大学・中庸 (岩波文庫)

制作 : 金谷 治 
  • 岩波書店
3.80
  • (33)
  • (46)
  • (53)
  • (2)
  • (1)
本棚登録 : 551
レビュー : 43
  • Amazon.co.jp ・本 (273ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003322215

作品紹介・あらすじ

天下国家の政治もその根本は一身の修養にあることを説く『大学』。人間の本性とは何かを論じ、「誠」の哲学を説く『中庸』。朱子によって『論語』『孟子』とともに四書の一つとされた儒教の代表的な経典。本書では、朱子以前の古い読み方を探求して、両書の本来の意味を明らかにすることを主眼とした。朱子の『大学章句』等を併収。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
  • 「大学・中庸」金谷治 訳注

    儒教は一般に「修己治人」の教えだといわれる。「己れ自身を修める」道徳説と「人を治める」民衆統治の政治説とを兼ねた教説が、儒教だというわけである。確かに『論語』を読んでも『孟子』を読んでも、儒学思想というものは現実の社会的人間を第一の問題としていて、要するに道徳と政治を中心とする思想である。


    『大学』の内容は、まず「大学の道は」という言葉で始まる。「大学教育の理想的なあり方とはどうあるべきか」というのが、巻頭で提示された問題である。そして、『大学』はその回答を最初の第一章で総括的に示しており、第二章以下はその第一章の項目を受けた解説となっている。そこで、『大学』の要点はその第一章を読むことによってほぼ明らかになるが、それは、己れ一身の修養を基盤として天下国家の統治を目ざすという「修己」と「治人」との組織的な連繋統一であって、それこそが大学教育の目的だというのである。
    <連繋(れんけい)物事と物事、あるいは人と人との間のつながり。また、つながりをつけること。つながっていること。>


    大学で学問の総しあげとして学ぶべきことは、輝かしい徳を身につけてそれを[世界にむけてさらに]輝かせることであり、[そうした実践を通して]民衆が親しみ睦みあうようにすることであり、こうしていつも最高善の境地にふみ止まることである。
    <睦ぶ(むつぶ)仲よくする。>

    ふみ止まるべきところがはっきりわかってこそものごとを正しく考えることができ、正しく考えてこそ[最高善に止まるという]目標も達成できるのだ。

    ものごとには根本と末端があり、また初めと終りとがある。[そのことをわきまえて]何を先にして何を後にすべきかということがわかるなら、それでほぼ正しい道を得たことになるのである。


    ものごと[の善悪]が確かめられてこそ、はじめて知能(道徳的判断)がおしきわめられ[て明確にな]る。知能がおしきわめられて[明晰になって]こそ、はじめて意念が誠実になる。意念が誠実になってこそ、はじめて心が正しくなる。心が正しくなってこそ、はじめて一身がよく修まる。一身はよく修まってこそ、はじめて家が和合する。家が和合してこそ、はじめて国がよく治まる。国がよく治まってこそ、はじめて世界じゅうが平安になる。


    仲尼(孔子)はいわれた、「君子は中庸の徳を守るが、つまらない小人は中庸[の価値あgわからないでそれ]にそむくものである。君子が中庸を守るというのは、いかにも君子らしいりっぱなふるまいでいて、そのうえどんな時でもその場に応じて中でおれるからだが、小人が中庸にそむくというのは、いかにも小人らしいつまらない行動をとって、しかも[慎しみを知らない過激さで]何でもあたりかまわずやってのけるからだ」


    先生はいわれた、「わかりにくいはっきりしないことをむりにさぐり出したり、風変りな奇怪なことを行なったりすると、[人の注意を集めて、]後の世にそれを誉めて受け継ぐものも出るだろう。だが、わたしはそういうことはしない。君子は道を規準として行動するものだ。たとえ[力及ばず]途中で挫折することがあるとしても、わたしには[道を守るのを]やめることはできない。君子は中庸に依りそってゆくのである。世間に背をむけて隠遁し、だれにも知られずに終っても悔いることがないというのは、これはただ特別の聖者だけにだきることだ。[それもわたしの望むことではない。]」


    先生はいわれた、「学習好きなのは知の徳を育てることになり、実践につとめるのは仁の徳を育てることになり、わが身の恥を知るのは勇の徳を育てることになる」と。この[学習を好むと実践につとめるのと恥を知るのとの]三つのことをわきまえたなら、わが身を修めるその修め方もわかるだろう。わが身の修め方がわかれば、人を治めるその治め方もわかるだろう。人の治め方がわかれば、天下や国や家を治める治め方もわかるであろう。


