青年と学問 (岩波文庫 青 138-2)

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  • Amazon.co.jp ・本 (313ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003313824

感想・レビュー・書評

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  • 『遠野物語』で名の知れた民俗学者・柳田國男の講演録集。10編からなっており、どの講話も1925〜27年ごろ、柳田が50歳頃のもののようだ。

    本書のさいごに、弟子にあたる政治学者・神島二郎による適確な解説が載っているので、まずこちらを読んで概観を掴んでもらいたい。その神島の解説にあるように、話は分かりやすく「柳田自身によって書かれた柳田学入門」(p.256)であると思う。

    今回、柳田國男の本を初めて読み通せたのだけれど(『遠野物語』は挫折した…)、何よりも柳田が青年たち(若しくは同じ志をもつ同士)に向けて、真摯に語っている姿がとても印象に残った。

    「しみじみと島の諸君と話したことは、いかにしたならば沖縄今日の学問が、弘く日本全国民の幸福となり、否進んでは世界全体の、人の生活の改良となりうるであろうかということを、まだ諸君らが十分に考えてくれられぬと言う点であった。これがために文化の研究を目的とする学問にとって、最も大切なる比較と思い遣りとが、まだ足らないということを遺憾としたのであった。」
    (p.116 「南島研究の現状」)

    「いわんや我々都市の住民をして、絶海の孤島にかくのごとき同胞あることを知らしむ以外に、さらにその孤島に生死する人々をして、その生存のいずれの部分までが全国土に分散する日本人と共通のものなるかを、知らしめるだけでも既に大なる力である…(中略)…国家万年の大計のために、民族結合の急務を説こうとする人々は、無識であってはならぬ。かつ手前勝手であってはならぬ。その過失を免れたいばかりに、われわれは新にこういう学問の興隆を切望しているのである。」
    (p.139 同上)

    「我々は国の将来の変化に対して、外を見ても内を省みても、言葉に現しがたいほどの気遣いを持っているが、しかもここにただ一つの前途の光明として、学問だけは幸いにその方法さえ誤らなければ、ゆくゆくこの人類の苦悩を済いうるものと信ずるが故に、まだまだ努力の張り合いがあると楽観しているのである。そんなら学問の正しい方法とは、一体どういう態度または順序をとることを意味するのであるか。それをぜひ一度だけは、諸君のような方々に考えてみてもらいたいと思う。」
    (p.141 「地方学の新方法」)

    「議論は第二次として一通りのことが分かるまで、片端から誇張もなくまた批判もせずに、それらの社会現象を採取し記録して置こうとすること、これが我々のフオクロアなるものであった。」
    (p.202 「郷土研究ということ」)

    「われわれの過去の名残惜しく思う情は、この50年間の史学が少しでも我らに欲するところの知識を供与せず、ほとんとこの方面には何一つの成績が挙がらなかったのを恥じて、一層奮発して祖先の精神生活を、できるかぎり鮮明にかつ感深く、開展しかつ説明しなければならぬと思うのである。なんのことはない地方研究の振興は一種の罪滅ぼしである。過去世と当来とに対する、現代人の免れあたわざる義務である。」
    (p.205 上同)

    「郷土研究の要件」という小見出しではじまる、研究者としての態度の列挙も具体的でよい。

    「一、最終の目的はどんな大きくても良いか、研究の区域はできるだけ小さく区別して、各人の分担をもって狭く深く入っていくこと。
    二、その便宜のためには、まずなるべくは自分の家の門の前、垣根のへりから始めて、しだいに外へ出ていくこと。すなわちよくわかるものから解らぬものへ進むこと。
    三、文書の価値はもちろん軽んじないが、その材料の不足な場合が多いことを知って、つねに力を自身直接の観察に置くこと。
    四、それを志を同じくする者との共同の宝物とするために、最も精確かつ忠実なる記録を遺すこと。
    五、いかなる小さい、俗につまらぬというこもでも馬鹿にせず、もと人間の始めた仕事である以上は、何か趣旨目的のあった者に相違いないという推定から出発して、一見解りにくいものはことに面白くかつ重要なるべしと考えてかかること。
    六、これを解釈する手段としては、できる限り多くの地方と連絡を保ち、たがいに相助けて比較をして見ること。必要があればその比較を国の外、世界の果までも及ぼすこと。
    七、沢山の無形の記録を保管している人々に対して、つねに教えを受ける者の態度を失わず、まさに文字通りの同情もってこれに臨むこと。」
    (pp.203-204 「郷土研究ということ」)

  • 柳田國男についてこれから知ろうというときにうってつけの本。「南東研究の現状」の冒頭部分は、経世済民が学問の共通の目標であるとする柳田の見解をよく表している。読み物として面白いかはともかくとしても、「旅行の進歩および退歩」や「旅行の歴史」などを旅先の電車に揺られながら読めば、きっと思うところがあるはずである。

  • 柳田が1923年、ロンドンで関東大震災のニュースに接して帰国して後、25年に雑誌『民族』を創刊したころの講演をまとめたもので、旅行・離島の研究・地方学や郷土研究・フォークロアの方法論を述べている。基本的には、文字史料だけではなく、人を史料とすべきこと、旅行も学問であること、命名やことわざなどの「農民文芸」を調査すべきことなどを述べている。島の政治を分析したところ、要するに島内勢力の一つを外部勢力が応援し、それに島内を統一させて外部が支配するという形を論じた所は面白かった。講演であるので、詳しい内容記述はない。解説で、南方熊楠は特殊に傾き、折口信夫は古代研究に行き、岡正男は外国民族の研究に進んだなかから、柳田国男が日常的・現代的・自国研究に傾いたと指摘されているが、分かりやすい。フォークロアの所では、フレーザーの『金枝編』を紹介している所があって、フォークロアとエスノロジーの結婚はフレーザーによると柳田はいっている。槙の実のことを「やんぞう・こんぞう」という静岡西部方言のことは「農民文芸とその遺物」にでている。

  • 【新歓企画】ブックリスト:「大学1年生のときに読んでおきたい本たち」
    大学に入って何をしよう、と言ったときに一種最も簡単な考えは「研究をしよう」というものです。大学はなんだか「日本だとようわからん」という批判があったりしますが、大きなところは研究機関としてのところだと思うので。しかし、「研究するぞ!」と意気込んだところで「何を目指してるんですか」「研究職です」「なんでですか」となったときに「(好きだから? でもそれってなんだか志が低いような。でも好きなんだし……。)」と戸惑うことは必須です。一つの解消方法は「オレは好きなことしかやらねえ!」というろっくんろおらあ型ですが、それも余りある気がするので、一つの学問の創造に手を携えた彼、柳田国男の学問観を覗いてみるのも良いかもしれません。ただ彼もやはり一人のろっくんろおらあであるという判断もまた外れてはいないようで。【S.Y.】

  • 各所に流石と言わざるを得ない一文が出てくる。
    その中でも歴史の勉強についての事を書き綴っている中に思わずメモした文が下の一文。

    「これに対して第二種の国語なり地理歴史なりは、これに由って同時に生徒を日本の好き青年たらしめ、さらになお将来の「好き日本人」たらしむるために、とくに設けられている科目である。諸君を日本の国土と繫ぐ紅の紐である。」

    こんな先生に出会いたかった。ただそれだけ。

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