文明論之概略 (岩波文庫)

著者 :
制作 : 松沢 弘陽 
  • 岩波書店
3.71
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本棚登録 : 473
レビュー : 32
  • Amazon.co.jp ・本 (391ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003310212

感想・レビュー・書評

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  • 2013/9/26読了。
    岩波文庫『福澤撰集』と本書を読んだだけだが、福澤諭吉ってすごい人だなと感服した。
    本書は平易な言葉を用いて噛んで含めるように念入りに説明し、さらに具体的な比喩や例え話を繰り返し引いて、一行として文意の不明なところがない。まさに啓蒙書の鑑のような文章だった。この文体を味わうだけでも一読の価値がある。
    本書や『學問のすゝめ』『痩我慢の説』『帝室論』『女大學評論』『新女大學』『丁丑公論』辺りをひと通り読んでみて思ったのは、これはきちんと読まないと、読者の立場や知的レベルによって今なお誤解を受けたり悪用されたりするだろうなあ、ということだ。福澤研究のことや現代語訳本のAmazonレビューなどはまったく知らないが、リベラルな精神の精華とされることもあれば似非ナショナリストが自己の主張の補強に都合良く引いてくることもあり、権利平等の思想家と思う人があれば上流階級による愚民統治の指導者と思う人もあり、勤王思想や武士道が抜けていないと言う歴史家があれば勤王の皮を被った不敬の輩と怒る右翼があり、嫌韓嫌中の人々が喜べばそうした人々の読みの浅さをカウンターが嗤い、女尊男卑と怒る男あればまだ足りないと批判するフェミニストあり、これは名著だと持ち上げる人あれば最近読んだ自己啓発書と同じことしか書いてないので☆1つですと言う人あり、新しい時代を開いたと評価する人あれば現代の閉塞は彼の呪縛のせいだと恨む人あり、見習いたいと目を輝かす意識高い(笑)系の人あれば真似できないと引きこもるコミュ障あり、とかなんとかカオスな状況が想像できる。実際どうなんだろう?
    そうした状況が容易に想像できてしまうことこそが凄いところだと思う。だってそれって福澤諭吉自身が21世紀の様々な分野の社会議論に現役で参加しているってことだ。僕自身、自分が生きている今の時代の周囲の状況に照らしながら本書を読んだ。
    でもそうした読み方は本当は正しくない。「福澤諭吉がこう言っている」というのはまったくもって福澤諭吉が楠木正成を例に引いて否定している歴史上の人物の扱い方であって、正しくは「明治7年の福澤諭吉はこう言っていた」と読むべきなのだ。もっと正確に言うと「福澤諭吉が21世紀に生きていたらどう言うだろう」と読むべきなのだ。そういう読み方ができる人はそんなに多くない。福澤諭吉の守護霊と交信できてしまう教祖やその言うことを信じてしまう人は論外。まさに学問がすすめられる所以だ。
    それから本書にはこんなことも書いてある。「本書の目的である一国の独立などは文明の進歩の中では些事でしかないが、明治7年時点の最大の課題なので述べるだけ、もっと高遠なことは後の時代の学者に任せる(超訳)」。文明開化の過渡期の意見のつもりで言ったことが百年経っても有り難がられたり批判されたりしていること自体、福澤先生にとっては嘆かわしいことなんじゃないだろうか。君たち百年何してたの、と。

  • 当時としては飛び抜けて開明的だったと思うが、今も読むべき古典なのかどうかは疑問だ。

    ただ、明治の初め(出版は明治8年)に、日本のこれまでの歴史とその本質はまだしも、西欧の歴史と科学・技術の本質をこれだけ深く捉えていたかと思うと驚きを禁じ得ない。

    内容よりも、その姿勢を学ぶべきだろう。クリティカルライティング(orシンキング)の見本だ。

    ・P224:日本の宗旨には、古今、その宗教はあれども自立の宗政なるものあるを聞かず。

  • 再読。明治八年の出版。「文明」とは何か、日本の文明、西洋との比較など多角的に分析した一冊。諭吉いわく、西郷隆盛も読んで、少年子弟におすすめしてくれたらしい(笑)

    ざっくり要点だけまとめると、
    「文明とは結局、人の智徳の進歩というて可なり」
    では「智徳」とは何かというと、
    「智とは智恵ということにて、西洋の語にてインテレクトという。事物を考え、事物を解し、事物を合点する働なり」
    「徳とは徳義ということにて、西洋の語にてモラルという。モラルとは心の行儀ということなり」

    そんな智と徳を磨いて西洋に負けず良いとこだけは見習いつつ、日本の「独立」を目指しましょうと。「モラル=心の行儀」ってすごくわかりやすい!基本的には『学問のすゝめ』と同じく、国民を啓蒙する内容だけれど、こっちのほうがちょっと難しい感じ。若者ではなくある程度の年配層、すでにある程度の学識のある読者を想定していたのかも。

