家郷の訓 (岩波文庫 青 164-2)

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  • Amazon.co.jp ・本 (286ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003316429

感想・レビュー・書評

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  • 1984年(底本1943年)刊。

     全国踏破で固有の民俗学を切り開いてきた著者は、戦前来、そして戦後も多くの人々の謦咳に接し、古老らの経験を聴取・記録してきたことはつとに知られている。
     一方、戦前に著者の収集した記録は戦災で焼失し、およそ復元不可能な状況に至ったことを知っている人もいるだろう。
     そういう意味で、終戦前に刊行された本書には燦然と輝く価値の有することを首肯されるはずだ。
     本書は著者の故郷(山口県周防大島?)における体験的叙述を軸に、江戸期から続いてきた地域の生活の実をビビッドにうたいあげる。

     若者衆と娘衆などの関係、あるいは子供の遊戯の変遷、子供に課された仕事・職責の実といった生活密着型の叙述が大半である。

     が、社会との関係性や風潮を垣間見せる叙述も含まれており、これもまた見逃せない。
     例えば、
    ①米収穫におけるマンパワーの要請から、大島から水田地域に出稼ぎに行き、その報酬が米の現物支給で支払われていた点(=米の貨幣代用物としての意義とそれが明治以降もある程度残存してきた点)。
    ②元々、村の中で識字能力の有していた者が子弟教育を担ってきた。
     が、いわゆる師範学校出身者による教育が主流に。その結果、学校教育こそ全てという風潮を持ち込み、村の慣習に配慮・尊重することが少なくなり、村衆との間で軋轢となっていた事実(教育近代化の得失)。
    ③WWⅠ時の好況が地域の貨幣経済化促進と富裕度を上げた点(ハレでなくても米を常食。都会へは出稼ぎではなく帰郷する人々が減少)。
    ④③とはいえ米麦の割合は3:7、麦飯中心も多かった。
    ⑤明治中期は大根飯が主(③~⑤は大正期における社会変貌の大きさ)等々。

     戦前、大正明治、さらには江戸後期の人々の生活の生の息吹を観取するに、現代でこれほどうってつけの書はなかなかないように思う。

  • 明治の終わりから昭和の初期にかけての瀬戸内海にある著者のふるさと(大島:山口県)の様子が克明に記録されている。村の様子、人々の暮らし、男の仕事や女の仕事、赤子から子供、男衆と娘たち、結婚・・・・隠居、農村社会が容易に想像できる。場所は違えば、多くの風習は異なるかもしれないが、本筋としては日本の農村風景はどこもこのような背景があったのではないか。日本人、ひいては自分自身のルーツもそのような中で紡がれてきたのだ。

  • 「かきょうのおしえ」と読む。
    著者の故郷・周防大島での子供時代である明治・大正期の経験や祖父・父・母などから聞いた昔話でまとめられた話だ。
    集落内の子供・大人の人間付き合いや変遷の話を通じて、戦前の日本人のメンタリティや暮らしをかいま見ることができる。
    著者は教員となった経歴があるゆえ、村や家が子供に対してどのような形で躾が行われたかといった視点も興味深い。
    「磯あそび」など子供の頃の体験を記した文はとても細やかで、読者自ら体験しているもののように感じる。
    この本のほどではないにしろ、私も幼少期にいくつか同じような体験をしたものだが、今やこういった自然環境も人付き合いも遠くのことになってしまった。

    ●村の規約や多くの不文律的な慣習は一見村の生活を甚だしく窮屈なものに思わせはするが、これに決して窮屈を感ぜず、頑ななまでに長く守られたのはいわゆる頑迷や固陋からばかりではなかった。・・・感情的紐帯である。・・・村の共同生活は親睦の意味を持つ多くの講や仕事の協力、葬祭の合力に特にこれを見ることができる。

    ●共に喜び共に泣き得る人たちを持つことを生活の理想とし幸福と考えていた中へ、明治大正の立身出世主義が大きく位置を占めてきた。心のゆたかなる事を幸福とする考え方から他人よりも高い地位、栄誉、財などを得る生活をもって幸福と考えるようになってきた。・・・基準を失ったということが村落の生活の自信を失わせることにもなり、後来の者への指導も投げやりになっていった。

    「昔は良かった」といつの時代の年配者は言うようだが、ここには著者の見解が端的に表れている。つまり個人主義への価値観移行によって地域への帰属感や自然や神仏への一体感といった共有認識が変わっていったことだ。過去の因習を破壊しながら今に至っているが、いったいどちらが幸せかはそれぞれが考えることだ。