    すべてのものごとは、あらかじめ事前によく考えておくとりっぱに成功するが、事前によく考えもしないで始めると失敗するものである。[たとえば、]何か意見をいうにも、それが前もってしっかり固まっているなら、途中でつまずくようなことはない。何が事業を起こすにも、それが前もってしっかり確定しているなら、途中で苦しむようなことはない。何か行動するときも、前もって計画が定まっているなら、途中でくよくよと迷うことはない。進もうとする道も、前もってよく考えて確定しているなら、ゆきづまって進めなくなるということはない。

  • 大学に入ったら、一応一般教養として目ぐらい通そうかな、と思って買ったのですがいまでもなんとなく手放せない。大きさ、分量がちょうどいいからかもしれません。

  • 儒教の基礎と極意がセットになったお得な本。

    儒教の有名どころは一通り読んでので再読。
    大学は儒教を学ぶ者がすべきことが簡潔に書いてあり、
    中庸には最終的に目指すべき人物像が書いてある。

    大学は分かりやすく、中庸は分かりづらい。
    大学は修己治人の教えが一貫して説かれるが、
    中庸は最初のうちこそタイトルの通りの内容だけど、
    話があっちこっちに飛び、突然孔子と弟子達の問答になり、
    著者による誠に関する説明が始まったりする。

    誠というのはつまり意識しなくても善き行動が取れる事であり、
    それが出来るような人は聖人と呼ばれるようになり、
    意識して善き行動を取れる者は君子であり、
    聖人である誠に至る事が最終目標だということだと思う。

    人間である以上、そんな奴は居ないんだろうけど、
    それを目指して頑張る事が重要なんだろうなあ。

  • 「大学」は三綱領八条目に始まる。三綱領は「明徳」「親民」「至善」、八条目は「格物」「致知」「誠意」「正心」「脩身」「斉家」「治国」「平天下」を指し、所謂「修身斉家治国平天下」の前に「格物「致知」「誠意」という三つの徳目を配する点に特色がある(第一章)。朱子・程子が「大学」を「初学入徳之門」とみなしたのも、この明晰さ故であろう。

    しかし、三綱領八条目を敷衍するはずの第二章では、「格物」「致知」に言及することなくいきなり「誠意」の解説が始まる。朱子はこれを「脱文」とみなして「格物」「致知」についての解説を補うが、そもそも文章の体裁からして「大学」本文が両者について説明する心算が全くないことは明らかだ。

    そして第三章では「正心」から「脩身」へ、第四章では「脩身」から「斉家」への展開を説くが、どうも説明が不明瞭ですっきりしない。例えば第三章は「身有所忿懥則不得其正…」と解説するわけだが、「心が正くなければ身も修まらない」という趣旨に照らして「身」なのか「心」なのか文意に混乱が見られる。

    極めつけは本文を彩る多数の「詩経」からの引用である。いかに「断章引義」(原意に関係なく句についての自由な解釈で引用する)とはいえ、別に本文を理解するために役立つわけでもなく、むしろ「まあそう言えなくもないが」という程度の引用が多いように見受けられる。

    もちろん「大学」を参看するに吝かではないが、文体の簡にして要を得たるはやはり「論語」に如くはない。

  • 定期的に読み返したい。

  • 霊能者ハヌルさんお勧めの本 その1
    http://hanuru.hatenablog.com/entry/2016/12/11/223123

  • 修己治人

  • 一度は読んでおきたいと思っていたが、思っていた以上に内容はしっかりしてた。

  • 中庸のみ読んだ。朱子学を学ぶには、解説書を読むだけでなく、これを読むと朱子学そのものを掴んだような気になれる。訳注者は朱子以前の古い読み方を意識しているとのことだが、それはまた朱子学を相対化して捉え直すことになるのでも朱子学理解の助けになる。訳注者による「『中庸』解説」もわかりやすく勉強になる。

  • 尊徳
    私はあの人ほどの思い入れを持てているだろうか?

全43件中 1 - 10件を表示

大学・中庸 (岩波文庫)のその他の作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
J・モーティマー...
マックス ウェー...
三島 由紀夫
ヘミングウェイ
マルクスアウレー...
ニッコロ マキア...
ウィトゲンシュタ...
有効な右矢印 無効な右矢印

大学・中庸 (岩波文庫)を本棚に登録しているひと

ツイートする