  • 幕末から明治にかけて世界の中の日本の置かれた状況を冷徹に分析し、日本の植民地化を防ぎ国の独立を守るためにこそ西洋の文明を取り入れる必要があることを、論理的、体系的に、かつ相当の危機感をもって書かれた警醒の書。福沢は、内に憂国の思いを持ちながらも決して原理主義、絶対主義に堕することなく、全ての物事を相対的に比較衡量して、常に目的のための最適な手段を考えるリアリストである。単なる西洋かぶれの思想家ではないことがよく分かった。

  • 現代語ではないので
    読み辛いといえばそうなのだけど
    著者に出来る限り近い言葉に触れた方が
    真意が伝わり易いと感じる。

  • 壮大な独り言のように受け止める。これを常に考えていたとはお見それいたします。

  • 福沢諭吉の主著。ギゾー、バックルなどの文明史論を取り入れつつ、西洋文明と日本文明を対照させ、西洋文明に学ぶ必要を説く。明治8(1875)年刊。

    本書の主張は明白である。西洋文明を目的とすべし、というのがそれだ。はたして今日の日本は、様々な点で西洋化された国となった。では、福沢の願いは叶ったといえるか。否であろう。本書刊行の70年後に日本は独立を失うことになったし、また現在の日本にしたって、福沢が指摘した問題点をどれほど克服したといえるだろうか。そもそも福沢が西洋に学ぶべしとしたその第一は精神(気風)である。が、現実の西洋化はもっぱら文物・技術・制度の面で行われてきた。今日、日本が直面している様々な問題に分け入っていくと、「結局、日本の文化が…」「日本人ってのは○○だから…」みたいな話になって終わることが多い。つまりは日本人の精神、気質や気風が問題となっているのであり、福沢が出した宿題がそのままになっているといえる。

    また、本書は日本が西洋近代というものに直面して間もないころに書かれたものである。福沢は西洋と対面するその最前線にいた人物であるから、本書の記述からも福沢が抱いていた危機意識・緊張感といったものを垣間見ることができる。昨今の政治的議論の弛緩ぶりを想うとき、思考のスタイルといった点でも、本書から学べることは多そうである。

    ―――――――――――

    『文明論之概略』は古い本なので、21世紀人たる私たちが読むにはいくらか障害がある(文体とか)。そこでお勧めしたいのが丸山眞男『「文明論之概略」を読む(上・中・下)』(岩波新書)との併読である。まさに「精読」といった感じの解説本であり、福沢の思想のより深い理解へと私たちを導いてくれるだろう。ただ、このプランは文庫1冊プラス新書3冊で、読み通すのが少々大変ではある。そこでより簡便なルートとして斎藤孝による現代語訳がちくま文庫から出ている。未読なので訳の出来不出来等のコメントはできないが、近代の古典の現代語訳という試みは評価したい。古典は多くの人に対して開かれてあるべきだ。

  • 日本経済新聞社


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    リーダーの本棚最善選択する知的強靱さ
    慶応義塾長 清家篤氏

    2015/6/7付日本経済新聞 朝刊

      「知的な強靱(きょうじん)さ」を感じさせる著書に引き付けられる。











     座右の書は福沢諭吉の『文明論之概略』だと言うと、立場上そう言うのだと思われるかもしれません。しかしこの本は大学院生のときに、日本の計量経済学の先駆者の一人である小尾恵一郎教授(当時)から勧められて読んで以来、本当に座右に置いています。最初は「説教くさい本ならすぐに閉じよう」とやや消極的に読み始めましたが、読み出したらやめられず一気に読了しました。


     自分の価値観と合致していた本なのでしょう。あらゆる事柄を相対的にとらえるべきだという福沢の考えが、冒頭の「軽重、長短、善悪、是非等の字は相対したる考えより生じたるものなり」によく表れています。何か一つのことを絶対視する思想とは全く異なる立場です。この本の核心は、徳(モラル)と智(ち)(インテレクト)をさらに私のそれと公のそれとで私徳(律儀(りちぎ)などを意味する言葉)、私智(事物を理解し工夫する力)、公徳(公平などを意味)、そして公智(物事の軽重大小を判断する力)の4つに分け、最も大切なのは公智であると説くところです。相対的な価値の中から、その時々で最善のものを選択するということで、知的強靭さを必要とします。絶対的な価値を唱え続けるよりずっと難しいことです。


     知的強靭さを感じる本を読むと、自分も少し強くなれそうな気になります。感銘を受けた猪木武徳著『戦後世界経済史』に「可能性と蓋然性は異なる」との一文があります。何でも起こりうる「可能性」と、実際に起きる見込みである「蓋然性」の違いをデータと論理によって判別すべきだと指摘しています。


      研究活動の合間を縫い、余暇に読む本は実在の人物を題材にした作品が多い。


     一つの価値を絶対視する考え方が苦手なのは父の影響もあるかもしれません。建築家だった父は大学卒業と同時に海軍に入隊しました。どう見ても軍隊には不向きで、実際、軍隊はこりごりだったようですが、一方で妙に海軍びいきでもありました。それが不思議でしたが、大学生のときに阿川弘之の『暗い波濤(はとう)』を読んで少し理解できました。戦争や旧日本軍の愚かしさを知りつつも、自分の任務をなんとか果たそうとする学徒兵の姿が描かれています。いかにも軍人風の説教をする参謀に「私ら、軍人が商売とちがうんです。偉い人に勲章もらわすために死にに行くんやないですよ」と学徒兵がたんかを切る場面が象徴的です。その後、しばらく阿川作品にはまり、山本五十六、米内光政、井上成美の3部作も読みました。やはり惹(ひ)かれたのは、あまりすっきりしないようにも見える『米内光政』です。


