリックが混じった独特の文化、いい加減だけど、情があってさっぱりした国民性とか、確かにペルーだなーと思いながら読めた。やっぱり女性が強い。もう一度読みたいけれど、再読はいつになるやら。 木村先生の解説は、私がペルーで受講した講義と被る内容があったり、リョサのバイオグラフィーが子細に書かれていて、大変貴重でためになる内容でした。

  • 緑の家 アマゾンの象徴が再構築され、人間関係も然りのエンド。絶対言えるのは、私のモットー「寝そべって、概略を掴み、細部の技巧を味わう」読み方ではからきし歯が立たない。下巻でA4サイズの紙に流れと人名、地名、小物を書き、色別にした。新旧緑の家・流れ者ドンアンセルモ・ラチュンガグループ。リトゥーマ・ボニファシア・修道院上層部。レアテギ・フシーア・ニエベス・ラリータのゴム集団。それに絡む不良男ども。アマゾンの熱気そのものの如く、人が湧き、熱情で殴り、女を凌辱し、かっぱらう。そこに論理倫理は霞む。緑の家に流れるハーブの音色・・過去が甦り神父が弄されて。。今この時間に過去が濁流として流れ込む文体、地の文と会話の一体化に参った。慣れてくると、一般的な≪ゆったり作品」が読めなくなったりして・・。随処に溢れるペルー独特の地名、酒、食事、蛇の種等が煌めきを加える。男と女が性を交わし、子を孕み、又次なるまぐわいに興ずる。男もパッションだが女も逞しい(体つきもそうなるみたい)7年前の旅 3週間足らず14日間リマから太陽神殿へ歩いた。メンバーは5人。食事は3食とも現地のコックが作る。キヌア尽くしで、えも言えぬ美味さだった

  • 複数の時間の複数の物語が交錯する、かなり込み入った作品でした。途中で誰が誰だかわからなくなったり、混乱もしましたが、それでも最後まで読み通させる魅力を持った作品でした。
    もう一度読み返す機会があったら、今度は登場人物の相関図を書きながら読みたいですね。

  • 初リョサ!
    5つぐらいの小説の原稿をばらまいて急いでかき集めてそのまま一冊の本として入稿したような物語。
    時制が前後するは、地の文と会話文が入り乱れるは、ひとつの段落が長いは、と読むのが厄介…なんだけど意外とわかりやすいのは、、描写自体がシンプルで、淡々と描かれているから。映画を観ているような感じ。

    川を下る病気の日本人と老人の思い出話、インディオの少女をさらう修道院、娼館「緑の家」の主である男の半生、やんちゃな番長(!)、
    熱気と匂い、そしてハーブの音を感じる文章で、おなかいっぱい。

    読み解く面白さを感じさせられる読書体験でした。

  •  断片的な場面が積み重なって、5人くらいの主要な登場人物の人生絵巻が編み上がっていく構成になっていた。読み終わってみると、ものすごく重厚な「物語」を喰らった感覚が残る。私の乏しい知識からは、フォークナーの『アブサロム、アブサロム!』を読んだときの印象が近いと感じた。
     登場人物達は、南米の暑さの中でそれぞれに強烈な感情をもっていて、男達はそれに引っ張り回されるように生きているし、女達はそれを抑え込んで男に振り回されるように生きている。そんな人物ばかりで物語の中の熱量はすごいのに、なんだか皆が寂しい人のように思った。情動レベルの感情と、理性を含む気持ちとが、本人の中で分離してしまっているような人間が多い(盗賊のフシーアだけは情動が全てだったように見えたが)。
     とても複雑な構成で「技巧の為の技巧」になりそうなところだが、この小説は内容としても強い物語がある。大傑作。

  • 上下巻でかなりの読み応えでした。相当集中して読まないとおいてけぼりになりそうな文体と、別々の場所、違う時間で進行している複数のエピソードをいったん解体してパズルのようにちりばめてあるので、脳内で相関図を少しづつ組み立てていかないと混乱します(苦笑)。でも退屈はしなくて、ぐいぐい引き込まれてしまう。読みきったあと、それこそ全部のパズルのピースが揃ってひとつの絵が完成したかのような達成感=カタルシスがあるのが素晴らしかった。

  • 本書の感想など語れまい。

    ここには人の確かな歩み、人の性、人の生が全て詰まっている。
    人間の営みがいかに豊穣で慈しみ深く、そして独創的であるのかを考えされられる。

    圧巻で重厚、至福の読書を体感できた。

  •  ラテンアメリカの小説。ペルーを舞台に時系列をゴチャ混ぜにした五つのストーリーが断片的に語られる。一つのストーリーの中でもしばしば、何の前触れもなしに記憶がフラッシュバックしてその場にいない人物が話し出したり、ほとんど行替えのない文章が続いたり、かなり実験的な小説になっている。
     読みにくいものの、各々の話が繋がり出してからは面白かった。むしろその読みにくさが、この本のよさだという気がする。アマゾンのジャングルの中で記憶がグチャグチャになるような感覚。実験的な小説というのは世の中に腐るほどあると思うが、それが雰囲気にマッチしているという意味では、この小説はお手本と呼べるのだろう。
     それにしてもペルー・アマゾンという場所はすさまじい。近代的な町、中世的な修道院、原始的なインディオの村。その三つが隣り合って存在し、その中でかなり露骨な搾取や思想の押し売りが起こる。しかし、その不穏さには何か得体の知れぬ魅力もある。三つの環境を行き来した女性ボニファシアの人生を思うと、そう思わざるを得ない。

