山びこ学校 (岩波文庫 青199-1)

  • 岩波書店 (1995年7月17日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (352ページ) / ISBN・EAN: 9784003319918

みんなの感想まとめ

戦後の厳しい時代を生き抜いた子どもたちの姿が描かれたこの作品は、貧しさの中でも楽しさやたくましさを見出す力を教えてくれます。中学生の視点から語られる物語には、子ども特有の純真さやユーモアが散りばめられ...

感想・レビュー・書評

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  •  山びこの響くような学校。そんな場所に建つ学校を見つけるのは今では難しいことだろう。本書を読んでいるとき、ふと、本書が何年頃に書かれたのかと思い、裏表紙から数ページ遡った。するとそこには「1995年」とある。いや、そんなわけはないだろうと思ったが、そういえばこの本は一度絶版になり、その後に世の人の声を受けまた出版された経緯がどこかに書いていたと思い出した。そう、1995年とは岩波文庫版の初版であり、実際は1951年に青銅社から出されたものがほんとうの初版である。
     1951年と言われると私はとても納得感があった。この納得感は「このような生活をしている子供が1995年にいるわけがない。1951年ならいそうだ」という意味である。このような生活とはすなわち、百姓の家に生まれた子供が、学校に行くことよりも家業の手伝いを優先せねばならないような家庭環境にあり、同時に貧困にもあえいでいる状態である。
     まさにそのような生活をしていたのが、本書序盤に掲載された「母の死とその後」を書いた江口江一くんである。彼曰く、彼の家は住む村でもいちばんぐらい貧乏なのだという。彼の母は亡くなったが、貧乏なために病をおして働き、病の発見が遅くなったためになくなった。江一くんはいつも「なぜわが家は貧乏なのか」を考える子どもだった。考えの蓄積は本書の元となった学校の生活作文集の一つとなり、そこで彼は自らがなぜ貧乏なのか、将来どのようにしてそこから脱却するかを記したのだった。自らの困窮や不幸をクラスメイトにさらけ出し、学校で作文集として公にすることなど今では不可能であることを考えれば、彼の作文が現代にとって貴重な記録となり得ることは疑いない。また前述のとおり、1990年代になってから岩波書店から再版となったのも時代の要請あってこそであると推察される。
     今も昔も変わらず、貧困の多くは再生産され貧困家庭の子供はまた貧困に陥ることが多い。しかし彼のように自らの貧困を認め、どのように脱却するか論理的に考える機会を得れば、貧困のサイクルは変わるかもしれない。あらゆる子どもたちに教育を行き渡らせることは、堅固な理性と考える力によって自らの将来を創ろうとする子どもたちの育成にとって重要であるが、江一くんの場合がそれを私たちに教えてくれている。彼がその後どうなったのかは私にはわからぬことだが、彼の作文から彼の将来の明るさを感じた読者は少なくないはずだ。

  • 母の父親がまさにこの学校の生徒であったということもあって読んでみました。

    決して豊かではないが、そんな環境でも楽しくたくましく生き抜いた子どもたちに自分は贅沢は言ってられない!、今あるものでも充分楽しみ生き抜いていくことはできるのだと感じました。

  • 衝撃的な本との出会い。その最たるものがこの本だ。内容は表紙のとおり。戦後の、貧しくつらい生活が綴られてはいるのだけれど、悲惨な体験ばかりではない。中学生ならではの子どもっぽさが残る描写や言葉づかいにクスッとさせられる。だからこそ訴えるような、考え抜いた末の魂の文章が心に響く。文集を書いた卒業生の答辞も掲載されているのだが、そのなかで「ほんものの勉強をさせてもらった」とある。人間の生命はすばらしく大事なものだということ、「なんでも何故?」と考えろ、ということ、そしていつでももっといい方法はないか探せ、ということ等々。文集の終わりに、筆者である子どもたちの名前とプロフィールが「作者紹介」として載っているところで、感極まってしまった。この子たちが自分たちの生活、家族、村について観察し、考え、語り合い、時にはデータを使って論理的な判断をし、文章の上手い子、そうでない子も含め、必死に書いている姿が浮かびあがってきた。

