後世への最大遺物・デンマルク国の話 (岩波文庫)

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  • 岩波書店 (2011年9月16日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (144ページ) / ISBN・EAN: 9784003311943

AIがまとめたこの本の要点

プレミアム

みんなの感想まとめ

テーマは、敗戦からの復興と精神の重要性であり、特にデンマークの歴史を通じての教訓が描かれています。内村鑑三の講演を基にしたこの作品では、ユグノーの男ダルガスが、第二次シュレースヴィヒ=ホルシュタイン戦...

感想・レビュー・書評

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  • 読解に時間がかかってコスパ最強

  •  内村鑑三の講演を文章にしたものだそうで、わかりやすく、内容がスッと入ってきました。私がこの本を読むのは2度目です。
     2回に分割して読んだので、感想を書くのは『デンマルク国の話』だけにします。
     ここからネタバレになりますが、『デンマルク国の話』はダルガスというユグノーの男が、第二次シュレースヴィヒ=ホルシュタイン戦争に敗れたデンマークを立て直すために奮闘する話でした。
     ダルガスは剣で失ったものを剣で取り返そうとはせず、不毛な国土を田園にして補うという考え方の持ち主でした。具体的に彼がどうやってデンマークを発展させたかは実際に本を読んでもらうとして、ダルガスの思想、彼を取り上げた内村鑑三の考えは今の日本にも多く通ずるところがあると思います。
     P82の「戦いに敗れて精神に敗れない民が真に偉大なる民であります。」の部分はまさに端的に彼の思想を表していると思います。解説によると、彼がこの講演をしたのは1911年で、日本による朝鮮併合の一年後でした。彼が日本によって併合されて国土を全て持ってかれた朝鮮を思って、書いたということです。よく朝鮮併合後にそんなことできるなと思います。
     敗戦したとしても、そこから国家、民族の精神を失わずに国運振興に励めば敗戦による損失を補うことができるということで、奇しくもこれは1945年に敗戦した日本にも当てはまることにもなりました。
     終戦後の人々が読んだら大いに勇気づけられると思いましたが、文科省がこの内容を教科書?に1947年に入れてたってことで、そりゃそうかってちょっと恥ずかしいです。
     初めて、少しですが長く感想書くので拙く、恥ずかしいですが、頑張りました。ありがとうございます

  • 後世に何を残していけるのか?を熱く語ったものと、デンマークの国民性を伝える2編の講演が読めます。より人間としての高みを目指すことが、結果的に後世に名を残すことにつながるのだなぁというのが、私なりの解釈です。

  • 内村さんもたいした人だ。でも、デンマーク空港のスパゲティが5千円というのを知らないだろうな・・

  • 自分はつねづね、生きている人・死んでいる人を掛けて
    人間には4パターンあると考えています。

    生きていて、生きている人
    生きていて、死んでいる人
    死んでいて、生きている人
    死んでいて、死んでいる人

    ここで具体的に持論の内容を展開するのは意味のないことなので
    必要のない箇所の説明までは省きますが、
    この作品を指す意味では3番目の『死んでいて、生きている人』
    に対する掘り下げがなされているとイメージできました。

    いわゆる、自分の肉体がなくなっても意志が人々に受け継がれ、
    後を生きる人たちの心の中に『存在』が生き続ける、
    イエス・キリストは言わずもがな、一部の歴史的な偉人は
    それを信じるものの心に宿り、今に伝わるものとなっています。

    この明治27年にキリスト教徒の夏期学校で、教壇に立った内村鑑三氏は、
    後世になんらかの物や意志を残すうえで、その形の在り方に対する考えと、
    偉人より運や才能に恵まれていない普通の人が、自分の意志を
    未来に引き継ぐ為には、どんな取り組み方をすれば良いのか、
    大まかに分けてこの二軸で語りかけてきます。

    あくまで当時の世相と宗教をバックに照らし合わせての論評なので、
    源氏物語を一方的に否定のベクトルで断じたりするシーンは、
    少し行き過ぎの感はあると思いますが、おおむねここで言われている内容は、
    今でも通じる普遍的な内容が多く、単に人間として当たり前のことを
    しているだけでなく、その後を生きる人たちの為に、良い影響を与える
    ものを生み出す為に取り組むこと、その重要性を説かれています。

    ここは、少し前に読んだ福沢諭吉の、学問のすすめにも通ずる所です。

    講義の中では、代表的日本人である二宮尊徳や、イギリスの思想家である
    ジョン・ロックが引き合いに出され、彼らは一代で自分たちの意志を
    すべての人に伝え、遂行することはできなかったものの、
    その身が亡くなっても、現代にまで人々の心に存在が生き続けている、
    実に見事な好例として挙げられています。

    とはいえ、なかなか一般人には偉人と同じ基準で生きろと言われても、
    厳しいのが実情です。
    『シーザーを理解するためにシーザーである必要はない』と思います。
    では果たして自分たちは後世になにが残せるのか、内村鑑三氏は
    結びに、ほんの少し心がほぐれる様な、解決策を投げかけてくれます。

