人間と実存 (岩波文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (416ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003314654

感想・レビュー・書評

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  • 定番の『いきの構造』、哲学的主著である『偶然性の問題』、偶然論と対をなす時間についての重要論文を集めた『時間論』、そして今回新たに本書が加わり、九鬼哲学の全貌がほぼ岩波文庫で読めるようになった。特に本書は、人間学や実存哲学をベースとする哲学概論、偶然論と時間論という九鬼哲学の真髄、同時代としては驚嘆すべき的確なハイデガーの紹介と批評、「いきの構造」に合い通じる日本文化論など、九鬼の全業績のエッセンスが凝縮されており、九鬼哲学への入門として最適であるだけでなく、その到達点を示す最晩年の論稿「驚きの情と偶然性」が含まれているという意味でも、九鬼ファンにとって外せない一冊である。

    九鬼の文章は実に無駄がなくそれでいて気品がある。リゴリスティックな「意志」と運命を受け入れる「諦念」を基調とする九鬼の独創的な哲学がそのまま表れたような味わい深い文体だ。偶然性に直面して虚無に陥るのではなく、他にもあり得た可能性の中からただ一つ生起したこの一瞬を「驚き」をもって受け入れる。「ニヒリズムによるニヒリズムの克服」を企てたニーチェのひそみに倣えば、これは「偶然性による偶然性の克服(古川雄嗣)」と言ってよい。九鬼が円環的な時間というコンセプトに強い関心を示すのも、永遠の生に魂の救済を求めようとしたのではなく、一回的な生と永遠の生が殆ど同義であるという可能性を示すことで、過ぎ去る「一瞬」を「驚き」に満ちたかけがえのない「一瞬」に変えようとしたとみるべきだ。

    「人間がただ一回だけしか生きることが出来ないで、我々の一歩一歩が我々自身の徹底的否定である死に向って運ばれているといふところに、人生の有つすべての光沢や強さが懸っているのである。・・・普通の意味の来世を信じる位ならば、私はむしろ厳密な同一事の永劫回帰を信じたい。なぜなら一生が厳密に同一な内容をもって無限回繰り返されるといふことは、一生が一回より生きられないといふこととつまりは同じことになる。」(人生観)

  • 九鬼周造の広範なエッセンスをまとめた論文集である。有名な『「いき」の構造』はずっと昔に読んだ。『偶然性の問題』は読んだつもりになっていたが、どうやらまだ読んでいなかったらしい。
    同時代の哲学として、ヨーロッパでベルクソンやハイデッガーをも学んできた九鬼周造は、文学的傾向も持っており、その資質は本書の各論文にも窺える。西田幾多郎の影響を受けたような文体になっている箇所もあるが、文学的含蓄があって論理だけではない深さを感じさせる。どうも読んでいて論理の飛躍もあり、「え、その断言はどうなの?」と首をかしげる箇所も多かったが、文学的資質ゆえに、さらに思考を推進していくエネルギーがあって、引き込まれるのである。
    本書の中では偶然性について論じた「偶然の諸相」(S11)、「驚きの情と偶然性」(S14)が特に興味深かった。
    彼は必然性と同一性・「我」、偶然性と「汝」とを結びつける。つまり必然性の観点からすると同一性がベルクソン的「持続」であり、つまりそれは自己(意識)性ということになるのだろう。偶然性が「驚き」であり、「汝」であるというのは面白い。もっとも九鬼の他者概念はちょっと複雑そうで、今回把握しきれなかった。
    「形而上学的時間」(S6)等に見られる時間論もなかなか面白そうである。もうちょっとしっかり読んでおきたい。
    ハイデッガー哲学を紹介した文章は、やや異様に感じた。ハイデッガーの著書からは読み取れないような領域まで、九鬼が膨らませているような気がする。とまれこの「ハイデッガーの哲学」(S8)は日本哲学にとって画期的なものだったろうか。九鬼が苦労の末訳したという「投企」のような訳語は、そのままハイデッガーの和訳の常識として、日本に定着しているようだ。
    本書を読んで俄然興味がわいてきたので、まだ読んでいなかったらしい九鬼周造の岩波文庫版『偶然性の問題』『時間論』は是非読みたいと思う。ついでに『「いき」の構造』も読み返してみようか。

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