忘れられた日本人 (岩波文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (334ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003316412

感想・レビュー・書評

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  • 人類学者宮本常一さんの一冊。読み終わって感じたのは、現在自分の頭の中にある"日本人"という言葉の持つ曖昧さ、残酷さ、虚しさです。そして様々なレイヤー(切り口、断面、側面、肩書き)で自身を認識することの必要性を認識しました。

    本で紹介されている"日本人"の多くは、現在一般的に持たれている日本人のイメージとは離れているように感じました。そう感じたのは以下の2点です。1.性に関する大らかさ、2.家庭で主導権を握る女性の在り方。

    まず性に関する大らかさです。男性が夜暇になり寂しくなったら隣町までも歩いて行き好みの女性に夜這いをかけることが当たり前となっている村社会。そしてそれを良しとし、黙認する女性とその両親の話。また田植えをしながら性に関する歌を歌ったり、女性が逆に男性に対して露出することにより男性が逃げるという、逆痴漢的な話。加えて一年に一回、村の誰とでもセックスをして良い日がある村の話など。よく今の若い世代は性に対してだらしなく、昔(イメージでは1930年~60年代に生まれた方々)は性に対してもっと厳格で、婿入り嫁入り前の男女が肉体関係を持つことに抵抗感があり、性に対してもっと誠実だった、という話をよく聞く気がしますが(映画『風立ちぬ』にもそういうシーンがありますが)、宮本常一さんがその時代(1940年から60年ぐらい?)に回った西日本の各地域では、性に対して所謂"今時の若者"のイメージよりもさらに解放されていた方々がいたんだという話に、とても衝撃を受けました。当たり前かもしれませんが、日本の地域や時代によってその生活スタイルや「当たり前の感覚」は全く異なるのだと、思いました。

    次に主導権を握る女性の在り方です。本のある場面で女性中心で作業が進み、男性がそれを手伝うシーンがあります。女性は男性をこき使い、男性が女性に作業中からかわれたりします。日本は家父長制が強く、男性が家のトップというイメージが強かったのですが、(もしかすると本で紹介されている村もその作業中のみの話かもしれませんが)、女性が男性に対して主導権を完全に握る人たちがいた(もしくは期間があった)という話は、元々頭の中にあった日本の家父長制のイメージを一部破壊してくれました。

    以上より感じたのは"日本人"という言葉の持つ限界でした。たしかに日本人という言葉で括り、日本人が自身のアイデンティティーを語ることは一部可能であり、時として強い力を持ちますが、それだけで自身を十分に説明し、個人のアイデンティティーの安定を保つことができるものではないと、改めて強く感じました。

    もう一点、日本人に対するイメージの話からは少し外れますが、本で紹介されていた村の「寄合」にはとても興味を持ちました。別に何を話してもよく、トピックも飛びまくり全く収集がつかない話し合い。しかしそれが定期的に実施されることにより村人が村の全体像をなんとなく把握しコミュニティを形成する、というのはとても面白かったです。現在はいかに論点を整理し、限られた時間のなかで議論をピンポイントで深く行うかが重要とされている気がしますが、そもそもそれはいい事なのか、というのは、とても考えさせられました。

    "日本人であること"について考える際の材料として、おすすめの一冊です。

  •  記憶力が凄かったらしい。うらやましい限りだ。生きた民俗学というか。岩波文庫でもっとも人気の一冊(?)でもあるらしい。
     古文書を借りて読むまでの苦労や村人の寄り合いで相談する描写や下ネタいいまくって男をふりまわす暴れ回る女達は面白かったが、夜這いで生まれた子どもをみんなで育てるのはちょっと曖昧だった。この中では土佐源氏が最もメジャーだが、言いたいことは、おそらく農民の解釈を変えようとするところ……「農民」は米を作る存在ではなく、魚とったり山にいったり、綿をつくったり、獣を取り扱ったり、何でもして生きる存在が農民なのだという、「規格外なんだ」ということを明らかにしている。
     柳田国男の「雪国の春」をこの前読んだのだが、いやー柳田より100倍読みやすいし、真相はともかく、面白い。私達が世間一般に考えている「○○」ということは、伝統でもなんでもなく、この時代から作られたことでしたーというのを、手と足だけでなく泥や古文書や顔の皺から明らかにしていった感じと大変さが伝わる一書だった。網野善彦の解説本とあわせて読むと、もっと楽しい。農民を平気で怒鳴りつける、変わった人だったとか興味深いことが書かれている(実際に、あわせて読んだ)

