やし酒飲み (岩波文庫)

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レビュー : 71
  • Amazon.co.jp ・本 (240ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003280119

作品紹介・あらすじ

「わたしは、十になった子供の頃から、やし酒飲みだった」-。やし酒を飲むことしか能のない男が、死んだ自分専属のやし酒造りの名人を呼び戻すため「死者の町」へと旅に出る。旅路で出会う、頭ガイ骨だけの紳士、幻の人質、親指から生まれ出た強力の子…。神話的想像力が豊かに息づく、アフリカ文学の最高傑作。作者自身による略歴(管啓次郎訳)を付す。

感想・レビュー・書評

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  • じぇじぇ!ジュジュマン(精霊?魔法使い?神?)の話であった。

    初めて「アフリカ文学」を読む。しかも内容は、現代感覚を微量に取り入れただけのように思える殆どアフリカ神話の世界。最初は読み進めるのが苦痛だった。初めての方は、訳者による解説から読んだ方がいいと思う。(あらすじは表紙写真を参照して下さい)

    しかし、驚くほどに日本神話に似ている。主人公は「神」なのだが、非常に人間的なのである。娘を怪物から助けて妻にする。その子どもが怪物になり殺されそうになるのも似ている。

    生まれたばかりの赤ン坊が怪物になるのは、一度ではない。それを殺すの父である主人公なのだが、まるきり倫理的苦痛を感じていないのである。

    森林は、万能ではない神である男にとって危険極まりない処だった。それは、アフリカの自然の厳しさでもあるのだろう。

    突然の不幸と生と死の往来、そして突然解決出来る未来。それは不思議ではあるのだけど、やはり何処か普遍性のある人間の人生なのかもしれない。
    2013年6月7日読了

  • 「毎日大量のやし酒を飲んで暮らす。やし酒のみと呼ばれた男の話」やし酒を造ってくれる人が死んでしまい。
    生き返らせる?呼び戻すために
    冒険をする話

    「ブルース・ブラザーズ」で昔の恋人からバズーカ砲を受けたのにさらっと交わす感じ。何が起きても起きなくても当然のように話が進む。

    主人公が、やおよろずの神様で
    何がどこまで出来るのかがわからない。
    「それ出来るなら、なんでも出来るやろ」と思いきや出来ないこともあるのが妙で本人がそれを恥じてるのも面白い。

    ほぼ全編場面の描写なので、神様なら声に出して会話してないんじゃないか?とか「神様」というのは呼び名で全てなんからかの比喩なのではないか?など、話は短いけど楽しみ方が多い。独特なリズム。

    だんだんやし酒を飲んで
    酔ってそのまま見た夢?
    と思うようになり
    様々なことがぐるんぐるんと起こり、動じずに淡々と展開してく
    子供が考えたような話にも似てるけど
    神話でもある。
    なんか
    「アドベンチャー・タイム」っぽい。
    「えっいいの?」とか「あれ?ここらへん書いてて楽しくなってない?」とか
    スローテンポのラップのように刻んでくるのが心地よい。

    あえて解説はまだ読まない。
    想像して楽しむ。

  • 10歳の頃からやし酒を飲むしか能がない男には、父が雇った専属のやし酒作り職人がいたのだが、ある日やしの木から落っこちて死んでしまう。途方に暮れた男は「死んだ人はすぐには天国へ行かず、この世のどこかに住んでいる」という古老の言葉を思い出し、死んだやし酒作りを探す旅へと出発する。


    1ページ目から文体の酩酊感がすごい。「神である彼の家に、人間が、わたしのように気軽に入ってはならないのだが、わたし自身も神でありジュジュマンだったので、この点は問題なかった」とかいう一文が、主人公が神である説明一切なく急に出てくるので困惑するが、読むほうもアルコールを入れるとだんだんチューニングが合ってくる(笑)。
    飲んだくれの語り手はどこも勇敢なところがないけれど、予言能力を持つ娘を娶ることになったり、訪れた村の人びとが全滅するなか自分たちだけ生き残り、あるいは生き返るような、古来の英雄譚を思わせる道程を辿る。魔物に追いかけられ、それを魔法で退治しながら新しい村に入り、その村のしきたりによる洗礼を受ける、というパターンの繰り返しはRPGゲーム的でもある。
    ディネセンの『アフリカの日々』と続けて読んだら、池澤夏樹個人編集の河出世界文学全集と同じ組み合わせだった。