    自分は、仮にこの講義を受けた出席者となっていたとしたら、
    帰り道にはおそらく、来る時より少しだけ軽い足取りで
    『偉人も自分自身も、一歩一歩の確かなまっとうな道のりを
    歩んでいくうえでは同じものだ』
    こんな風に思ったはずですし、周囲にいる人の顔もイメージができます。
    この先、自分が『死んでいて、生きている人』になれるかどうか、
    まずは生きながら、誠実に目の前のことに取り組みたいと思います。


    続くデンマルク国の話については、内容は短いものですが、
    デンマークが敗戦後に国土を失ったことをバネにして、
    その後に国力を高める姿を説くものとなっていて、ここでは
    日本が第二次世界大戦で敗戦して、その後に辿るべき模範となるべき道を、
    何十年も前から予行演習したかのようなものとなっていて、
    これはまた読み応えのあるものでした。

    著者には他に有名どころで、代表的日本人という作品があるそうですが、
    これもまた近く目を通してみたいと思います。

  • 先輩におすすめされて読んだ。
    心に響く良い思想だと思った。

  • 内村鑑三
    万延2<1861>.2.13~1930.3.28
    明治・大正期のキリスト伝道者、思想家。
    江戸に生まれる。キリスト教解禁の1873年、赤坂の有馬英学校入学。74年、東京外国語学校英語学下等第四級に編入。77年、札幌農学校第2期生として入学、W.S.クラークが前年に残した「イエスを信ずる者の契約」に1期生佐藤昌介らとともに署名。78年、メソヂスト監督教会のM.C.ハリスにより受洗。81年、主席で卒業後、開拓使御用掛となり、農商務省水産課に勤務。84年渡米、エルウィンの精神薄弱児養護施設の看護人となる。85年、アマースト大学編入、J.H.シーリー学長の指導で、回心を体験、福音主義信仰に立つ。アマースト大学卒業の87年にハートフォード神学大学に入学。同校を退学し、88年に帰国、北越学館(館主、加藤勝弥)に就職。90年、第一高等中学校嘱託教員となるが、91年、不敬事件のため依願免職。92年、同志社出身の宮川経輝の泰西学館の教員となる。93年4月、泰西学館を辞し、熊本英学校に赴任。同年7月、京都に移住。95年、『余は如何にして基督教徒となりし乎』を英文で刊行。96年、名古屋英和学校の教師となる。1900年、『聖書之研究』を創刊。日露戦争で非戦論を唱え、足尾鉱毒事件でも講演その他で活躍した。『内村鑑三全集』がある。1893年10月6日、「如何ニシテ自己ノ天職ヲ知ルベキ乎」を関西学院基督教青年会(委員長蘆田慶治、礼拝委員釘宮辰生)で講演。以後、96年に開催された青年会の夏期講習会で原田助、海老名弾正、宮川経輝らとともに「地理学研究の方法、歴史学研究の方法、伝記学研究の方法、基督教人生観、基督教宇宙観」をテーマとする講演を行った。鑑三の末弟順也は、1893年、開成中学校に入学、鑑三の薦めで97年に関西学院普通学部に入学し、グリークラブに所属。99年、畑歓三、柴田勝衛とともに普通学部第7回卒業生となった。1900年、東京陸軍砲兵工廠に就職。08年3月渡米。19年12月に帰国し、21年から39年まで関西学院中学部英語担当教員。40年にはその嘱託となる。


    「しかしながら私にここに一つの希望がある。この世の中をズット通り過ぎて安らかに天国に往き、私の予備学校を卒業して天国なる大学校にはいってしまったならば、それでたくさんかと己れの心に問うてみると、そのときに私の心に清い欲が一つ起ってくる。すなわち私に五十年の命をくれたこの美しい地球、この美しい国、この楽しい社会、このわれわれを育ててくれた山、河、これらに私が何も遺さずには死んでしまいたくない、との希望が起ってくる。ドウゾ私は死んでからただに天国に往くばかりでなく、私はここに一つの何かを遺して往きたい。それで何もかならずしも後世の人が私を褒めたってくれいというのではない、私の名誉を遺したいというのではない、ただ私がドレほどこの地球を愛し、ドレだけこの世界を愛し、ドレだけ私の同胞を思ったかという記念物をこの世に置いて往きたいのである、すなわち英語でいう Mementoを残したいのである。こういう考えは美しい考えであります。私がアメリカにおりましたときにも、その考えがたびたび私の心に起りました。私は私の卒業した米国の大学校 11を去るときに、同志とともに卒業式の当日に愛樹を一本校内に植えてきた。これは私が四年も育てられた私の学校に私の愛情を遺しておきたいためであった。なかには私の同級生で、金のあった人はそればかりでは満足しないで、あるいは学校に音楽堂を寄附するもあり、あるいは書籍館を寄附するもあり、あるいは運動場を寄附するもありました。」

