新訂 福翁自伝 (岩波文庫)

著者 :
制作 : 富田 正文 
  • 岩波書店
3.80
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本棚登録 : 1118
レビュー : 109
  • Amazon.co.jp ・本 (346ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003310229

感想・レビュー・書評

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  • 再読。福澤諭吉といえば今や一万円札の代名詞。『学問のススメ』を書いた人だというのは一般的に知られているだろうけど、それ以外のことはあまり知られていない気がする。というか、自分も二十数年前に幕末オタクの延長でこの本を読むまでずっと知らずにいた。天保5年、豊前中津藩(今の大分県中津市)の下級武士の次男として大阪(父親の勤務地)で生まれる。ちなみに幕末の有名人で天保5年生まれといえば新選組の近藤勇。坂本龍馬と土方歳三は一つ下の天保6年生まれ。

    本書は明治30年64才のときの口述筆記。もとが口述なので口語文でとても読み易い。子供の頃からお酒が好きだったというのはちょっと驚き。芝居など遊行には興味なく、長じてからも女遊びの類は全くしなかったそうですが、お酒だけは幼少時から大好きでどうもこうもやめられないと(笑)意外な一面。逆に神も仏も子供の頃から一切信じないというのはいかにも現実的で、らしい。それでお稲荷さんなどのご神体を盗んで別の石にすり替えたり、他人が願掛けした内容を盗んできて読んで笑ったりなど、ちょっと罰当たりな悪戯も多々。

    次男の気楽さで19才で長崎へ遊学。藩のエライ人とそりが合わず国に帰らされそうになるが反抗して大阪へ。そこで蘭学者・緒方洪庵の適塾へ入塾。この適塾時代のエピソードも男子校の男子寮みたいなノリで面白い。もちろん勉強も一生懸命しているのだけれど、たとえば諭吉が禁酒を決心して我慢していると、まわりの仲間はなんとか挫折させようと誘惑してくる。あげく、禁酒してるなら代わりに煙草くらい吸えばと勧められまんまと乗ってしまった諭吉、嫌っていた煙草に嵌ってしまい愛煙者に、さらに禁酒も破れて酒は飲むわ煙草は吸うわで余計にダメ人間に。

    そうこうしているうちに藩命で蘭学塾を開くために江戸へ。安政7年(万延元年)、幕府の軍艦・咸臨丸のアメリカ渡航に同乗して、初のアメリカ旅行体験。有名な、可愛いアメリカの女の子(※写真館の娘だったらしい)と一緒に写ってる写真はこのときのもの。帰りにハワイでカメハメハ大王にも会うが野蛮人扱いで悪口しか書いてない(苦笑)半年弱で帰国したら井伊直弼が暗殺されて年号も変わってる・・・。

    しかしその能力を買われた諭吉は幕府の外国方(翻訳局)で採用され幕府お雇いの身に。文久2年には再びヨーロッパへ渡航。約1年後帰国したら、攘夷熱がさらに悪化して西洋帰りの洋学者というだけで攘夷浪人に命を狙われる日々。長州も薩摩も勝手に外国と戦争おっぱじめちゃうし、でも苦情は幕府に持ち込まれるしで、その諸々を翻訳しなくちゃいけない諭吉も大わらわ。そういえば渡欧先で外科手術の見学中に血をみて失神しちゃうエピソードは可愛かった。可愛いなどというと不遜だけれど、諭吉は血が苦手で解剖実験なども逃げ回っていたらしい。もし平気だったら当時蘭学を勉強するのはやはり医者が多かったろうから医者になってたかもね。

    慶応3年、軍艦ストーンウォール号の受け取りでまた半年ばかり渡米、戻ってきて明ければ慶応4年はもう明治元年。この頃に蘭学塾の名前が正式に慶応義塾となる。維新政府からは当然、政府で働かないかとお誘いがしつこくくるが、立身出世に興味がなく権威が大嫌いな諭吉は悉く断り塾に専念。この辺は本当に当時の人としては貴重な潔さ。