     厳しい状況の下で、物事の軽重大小を判断し、相対的に少しでもマシな選択をするのは決してすっきりしたものとはなりません。米内が日米開戦直前に参内し、このままではジリ貧だから開戦すべしという論に対し、「ジリ貧を避けようとしてドカ貧になりませんように」と言上したあたりに、公智を感じます。実は陸軍軍人の中にも、保阪正康の『破綻―陸軍省軍務局と日米開戦』の描く石井秋穂のように最後まで開戦を避けようと努力した人もいました。懸命に戦争回避策を考えた「理性派」「寡黙な人たち」が、大言壮語して開戦を主張する「感情派」「放言癖」の人たちに悩まされる姿を保阪はビビッドに描いています。


      誠実な生き方を記した書にも共感する。


     仕事ぶりにとどまらず、人生の歩みとしても、誠実で淡々とした生き方を描いた本に引かれます。吉村昭の綿密な取材調査に基づいた一連の小説は愛読書ですが、その仕事や生活ぶりが彷彿(ほうふつ)されるようなエッセー『わたしの流儀』、『私の好きな悪い癖』なども好きです。マルクス・アウレーリウスの『自省録』はローマ皇帝の生き方を記した本です。彼が父について書いた「彼にたいする喝采やあらゆる追従をさしとめたこと。(略)大衆にこびようともせず、あらゆることにおいてまじめで着実で、決して卑俗に堕さず、新奇をてらいもしなかったこと。(略)人生を快適なものにするすべてのもの(略)がある時にはなんら技巧を弄することもなくたのしみ、無い時には、別に欲しいとも思わなかったこと」は今日でもリーダーの生き方の模範だと思います。


    (聞き手は編集委員 前田裕之)






    【私の読書遍歴】




    《座右の書》


    『文明論之概略』(福沢諭吉著、岩波文庫ほか)


    《その他愛読書など》


    (1)『戦後世界経済史』(猪木武徳著、中公新書)。「市場化」をキーワードに世界経済の半世紀にわたる変化を検証。


    (2)『暗い波濤』(上・下、阿川弘之著、新潮社)


    (3)『米内光政』(阿川弘之著、新潮文庫)。米内をよく知る人たちの証言を調べ上げ、様々な資料を活用して「内面がわかりにくい人物」とされた米内の実像に迫っている。


    (4)『破綻―陸軍省軍務局と日米開戦』(保阪正康著、講談社)


    (5)『わたしの流儀』(吉村昭著、新潮社)。日常生活での様々な発見や小説の題名のつけ方など著者の人間性があふれる随筆集。


    (6)『私の好きな悪い癖』(吉村昭著、講談社)


    (7)『自省録』(マルクス・アウレーリウス著、神谷美恵子訳、岩波文庫)。皇帝の公務の傍らで、折に触れて浮かぶ感慨や思想などを断片的に書き留めた書。




     せいけ・あつし 1978年慶応義塾大学経済学部卒業。92年同大学商学部教授。2009年5月から現職。専門は労働経済学。『雇用再生』など著書多数。

  • p78 71中

  • 日本国の独立と外国交際について説く。そのための文明。
    読むのにやたら時間がかかった。次読むとしたら現代文訳かな。
    特に前半は例え・比喩が冗漫。削れば半分以下の厚さになりそう。この時代の本には珍しくもないけど。
    智徳を4つに分けて説明しているのは面白い。

    「ただこの改革を好む者は、藩中にて門閥なき者か、または門閥あるも常に志を得ずして不平を抱く者か、または無位無禄にして民間に難居する貧書生か……概してこれをいえば、改革の乱を好む者は智力ありて銭なき人なり」(109頁)。
    読書の技法(佐藤優)に同様の指摘有。

    「甚だしきは昔の小児の言行を録して今の大人の手本と為し、この手本に従わざる者を名けて不順粗暴と唱るが如きは、知徳の行わるべき時代と場所とを誤りて……」(188頁)。
    まさに。この本にも当てはまるけど。

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著者プロフィール

1935~1901年。豊前中津藩(現・大分県中津市)下級藩士の次男として生れる。19歳の時、長崎に蘭学修行におもむく。その後、大阪で適塾(蘭方医、緒方洪庵の塾)に入塾。1858年、江戸で蘭学塾(のちの慶應義塾)を開く。その後、幕府の使節団の一員として、3度にわたって欧米を視察。維新後は、民間人の立場で、教育と民衆啓蒙の著述に従事し、人々に大きな影響を与えた。特に『学問のすすめ』は、17冊の小冊子で、各編約20万部、合計で340万部も売れた大ベストセラー。その他の著書に『西洋事情』『文明論之概略』『福翁自伝』など。

「2010年 『独立のすすめ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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