    自分たちの生活の何かがおかしい、なんでだろう、考えよう、みんなで知恵を出し合おう、嘘やごまかしから目をそらさずに。そんなメッセージが今の時代にもじゅうぶんすぎるほどに伝わってくる。

    こんなすばらしい本が読めてほんとうによかった。ずっと読みつがれなければいけない本。誰もがこの本から何かを感じ取らないといけない本。中高生だけじゃなく、全大人も必読だと思う。

  • おすすめ。
    #貧しさ #考えさせられる #日本を知る #名著

    書評 https://naniwoyomu.com/39140/

  • カバーには「読む者の心を強く打たずにはおかない克明でひたむきな生活記録」とありますが、しみじみ感慨にふける本でないことが、長い「あとがき」ではっきりしました。緑帯でなく青帯の所以かと。
    私が通った学校は、著者の薫陶をうけた教師が多かったように聞いていますが、生徒としても早くに読んでいたら、もっと受け取れるものがあったかどうか。

  •  
    ── 無着 成恭・編《山びこ学校 1951-19950717 岩波文庫》
    http://booklog.jp/users/awalibrary/archives/1/4003319915
     
    ── 豊田 正子《綴方教室 19510101 ハト書房》
    http://booklog.jp/users/awalibrary/archives/1/B000JBFSB6
     
    …… 豊田 正子/山本 嘉次郎・監督《綴り方教室 19380620 東京東宝》
    http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=20031204
     食前食後 ~ 酸っぱいは成功のもと ~
     
    (20220929)
     

  •  以前から気になっていた本です。
     戦後の教育に大きな影響を与えた著作だと評されていますし、当時の生活を知る民俗学的観点からも貴重な資料とも位置づけられているようです。
     読み通してみて驚きました。山形の裕福とは縁遠い山村の中学校。日々暮らしに苦労が絶えないような生活環境の中、ここまで自分たちの考えを見事に自信をもって表現できる生徒たちは本当に素晴らしいです。

  • NDC(8版) 375.1

  • 冷徹で理詰めな文章から純朴で核心を突いた詩迄、よく一中学校の一学年(=一クラス)でここまでバリエーションに富んだ綴方が生み出されたものだと思う。

    掛川市 高久書店にて購入。

  • 教育の目的は想いを言葉として発信させること、その想いを液体から固体にするようなものなのだと感じた、想いが言葉として発信される時、その想いは気体となって人間を包むのだ
    想い→液体→固体→気体→言葉

  • 福音館書店webサイトの安野光雅の本棚で紹介されていたので読んだ。
    終戦から間もない頃の地方農村の暮らしぶりがわかる。義務教育になってるし当たり前のように学校にきちんと通える環境にいたから、ここまで深く学ぶ意義/理由を考えてこなかったなと身につまされた。

  • これはすごい文集だ。無着先生は、この文集を発表した後に、村の恥を世間様に知らせたために追放されたらしい。本当なの?
    映画化もされているみたい。方言まで再現されているのかな?そこまでは無理か。

    文章を書く行為の中には、生活について考え、行動を変える可能性がある。

    この子達は、利益の分配の仕方に問題があるから、農民の生活が苦しいんだと見抜いていた。1951年の中学生が。

  • 日本の農村にこんな貧しい時代があったんだなぁ、ということがよくわかった。

  • 友人の川合さんのお父さんが出ている。
    まだこの先生もご存命だとのこと。

    無着先生からは、現代はどう見えているんだろう。

  •  これは読まなきゃ読まなきゃと思いここまで来てしまいました。

     いやはや、このような文章を書くのにどれほど教員の労力が必要かを考えると、すごいなぁと言わざるを得ないというか。


     「お母さんは、本気で笑ったことがなかったのではないかと思うのです。」


    胸に刺さる言葉です。

  • 良著、名著。
    伝承していかなければいけないと思う。

  • 『君たちはどう生きるか』と同じく中・高生の間に読みたかったし読ませたい本です。戦後の貧しい農村での暮らしを子どもの目線で作文や詩で掲載されている。学校の教育費が払えないだけでなく、一日を生きるために学校を休んで働く生徒たちに無着先生は「いつも力を合わせて行こう」「かげでこそこそしないで行こう」「働くことが一番すきになろう」「なんでも何故?と考えろ」「いつでも、もっといい方法はないか探せ」とこころの教育を指導していく。両親が亡くなって将来に不安を抱えながらも、たくましい作文が書けるのがその成果なのですね。