  • おそらく戦中から戦後間もなくの頃にこれだけの聴き取りをするのは相当な労力がかかっている。当時、テレビはなくラジオも普及していない地域のそのままの習俗が残っている様が感慨深い。テクノロジーが発達し、どこの町に行っても同じようなチェーン店があり、またそれに期待してしまう今、地域ごとに習俗を記録することの意義はこの先も色あせないのだろうか。

  • 学生のときにこの本が全然目に入らなかったのはどうしてなんだろう。
    読んでおけばもっと民俗学を面白く勉強できたのに。
    日本人について知らなすぎると反省。

  • けっこう気楽に読める。
    今の感覚ではびっくりするほど非効率だけど、人の入れ替わりのほとんど無い狭い共同体をうまく回す工夫の結果だとわかったり。
    夜這いがあったり、やしない子があったり、旅の人を気安く泊めたり、余所の者がそのまま居着くようなことがあったり、おおらかなのかわからないけど。
    昔の農村、漁村というとなにかと不便で抑圧されていたと思いがちだし、現代の価値観からは豊かで幸福とは言いがたいが、それでもだいぶイメージは崩れた。

  • ほんの数十年前のことと思えないほど、人の生活や価値観、倫理観の違いに驚く。
    常識や当たり前とはなんなのか


  • 時代の進歩の陰で失われていくもの、忘れ去られていくものを考え直させられる。時代は常に移り変わっていくもので、今もなおその中で繰り返し何かが淘汰されていく。全てを残すことが良いのではない、しかしここに収められた先人の足跡は根本的な人間のあり方として心の片隅に生かす価値のあるものであることは間違いない。

  • 「姑による嫁いじめ」も「嫁による姑いじめ」もあったが、前者ばかりが有名なのは若い方が発信力が強かった、という話。
     などなど相変わらず興味深い話が盛りだくさんの宮本常一氏の著。ほんの少し前のことなのに結構忘れられていたり、事実とは異なる固定観念にとらわれていることも少なくない。
     その一例が先述の嫁いじめ姑いじめの件であり、また「女性は一人旅をしない」とかいうのも実際はそうでもなかったりという話である。

     本書は様々なテーマの章があって、対馬の村落の成り立ちや合議の形成方法なども大変興味深いのだが一つ選べばやはり「土佐源氏」であろう。
     土佐で博労(馬や牛の売買人)をしていて、いまは盲目となって乞食をしているという男性からの聞き書き、という体であるが、別の人の話によるとこの博労は盲目でも乞食でもなかったらしい、が、ともあれ話の内容は概ね事実(少なくとも聞き取った内容に忠実)であるとのことである。
     この博労は夜這いで生まれた父なし子で、すぐに祖父母に預けられる。母は働きに出るがそこで事故に遭ってすぐに死んでしまう。物心ついたときには彼は「子守り」と一緒にいた。
     この「子守り」というのは貧乏な家の子の定番奉公であって、豊かな家に雇われてその家の子(未就学児)を預かるわけだが、なんだかんだで貧乏人の家の子もそこに混じって面倒を見てもらったりもしていたらしい。
     で、同年代の子が学校に行く歳になっても彼は学校に行けず、そのまま子守り仲間と育つ。扶養者は隠居の爺婆だから家の手伝いをさせられることもなかった。
     そうこうしている内に子守り同士で悪い遊び、つまりは性行為をおぼえ、雨で外で遊べないときは納屋で見せあったり入れたりしていたそうな。
    「あんまりええとも思わだったが、それでもやっぱり一ばんおもしろいあそびじゃった」
     まあそんな所から始まって彼の女遍歴がとうとうと語られていく。明治大正期にも様々な愛の形、性の形があったのだということを改めて知らしめられる。

     宮本氏の話が面白いのは、一貫して「人々」でなく「人」を見ている所であるように思う。幾人かの話を混ぜて「この地域では」などと雑にまとめたりせず、一人ひとりの話を聞き、それを記録している。一人ひとりを積み上げた上で「東日本」と「西日本」を対比しようとしている。
     学術的に考えればやはりどこかで「人々」に統合しなければならない場面も出てくるのであろうが、ただの趣味人としては、氏の残してくれた膨大な「個」の記録をただただ眺めていたい衝動に駆られるのである。

  • 人と人とが揉めずに共存していく上で、生活の知恵というか、自然に出来上がったシステムが昔はあったのだという事を知った。
    井戸端会議での愚痴の言い合い。

    そして男女の関係はもっと自由だった。

    日本人は、もう少し元の日本人の姿に戻っても良いかもしれない。

  • 昔の日本も意外に自由だった。

著者プロフィール

民俗学者

「2019年 『宮本常一 伝書鳩のように』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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