三酔人経綸問答(中江兆民) (岩波文庫 青110-1)

  • 岩波書店 (1965年3月16日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (266ページ) / ISBN・EAN: 9784003311011

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プレミアム

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多様な視点から議論が交わされる本作は、立憲主義や現実路線といったテーマを深く掘り下げています。洋学紳士、豪傑君、南海先生の三者の対話を通じて、それぞれの考え方が鮮明に描かれ、極論から新たな可能性を見出...

感想・レビュー・書評

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  • 時の政策を批判する時に、批判ばかりしていたのでは良くない。対案は持つべきではある。しかし専門家ではない市民の身、原発政策や経済面の複雑な論議に入っていくと埋没してしまって抜け出せなくなる。よって、一番根幹の論議とは何かを考える。根幹を押さえて置くと、結論は直ぐに出るだろう。すると、結局はアメリカとの関係をどうするのか、というところに行き着くのである。それは即ち日本の外交政策をどうするのか、というところに行くだろう。だから憲法9条をどうするのかということは、世の中ことを論ずる時には必要不可欠だし、中国脅威論云々というのは、基本的には決して無駄な論議ではない。

    しかし繰り返すが、専門家ではない市民の身、脅威論等の細かな軍事比較などしては居られない。良いのは、物事の最初に立ち返ること。グランドデザインを決めた明治の論議をみることだろう。

    格好のテキストがある。それが本書である。原文と現代語訳の両方があり、訳文は現在に至っても多分最高峰である。

    三者三様の立場から意見を闘わして方向を探るのは、空海の「三教指帰」から始まり良い方法である。

    紳士君は「民主政治」の立場をとる。(←共和主義に近い)そうなって「自由平等」になれば、軍備や戦争は必要ではなくなる。学芸も栄え、道徳も高尚になる。万一他国が攻めて来たら、主張すべきことは断乎として主張し、「弾を受けて死せんのみ」と答え豪傑君の失笑を買う。

    豪傑君はどうか。争いは動物にとっても人間にとっても避けられないものであるだけでなく、政治家や軍人にとっては楽しみである。恋旧家と好新家が対立するが、恋旧家は社会の「癌腫」だから、それらをアジアかアフリカの大陸に送り、小国を大国にする方法を構ずればよい。そのことにいま着手しなければ、欧州諸国はかならずアジア侵略を開始するだろう。という。

    詳しくは読んで頂くとして、現代の我々に最も傾聴に値する論は南海先生の論だと私は思う。

    専制から一挙に民主制にはならない。立憲制をとおるのが順序である。恩賜の民権を大切に扱い、回復の民権に変えていくのが進化の理法であるという。ここは、兆民自身が「いささか自慢の文章です」と書いているように、当時最も現実的なグランドデザインだったと思う。

    さて、外交である。「もし彼らの軍備拡張が小規模であるならば、あるいは爆発するかもしれないが、大規模に軍備拡張しているから、爆発することはあり得ないのです。」これは中国脅威論、昔ならソ連脅威論にあたるだろう。それでも、もし攻めてきたとしたら専守防衛に尽くすしかない。「わがアジア諸国の兵隊は、それで侵略しようとする時には不十分だけれども、それで防衛するには十二分なのです。」「二つの国が戦争を始めるのは、どちらも戦争が好きだからではなくて、じつは戦争を恐れているために、そうなるのです。」「要するに、外交上の良策とは、世界のどの国とも平和友好関係を深め、万やむ得ない場合になっても、あくまで防衛戦略を採り、遠く軍隊を出征させる労苦や費用を避けて、人民の重荷を軽くしてやるよう尽力してやること、これです。」

    この結論に対して紳士君、豪傑君共に「少しも奇抜なことはない。今日では、子供でも下男でもそれくらいのことは知っています」と笑ったが、果たして現代日本の若者はそういう水準だろうか。自衛隊は果たしてこうなっているか、知っているだろうか。(←じゃあ、お前は自衛隊を認めるのか、と聞かれたならば、私は「安保条約を廃棄し、自衛隊を一旦解体し本当の自衛隊になれば認める」と言おうと思う)

    専制から立憲君主制に移り、やっと民主制に移りつつある現代(移ったとは決して言えない)、最も現実的なグランドデザインはこうだ、と私も思う。現実的だけれども、未だ現実化されていないのが、日本の不幸なのである。

  •  明治20(1887)年に刊行された中江兆民の代表作。本書は、西洋近代思想を理想主義的に代表する洋学紳士、膨張主義的国憲主義を代表する豪傑君の二名が、理想を持ちながらも現実主義的な立場を取る南海先生を訪れ、酒を酌み交わしながら日本の針路を論じるものだ。

     洋学紳士は徹底した民主化と軍備の撤廃といった急進的改革を主張し、豪傑君は大陸侵攻とそれをてこにした国内改革という強硬策を求める。これらに対し、南海先生は、対外的には過剰な危機感を抑制して国際協調を大切にし、国内的には「恩賜的民権」を徐々に「恢復的民権」に近づけていく持続的な努力の必要を説く。

     南海先生によって示される、次の恩賜的民権と恢復的民権についての言及を、兆民は「此一段の文章は少く自慢なり」と述べる。
    「且つ世の所謂民権なる者は、自ら二種有り。英仏の民権は恢復的の民権なり。下より進みて之を取りし者なり。世又一種恩賜的の民権と称す可き者有り。上より恵みて之を与ふる者なり。……若し恩賜的の民権を得て、直に変じて恢復的の民権と為さんと欲するが如きは、豈事理の序ならん哉。嗚呼、国王宰相たる者威力を恃みて、敢て自由権を其民に還さず。是れ方に禍乱の基にして、英仏の民が其恢復的民権の業有りし所以なり。若し然らずして、君主宰相たる者、時を料り勢を察し、其民の意嚮に循ひ、其民の智識に適することを求め、自由権を恵与して、其分量宜を得るに於ては、官民上下の慶幸、何事か之に踰ゆる有らん。危難を犯し死亡を冒して千金の利を攫むは、坐らにして十金を受るに如かんや。且つ、縦令ひ恩賜的民権の量如何に寡少なるも、其本質は恢復的民権と少も異ならざるが故に、吾儕人民たる者、善く護持し、善く珍重し、道徳の元気と学術の滋液とを以て之を養ふときは、時勢益々進み、世運益々移るに及び、漸次に肥腯と成り、長大と成りて、彼の恢復的の民権と肩を並ぶるに至るは、正に進化の理なり。」(p.196-197)