  • ナイジェリアのチュツオーラによる神話的物語。

    主人公の「わたし」は、大金持ちの父のもとに生まれた。弟たちはみな働き者だったのに、「わたし」は、小さい頃から「やし酒」を飲むより能のない、とんでもない総領息子だった。
    普通なら「ばかもーん!」と怒られそうなところだが、なんと父は「わたし」のためにやし酒造りの名人を雇ってくれ、あまつさえ56万本のやしの木がはえた広いやし園までくれた。
    やし酒造りは毎朝150タルのやし酒を採取し、夕方にさらに75タル造ってくれる。これでめでたく「わたし」は毎日毎日、大勢の友だちとともに、文字通り浴びるほどやし酒を呑んで暮らせることになったのだ。
    しかし、幸せな日々は永遠には続かない。15年目、父が死ぬ。そしてその6ヶ月後、今度はやし酒造りが死んでしまった。
    翌日からはやし酒がない。しあわせな気分は去ってしまった。あんなにいた友だちも去ってしまった。必死に他のやし酒造りを探すけれど、「わたし」の要求を満たすだけの量を造れる名人は見つからない。
    「死んだ人はすぐには天国に行かず、この世のどこかにいるものだ」という古老の話を思い出した「私」は、死んだやし酒造りを見つけようと旅に出る。

    ・・・冒頭から突っ込みどころ満載なのだが、これはこの物語のほんの序の口である。
    とにもかくにも、やし酒なしではいられない「わたし」は、やし酒造りの居場所を尋ね歩く。情報を得る引き替えに、「死神」と渡り合ったり、ぱっと見は「完全な紳士」だが実は「頭ガイ骨」だけの男から娘を救い出したり、「死者の町」を目指したりする。

    いろいろあるけど、「わたし」は何だかんだと切り抜ける。何たって、この「わたし」、「この世のことはなんでもできる『やおよろず』の神の<父>」と呼ばれているのだ。
    ・・・ちょっと待て、なんでもできるなら、やし酒造りをすぐ見つけるとか、自分でやし酒をたんまり入手するとかできんのか(・・;)!?

    キツネにつままれたような気分になりつつも、何だかやし酒飲みの冒険の顛末が気になって先へ先へと読まされてしまう。
    「わたし」が出会う「生物」たちはときに奇怪で途方もなく、迷い込む森は暗く深く、何が出てくるか得体が知れない。
    予想のつかない冒険が「だ・である」と「です・ます」の混じる文体で綴られる。著者は短い期間で習得した英語でこの物語を書いている。おそらくはどこかたどたどしさの残る文章を、訳者がこのように置き換えたというところだろう。
    母語のヨルバ語の伝承が混じり、一種独特の、おどろおどろしいが魅力的な世界を創り出している。

    本編に加え、チュツオーラの自身が自らの人生を語った小文(「私の人生と活動」)、それに、訳者(土屋哲「チュツオーラとアフリカ神話の世界」)とドイツ語でも創作を行う日本人小説家(多和田葉子「異質な言語の面白さ」)による解説がつく。

    不条理とか、洋の東西の神話との比較など、なるほど文学論的にもいろいろ議論がありそうな作品だが、一般読者としては、まずは物語世界に放り込まれる感覚を楽しみたいところだ。

    それでやし酒造りは見つかるのかって・・・?
    うーん、見つかることは見つかるんだけど、それからまたいろいろあってねぇ(--;)。
    驚きの結末はぜひ、ご自身で。