  • 平行に進む5つの物語が徐々に絡まり最後に全体像がグワーっと浮び上った時、あまりの快感により脳内嬉ションした。

    5つの物語が時空を縦横無尽に行き交いながら語られ、しかも回想シーンが唐突に挿入されるので、はじめは戸惑うが慣れてくると気持ちよくなる。何故なら、その複雑な仕掛けにより、密林と砂漠といった自然や多層的な生活様式、多様な人種を内包するペルーの混沌としたさまが読み進める毎にジワジワと浮かんできて、その度に「うひぃぃたまらん~たまらん~」となるからである。もしこれが時系列に沿って5つの物語も章ごとに区分けされていたら、物語の面白さは残るけど、混沌としたさまは伝わってこなかっただろうし、「うひぃぃたまらん~」という快楽も得られなかっただろう。時空を縦横無尽に行き交う構成は一見すると出鱈目のような感じがしたが、最後までの読み終ると、実は緻密かつ完璧に計算されていたのかと思い、震えた。

    また、この小説は複数の男と女の関係が描かれている。ロマンティックさは殆ど無いが、生活感が滲み出てくるようなその関係性や人間くさい男女の言動はとても印象に残る。訳者解説によるとバルガル=リョサは「行為、行動といった外に現れてくるものに興味があり、それを描くことで人物の内面を浮かび上がらせたいと考えている」とある。この『緑の家』もまさにその考えを徹底していると思え、彼や彼女達の言動からそれに至った思考やその時の感情といった内面を推測することが読み手は求められる。内面を推測しやすく描かれている人物(主に男)もいる半面、推測が難しい人物(インディオの娘ボニファシアとか)もいる。難しいと思える人物の内面を、ページを何度も前後して読み返しながらあれこれ推測するのは(時間は掛かるが)とても楽しかった。

    唐突だが、この作品は私の小説に対する概念を変えた(広げた)といっても過言では無い。

    <余談>
    登場人物も多く話も時空を縦横無尽に行き交うので、いつものように寝転がって読み進めていたら間違いなく途中で混乱していたと思う。複雑であることは事前に知っていたので、私の場合は、シーン毎に舞台・登場人物・主な出来事をメモしながら読んだので最後まで混乱すること無く読めた。

  • 5つの物語が錯綜し、かなり読み進まないと登場人物の相関図が頭に入ってこない。ある時点から組みあがってくるパズルを見るように何となくどういうことかわかってくるが、最後まで文中に過去の会話がすっと差し込まれてくるので油断できない。
    読み終わってから霧が晴れるように物語の全貌が理解できるような小説ではない。読んでいる間もページをめくる手が止まらないってわけでもない。でも、何が何かわからなくても、その読んでいる間は面白かったと読んでいない時に思うような、そんな不思議な小説だった。

  • 上巻のレビューでも書いたように,いくつもの話が時系列を無視して並行して語られるので,なかなか読み進まなかったんだけど,下巻に入る頃からお互いの相関がだんだん見えてきて,そこからは一気.下巻は3日ほどで完読してしまった.文学の醍醐味を味わった感あり.
    途中まであるストーリーでは肩書きで呼ばれ,あるストーリーでは名前で呼ばれていた人達が,実は同一人物であることがわかってストーリー同志が繋がっていき,最後に収束していくのは「お見事」です.もう一回上巻から読み直さないとダメだな,これは.
    ガルシア=マルケスとバルガス=リョサは「南米系」というひとくくりにしていたんだけど,失礼しました.あなたたちは二人とも違った意味ですごい人達です.

  • 旧〈緑の家〉焼き討ちやボニファシアが〈緑の家〉で働くまでの来歴、フシーアとレアテギの過去、リトゥーマらの事件などが明らかになり、一見バラバラだった5つの話が40年に渡る一つの長い物語として姿を現す。

    最初はよく分からず混乱しながら読んでいたが、最後はとても面白く読めた。


    本書が読みにくい要因として、
    〈緑の家〉が新旧二種類あること、ボニファシアの名前が変わること、アキリーノという名前の人物が2人いること、〈デブ〉や〈チビ〉・軍曹といった呼び名
    などがあるが、下巻でそれぞれの関係が明らかになるので比較的読みやすくなった。

全46件中 1 - 20件を表示

著者プロフィール

1943 年、大阪市生まれ。神戸市外国語大学名誉教授。著書に『ラテンアメリカ十大小説』ほか、訳書にバルガス= リョサ『緑の家』、コルタサル『遊戯の終わり』、リャマサーレス『黄色い雨』ほか。

「2021年 『永遠の家』 で使われていた紹介文から引用しています。」

木村榮一の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×