     また、南海先生は次のように述べる。
    「然ば則ち進化神の悪む所は何ぞや。其時と其地とに於て必ず行ふことを得可らざる所を行はんと欲すること、即ち是れのみ。」(p.195)
    「政事の本旨とは何ぞや。国民の意嚮に循由し、国民の智識に適当し、其れをして安靖の楽を保ちて、福祉の利を獲せしむる、是なり。若し俄に国民の意嚮に循はず、智識に適せざる制度を用うるときは、安靖の楽と福祉の利とは、何に由て之を得可けん哉。試に今日、土耳其(トルコ)、白耳失亜(ペルシヤ)の諸国に於て民主の制を建設せんには、衆民駭愕し喧擾して、其末や禍乱を撥起して、国中血を流すに至ること、立て待つ可きなり。且つ紳士君の所謂進化の理に拠りて考ふるも、専制より出でゝ立憲に入り、立憲より出でゝ民主に入ること、是れ正に政治社会行旅の次序なり。専制より出でゝ一蹴して民主に入るが如きは、決て次序に非ざるなり。」(p.196)
    「亦唯立憲の制を設け、上は皇上の尊栄を張り、下は万民の福祉を増し、上下両議院を置き、上院議士は貴族を以て之に充てゝ世々相承けしめ、下院議士は選挙法を用ひて之を取る、是のみ。若夫れ詳細の規条は、欧米諸国現行の憲法に就て、其採る可きを取らんのみ。是は則ち一時談論の遽に言ひ尽す所に非ざるなり。外交の旨趣に至りては、務て好和を主とし、国体を毀損するに至らざるよりは、決て威を張り武を宣ぶることを為すこと無く、言論、出版、諸種の規条は、漸次に之を寛にし、教育の務、工商の業は、漸次に之を張る、等なり。」(p.205)

     こうして見てみると、南海先生が想定しているのは、イギリス流の立憲君主制なのではないだろうか。立憲君主制を前提としながら議会政治を確立し、国民の諸権利を保障する。そして、政治的な改革は、急進的にではなく漸進的に行うべきことが述べられている。
     しばしば、中江兆民は「東洋のルソー」と評され、フランス急進主義の流れを汲む代表的論客と位置付けられている。しかし、実際のところは、彼自身はフランスの共和政治ではなく、イギリス流の安定した君民共治の立憲君主制を模範としたのではないだろうか。

     他の著作において、兆民は次のようにも述べている。
    「いやしくも政権を以て全国人民の公有物となし一二有司に私せざるときは皆『レスピユブリカー』なり。皆な共和政治なり。君主の有無はその問はざる所なり。……即ち見今仏国の共和政治の如きもこれを英国立君政体に比するときは、共和の実果していづれにありとなさんか。これに由りてこれを観れば共和政治固よりいまだその名に眩惑すべからざるなり。固よりいまだ外面の形態に拘泥すべからざるなり。試に英国の政治を観よ。その名称その形態並に厳然たる立君政治にあらずや。しかれどもその実についてこれを考ふるときは毫も独裁専制の迹あることなく……」(「君民共治の説」)
    「英国杯は昔より王家の御姓が屡屡革まりたることにて我国と較ぶ可きには非ず。……我国の天子様は御位の尊きこと世界万民其例無き者なれば……」(『平民の目ざまし』)

     兆民は政治形態としてはイギリスの立憲君主制に範を求めたが、その基礎には尊皇を前提とした仁政の発想があったのではないだろうか。
     それにしても、本書では三名が自然な形で政治について語り合うものかと思っていたら、物語が始まるなり、洋学紳士が延々と自説を述べ続ける(約50ページ分)。全く現実的でないものも多く、これには少々うんざりした。

  • 100年以上前の議論が、今でもそのまま通用するという凄さ。

  • 洋学紳士、豪傑君、南海先生。中江兆民ひとりの手によって描かれたこれら3人の議論が順に展開していくことによって、立憲主義もリアリズムも、現実路線も活き活きと語られる。

    これほど異なった視点から時局を見ることができることを、大局を捉える力というのではないかと思う。

    先に登場する洋学紳士、豪傑君の二人の論は極論のように思えるが、一つの考え方を突き詰めて考えることで、その論が持っているゲームチェンジャー的な可能性が見えてくることもある点が、面白い。

    本書の書き方が一問一答のような形ではなく、両者にある程度たっぷりと論じさせているからこそ、そこまで話が展開できたのだろう。

    南海先生が最後に指摘するように、現実は直線的ではなく紆余曲折しながら進んでいくが、ただ中庸を行くだけではなく、このようは広い視点から状況を捉えたうえで進んでいくべきだということを教えてくれる本だと感じた。

  • 感想を書けるほど理解できなかった。
    でも中身は面白かった。
    “思想は種子で、脳髄は畑。”

  • 中江兆民が明治時代に出版した本ではあるが日本の政治のあり方についてどうあるべきかと言うことをある3人の人物を登場させて語り合いの中で論じているが、今の時代においてもなかなか参考になる本と言える。
    今の時代において政治は社会はどうあるべきか、考察に値する内容である。

  • 訳文がなかなかの名調子。

  • 2019年夏現在のトランプ政権の経済エゴ丸出しのディール外交や、Brexitで綱引きするポピュリズム、きな臭いアジア地政学リスクなど、本書で議論されている登場国の役割が変わっているだけで、およそ何が議論の争点となりうるのかの本質は中江が捉えていたものとあまり変化がない。むしろまさに現在こそ、三酔人が問答していたことを外挿して再考出来るのではという気もしてきます。

  • 中江兆民「三酔人経綸問答」青110-1 岩波文庫

    本著はもともと漢文で書かれており、前半は現代語訳文、後半は原文といった構成になっています。

    民主制を訴える洋学紳士、侵略主義を唱える豪傑君。血気盛んな二人の成年は、政治と哲学の師である南海先生のもとを訪れる。盃を交わし、両者の熱い弁論は平行線を辿る。酒も回ってきた頃合いに、南海先生が口を開く…。

    互いに足らぬところ、行き過ぎた部分を指摘し、両者の思想は違えど、実はその根源は同じであると諭す。しかし、あくまで道理を示すまでにとどめ、特定の政治目標へ導くことはしない。
    その南海先生のスタンスこそ、まさに本著の目的でもある。

    南海先生は政治の本質についてこうも述べている。
    「政治の本質とはなにか。国民の意向にしたがい、国民の知的水準にちょうど見合いつつ、平穏な楽しみを維持させ、福祉の利益を得させることです。」