  • 2014.1.18 読了

  • 院課題図書

  • 宮本常一さんの故郷である周防大島の生活、
    特に躾について綴られた本である。

    宮本さんが村里生活内における躾について述べるきっかけとなったのは、
    彼が大阪へ出、小学校の訓導となった際、教育の成果を十分に
    あげていないと感じたことからであった。
    その原因として、その村における生活習慣や家庭の事情に
    暗いことに思い至る。その村の性格や家風、家や村の生活が、
    子どもたちの個性に反映されていると考えた。
    つまり、郷党の希求するところや躾の状況が本当に分からないと、
    学教の教育と家郷の躾の間に食い違いを生じ、それが教育効果を著しく
    削いでいる、と知ったのである。

    これは宮本さんが民俗学という学問を、学びはじめた動機である。
    必要性にかられ、歩み始めた道だった。

    面白かった点
    ・P41「外祖父は講談のすきな人で祖父が素朴な昔話をしてくれたのに対して、小栗判官だの宮本武蔵だの岩見重太郎だのを話してくれ、しかもこれを史実として考えていた。」
    一人の昔の人の歴史に対する考え方を知ることができておもしろい。

    ・北条氏政の味噌汁二度がけの話が毛利輝元の話として、
    言い聞かされたと体験談が載っている。

    ・P94「御船手組奉行の村上氏などはその主婦をオウラカタとよばれていた。」
    村上氏というと村上水軍の村上氏と関係があるのか?

    ・「私のふるさと」と題され、宮本さんの生まれ育った家のまわりについて
    まとめられた章が具体的で素朴で面白かった。
    お宮の森に「宮ホーホー」という化物がいると祖父に聞き、
    それを夢に見たという話がユーモラスで興味をそそった。
    P215「道の南側に古びた倉があった。瓦に一に三つの星の紋がついていた。これは藩主毛利公の紋であった。きくところによるとこの倉はもと藩の倉庫で、藩政のころ年貢米を入れたものであった。」

  • 「訓」は「おしえ」と読む。宮本常一のかなり有名な著作。昔がすべてよかったわけではないが、昔に学ばなければならないことはあまりにも多い。

    http://favorite-roku.jugem.jp/?eid=18

  • 宮本常一が幼少時代を過ごした大島の話。
    「昨日までの世界」で出てくる「野蛮」世界のプラスの側面を数多く見ているような、そんな田舎暮らしの幸せな幼少時代。
    これを全部一般的な農村社会の話に帰して、「昔はよかった」というのは短絡すぎるけど、
    結婚と同時に夫の家に入って家を守る日本の女性の強さと愛情の深さを感じずにはいられない。

    また、現代は「ムラ社会」という言葉は、イコール前近代的な悪しき意味でつかわれることがほとんどだけど、以下長いけど引用
    「本来幸福とは単に産をなし名を残すことではなかった。祖先の祭祀をあつくし、祖先の意志を帯し、村民一同が同様の生活と感情に生きて孤独を感じない事である。われわれの周囲には生活と感情を一にする多くの仲間がいるということの自覚はそのものをして何よりも心安からしめたんである。そして喜びを分かち、楽しみをともにする大勢のあることによって、その生活感情は豊かになった。悲しみも心安さを持ち、苦しみの中にも絶望を感ぜしめなかったのは集団の生活のおかげであった。村の規約や多くの不文律な慣習は一見村の生活を甚だしく窮屈なものに思わせはするが、これに決して窮屈を感ぜず、頑なまでに長く守られたのはいわゆる頑迷や固陋からばかりではなかった。怡々としてこれが守り得られるものがそこにあった。それはこの感情的紐帯である。そしてその紐帯の習得が今まで縷々としてのべ来たったような方法によってなされたのである」
    この「感情的紐帯による幸福感」は現代完全に失われたものだから、
    よく現代人は「大勢の人に囲まれているけど孤独」なんて表現をされるのだろう。

    また注目したいのは、この本を書いたのが1940年代だったということ。
    70年前で既に消えつつある慣習、文化が多数あったのだから、現代では加速度的に消滅していったのだろう。
    また、70年前にも関わらず、現代の問題点を予言するような指摘が数多くあることも興味深い。
    大島がそうか知らないけど、最近流行のIターンの孤島ではどんな社会ができあがるのかな。