    そもそも中津藩は地味な藩ではあるが、幕末時期どこの藩も開明派と保守派で殺し合うようなことをしていた時期に、諭吉に藩内で出世したいという野心があればお殿様に取り入り改革を進めるなどということも不可能ではなかったわけで、そういうことに一切興味がなくただただ自分の勉強だけが大事という諭吉かっこいい。そもそも開国派の諭吉は攘夷浪人が大嫌い、では開国をすすめた幕府の肩を持つかというと門閥主義が大嫌いな上に幕府は実際には攘夷派、つまり勤王攘夷か佐幕攘夷かの違いだけで世の中ほぼ攘夷の時代、どちらの味方でも敵でもない。開国して勉強さしてくれればそれでいいというスタンス。

    幕末の有名人では、実は奥さん同志が遠縁だったという榎本武揚の助命にこっそり裏工作していたエピソードなどは意外だった。長州の大村益次郎、薩摩の寺島宗則などは長崎、適塾時代からの洋学仲間、ただ大村益次郎は長州が攘夷でやかましくなってからは別人のようになっていてショックだったらしい。明治14年の政変では大隈重信の黒幕と誤解されたが潔白を主張。政治的野心のなかったところが福澤諭吉の最大の魅力だと個人的には思う。

    • ノブさん
      お読みになったことあるかもしれませんが、司馬遼太郎の「花神」で大村益次郎の洋学仲間として福澤諭吉も登場します。これがちょっと感じ悪いイヤな奴...
      お読みになったことあるかもしれませんが、司馬遼太郎の「花神」で大村益次郎の洋学仲間として福澤諭吉も登場します。これがちょっと感じ悪いイヤな奴として描写されていて、ひょっとして司馬遼太郎は福澤が嫌いだったのかなあ、と。笑。
      あくまで想像ですが。
      福翁自伝は未読なので、これを機に挑戦してみます。
      2018/04/12
    • yamaitsuさん
      ノブさん、こんにちは(^o^)
      司馬遼太郎の「花神」随分昔にですが読みました!福澤諭吉も登場していたのですね、もうあまりよく覚えていなかっ...
      ノブさん、こんにちは(^o^)
      司馬遼太郎の「花神」随分昔にですが読みました!福澤諭吉も登場していたのですね、もうあまりよく覚えていなかったです(^_^;)

      司馬さんはちょっと変人で極端なキャラクターのほうが好きな気がするので(大村益次郎はもちろん)要領が良く無難に生き延びた福澤諭吉のようなタイプはあまり好きではないかもしれませんね。
      2018/04/13
  • 時代の雰囲気が伝わってきて、とても面白い本です。読んでいて福沢さんが話しているように引き込まれます。陽だまりの木の中の元ネタとか結構確認できるので、手塚ファンにも楽しめると思う。
    思いの外幸運も重なって慶應大学は大きな学校になる事ができたんだなと感じる。

  • 本書で興味をもった点は3点。

    ①目的なしの勉強
    ここでは目的を持たずして勉強したことこそ仕合せであったと述べている。何々を成し遂げたいが故に勉強に励んでしまうと却って身構えてしまい修学することができないとのことで、身軽な状態で学ぶからこそ結果が出たとこの時は述べているようだ。

    ②一国の独立は国民の独立心から
    別の本で「国を支えて、国に頼らず」という言葉を福沢伝に付け加えていたが、まさにそのことを福沢自信が述べている。こういった心持を持っていたからこそ、教育者という身分であり続け、政治社会に足を突っ込まなかったようである。

    ③海臨丸での米国航海から
    米国渡航、欧州渡航についての感想を述べており、自分自身はこの点がとても興味深く読めた。当時の日本人がアメリカでのもてなしや風情に驚いている姿が見て取れが、これが後々の英語教育を推し進める源流になったのかと思うと、その経験たるや想像を超えたものなのだろうと。