    —『後世への最大遺物・デンマルク国の話 (岩波文庫)』内村 鑑三著

    「しかるに今われわれは世界というこの学校を去りまするときに、われわれは何もここに遺さずに往くのでござりますか。その点からいうとやはり私には千載青史に列するを得んという望みが残っている。私は何かこの地球に ​ Memento ​を置いて逝きたい、私がこの地球を愛した証拠を置いて逝きたい、私が同胞を愛した記念碑を置いて逝きたい。それゆえにお互いにここに生まれてきた以上は、われわれが喜ばしい国に往くかも知れませぬけれども、しかしわれわれがこの世の中にあるあいだは、少しなりともこの世の中を善くして往きたいです。この世の中にわれわれの ​ Memento ​を遺して逝きたいです。有名なる天文学者のハーシェル 12が二十歳ばかりのときに彼の友人に語って「わが愛する友よ、われわれが死ぬときには、われわれが生まれたときより世の中を少しなりとも善くして往こうではないか」というた。実に美しい青年の希望ではありませんか。「この世の中を、私が死ぬときは、私の生まれたときよりは少しなりとも善くして逝こうじゃないか」と。ハーシェルの伝記を読んでごらんなさい。彼はこの世の中を非常に善くして逝った人であります。今まで知られない天体を全く描いて逝った人であります。」

    —『後世への最大遺物・デンマルク国の話 (岩波文庫)』内村 鑑三著

    「南半球の星を、何年間かアフリカの希望峰植民地に行きまして、スッカリ図に載せましたゆえに、今日の天文学者の知識はハーシェルによってドレだけ利益を得たか知れない。それがために航海が開け、商業が開け、人類が進歩し、ついには宣教師を外国にやることができ、キリスト教伝播の直接間接の助けにどれだけなったか知れませぬ。われわれもハーシェルと同じに互いにみな希望 Ambitionを遂げたくはござりませぬか。われわれが死ぬまでにはこの世の中を少しなりとも善くして死にたいではありませんか。何か一つ事業を成し遂げて、できるならばわれわれの生まれたときよりもこの日本を少しなりとも善くして逝きたいではありませんか。この点についてはわれわれ皆々同意であろうと思います。」

    —『後世への最大遺物・デンマルク国の話 (岩波文庫)』内村 鑑三著

    「いる。「今におれが貧乏になったら、君はおれを助けろ」というておきました。実に金 けは、やはりほかの職業と同じように、ある人たちの天職である。誰にも金を けることができるかということについては、私は疑います。それで金 けのことについては少しも考えを与えてはならぬところの人が金を けようといたしますると、その人は非常に穢なく見えます。そればかりではない、金は後世への最大遺物の一つでござりますけれども、遺しようが悪いとずいぶん害をなす。それゆえに金を溜める力を持った人ばかりでなく、金を使う力を持った人が出てこなければならない。かの有名なるグールド 21のように彼は生きているあいだに二千万ドル溜めた。そのために彼の親友四人までを自殺せしめ、アチラの会社を引き倒し、コチラの会社を引き倒して二千万ドル溜めた。ある人の言に「グールドが一千ドルとまとまった金を慈善のために出したことはない」と申しました。彼は死ぬときにその金をどうしたかというと、ただ自分の子供にそれを分け与えて死んだだけであります。すなわちグールドは金を溜めることを知って、金を使うことを知らぬ人であった。それゆえに金を遺物としようと思う人には、金を溜める力とまたその金を使う力とがなくてはならぬ。この二つの考えのない人、この二つの考えについて十分に決心しない人が金を溜めるということは、はなはだ危険のことだと思います。」

    —『後世への最大遺物・デンマルク国の話 (岩波文庫)』内村 鑑三著

    「さて、私のように金を溜めることの下手なもの、あるいは溜めてもそれが使えない人は、後世の遺物に何を遺そうか。私はとうてい金持ちになる望みはない、ゆえにほとんど十年前にその考えをば捨ててしまった。それでもし金を遺すことができませぬならば、何を遺そうかという実際問題が出てきます。それで私が金よりもよい遺物は何であるかと考えてみますと、事業です。事業とは、すなわち金を使うことです。金は労力を代表するものでありますから、労力を使ってこれを事業に変じ、事業を遺して逝くことができる。金を得る力のない人で事業家はたくさんあります。金持ちと事業家は二つ別物のように見える。商売する人と金を溜める人とは人物が違うように見えます。大阪にいる人はたいそう金を使うことが上手であるが、京都にいる人は金を溜めることが上手である。東京の商人に聞いてみると、金を持っている人には商売はできない、金のないものが人の金を使うて事業をするのであると申します。純粋の事業家の成功を考えてみまするに、けっして金ではない。グールドはけっして事業家ではない。」

    —『後世への最大遺物・デンマルク国の話 (岩波文庫)』内村 鑑三著

    『後世への最大遺物・デンマルク国の話』内村鑑三 著

    何を後世に遺すか?について、名声、金、事業、思想と話が進んで「勇ましい高尚なる生涯」と落ちたところで感動。速記による明治時代の講演の書き起こし。とにかく内容が濃くて熱い。肉声で聞いてみたくなった。少年の頃に読みたかった本。