  • 戦後間もない山形の貧村の学校から生まれた大ベストセラー『山びこ学校』。作文指導と生活指導を一体化させた「生活綴方」の金字塔とも呼ばれる作品集を、今回、教師・無着成恭と教え子たちのその後とともに追いかけた佐野眞一の『遠い「山びこ」』とともに再読してみた。

    冒頭の「雪」、文部大臣賞をとった「母の死とその後」、貧窮生活を見つめた「父は何を心配して死んでいったか」など、印象に残る作品はいくつもある。全体として暗く貧しい、陰鬱なトーンの作品が多いが、その現実をしっかりと見つめ、立ち向かおうとする視線に、おそらく当時の多くの読者が共感したのだろう。これらの作品群を読んだ後で、無着のクラスの生徒が卒業式の日に読んだ「答辞」の次の文面にたどりつくと、今でも何か胸を打たれる思いがする。

    「ああ、いよいよ卒業です。ここまでわかって卒業です。本日からは、これも先生がしょっ中いっている言葉どおり、「自分の脳味噌」を信じ、「自分の脳味噌」で判断しなければならなくなります。さびしいことです。先生たちと別れることはさびしいことです。しかし私たちはやります。今まで教えられて来た一つの方向に向ってなんとかかんとかやっていきます。」

    初読の時には素朴な、「ありのまま」の生活を描いたと読める『山びこ学校』の作品群も、佐野の本とともに読み返してみると、無着の強力な指導があって作られたのだということが実感される。「ありのまま」を見つめるとはどういうことか。それがいかに大変か。無着の細やかで強力な指導がなければ、これらの作品群は生まれなかっただろう。むしろ、年齢に比して大人びすぎている彼ら中学生の視線の背後に、無着自身の視線を感じ取ることが自然に思われるほどだ。そのくらい、(是非はともかく)よく指導の行きとどいた文集である。

    作文指導=生活指導としてしまうことの弊害も含め、無着の実践に不足や欠陥があったのは間違いないところだろう。「これは道徳教育だ」と言われたら、そうなのだろう。「数学は中学一年程度しか教わらなかった」「村の恥さらし」……どれも一面で妥当な批判だろう。しかし、再読してみると、僕には言語技術の指導も含め、無着の強力な指導力が印象に残った。単に戦後の貧しい農村を舞台にしたからとか、そういう舞台背景だけれは語れない、確かな質を持った文集である。

  • 社会教育、戦後教育の原点ともいえる。
    自ら考える。
    理想と現実を理解し、どうすれば「理想」で、なにが「理想」なのか?
    考えるそして変える
    最も大事なことだろう
    生活を綴り、気付く。そして新たな道を考えさせる
    「教科書に頼るのではなく、教科書で学ぶのだ。」
    教育に関する素晴らしい本だ

  • 山びこ学校の子供たちは貧困の中でたくましく生きる。

    現在の日本に忘れらられた生きるという実感を蘇生する。

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著者プロフィール

1927年(昭2)、山形市沢泉寺に生まれる。1948年(昭23)、教職についてから83年(昭58)に退職するまでの35年間、1951年『山びこ学校』(現・角川文庫)、70年『続、山びこ学校』(むぎ書房刊)、82年『詩の授業』(太郎次郎社刊)などの実践を公刊する。それらは戦後民主主義のシンボルとして評価されている。現在福泉寺住職。点数だけで子どもを評価しない会(点廃連)の会長として、ラジオ、電話などによる教育相談、仏教相談に携わるほか、難民救済活動に参加している。第1回斎藤茂吉文化賞受賞(1955年)、第3回正力松太郎賞受賞(1979年)。ほかに著書多数。

「2016年 『無着成恭の詩の授業 オンデマンド版』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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