  • *推薦者 (国教) N.W
    *推薦文 「一万円札」の福沢諭吉が生きた江戸末期から明治は西洋列強の動きを顧慮せずには何事も立ち行かない時代でした。福沢の生き方と日本の動向がこの伝記には反映しています。同様に,現代日本の課題「グローバル化対応」・「グローバル人材」・「国際コミュニケーション」能力の実践をここに読み取ることができると考えます。
    *所蔵情報 http://opac.lib.utsunomiya-u.ac.jp/webopac/catdbl.do?pkey=BB00091444&initFlg=_RESULT_SET_NOTBIB

  • 私がフランクリン手帳に忍ばせている“人生の100のリスト”の32番目には、

    「学校(大学)を作る」

    という夢が書いてあります。

    学生が1万人もいるようなマンモス大学とまでいかなくても、自分の信念や行き方が自分の死後も教育理念という形で後世に受け継がれ、それによって国家や人類の永続的な発展に寄与できれば、こんなにすばらしいことはないと思うからです。

    しかし、我ながら途方も無さ過ぎる夢なので、実現のためにまず何をやればいいかすら想像がつきません。

    そこで、現在の有名大学を作った人達は、何を思い、どのように学校を育てていったのかを知りたいと思ったのが、この本を読むきっかけとなりました。

    慶應大学の一般教養課程では、この本を使った授業も行われていると聞いたことがあります。

    残念ながら慶應義塾が成長する過程についての記述は少なかったのですが、福沢が日本の文明開化を推進しようとしたわけ、そしてその手段として彼がライフワークに選んだ学校運営・翻訳業においてどのような工夫をしたのかが描かれています。

    そんな福沢の生き様から、やはり人間が偉業を成し遂げる原動力は、大志なのだと再認識しました。

    福沢自身の口述を速記したものがベースになっているので、文章が非常に生き生きとしているのが特徴です。

  • 日本人の誰もが知っている福澤諭吉がどのようにして成ったのか気になり読んでみた。

    読み進めていくと諭吉は天性の人懐っこさと冒険心があったのだと感じる。例えば、彼は幼い頃に奥平壱岐という砲術家の下で住み込みで仕事をしている。また、当時では珍しい外国旅遊も実施している。
    人は未知の世界に尻込むものだが、、、

    そんな性格もあり、上下関係も気にせず、誰構わずと良好な関係が築くことができるのだと思う。「天は人の上に人を作らず、、、」というフレーズも出るべくして出たものだと強く感じた。

  • 福沢諭吉の生涯を通してその人となりや考え方等を知ることが出来た。想像していたのと違い、意外とおとなしめな印象を受けた。

    新政府よりの人物と思っていたが、全くそうでは無かった。榎本武明の助命にも一役買っていたとは。。

    読みにくそうと思い敬遠していたが、割と読みやすかったが少し時間がかかった。

  • 目下再読中の大作『大菩薩峠』の中で維新時の最大の巨人的評価を受けているのを読んで本作をほんと久方ぶりに手に取る。
    正直まぁそんなに面白い本ではありませんな、解題にも書かれてますがちょっと清廉過ぎるし。まぁ相当な酒好きとかおっと思わせる箇所は多々あるものの、この手の本に期待する無茶苦茶感がほとんどないからねぇ。
    唯この本の重要性は、これまた後記にも書かれてますが、これほどの人物であっても世に蔓延る偏見・時代の制約からは逃れられないという深い現実。こういうのを読むとアリの凄さが際立つんだよなぁ、、、