    #読了

    後世への最大遺物

    後世に誰でも遺せて、有益で害にならないものは、勇ましくて高尚な人の一生です。これが本当の遺物ではないかと思います。「世の中は悪魔ではなく、神が支配するものである。失望ではなく希望があるのが世の中である。悲しみではなく喜びに満ちた世の中である」と信じて生きていくことなら、誰にでもできます。

    学生時代、内村鑑三先生のこの言葉に触れることができて本当に良かったと思います。

    ジョン・バンヤン47という人はチットモ学問のない人でありました。もしあの人が読んだ本があるならば、タッタ二つでありました、すなわち『バイブル』とフォックス48の書いた『ブックス・オブ・マータース』​(Books​ ​of​ ​Martyrs)​というこの二つでした。今ならばこのような本を読む忍耐力のある人はない。私は札幌にてそれを読んだことがある。十ページくらい読むと後は読む勇気がなくなる本である。ことにクエーカー49の書いた本でありますから文法上の誤がたくさんある。しかるにバンヤンは始めから終りまでこの本を読んだ。彼は申しました。「私はプラトンの本もまたアリストテレスの本も読んだことはない、ただイエス・キリストの恩恵にあずかった憐れなる罪人であるから、ただわが思うそのままを書くのである」といって、Pilgrims Progress(『天路歴程』)という有名なる本を書いた。それでたぶんイギリス文学の批評家中で第一番という人このあいだ死んだフランス人、テーヌ50という人でありますその人がバンヤンのこの著書を評して何といったかというと「たぶん純粋という点から英語を論じたときにはジョン・バンヤンの​Pilgrims​ ​Progress​に及ぶ文章はあるまい。これはまったく外からの雑りのない、もっとも純粋なる英語であるだろう」と申しました。そうしてかくも有名なる本は何であるかというと無学者の書いた本であります。それでもしわれわれにジョン・バンヤンの精神がありますならば、すなわちわれわれが他人から聞いたつまらない説を伝えるのでなく、自分の拵った神学説を伝えるでなくして、私はこう感じた、私はこう苦しんだ、私はこう喜んだ、ということを書くならば、世間の人はドレだけ喜んでこれを読むか知れませぬ。今の人が読むのみならず後世の人も実に喜んで読みます。バンヤンは実に「真面目なる宗教家」であります。心の実験を真面目に表わしたものが英国第一等の文学であります。それだによってわれわれのなかに文学者になりたいと思う観念を持つ人がありまするならば、バンヤンのような心を持たなくてはなりません。彼のような心を持ったならば実に文学者になれぬ人はないと思います。

    「実にあなたがたの心情をありのままに書いてごらんなさい、それが流暢なる立派な文学であります。私自身の経験によっても私は文天祥が 54ドウ書いたか、白楽天 55がドウ書いたかと思っていろいろ調べてしかる後に書いた文よりも、自分が心のありのままに、仮名の間違いがあろうが、文法に合うまいが、かまわないで書いた文の方が私が見ても一番良い文章であって、外の人が評してもまた一番良い文章であるといいます。文学者の秘訣はそこにあります。こういう文学ならばわれわれ誰でも遺すことができる。それゆえに有難いことでございます。もしわれわれが事業を遺すことができなければ、われわれに神様が言葉というものを下さいましたからして、われわれ人間に文学というものを下さいましたから、われわれは文学をもってわれわれの考えを後世に遺して逝くことができます。」

    —『後世への最大遺物・デンマルク国の話 (岩波文庫)』内村 鑑三著

    「けれども、私が考えてみると、今日第一の欠乏は Life生命の欠乏であります。それで近ごろはしきりに学問ということ、教育ということ、すなわち Culture(修養)ということが大へんにわれわれを動かします。われわれはドウしても学問をしなければならぬ、ドウしてもわれわれは青年に学問をつぎ込まねばならぬ、教育をのこして後世の人を誡しめ、後世の人を教えねばならぬというてわれわれは心配いたします。もちろんこのことはたいへんよろしいことであります。それでもしわれわれが今より百年後にこの世に生まれてきたと仮定して、明治二十七年の人の歴史を読むとすれば、ドウでしょう、これを読んできてわれわれにどういう感じが起りましょうか。なるほどここにも学校が建った、ここにも教会が建った、ここにも青年会館が建った、ドウして建ったろうといってだんだん読んでみますと、この人はアメリカへ行って金をもらってきて建てた、あるいはこの人はこういう運動をして建てたということがある。そこでわれわれがこれを読みますときに「アア、とても私にはそんなことはできない、今ではアメリカへ行っても金はもらえまい、また私にはそのように人と共同する力はない。」

    —『後世への最大遺物・デンマルク国の話 (岩波文庫)』内村 鑑三著

    「宗教は詩人と愚人とに佳くして実際家と智者に要なしなどと唱うる人は、歴史も哲学も経済も何にも知らない人であります。国にもしかかる「愚かなる智者」のみありて、ダルガスのごとき「智き愚人」がおりませんならば、不幸一歩を誤りて戦敗の非運に遭いまするならば、その国はそのときたちまちにして亡びてしまうのであります。国家の大危険にして信仰を り、これを無用視するがごときことはありません。私が今日ここにお話しいたしましたデンマークとダルガスとにかんする事柄は大いに軽佻浮薄のわが国今日の経世家を警むべきであります。」