    まさに両者に欠けている部分でもあり、これは今にも通ずるのではないでしょうか。

    非常に面白い一冊でした。

  • 面白かった。
    と、言えるほど読み砕けてはいない…。

    酔っぱらうと国家を天の視点から語りだす「南海先生」の家に、民主守備の理想を説く「紳士君」と、領地拡大により大国に伍することを語る「豪傑君」が訪れ、日本の行く末を酔っ払い3人、大いに語る。
    前進か、後進か。両極端を語る2人に対し、中道を説く南海先生。明治のこの頃には、巷でこんな議論が繰り広げられてたんだろうか。みんな、国家百年の大計を考えて。
    読み解けてはいないが、また読みたいとは思った。僕にも国家百年を論じたいと思える日は、、来ないと思うが。

  • 日本にルソーを紹介した民主主義者・中江兆民の著。1887年出版。 現代語訳だけ読んだ。

    進歩的理想主義者「洋学紳士」と保守的軍国主義者「豪傑君」がそれぞれリベラリストとナショナリストの立場から国家論を展開。中道的リアリストの「南海先生」が聞き手に回るという内容。 三人とも酒を呑みながらしゃべる。

    洋学紳士も豪傑君も極論。どちらも理解できる部分があるし、いやそれは違うだろ、という部分もある。最後に二人をいさめつつ議論をまとめ上げるリアリスト・南海先生のくだりのカタルシスが素晴らしい。

    「政治の本質とはなにか。国民の意向にしたがい、国民の知的水準にちょうど見あいつつ、平穏な楽しみを維持させ、福祉の利益を得させることです。」(南海先生、p97)

    「紳士君、紳士君、思想は種子です、脳髄は畑です。(中略)今日、人々の脳髄のなかに、帝王、貴族の草花が根をはびこらせているまっ最中、ただあなたの脳髄にだけ一つぶの民主の種子が発芽したからとて、それによってさっそく民主の豊かな収穫を得ようなどというのは、心得ちがいではありませんか。」(南海先生、pp99-100)

    南海先生の言が中江兆民の考えていたことだとすれば、明治時代としては、おそらく最も先進的な政治思想にふれていた中江兆民が、意外なほど現実的で、かつ、百年先の未来を見据えてコツコツと啓蒙するしようと決心していたのだなと感じた。

    かくして、「とりあえず立憲制度、上下両院を置いて下院は選挙による、海外の法律を参照しながら良いところは取り入れる、外交は平和友好を原則とする、言論・出版の規制は少しずつ取り払う」という南海先生の凡庸な結論に、洋学紳士も豪傑君も肩透かしを食らうのであったw
    「今日では、子供でも下男でもそれくらいのことは知っています」(p109)

    まあしかし、明治にすでに進歩的な国家のビジョンを作り上げた思想家がいたのに、日本は随分と遠回りをしてきたものだなぁ。

  • ある日洋学紳士君と豪傑君が南海先生のところを訪ね、3人で酒を交わしながら、緊迫する世界情勢の中で日本という東洋の小国がいかに進んでいくべきか、その外交上の指針を鼎談形式で語るという体裁の作品。洋学紳士君は進歩史観に基づき、武力を排除して民主主義・自由・平等を押し広めていくべきという考え、つまり左翼的である一方、豪傑君は"弱い大国(恐らく中国)"を支配して日本を大国化する、つまり右翼的な考えを持つ。南海先生は侵略は防衛する時に限るべきだと、これは中道路線というべきか。
    p100の南海先生の言葉に、「事業はいつも現在において、結果という形で姿をあらわすが、思想はいつも過去において、原因という形をとる」「世界各国の事跡は、世界各国の思想の結果です」と、こんなことを言っている。考えてみると果たして今の時代、国の進むべきビジョンというのがあるのだろうか?思想といったものはあるのだろうか?それとも自分が知らないどこかには存在しているのだろうか?思想無き今、南海先生の言葉を借りるなら、事業をなすにもその原因たるものがないということであり、目先の利益にフラフラとしていつの間にかあらぬところに漂着してしまいはしないのだろうか。
    南海先生はそしてまた、「p109 いやしくも国家百年の大計を論ずるようなばあいには、奇抜を看板にし、新しさを売物にして痛快がるというようなことが、どうしてできましょうか」とも。特にここ最近、奇抜さ、大胆さこそがかっこいいという風潮が蔓延しているような気がする。知力より体力や筋力というか、慎重さより大胆さというか。恐らく明治の時代にも似たような空気があったのでは?決断力は必要だ。時に豪傑さも必要だ。だがそれらは、正確な言葉の運用、理性、そして勢いに任せて一つの思想を絶対視しないというバランス感覚、これらの存在が前提だろう。

  • 20120808ブックオフ2号長田店

  • <紹介>
     本書は自由主義的進歩思想、絶対平和観を有した洋学紳士君、帝国主義的国権論者の豪傑君、現実主義の南海先生、三人が対話によって世界の潮流、日本の政治を語るものである。洋学紳士君、豪傑君はどちらもラディカリストであり、それを南海先生がたしなめる形になっている。南海先生は決して自らの主張を述べるでもなく、喋る機会自体が少ないが、先生の言葉一つ一つは比喩を用いながら、思想や政治の本質について核心的な事を述べており興味深い。

    <感想> 
     解説にあるように、三者のうちどれが中江兆民の思想に一番近いのかははっきりしないが、私は洋学紳士君に対する思い入れが大きいように思える。洋学紳士君は西欧の歴史の理から自由民主制こそが最上の制度であり「進化の理法」だという。そして富国強兵など弱小国は望めないから、学術的に秀でることで「無形の道義」を体現すべきだという。この洋学紳士君の「進化の理法」に対する批判に本書でもっとも力が入れられているように感じた(p94~)。
     先生曰く、人間が先導することが出来ない「進化の神」は、畢竟跡づけに過ぎない。その「神」の進む道は曲がりくねり、前後し決して直線コースを採らなず、人間が予見出来るものではない。さらに、世界中には至る所に多様多愛な「進化の神」がおり、西欧型が唯一ではない。だから直ちに何を採用すべきか分からないけれど、一つ確かなことは「進化の神」が共通して憎むものがあるということである。そしてそれは「その時、その場合においてけっして行ない得ないことを行なうとすること」である。
     続けて言う、政治の本質とは国民の意向に添い、国民の知的水準に合う制度を採用し、福祉の利益を達成することであると。事業、歴史は常に「過去の思想を発現」である。「進化の神」としての歴史は「人々の思想が合体して、一つの円をかたちづくるもの」である。であるからこそ、人々の脳髄に思想を植え、それを一度過去のものにしない限り、良い事業は出来ないのだ。
     社会契約論を翻訳し、東洋のルソーと呼ばれ藩閥政治には批判的であった中江兆民だが、本書を読んで感じるのは、兆民自身がフランス型の社会契約論に根ざした「民権の回復」(草の根の革命的民主化)を求めているとは到底思えないことだ。それよりも「恩賜の民権」(上からの自由化、民主化)を重視し、君主や宰相が「人民の知的水準」に注意を払いながら、自由の規制を解くことが望ましいと考えている(p98~)。そしてその漸次自由化の間に人民が行なうことは「これ(恩賜の民権)をちゃんと守り、大切にあつかって、道徳という霊気、学問という滋養液で養ってやる」ことである。そうすれば時勢が進み歴史が展開するとき、肥え、背が高くなり「回復の民権」と肩を並べることが出来る、それこそ「進化の理法」であると考えている。