  • 小林秀雄大先生が、『学問のすすめ』などからは決してこぼれてこない福沢諭吉というひとを知るために挙げていたような気がする。
    あまりに見慣れて、あまりにそのことばが使いまわされていて、正直、この福沢諭吉というひとをどこか敬遠していた。だが実際手に取り彼の淀みない流れるような口授に、改めて、このような先人のことばに触れられる喜びを感じた。自伝と銘打っているが、この作品は福沢諭吉というひとの精神が自ら自身を語ったものと言っていい。池田某のことばと同じ匂いがする。エッセーのような、物語のような。
    ほんとうに福沢諭吉というひとは、正直に善く生きるということをやってのけた大人物であると思う。等身大で生き続けられたというそのことが、驚くべき事実だ。いわゆる日本という国が大きくその価値転換を示されたときに、自分のしたいことだけをして、静かに、だが確実にその種を蒔きつつも、うまくやり過ごす。小林秀雄に言わせれば、「変人」ということばが最もふさわしい。
    まるでこのひと平等主義者のように扱われているが、平等主義などといえば笑って「そんな大層なものではござりません」と言っただろう。男女平等、何をそんなこと今さら。もし今に生きていたら、平等平等と法律などに躍起になるひとをけらけらと笑って酒でも飲んでたでしょう。
    平等なんてものは最初からそうなっているのだ。すべてはことばだ。善いものは善いし、悪いものは悪い。ただこれだけだ。善いと悪いの区別がつくという時点で平等ではない。だが、この自分という存在からすべてが始まっている。これ以上当たり前なことはどこにもない。そして、これはすべてのひとにあてはまる。自分でなく生きているひとなどいない。これが平等だ。金のためにも国のためにも、子供のためにも、家族のためにも生きられる人間なんぞいない。だが、どういうわけか自分というものが生まれて、自分というものを生きるより他ない。これが独立だ。だから自分が嫌だと思うことはしない。なぜ自分が金をひとからくすねたりごまかしたりしてまで生きねばならないのか。そうまでして金をためる必要はない。要るときはその他で使わなければいい。
    彼が鎖国や門閥制を毛嫌いしたのは、理にかなっていないからだ。善いということは生まれた家や将軍や天皇のことではない。そういうものとは関係なく在るものだから。そうであるなら、なぜ、善いものをひとは求めないのか。生れた家で決まるのか。これが彼にとっては我慢ならないことだったから彼は飛び出したのである。彼にとっては王政維新とかどうでもいいのである。そんなものでひとの本質の何が変わるというのだ。だから政府に関与しないのである。
    国がなんだ。俺は自分ができることだけをする。俺のしたいことは誰にの邪魔にならないはずだ。俺は静かに考えるだけだから。俺から学びたいならいつだって来るがいい。俺はそんなこと惜しまない。だが、考えるのは学びに来る君だ。
    彼はひとは社会の虫でその習慣の粘り強さを良く知っている。その習慣を変えるのは容易なことではないのも自身でよく体験した。その習慣を改めるには社会の大きな変化が必要だと彼は言った。独立心を説く彼が、社会というものに習慣を依存させてしまっているように思える。だが、これは違う。社会のせいなどには彼は決してしていない。彼にとっての社会とは、この自分自身という存在に他ならない。自分が習慣を改めようと思わなければまるで意味がないと彼は知っている。ではなぜ習慣を改めようと思わないか。ひとつにその習慣が善いものだと思っているから。もうひとつがそれが習慣であるということにさえ気づいていないから。そのため、彼は有形において数と理を求めたのである。そして、その数と理を学ぶためにはことばとしての英語が必須であったのだ。英語が主流であることは実際事実なので、そこで彼はしょうがなくオランダ語を捨てて英語を学んだのだ。英語が大事なのではない。英語はただの手段でしかない。日本語や中国語で同じことができれば、おそらく英語をわざわざやる必要なしと彼なら言っただろう。
    彼のことを考えていると、この福沢諭吉というひととソクラテスというひとを無性に対談させてみたくなる。

    ソクラテス まったく君はずいぶんうまいこと生きたもんだね。見上げたもんだよ。
    福沢 それを言ったらあなたの方がよっぽど話題の尽きない人生だったでしょうに。
    ソクラテス 僕の方は裁判なんて厄介な制度が習慣としてあったからね。
    福沢 習慣ってのはほんと、恐ろしいものですね。
    ソクラテス まったくだ。あれほど恐ろしく不思議なものはない。
    福沢 僕なんてもう面倒くさくてどうにでもなれ! って投げ出しましたもん。
    ソクラテス 君の自伝でもあったね。学校つくれとか、官僚になれとか、いろいろ。
    福沢 あんなもので人間ころって変わったらそれこそ、あなたに申し訳ないですよ。
    ソクラテス どうも人間そう変わっていないようだね。世界というのは自分のこと以外のなんだというのだ。
    福沢 独立というのが何よりも必要だというのに。有形、実践、世に役立つ、なんていうものがいかに浅薄なことか。
    ソクラテス あれが僕にはわからない。一体何が何に役立つことなのか。何を何に実践するのか。
    福沢 そんなに知りたきゃちゃんと学問でもしてみろ!って言ってやりましたよ。
    ソクラテス 君のそういうところが役得なところだねぇ