    —『後世への最大遺物・デンマルク国の話 (岩波文庫)』内村 鑑三著

    「少し前の一〇月一日、第一高等学校学生矢内原忠雄は、南原繁らとともに内村鑑三の聖書研究会に入会していた。矢内原忠雄の記録によれば、一〇月二二日、内村鑑三は、娘ルツの病状がよろしくなく、聖書研究の準備ができなかったから別の話でもって代えるとことわり、「デンマルク国の話」をしたという。ルツは女学校を卒業してまもなく病いの床に臥す身となり父鑑三は、医師からルツの病気の「不治」という宣告を受けていた。」

    —『後世への最大遺物・デンマルク国の話 (岩波文庫)』内村 鑑三著

  • 明治時代に活躍した聖書学者であり思想家の内村鑑三氏による講義録2編。
    「後世への最大遺物」では有用な遺物として金、事業、思想を順に挙げている。しかし誰でも後世に継げる最大の遺物として「勇ましい高尚なる生涯」を挙げる。ユーモラスな語り口とともに、日本人の精神をキリスト教的思想を以って説く様が印象的。
    その流れは「デンマルク国の話」にも繋がり、デンマークのダルガスの事業を例にとって信仰と不屈の精神の大切さを説く。
    内村氏34歳の講演というから視座の高さと鍛錬された胆力に驚かされる。一方、急に「源氏物語」に激高しディスりだす場面は狂気じみていて氏の人間らしさがあって個人的に好みのパート。

  • 内村鑑三はキリスト教の人というイメージがあったが、(歴史で2つのJと習ったため)、そんなに宗教の匂いはしない。

    講演が上手かったということがテキストからも何となく分かる。

    自分の人生を最大限に使って生きること、それ自体が後世に遺すことができる最大の遺物なのである。という考えにはかなり胸が熱くなる。

  • 職場の上司に勧められて読了。
    恥ずかしながら内村鑑三氏を知らなかったので、大変勉強になった。講演を筆記した文章であるのと、古い言い回しが多いので読みにくいが、内容はよく理解できるし、共感できる部分も多い。
    「後世への最大遺物」は、普通の人にとって実践可能な人生の生き方とは何か、後世に何を遺してゆけるのかという、人生最大の根本問題を熱く語ってている。
    「デンマルク国の話」は、ドイツとの戦争に敗れて領土の大半を奪われたデンマークの再生の物語。
    「私に五十年の命をくれたこの美しい地球、この美しい国、この楽しい社会、この我々を育ててくれた山、河、これらに私が何も残さずには死んでしまいたくない」という一節が印象的。

  • 内村鑑三 戦争の影響のなか、著者の事業観、国家復興論を中心とした名言満載の講演録

    「後世の最大遺物」は、社会をよくするために お金をどう使い、未来のために何の種を植えるのか、自分で考え、人々の反対に打ち勝って、それらを実行せよ というメッセージ

    「デンマルク国の話」は、戦争に負けても、善き精神を持った国民と未来のための事業があれば、国は亡びないというメッセージ


    お金と事業について
    *金は後世への最大遺物の一つであるが、遺しようが悪いと害をなす
    *金を使う力を持った人が必要〜事業とは金を使うこと
    *金を溜める人(金持ち)と事業家(金を事業に変ずる人)は別物

    思想と事業について
    *事業は 思想が世の中で実行されたもの
    *世の中で実行できないなら、思想を遺こすことにより、将来の事業をなすことができる

    文学は 国を改良するための戦争の手段と捉える点は かなり過激

    後世に遺す最大遺物とは
    *誰にでも遺すことのできる遺物
    *利益ばかりあって害のない遺物
    *勇ましい高尚なる生涯〜種々の不幸に打ち勝って大事業をなすこと


    デンマルク国の話 の結論
    *戦いは敗れ、国は削られ、国民は意気鎖沈し何事も手がつかないときに国民の真の価値は判明する〜戦いに敗れて精神に敗れない民が真に偉大なる民である
    *国を興さんと欲すれば、樹を植えよ、植林は建国である
    *善き宗教、善き道徳、善き精神さえあれば、国は戦争に負けても 衰えない








  • 最近、ようやく外の世界に対して何か作用を起こしたいと考えるようになってきた。今まではそんな余裕はなかった。自分個人の欲求を満たすことが精一杯だった。けれど次はその延長線上で何かを成したいと考えるようになってきている。より強めで具体的な思いと共に。

    そんな時にちょうどある人がこの本をおすすめしてくれたため、これだ!と思って10秒後にはポチっていた。

    後世への最大遺物は金、事業、思想(文学)、勇ましい高尚なる生涯の4つ。どれも崇高なものだが、今は欲張って全て遺せるような生を歩んでいきたいと思っている。全てを達成するには時間が必要。だからあと50年くらい生きたい。

  • 後世へわれわれの遺すもののなかにまず第一番に大切のものがある。何であるかというと金です。われわれが死ぬ時に遺産金を社会に遺して逝く、己の子どもの遺して逝くばかりでなく、社会の遺して逝くということです。