    大量のメモ
    ・女だけは自分の守るべきことをだまって守っていた。世間が新しい方へ向っても、家の他の者が何一つ古いことを守ろうとしなくても、自分だけは家を大切にし、祖先の意志を子に伝えようとしていた。・・・・実はこのような母たちが野に満ちていたればこそわれわれの胸をうつ今次の戦の軍神を草莽の中に多く持ちえたのであると思う
    ・昔話の採集と同様にこのような話をも調査してみる要があるのではないか
    ・かくていったん手放した子供たちに対して、その理解とあきらめのよさの中に神明の加護が祈られていたのである。これはまた神明の加護が信じられていたからこそかくまでに切なる心をその加護に託して、自らはその不安もさびしさもかくして働いた。
    ・母には私たちの心がよくわかるばかりでなく、それ以上に祖父や父の気持がわかっている。そうしてこの土地にこもる先祖の魂に殉じようとしている・・・・・・全国の農村を歩いて、私はしばしば母同様な女親たちの姿をみた。無学であるとか、社会の表面に立ちえないからと言って、これを無知に帰してはならない
    ・そして村には年寄りと幼い孫たちが多く残されるようになるまで変わったのである。ヨバレゴトも減った。村も淋しくなった。
    ・教育の目的・・・・・・親たち、特に女親たちの犠牲に生きたものの中に含まれている意思―祖先の意志をつぎかつ家永続を願うもの、村を美しき協同に置こうとするもの―もまた何らかの形で学校も取り上げて子供たちにうけつぐようにしていただきたい
    ・「ショシャのよくないことはショウネがその仕事に入っていない証拠」
    ・土はあたたかいものだるとともに、また厳しいものであった「土の掟」
    ・子供は多く子守の背にくくりつけられて大きくなっていく
    ・遊びは楽しいものであったが、同時にそれが子供たちの大切な社会的な訓練になった
    ・こうした仲間がそれから後にもう一度顔を会わす時がある、それが徴兵検査である
    ・ドーシのような結合はずっとうすれてきた。・・・平生一緒に遊ぶ機会がへって各々がその机の前にばかり座りたがるようになった以外に、子供の仕事がめっきり減ったのである
    ・重い病人などあるときに「病気を治して下さったら相撲をあげます」と願を書ける。そしてよくなると行司をする人の家へたのむ
    ・省かれた方もたまらないから、村の相当に顔のきく人に頼んで詫びてもらう。そうすればたいてい許される
    ・出稼ぎの中には次男三男のものがたくさんいて、どういう人は大体に少し結婚が遅れたから
    ・言葉に置いても同様だった。部落ごとにみられる差は一種無形の手形ともいえる。我々は言葉によってそれが何村の人であるかを知ることができた
    ・公の場では標準語を使いつつも、一度村に入れば方言によらなければならなかったのは、一つには標準語で村里生活における細やかな感覚や感情の表現が十分にできないし、二つには標準語では形容詞が貧弱でその上表現が露骨になりやすかったから
    ・民衆は一方においては古いものにひきづられつつも、他方ではまた大きな犠牲を強いられつつぐんぐん自らを新しくしている
    ・苧績み 蔭膳 タノモシ 地狂言 宮の森

  • 宮本常一『家郷の訓』(岩波文庫 岩波書店 1984年7月第一版発行)

    ※初版は『家郷の訓』(女性叢書 昭和18年)

    ※『宮本常一著作集』にも所収されている

    もくじ
    ・私の家
    ・女中奉公
    ・年寄と孫
    ・臍繰りの行方
    ・母親の心
    ・夫と妻
    ・母親の躾
    ・父親の躾
    ・生育の祝い
    ・子供の遊び
    ・子供仲間
    ・若者組と娘仲間
    ・よき村人
    ・わたしのふるさと

  • 高校の頃、感想文かけということで読まされた。
    「父親の躾」について、感想を書いたはずなんだけど、どんなこと書いたかは全然覚えてない。ただ、馬鹿だった高校生でも、すごく心を打たれたことをよく覚えています。
    まず、あの先生がいなければ、生涯読むことが無かったであろう本なので、本当に紹介していただいて幸せだなぁと思ってる。

    今の日本人のどれだけが、風の強さや向き、波の様子や音で、天気や季節を悟れるんだろうか。
    天気予報のために、そういう能力を失い、 パソコンやネットのために、さらにいろんな能力を失いつつある人間がいるんだろうなぁ。
    結局、地域も文化も人も風景も、どんどん変化していくんだろうなぁ。

    2011年8月7日(2回目)

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プロフィール

1907年山口県周防大島生まれ。日本各地でフィールドワークを重ね、特に移動する人びとに注目し多くの民俗誌を残す。おもな著書に、『忘れられた日本人』『海に生きる人びと』『家郷の訓』など。1981年没。

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