  • 中江兆民――といえば、福沢諭吉と並ぶ二大思想家であり、ルソー紹介に一躍買ったとして有名だけれどそれ以上の知識はない人物である。経歴を調べてみると、彼は思想弾圧を喰らい、最終的には実業家として苦労しながらも生を終えたようだ。これだけ名を知られている人物であるが、実は晩年は苦労しているなどとは誰が知れようものか、とばかりに自分の無知ぶりを恥じることこの上無し。

    さて、本著は中江兆民の思想のエッセンスを見事に抽出しているようだ。表題にあるとおり、三人の酔人――南海先生、紳士君、武傑君の三人による問答が転回されているのだけれど、どれにもこれにも中江兆民の思想がエッセンスされており、解説にもあるがある種の分裂した思想を中江兆民なりに統合しようとしたものが本著なのであろうと思う、言うなれば、著者自身にとっても必要な整理作業であると言える。逆に、一つの論調にだけ絞ってしまうと、人間は本来的に分裂症気質を持ちえているので零れ落ちるものが多く、三つの立場があってこその、エッセンスの抽出を成功させていると見える。


    具体的に三者の立場を挙げ列ねていくと、紳士君は西洋の最先端を行く民主思想を持ちえている、この民主思想――って奴は曲者で、現在的に民主主義だと思われているものは恐らくはこの理想には程遠い妥協の産物であろう、民主制や共産制は理論が悪いのではなくて、正直なところそれを、「人間が実施するのはその性質的に困難である」という点において実施段階になって歪んでしまっている。彼は戦争を仕掛けられても、やらせておけばよく我々はむざむざやられましょうとまで述べている、究極の詭弁かもしれないが、もし、これをどこかの国が実際にやっていたならば歴史は変わっただろうと思われる、少なくとも現代の権勢主義に陥らずに済んだはずである。次に、武傑君は、軍国主義の先駆けとしての考えを展開させている。無論、彼は軍国主義者とは異なる。軍国主義者自体に関しては彼は滅ぼされるべきものだと述べているし、彼はまた自分自身すらも滅ぼされるべきだとまで断言してしまっている。彼は未来を想い描く民主思想を否定はしないものの、しかし現在は過去の積み重ねによって成り立ち、人間ってやつは、「民主主義者が思うほど立派なものではない」としてある種、現実的な意見を述べているが、軍国主義の走りとしての彼の思想が現実的であるかどうかと言えばやはりそれは否と言わざるをえない、そうして、最後に南海先生であるが、南海先生こそが現実主義者と言うに相応しいのかもしれない。南海先生が具体的に述べる政治体制も彼らの中間であるし、紳士君を、「理想に走りすぎている、君一人が先走っても仕方なく、本でも書くなりして、国民を教化すべきではないか?」として諌めている。これは兆民自身が果たした役割と言えるのではないか?また、武傑君に対しては、「君はあれこれと焦っているようだけれど、同盟を結べばよいのだし、防衛するには戦力は足りえているでしょう?」として諌めている。これは自らの中で欧米の進出に逸る気持ちを抑えていると言えるのではないか?

    結局として、紳士君のような理想を抱きつつも、武傑君が言うような、人間の本性があり迫り来る現実もある、しかし、徒に恐怖しても仕方なく、あれこれ思いこみ強迫観念に突き動かされて暴走するのもよろしくはない。いざとなれば、同盟を結び総力戦体制を築いて徹底的に防衛すればいいのである、しかし、人間は進化の理法に基づいて絶えず漸次的に進化してゆくものでもある、そうであるならば、思想書を著すことによって国民を教化し、その土壌を耕していけばよく、政治に関しては現実的に対応していくより他ないであろう、という一点に到達していると言える、結論としては酷く明快なのだけれど、この明快さを持ち続けることは非常に困難である。自分が追いこまれているとして強迫観念が募っていけば、かくなる上は――という考えに囚われるほうがむしろ普通なくらいなのであるから、ここに兆民の凄さがあると思われる。また、彼は良くも悪くも将来を見通しているし、彼が言うところの、軍拡競争の構図などはアメリカとソ連に当てはまるし、武傑君はそのまま過激な軍国主義者となって実際に満州を支配するまで至っている。そうして、戦争自体は総力戦戦争なのである。


    ちなみに、個人的に一番印象に残った台詞は、「歴史を振り返れば、必ず思想と事業がある。思想家が国民を啓蒙し、やがて事業として執り行われる。逆に思想が一人先走ったところで到底国民はその考えを受け容れられず混乱するであろう、なので、君が時代の先を見据えているのならば、まずやるべきことは書物を著すなりして思想の土壌を耕すことである」というような雰囲気の台詞である。かなりの意訳であるが、この台詞にこそ兆民の在り方が要約されているように思うし、ここに彼の意義がある。なので、彼のこの書物はそれほど実践的ではなく、言うなれば、解説にもあるが、「思想哲学」である。それもかなり奥深く、理想と現実とを巧みに行き来した思想哲学であり、これは決して彼の自己満足で終わっているわけではない。正直なところ、これは日本国民が誰しもが高校くらいで読むべきなのではないかしら?と思うくらいの根本的な核である、多分誰しもがこういうことを一度は考えているけれど、自説に自信がなかったりして自分の内に閉ざしまま終わるであろう考えた収斂されている。この一冊こそが、近代史、ひいては人間史の本質となりうると言っても過言ではない、まぁ、進歩史観自体は好きではないのだけれど、進歩史観がなければ歴史を順序だてて論じるのはほぼ不可能なので……。とはいえ、南海先生あたりが、「歴史家は必ず歴史を肯定する」みたいな進歩史観が抱える葛藤みたいなのを的確に表現していた気がする……ここで、この肯定性について問は立てられていないけれど、すごく、鋭いと思う。