    金よりも良い遺物は何であるかと考えてみますと、事業です。事業とは、すなわち金を使うことです。

    もし私の金を溜めることができず、また社会は私の事業をすることを許さなければ、私はまだ一つ遺すものを持っています。何であるかというと、私の思想です。もしこの世の中において私が私の考えを実行することができなければ、私はこれを実行する精神を筆と墨とをもって紙の上に遺すことが出来る。あるいは学生を教えるということであります。

    人間が後世に遺すことのできる、そうしてこれは誰にも遺すことのできるところの遺物で、利益ばかりあって害のない遺物がある。それは何であるかならば勇ましい高尚なる生涯であると思います。

    国を興さんと欲せば樹を植えよ、植林これ建国である。山林は木材を供し、気候を緩和し、洪水を防止し、田野を肥やし、百利ありて一害なし。謂う、もし日本の山野を掩うに森林をもってすれば、これより生ずる利益に由りて、民より租税を徴することなくしてその政府を維持するを得べし、と。(大正13年1924年国民新聞へ投稿)

  • 古本屋で見かけて読んでみた。明治27年に内村鑑三がキリスト教徒の集会で後世に何を残すかを講演した記録。わかりやすいし内容もすばらしい。
    後世に残すものは、金、事業(土木工事)、思想ときて、結局は「勇ましい高尚なる生涯」こそが最大という結論。キリスト教徒だから信仰・伝道・隣人愛などの生涯かと思いきや、武士道・意地・義侠心の生涯を説いているのがおもしろい。

    (p74から引用)
    しかしそれよりもいっそう良いのは
    後世のために私は弱いものを助けてやった、
    後世のために私はこれだけの艱難に打ち勝ってみた、
    後世のために私はこれだけの品性を修練してみた、
    後世のために私はこれだけの義侠心を実行してみた、
    後世のために私はこれだけの情実に勝ってみた・・・
     
    (p70から引用)
    メリー・ライオン・・・(中略)・・・実に日本の武士のような生涯であります。彼女は実に義侠心に充ち満ちておった女であります。彼女は何というたかというに、彼女の女生徒にこういうた。
      他の人の行くことを嫌うところへ行け、
      他の人が嫌がることをなせ      

    -----------------------------------------------
    あとこれは主題とは直接関係ないが、高知出身の下女が三日月に豆腐を供える話がかわいらしい。webで調べたら栃木県の神社には残っているようだが全国的には廃れた風習。三日月信仰自体が廃れたようだがなぜだろう。
     
    (p51から引用)
    その女は信者でも何でもない。毎月三日月様になりますと私のところへ参って「ドウゾ旦那さまお銭を六厘」という。「何に使うか」というと、黙っている。「何でもよろしいから」という。やると豆腐を買ってきまして、三日月様に豆腐を供える。後で聞いてみると「旦那さまのために三日月様に祈っておかぬと運が悪い」と申します。私は感謝していつでも六厘差し出します・・・

  • 後世への最大遺物
     本居宣長は「やまとごころ」を知るために、まず『源氏物語』を読むことを勧めた[柄谷行人『憲法の無意識』]のと対照的に、文脈が異なるけれども「後世への害物」であると一蹴したのは印象的に感じた。その文脈とは平野啓一郎氏が、小説を文字通り「小さく説く」ものと考えたように[平野『小説の読み方』]、誰もが書きたいように《着飾ることなく》かいた文を文学として理解しているのだと感じた。
     根底には、すべての人にとって後世に残す「最大の」ものとは生涯そのものとする考え方がある。成果を《物》として残せる者も残せない者も、どんな生き方をしたかに勝る偉大なものはないという主張は説得的であると同時に、内村の優しさと信仰心を感じた。

    デンマルク国の話
     シュレスヴィヒ・ホルスタインを奪われたデンマークが宗教心を梃子にして復興したという話。植林事業はダルガスが引っ張ったが、デンマーク人の信仰があってこそである。不正確なところがあるかもしれないが、フロイトの攻撃欲動が内に向けられ文化を形成した例として理解した。
     人口の増加により環境収容力を超えるのではないかと懸念されている中、土地を奪うのではなく様々な技術発展が人口を支えている。しかしながら、内村が依拠した「天然の無限的生産力」は信仰にとどまるものなのか、遺伝子組み換えは「神」を否定するものなのかと考えたが、ナンセンスだろうか。

  • 「私に五十年の命をくれたこの美しい地球、この美しい国、この楽しい社会、このわれわれを育ててくれた山、河、これらに私が何も遺さずには死んでしまいたくない、との希望が起ってくる。」「われわれが死ぬときには、われわれが生まれたときより世の中を少しなりとも善くして往こうではないか」
    ここの部分はすごく共感。こういう人生を送りたい。

    「では何を遺すか、遺しやすいことは、お金<事業<思想(文学・教育)<勇ましい高尚なる生涯」

    ここから受け取ったのは、お金・事業・思想も大事だけど自分では100%コントロールできないが、「勇ましさ」は、自分でコントロールできることなのでここにフォーカスすることが大事ということを感じた。