  • 2019.9月後半 読了
    死ぬ権利を手放すには惜しい特権として扱うところが印象的。

  • 「わたしは十になった子供の頃からやし酒飲みだった。私の生活はやし酒を飲む以外には何もすることのない毎日でした」

    死んだやし酒作りを死者の町に呼び戻しに行く主人公の奇妙な旅。体の部分を他者から借りて完璧な紳士を装う骸骨、赤い魚と鳥に怯える赤い村の住人達、旅人を癒す白い木の中の誠実な母。だが主人公もジュジュ(まじないみたいなもの?)を扱う「この世のことはなんでもできる神々の”父"」なんだから負けてはいない。大食いの怪物に飲み込まれようと、首まで埋められふんずけられても、やし酒への情熱で、二歩下がって二歩半前進くらいのスピードでしっかり進んでいる。

    英語で書かれたアフリカ文学。原典はカタコトで文法も破格らしい。
    それが日本語訳するとどうにも言葉のパワーが薄れるのが残念。
    言葉が弱いとアフリカに根ざす音楽の存在や、死生観や自然への畏れもあまり感じられない。

    とりあえず読みながら頭の中の画像では、ドラムや銅鑼に合わせた木彫り人形の劇や影絵のようなものを思い浮かべてみた。

  • 奇想天外!現代における神話!って感じの話。
    神話なので主人公が何考えてるかいまいちわからない…神話なので…。

    ですます調とだである調の混ざる文体なので、翻訳文学読みづら!と思っていたけれど、それは原文の調子を再現しようとした結果らしい。なるほど考えられてて面白い。

    語られてる内容は神代の話でも、たとえや描写が現代なのが面白い。フットボールスタジアムのような広い開けたところで踊るドラム・ダンス・ソングとか(うる覚え)
    主人公が不死になる経緯が面白い。白い木の中に入るときに、我々夫婦は死を売り、恐怖を月○○ドルの貸賃で貸した。白い木の中から出た時に、我々は恐怖を返してもらったが、死はもう売ってしまったので、返してもらえなかった、っていうの。
    不死は、多くの神話の中で、英雄たちがこれを求めて冒険したり彷徨ったりするものなのに、こんな軽いノリで手に入れちゃうんだ?!っていう。

    あと、実はガイコツである完璧な紳士に出会ったシーンも好き。私は彼を見たときに、神様が私を彼のように完璧に作ってくれなかったことが悲しくて泣き喚いた、っていうの。その表現の仕方好き。

  • ヤシ酒中毒者の話かと思って読んだけれど、むしろナイジェリアの妖怪めぐり合いの記だった。人探しの旅なのに途中で家を建てて暮らしちゃったり、「白い生物」「赤い王様」と姿形の描写が想定外のざっくり具合だったり、こちらの予期しないスパン・粒度で物語が進む点でとても海外文学。人探しの旅にしては危険が多すぎて、実はそれほど笑いながら読むこともできず、現在進行形で妖怪好きだったら読んだらいいかな、という印象(水木しげるの画で読みたかった)。訳者と多和田葉子の解説は読みごたえがあり、ただ自分はこの物語からあまり汲み取ることができなかったなと思う。

  • お金持ちの父親に甘やかされてるニートくんの話かと思いきや、いきなり「この世のことならなんでもできる神々の父」と名乗るし、いきあたりばったりに出くわす、神や死神や精霊・あやしげな生物たちはなんかみんなちょっと変。奥さん、そんな予言してた?旅から帰ったら死んだはずの父親(両親)になんであいさつにいけるの?とかつっこみどころ満載のはちゃめちゃな物語破綻状態なのになぜかあとひく不思議なイメージ。とんでもない話なのに、旅程の距離と時刻だけはなぜか描写が細かい。ピジン・イングリッシュ、カーゴ・カルトもちょっとまざっておもしろい。

  • アフリカ最大の人口と発展した文化を擁するナイジェリアの作家が20世紀中頃に書いた、アフリカ文学の最高傑作と言われる神話的物語。古事記やオデュッセイアを連想せずにいられない、その荒唐無稽な冒険譚。ジャングルの奥底で出会うブッ飛んだエピソードと登場人物は、時に銃や通貨といった西洋近代的なものと混合し異質な世界観を形成する。物語は想像力を生み、その力は共同体を生み出す源泉となる。願わくば本書が、今も多数の民族と宗教、不安定な政治によって引き裂かれるアフリカのアイデンティティの架け橋となる事を祈ってやまない。

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