    ※現代語訳と原文両方のせられているけれど、原文は無視しました。

  • 「三酔人経綸問答」は明治の思想家・中江兆民が著した政治対話篇。岩波文庫版では桑原武夫と島田虎次の校訂により酒に酔った三人の人物が日本の未来を語り合う様が生き生きと描かれている。自由民権の理想と現実、急進と保守のはざまで交わされる議論は酔いに任せた戯言のようでいてどこか真理を突く。酒場での会話が妙に深く感じられるのはそのせいか。現代に生きる我々もまた問いながら酔い語らいながら考える。気兼ねなく思考を巡らせ語りたいものだ、そう酔いに任せ。

  • 南海先生のもとを訪れた洋学紳士は非武装、民主主義制を主張し、豪傑君は植民地主義を主張する。南海先生はどちらの論も極端なものであり、現実的ではないと諭す。中江兆民が1887年に書いた本だが、現在でもしばしば洋学紳士と豪傑君の対立を見かける。この本の持つ問題意識は現在でも通用するのだろう。

  • 268P

    さんすいじんけいりんもんどう

    中江兆民は民主主義の基礎を築いた人

    歴史で〜をやった人+名前だけ覚えるみたいなクソみたいな勉強してたなと思う。中江兆民の書いた本読んでなかったらこんな魅力的で素敵な人だって知らなかったもん。〜をやった+名前を知ってても知ってるとは限らないというのはこの事だね。

    中江兆民(なかえ ちょうみん)
    (1847年12月8日 - 1901年12月13日)は、日本の思想家であり、「東洋のルソー」と呼ばれた人物です。明治時代に活躍し、近代日本における民主主義思想の先駆者として知られています。彼は西洋哲学、特にジャン=ジャック・ルソーの思想を日本に紹介し、それを基盤として独自の政治・社会思想を展開しました。

    三酔人経綸問答 (光文社古典新訳文庫)
    by 中江 兆民、鶴ヶ谷 真一
    つまるところ、何とかいうその遠い先祖が、戦場で軍旗を奪い、敵の大将を斬って手柄をたてたために、爵位をさずかり土地をたまわり、以来、子孫が今日まで受けついできたということなのです。その子孫は、才覚も学識もなく、ただ祖先の朽ち果てた骨がなお墓のなかで放つくすんだ七光をたのみに、何もせず何の能もなく、しかも豊かな俸給を受け、美酒を飲み、やわらかな肉を食らい、のほほんと日を送る、あの貴族と称する一種特殊な物体です。ああ、一国にこのような物体が数十、数百も存在するとあっては、立憲制をもうけ、千万、百万の 生霊 が自由の権利を手に入れたところで、そもそも平等という大義を欠いているために、自由の権利とはいっても本物ではありません。なぜなら、われわれ 人民 が朝夕、汗水たらしてわずかに手にするもののいくらかを税金として納めるのが義務だとはいえ、行政の事務をとり行なう公務員を養うならまだしも、何もせず何の能もない物体を養わなければならないとは。これが真の自由であるはずがない。

     腕には 緋鯉、背には 青龍 の彫り物、もろ肌ぬいでどんとあぐらをかき、得意満面でいるのは、ご存じ破れ長屋の大将。八つぁん、熊さんではもの足りず、緋鯉の八つぁん、青龍の熊さんと呼べば、大喜び。公侯の爵位もこれと同じで、形のない彫り物ではないですか。

    『そうか。 吾れ之を解せり!。やつらのは形のある彫り物なのだ。だから野蛮で、家は破れ長屋ときている。こちらのは形のない彫り物だ。だから文明で、お屋敷ずまいなのだ。まあ名前に爵位をつけて呼べば、いくらか緋鯉の八つぁん、青龍の熊さんに似てはくるが……』。爵位をもつ人は国に貢献をしたとでもいうのですか。その地位なら、それくらいの貢献はあたりまえ。さらに俸給さえもらっている。並々ならぬ大貢献をしたというが、それなら、報奨金をもらってほめられるだろうに、今どきはやらない彫り物をして、親にさずかった身体を傷つけて喜んでいるとは」( 欄外にいわく。 八公、熊公のために大気炎を吐く)

    「だいたい近年のヨーロッパの状況を考えますと、イギリス、フランス、ドイツ、ロシアの四カ国がもっとも強く、いずれも文学にすぐれ、学術をきわめ、農業、工業、商業が盛んにして物資は豊富、陸には数千万の強い兵がいならび、海には数千 隻 の戦艦がつらなり、その強大堅固な軍備は、うずくまる龍がにらみをきかせ、かたわらの虎がとびかかろうとするようで、その盛んなことは前例をみないほどです。さてこのような強力な国力をうみだし、莫大な財力を築いた要因は何でしょうか。要因はさまざまあるとしても、要するに自由という原理がこの一大建築の基礎をなしたのです。

    たとえばイギリスの繁栄と強大は、代々のすぐれた王にさかのぼれるとしても、一躍、多大の力をふるって奮闘したのは、チャールズ一世のときに自由の波濤がどうと湧き起こり、古い弊害である堤防を突きくずして、有名な権利の請願の実現をみたのでした。

    またフランスでも、ルイ十四世のときに早くも強大な軍備を誇り、華麗な文芸を開花させて一世を 風靡 したとはいえ、それは専制国家という穴倉のなかにむらがり咲いた 黴 の花にすぎず、ほんとうに隆盛を確かなものにしたのは、あの一七八九年の大革命という偉業の成果にほかなりません。

    またドイツでも、十八世紀に勇猛なプロイセン王フレデリック[フリードリヒ]二世が、武力で近隣諸国を圧倒して以来、次第に強大になってきたとはいえ、フランス革命の思想がいまだ移入されないうちは、国は分裂してばらけた 薪 のようでしたが、ナポレオン一世が共和国の指揮官となり、革命の旗をなびかせてウィーンやベルリンに遠征するに及んで、初めてドイツ国民は自由の空気を呼吸して友愛の 滋液 を飲みくだし、以来、情勢は一変、風俗は一新し、着々とこんにちの隆盛に至ったのです。