    ふたりで酒を飲みながらそんなこと言っているような気がしてならない。
    体調の問題か、彼が自伝で終わりの章はかなり足早に書かれている。書ききらなかった日清日露戦争、大正昭和聞いてみたかった。

  •  読書に草臥れ眠くなって来れば、机の上に突っ臥して眠るか、あるいは床の間側を枕にして眠るか、ついぞ本当に蒲団を敷いて夜具を掛けて枕をして寝るなどということは、ただの一度もしたことがない。その時に初めて自分で気が付いて「なるほど枕はない筈だ、これまで枕をして寝たことがなかったから」と初めて気が付きました。(p.97)

     今日の書生にしても余り学問を勉強すると同時に始終我身の行く先ばかり考えているようでは、修業は出来なかろうと思う。さればといって、ただ迂闊に本ばかり見ているのは最も宜しくない。(中略)如何したらば立身が出来るだろうか、如何したらば金が手に這入るだろうか、立派な家に住むことが出来るだろうか、如何すれば旨い物を食い好い着物を着られるだろうか、というようなことにばかり心を引かれて、齷齪勉強するということでは、決して真の勉強は出来ないだろうと思う。就学勉強中はおのずから静かにして居らなければならぬ、という理屈がここに出て来ようと思う。(pp.113-4)

     私は横浜に見物に行った。その時の横浜というものは、外国人がチラホラ来ているだけで、掘立小屋みたような家が諸方にチョイチョイ出来て、外国人が其処に住まって店を出している。其処へ行ってみたところが、一寸とも言葉が通じない。此方の言うこともわからなければ、彼方の言うことも勿論わからない。店の看板も読めなければ、ビンの貼紙もわからぬ。何を見ても私の知っている文字というものはない。英語だか仏語だか一向わからない。(p.120)

     とかく世間の人の喜んでいるようなことは、私には楽しみにならぬ、誠に損な性分です。ダカラ近来は芝居を見物したり、または宅に芸人など呼ぶこともあるが、これとて無上の快楽事とも思われず、マアマア児孫を集めて共に戯れ、色々な芸をさせたり嗜きな者を馳走したりして、一家内の長少睦じく互いに打ち解けて語り笑うその談笑の声を一種の音楽として、老余の楽しみにしています。(p.346)

     両人出発の節堅く申し付けて「留学中手紙は毎便必ず必ず出せ、用がなければないと言ってよこせ、また学問を勉強して半死半生の色の青い大学者になって帰って来るより、筋骨逞しき無学文盲なものになって帰って来い、その方が余程喜ばしい。仮初にも無法なことをして勉強し過ぎるな。倹約はどこまでも倹約しろ、けれども健康に係わるというほどの病気か何かのことに付き、金次第で如何にもなるということならば、思い切って金を使え、少しも構わぬから」とこういうのが私の命令で、ソンナことで六年の間学んで二人とも無事に帰って来ました。(pp.354-5)

     人々の進退はその人の自由自在なれども、全国の人がただ政府の一方を目的にして外に立身の道なしと思い込んでいるのは、畢竟漢学教育の余弊で、いわゆる宿昔青雲の志ということが先祖以来の遺伝に存している一種の迷いである。(中略)一国の独立はこくみんの独立心から湧いて出てることだ、国中を挙げて古風の奴隷根性では迚も国が持てない、出来ることか出来ないことかソンナことに躊躇せず、自分がその手本になってみようと思い付き、人間万事無頓着と覚悟をきめて、ただ独立独歩と安心決定したから、政府に依りすがる気もない、役人たちに頼む気もない。(p.366)

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