  • 孫泰蔵さんの冒険の書に、後世への最大遺物が紹介されており、その流れで、改めて手に取る。64歳の内村鑑三が31年前の講演(1897年@箱根芦ノ湖畔)を振り返る改版に附する序、から引き込まれました。講演を本に起こしたものですが、なんとも素晴らしい本であります。北海道農学校出身の内村鑑三が語る北海道開発案(デンマルク国の話)も捨てがたい内容です(今からでも、この案を生かす形で北海道を開発できないものでしょうか)、どちらも★四つであります。

  • ■ひとことで言うと?
    信念を貫いて生きる姿勢こそ、後世への最大遺物である

    ■キーポイント
    - 後世に遺せるもの
    - お金・公的事業・思想(著述と教育):遺すためにはある程度の才能が必要
    - 勇ましく高尚なる生涯=生き様:どんなに不遇な状況でも遺せる最大遺物
    - 「勇ましく高尚なる生涯」の選択 → V.E.フランクルの「態度価値」に通ずる考え方

  • 我々が後世に残すことのできるものを論じた本です。以下4つを後世に残す事ができるものとしてあげており、

    1.金
    2.事業
    3.思想
    4.勇ましく高尚な生涯

    4つ目の「勇ましく高尚な生涯」を最大遺物と述べています。著者が言うように無数の方々の生涯が今を生きる我々に良い影響を与えているのは確かです。弱きを助け、艱難に打ち勝ち、品性を修練し、義侠心を実行し、情実に勝つという普遍的に大切であり、かつ困難な行動を続ければ、それは後世に繋がり、実りをもたらすという勇気付けられる話でした。

  •  読書について、かつて私は興味のままに、片端から何でも読んでいましたが、ある時ふと何故かこんな風に考えました。

     いい年をして、いつまでも「乱読」ではないな。

     以降、もっぱら一番好きだった、近代日本文学を中心に読んできました。
     だからこの手の本は、最近あまり読んだことがないのですが、知り合いの女性にとってもいい本だと勧められて、読んでみました。

     なるほど、とってもいい本であります。
     まず、筆者内村鑑三についてですが、氏に対する私の知識はほとんど皆無であります。
    何となく知っていたのは、氏がキリスト教徒であることと、確か、何かの「不敬罪」と関係していたんじゃなかったか(本書を読んでいて少しずつ思い出してきたのですが、日露戦争時に反戦論を展開した方だったなとか)、という程度で誠にお恥ずかしい。

     ただ、近代日本文学をまとめて読んでいて私は経験したのですが、それなりに歴史に名前の残っている人の作品というものは、好き嫌いは別として、やはりかなり優れたものであるということであります。だから、内村氏のこの本についても、一種「安心」し「期待」しながら読んでいましたが、それに違わぬいい話でした。

     これは講演を文章にしたものであります。
     二つの講演ですが、話としては、二つ目の「デンマルク国」(いわずと知れた「デンマーク国」のことですね)の方が具体的で面白いです。戦争に敗れ、国力が落ちてしまったデンマルク国が、いかにして国家を立て直すに至ったかを書いた話ですが、今読んでもとっても納得してしまいます。(少しだけ内容を書きますと、国を富ませるために最も大切なものは植林だという話です。)

     でも今回は、一つ目の講演について、簡単に紹介してみますね。
     これもとても面白い話です。

     ある時、まだ青年だった筆者は、こうして世の中に、日本に生まれた以上、何とかして我が名を歴史に残したいものだと考えます。そして、親しい牧師さんに相談に行くのですが……。

     というところで、えー、すみません、次回に続きます。





     《第二回》





     前回の続きであります。
     内村鑑三の講演の文章であります。とっても面白いです。

     筆者内村鑑三がまだ無名であった若き日、ある日青年内村はこんな風に考えます。
     自分も一人の男子としてこの世に生まれた以上、何とかしてその名を後世に残したいものだ、と。
     そして、既にキリスト教徒であった内村青年は、親しくしていた牧師さんに相談に行きます。

     ところがこのことを打ち明けると、牧師さんからあっさり否定されてしまうんですねー。
     「クリスチャンは功名をなすべからず」とか何とかいわれて。

     うーん、と唸りつつ、内村青年は、しかし負けずに考えます。
     これは私の言い方が悪かったのだ、名を残したいと言ったのが良くなかった、私のしたいことは名を残すことではなく、少しでも世の中を良くしたいことだった、そしてその結果として名前が歴史に残ることを考えたのだった、と。

     なるほど、これならどこからも文句は出ませんよね。
     そこで内村青年は、自らの志についてさらに考えていきます。
     具体的にどうすればいいのか。
     後世へ我々の残すものの中にまず第一番に大切なものは何か、と考えます。