    人間社会のあらゆる事業は、たとえば酒のようなもので、 自由とはちょうど酵母のようなものです。ワインでもビールでも、その素材がどれほどよくても、もし酵母というものがなければ、せっかくの素材もみな樽の底に沈殿して、アルコールの醸造されることはない。専制国家の事物はどれも酵母のない酒のようなもので、みな樽の底の沈殿物です。ためしに専制国家の文芸に目を通してごらんなさい。なかには見るべきものがあるにしても、こと細かに見るならば、千年たっても変化なく、万の作品を見ても同じようで、変化発展がみられない。作者の見聞する現象はどれも樽の底の沈殿物にすぎず、作者もまた沈殿した精神でそれを描写するだけ。変化発展がないのも当然です」( 欄外にいわく。漢学先生、何か言い分は)

    「ことによると、こう言う人がいるかもしれません。『国が富んで強いのは、財貨が豊富なためである。財貨が豊富なのは、学問が精緻なためである。なぜなら、物理学や化学、動物学や植物学、数学などの成果を取り入れて産業に応用することで、時間を節約し、体力をむだにせず、大量のすぐれた製品を生産できることは、手作業でこつこつ作るよりはるかに効率的である。これこそ国が富んで強い要因ではないか。国が富んで強ければ、すぐれた兵をもち、堅牢な戦艦をそなえ、争乱がおこれば敵国のすきをついて出兵し、 僻地 を開拓して耕地に変え、遠くアジア、アフリカの地を領有し、移民を送りこんで市場を設け、その地の産物を安く買い、自国の製品を高く売って莫大な利益を得る。工業がいよいよ盛んになり、販路がいよいよ拡大すれば、陸軍、海軍とも軍備はますます強大になってゆくのは自然の勢いである。国が富んで強いのは、自由の制度のためではないのだ』と。

    ああ、これこそ、一を知って二を知らない者の言うことです。人間の行なう事業というのはどれも関連しあい、原因と結果は複雑にからまりあっているとはいえ、これを細かく考えれば、そこには真の原因があるのです。国が栄えて豊かなのは、学問の精緻なことが原因であり、学問の精緻なのは国が栄えて豊かなことが原因であり、このふたつは互いに原因となり結果となるのは言うまでもありません。しかしそもそも学問が精緻になることができたのは、要するに人々が知識に目ざめたためです。いったん知識に目ざめれば、学術の面で目がひらかれるだけでなく、社会制度の面でも目をひらかれるようになるのは、理の当然です。このためどの国…

    その後、十八世紀になると、フランス人ディドロ(9)、コンドルセ( 10) などは、とくに人間社会にこの進歩の法則がとぎれることなく働いていることを発見したのでした。フランス人ラマルク( 11) が登場し、動物・植物学を研究し、初めて 種 というものが世代を通して変化して、けっして固定したものではないという説をとなえたのです。以来、ドイツのゲーテ、フランスのジョフロワ( 12) などが、みなラマルクの説を発展させ、しだいに精密なものにしていった。英国人ダーウィンに至って、その広い学識と深い洞察によって、また実証方法も精緻になったため、生物が親から子へと代々変化をとげながら形成されてゆくという法則を発見し、とくにわれわれ人類の祖先の出どころをつきとめ、その隠された意味を解明するに及んで、あのラマルク以来、学者のうかがうばかりであった進化という至上の原理を初めて世界に公表するに至ったのです。いまや、宇宙に存在するあらゆるもの、日、月、星や、海、山、川。動物、植物、昆虫に、社会や、人事や、制度に、文芸。どれもこの進化という法則に支配され、少しずつ確実に前進してゆくことは、誰も疑うことはできません。この点をもっと詳しく論じることにしましょう」

     そのうえ、専制制度を脱して立憲制になったとき、人というものは初めて独立した人格となることができるのです。どうしてでしょう。人間として必要ないくつかの権利があります。政治に参加する権利、財産を私有する権利、自由に事業を選んで営む権利、ある宗教を信じたり、または信じなかったりする権利、そのほかに言論の権利、出版の権利、共通の目的のために団体を結成する結社の権利など、これらは人間であればかならず兼ねそなえなければならない権利であり、これらを兼ねそなえて初めて人間たるに 価するといえるのです。

    そのうえこの種の国では、官僚として生きることが尊ばれ、民間に生きることはさげすまれている。現に官僚の一員となり官吏となった者は言うまでもなく、民間にあって一事業にたずさわる者であっても、規模をひろげて事業を拡大しようと思うなら、かならず官僚の援助を借りなければならないのです。農業、工業、商業、そのほかどんな職業をいとなむ者であっても、その田畑の広く、その店の大きく、その工場の立派で、その使用人の多い者は、陰に陽にかならず天子の私的な恩恵をこうむり、甘い汁を吸っていることを忘れてはなりません。

    「文学者や芸術家でさえこのざまだとすれば、ふつうの官吏や役人だったらいったいどういうことになっているのか。昔の人はこんなことを言っている。『表立っては朝廷に官職を受け、裏ではひそかに屋敷を訪れて恩をありがたがる。夜は 憐 みをこい、昼は人に威張り散らす』。これこそまさに、こうした者たちの実情を語る言葉といえるでしょう。人間ならば自分に誇りと慎みを持ち、へりくだったりしないのが、男子たるものの節操ではありませんか。今の官吏や役人のありさまを観察してごらんなさい。はたして自分に誇りと慎みを持つだけの気概がありますか。男子たるものの節操がありますか。もし自分に誇りと慎みを持ち、男子たるものの節操があれば、一日も官職にあることはできないでしょう。朝に正々堂々と批判の声を上げれば、夕べにはお払い箱になるだけのこと。給与がなければ、家族を養うこともできない。自分も家族も凍死や餓死する道を選ぶよりは、むしろうなだれて口をつぐみ、妻子と楽しく、新鮮なものを食べて暖かく快適な暮らしをするほうがよい。これは誰にも明らかな理屈というものでしょう。どうして馬鹿正直に大声をはりあげ、今どきはやらない人物をまねる必要がありますか……。こんな声が聞こえてきます。『君は以前にはどこかの役所にいて何かの職にあり、その後、ある官庁にあってある役職についていたというではないか。官僚の世界に長く身を置いていたわけだ。どうして君はいつまでもいこじで青臭いのかねえ……』

    いや、しかしそうではないのです。言いたいことを言い、したいことをして、思いどおりのびのびとふるまうのは、男子たるものの本性です。ところが、初めは我慢に我慢を重ねて自分をおさえ、気軽な言動を慎んで長い歳月を送るうちに、意識せずに巧みに媚びへつらうようになってはいても、生まれつきそなわる人間性というものはそう簡単になくなるものではない。そこで、もし心おきなくのびのびできる境遇になれば、うって変わって傲慢な態度をとり、それまでの卑屈な生き方の補いをする。これは人間性に根ざした自然の勢いでしょう。ですから西洋人はこう言っています。『自由な国の人はおだやかで品位があり、人と争うことをせず、専制国の人は傲慢になる』と。これは 欺くことのない真実です。

    立憲制は悪くはないが、民主制は良い。立憲制は春であり、きびしい霜や雪の気配がすっかり消えたわけではありません。民主制は夏であり、霜や雪はもう気配もないのです。中国の言葉を借りれば、立憲は賢者であり、民主は聖人です。インドの言葉を借りれば、民主は如来であり、立憲は菩薩です。立憲は尊ぶべきものであり、民主は愛すべきものです。立憲は旅館であり、遅かれ早かれいつかは立ち去らなければなりません。立ち去らないのは、足の弱い人か、足の不自由な人です。民主は自らの住居です。ああ、長い旅行から帰り、わが家に落ち着いた人は、どれほどほっとすることでしょう」( 欄外にいわく。自ら答えて笑って言う、漢文のカスだ)

    イギリスもまた文明人であり、教養人にして、富の蓄積を好みます。ことによると、彼らがアジア、アフリカで乱暴をはたらくのは、じつはロシアの粗暴に思い悩んだやむをえない結果なのかもしれません……イギリス、フランス、ロシア、ドイツの諸君、きみたちは自分の子どもたちのなかから、くれぐれも豪傑という怪物を出さないように。不幸にもその豪傑が出てきたときには、けっしてその言うことをきいてはいけない。

    豪傑の客はつづけて、「失礼しました。すぐ本論に入りましょう。現在、世界中の国々が争って武力を重視し、すべて学問の発見や成果は軍事利用され、軍備はますます精密になっています。たとえば物理学、化学、数学などの学問は、銃砲の精度を上げ、要塞を堅固にし、農業、工業、商業などは、軍事費を供給し、食糧を提供する。つまりあらゆる事業がみなそこに注ぎこまれ、軍事政策に協力しないものはない。これによって、百万の兵士と数百、数千隻の艦隊が、ひとたび号令が発せられれば、期限に遅れず、命令にそむかず、ただちに敵の都城をめざして進軍し、敵地の港に押し寄せるのです。

    しかしイギリス、フランス、ドイツ、ロシアの諸国がこんにち豊かで強大なのは、一朝一夕のことではなく、その原因はきわめて多様であり、その手段もまたさまざまです。たとえば賢明な国王が統治して善政を行なったこともあり、傑出した宰相が君主を補佐して内政、外政に力をふるったこともあり、名将が武勲をたて、大学者が高遠な学説を唱え、工芸家が精妙な作品を作った、ということもある。たとえてみれば、平和のときには、蓄えに努めてよくひたしておき、戦時には、これを 濾してかきまわす。恵みの雨にうるおし、晴天の日にさらす。あるときはけわしい谷を過ぎて平らな野にかかり、または激流を過ぎて穏やかな流れに入り、あるいは右に左に、またゆるやかに急に、無数のつらさ苦しみを経て、ようやく今日の文明の段階に到達したのです。このためにどれだけの年月と知力と工夫、さらに生命と物資を費やしたことでしょう」( 欄外にいわく。何らかの実際的な経済政策が、将来ここから生まれるにちがいない)

    新しがりやの人たちはこれと反対に、すべて古めかしいものは腐りきって一種の臭気をおびているように思い、遅れまいとひたすら新しさを求めている。そこまで極端にならない人たちにしても、つぶさに分ければ、これら二つのどちらかに入ることになるようです。要するに、古いもの好きと新しがりやの二者は、このような国民のなかで、まったく相いれない二つの元素なのです。

    これら二つの元素は、かんたんに分析はできないが、年齢と土地柄によって判断すると、ほぼ分類することができます。ためしに実例について調べてごらんなさい。年齢三十以上の人物は、ほとんどみな古いもの好きであり、三十以下の人物は、ほとんどみな新しがりやです。三十以上の人物で、すすんで新しいものを取り入れて、しかも心から好きになるような人もいるが、これをよく観察してみると、いつのまにか昔を懐かしがる気持ちが起こって、その力はおとろえない。三十以下の人物では、昔を懐かしむ父親の教育に影響されるところがないとはいえないが、その言動をみれば、自然に新しがりやの元素が含まれ、古いもの好きの元素と両立しなくなります。

    ことによると、こういう人がいるかもしれません。『三十以上の人物といっても、いちはやく英語やフランス語の本を勉強したり、翻訳書をいろいろ読んだり、ひたすら時代の動静にかかわり、例の自由、平等、権利、責任などの本質をきわめ、若者にひけをとらない新しい生き方をしようと考える人たちも少なくありません。いちがいに年齢によって区別するのはどうでしょうか』。これはまことにその通りで、高い才能と卓越した見識を持っている者について、通常一般の判断基準をあてはめるべきではないでしょう。しかし、その他一般の人々については、年齢にとらわれないという人はごく限られています」( 欄外にいわく。高い才能と卓越した見識を持っている者が、はたして世間にいるだろうか……いるともいるとも)

    またその妻が学問や芸術を話題にしたり、時事問題を論じたりするのを聞くと、さもエラそうに、『女は三度の飯さえつくっておればよろしい。女だてらにそんなことを言い散らして、世間の人に笑われるのがおちだ』などと言ったりするのは、中国の故事にある、『めんどりがときをつくるのは、家が落ちぶれる前兆。妻が口出しするのは、家の破滅のもと』という古来の戒めが念頭にあるわけではまったくなく、単に、若いころから女性がそのようなことを話題にするのを耳にしたことがなかったからなのです。

    「自由民権」の思想家として知られる中江兆民(一八四七~一九〇一)は、われわれに三つの不朽の著作を残している。一つは「東洋のルソー」と呼ばれる理由となった、ジャンジャック・ルソー『社会契約論』( Du Contrat social, 1762)の兆民による漢文訳『民約 訳解』(一八八二~一八八三)であり、二つは、三人の男が酒を飲みながら政治議論に熱中する本書、『 三酔人経綸問答』(一八八七)である。そして三つは、 癌 によって余命一年半を宣告されて書きはじめられた「 生前 の 遺稿」『一年 有半』(一九〇一)。これらの著作は、兆民の人と思想──その統一性と多面性──をよく示すだろう。

    難解をもって鳴るルソーの『社会契約論』と数年にわたって対話し、翻訳するという知的な格闘を通じて、兆民は自らの思想の骨格をつくりあげた。政治思想家・中江兆民の誕生である。兆民の基本的な考え方の多くは『民約訳解』に由来するといっていいだろう。