     ……えーと、すみません。この調子で書いていきますと、とても簡単には終わりそうもないので、以下、かなりまとめつつ端折りつつ、「マキ」で進んでいきますね。

     内村青年が考えた「後世への最大遺物」はこの順番で4つでした。

     (1)お金
     (2)土木的事業
     (3)思想(哲学・文学)
     (4)教育

     ……うーん、これはなかなか面白いランキングですよね。
     というところで、すみません、また次回に続きます。





     《第三回》





     上記の本の読書報告の第三回であります。とても面白い本であります。
     前回まで報告したのはこういう事でした。

     筆者の若かりし頃の青年内村君が考えた、「後世へ我々の残すもの」はこの順番で4つであります。

     (1)お金
     (2)土木的事業
     (3)思想(哲学・文学)
     (4)教育

     これはなかなか面白いランキングですよね。
     一番目のお金は、もちろんその富を社会に有効に用いるのですね。
     二つ目の土木的事業というのは、例えば大阪にある「道頓堀」みたいなものですね。ある人が頑張って土木的事業をしたことが後世の人々にどれほど有益となったか、というパターンであります。

     三つ目の思想もよく分かります。社会が劇的に変化したその背景に、優れた思想家がいたことは歴史上後を絶ちません。
     四つ目の教育というのもそのセットみたいなもので、自らが優れた思想をうち立てられないのなら、過去のそれを広く人々に知らしめる仕事としての教育であります。

     こうしてみると一つ一つについて、とても説得力がありますね。
     で、内村青年はどれを選ぶかというと(実は、1番目から考えていって、これはダメだからその次、と進めていったのですが)、自分はみんなダメだと思っちゃうんですねー。
     謙遜青年内村君であります。

     そうして内村君はとても失望してしまいます。
     自分は後世に何も残すことはできないのだと、悲嘆の念を発するのであります。

     しかしここから、内村君はなんと、コペルニクス的転回のような考えを編み出すんですねー。
     それは何かといいますと、……、あ、すみません、次回に続きます。





     《第四回》





     読書報告の四回目になってしまいました。いくらとても面白い本でありましても、そろそろ終わりにしなければ、顰蹙ものであります。
     がんばって終わらせます。

     さて、若き日の内村鑑三氏が、悲嘆を繰り返した後手に入れた考え方はこういうものでありました。整理して書いてみますね。

     まず内村青年はこう考えます。
     今まで挙げた「後世への最大遺物」は、実は「最大遺物」ではなかった。
     その理由は、まず、これは誰もが残すことの出来るものではないこと、次に、確かに有益なものではあるが、害も同時に伴っていること、の二点である。

     そして、このように続けます。原文を引用してみます。

      ---------------

     それならば最大遺物とは何であるか。私が考えてみますに人間が後世に遺すことのできる、ソウしてこれは誰にも遺すことのできるところの遺物で、利益ばかりがあって害のない遺物がある。それは何であるかならば「勇ましい高尚なる生涯」であると思います。これが本当の遺物ではないかと思う。他の遺物は誰にも遺すことのできる遺物ではないと思います。しかして高尚なる勇ましい生涯とは何であるかというと、私がここで申すまでもなく、諸君もわれわれも前から承知している生涯であります。すなわちこの世の中はこれはけっして悪魔が支配する世の中にあらずして、神が支配する世の中であるということを信ずることである。失望の世の中にあらずして、希望の世の中であることを信ずることである。この世の中は悲嘆の世の中でなくして、歓喜の世の中であるという考えをわれわれの生涯に実行して、その生涯を世の中への贈物としてこの世を去るということであります。その遺物は誰にも遺すことのできる遺物ではないかと思う。

      ---------------

     ……うーん、この辺の展開が、感動的といえば感動的であります。
     が、しかし、なんかいきなり闇夜で鼻を摘まれたようだとも感じちゃいますねぇ。

     ともあれ、この考えの基、内村青年は「勇ましい高尚な生涯」を送り、なるほど、後世に立派な名を残したのでありました。

     ……あのー、すみませんが、もしもお暇なら、この話題の第一回目に戻ってみてくださいませんかね。
     そうすると分かりますが、なんだか、「ねずみの嫁入り」、メーテルリンクの「青い鳥」みたいな話でありますね。

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著者プロフィール

1861年生まれ、1930年没。思想家。父は高崎藩士。札幌農学校卒業後、農商務省等を経て米国へ留学。帰国後の明治23年(1890)第一高等中学校嘱託教員となる。24年教育勅語奉戴式で拝礼を拒んだ行為が不敬事件として非難され退職。以後著述を中心に活動した。33年『聖書之研究』を創刊し、聖書研究を柱に既存の教派によらない無教会主義を唱える。日露戦争時には非戦論を主張した。主な著作は『代表的日本人』、『余は如何にして基督信徒となりし乎』など。
佐藤優
作家、元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了後、外務省入省。現在は、執筆活動に取り組む。著書に『国家の罠』(新潮社)で毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞。おもな著書に『国家論』(NHKブックス)、『私のマルクス』(文藝春秋)、『世界史の極意』『大国の掟』『国語ゼミ』(NHK出版新書)など。『十五の夏』(幻冬舎)で梅棹忠夫・山と探検文学賞受賞。ほかにも著書多数。

「2021年 『人生、何を成したかよりどう生きるか』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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