    一方、『一年有半』が示すのは、兆民の文人・哲学者としての側面である。その内容は 多岐 にわたり、自らの病の描写あり、同時代人への寸評あり、芸術談あり、また 殊に日本および日本人への痛烈で根本的な批判がある。その批判の中心には、日本人の「いま・ここ」を重視する世界観──現世に超越的・彼岸 的な価値観でなく、 此岸 的なそれ──の意識化があって、それに関連して日本人に欠けているのは「考える」ことと指摘して、その必要性を強調していた。兆民のことばとして、おそらく最もよく知られたものの一つ、「わが日本 古 より今に至るまで哲学なし」もこの書にみえる。

    翻訳者・教育者・仏学者・漢学者・政治思想家・新聞人・文人・哲学者などといった、兆民のほとんどすべての側面を示すだろう。『三酔人─』執筆に至るまでの兆民の知識・経験・思考を集大成し総動員しながら、自分の置かれた日本国の状況──対内的には「自由民権」の伸張、対外的には日本国の独立維持──を、自分のことばで分析し、あるべき方向性を提示して見せた書物、それが『三酔人─』である。

    兆民には『三酔人─』のほかにも問答体の文章がある。「国会問答」(一八八一年『東洋自由新聞』)、先にみた「論外交(外交を論ず)」(一八八二年『自由新聞』)、「国会論」(一八八八年『東雲新聞』)、「選挙人目ざまし」(一八九〇年)。兆民には対話的な論の進め方を好む傾向があるようだ。

    先述のとおり、洋学紳士と豪傑は、 結論は正反対 であるが、どちらも一方の極端まで行くという意味では、 考え方は同じ(極左と極右は相通ず)。両者ともに自らの考え方を「急進的」に実行に移すことを主張し、両者を批判する南海先生は民主化に向けてできることから「漸進的」に実行することを主張する。

  • 国際政治は権力闘争ではあるが、その枠組みと規則が存在するため、暴力の支配する無秩序とはいえない。非武装でもなく、征服のための軍備でもなく、世界中の国と友好関係を深め、常に防衛戦略をとるべき。中江兆民『三酔人経綸問答』1887

    社会主義は愛の精神ではない。これは一階級が他の階級に抱く敵愾の精神である。社会主義に由って国と国とは戦はざるに至るべけれども、階級と階級との間の争闘は絶えない。社会主義に由って戦争はその区域を変へるまでである。内村鑑三
    ※不敬事件。敬礼はしたが、最敬礼をしなかった。再度、敬礼を依頼されて同意したが、病気で行けなかった

    横山源之助『日本の下層社会』

    軍備と徴兵が国民のために一粒の米・一片の金をももたらしたことは未だにない。▼國民が國威國光の虚榮に醉ふは、猶ほ個人のブランデーに醉ふは如し。彼れ既に醉ふ、耳熱し眼眛みて氣徒らに揚る、屍山を踰へて其の慘なるを見ざる也、血河を渉りて其穢なるを知らざる也。而して昻々然として得意たる也。▼マルクス主義は宣伝によって国民の意識を社会主義にむけさせ、政府や議会を変えていこうとするが、平民社の弾圧のように日本の権力は甘くない。国民の意識も意外に低く、宣伝で変えられそうもない。そこで政府や議会を変えるのではなく、権力それ自体を否定する運動の方が効果がある。労働者の利益は議会では守られない。労働者のことは労働者による直接の行動によって解決されるべきだ。幸徳秋水 
    ※社会主義者(→無政府主義者)。平民社。日露戦争反対。大逆事件で刑死。

    人生の不可解が若し自殺の原因たるべき価値あるならば、地球は忽ち自殺者の屍骸を以て蔽はればなりませんよ、人生の不可解は人間が墓に行く迄、片手に提げてる継続問題じやありませんか。木下尚江なおえ『火の柱』1904 
    ※社会主義者。日露戦争反対。

    肉体・知能・霊魂を自然に発達させ維持するために必要な物資を得てない人を貧乏人と呼ぶ。人は水に渇いて(貧困で)も死ぬが、溺れて(金持ちで)死ぬ者もある。だから贅沢は廃止すべきだ。過分に富裕なのがふしあわせだからといって、過分に貧乏なのがしあわせだとは言えぬ。人はパンのみにて生くものにあらず、されどまたパンなくして人は生くものにあらず。※人はパンだけでは生きず、人は主の口から出るすべてのことばによって生きる(旧約聖書―申命記・八)河上肇かわかみ ・はじめ『貧乏物語』1916 
    ※マルクス主義者。李大釗・周恩来は日本へ留学中、河上肇の著書を通じてマルクス主義に傾倒。

    社会主義も無政府主義も精神が理論化されるといやになる。僕が一番好きなのは人間の盲目的行為だ。精神そのままの爆発だ。思想に自由あれ、行為にも自由あれ、動機にも自由あれ。▼変わらないものはない。旧いものは倒れて新しいものが起きる。今威張っているものがなんだ。すぐに墓場の中へ葬られてしまう。大杉栄さかえ『自叙伝』1921 
    ※無政府主義者。エスペラント語。

    *********************

    世間には、悪い人ではないが、弱いばかりに、自分にも他人にも余計な不幸を招いている人が決して少なくない。吉野源三郎『君たちはどう生きるか』1937
    ※雑誌「世界」を創刊。共産党とのつながりにより逮捕。

    **********************
    日本共産党が武力革命を途中で止めてしまい、武力による革命を続けるべきだというグループ(中核派・革マル派)ができた。反帝国主義・反スターリンを掲げる。日本共産党も攻撃対象。LGBTに反対。

  • 近代日本において、民主主義はどのような形で導入されるべきか、という問いに対して幾つかの回答が提唱されている。
    南海先生、紳士君、豪傑君、どの登場人物の論が著者の考えを色濃く反映しているのかは分からないが、いずれの論も著者の考えであるのだろう。
    政治哲学とは本当に難しい。誰しもが賛同する政治制度など実在しないのかもしれないが、そうであっても理想を追い求め続け、いつかその制度が実現する日を願い日々邁進することが大事なのかもしれない。

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著者プロフィール

1847年、高知県生まれ。思想家。フランス留学後、仏学塾をひらき、新たな教育や自由民権思想の啓蒙につとめた。門下に幸徳秋水がいる。著作に『三酔人経綸問答』があるほか、訳書に『民約訳解』がある。1901年、没。

「2021年 『三酔人経綸問答 ビギナーズ 日本の思想』 で使われていた紹介文から引用しています。」

中江兆民の作品

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