マヌの法典 (岩波文庫 青 260-1)

制作 : 田辺 繁子 
  • 岩波書店
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本棚登録 : 17
レビュー : 4
  • Amazon.co.jp ・本 (382ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003326015

感想・レビュー・書評

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  • 再読。法典といっても創世神話的なものから始まり、どちらかというと道徳の範疇の事柄から冠婚葬祭のマナーまで、かなり幅広い内容。もちろん刑事罰的なものも事細かに記されているし、王はかくあるべしみたいな章まである。

    カースト制による差別という1点を除けば、さほど人の道に外れたことは書いていなかった印象。師や両親を敬って(とくに母は父より千倍敬う)、老人や病人、婦人には道を譲るべし、食べ物は大切に、動物も無闇に殺しちゃダメ、バラモンといえども知ったかぶりや威張り散らしたりしたらダメ、人妻にちょっかいかけたらダメ、女性を強姦したら指二本切断して罰金、などなど、ごくごく常識的。

    女性の意思や人格が無視されがちなのはどこの国も昔はそうだし、唯一引っかかったのは「三十歳の男子は好ましき十二歳の少女と結婚すべし。二十四歳の男子は八歳の少女と結婚すべし」ってやつくらい(苦笑)

    いわゆるバラモン、クシャトリヤ、ヴァイシャ、シュードラの四階級のうち、上位3者のみが「再生族」と呼ばれ、最下級のシュードラのみ奴隷階級として別枠なのですが、「夫は妻に入り、胎児となり、彼女より再びこの世に生る」という一文を見る限り、息子は夫の再生産物と見なされているようで、その考え方なんかちょっと怖い。

    輪廻も再生もしなくていいので個人の人格認めて!とか、アートマンとかブラフマンとか高尚なもの追及するわりに奴隷制度には疑問もたないのどうよ、とか思うところはあるけれど、これで何千年通用してきたのはやっぱそれなりに普遍的な要素も沢山あるからなんだろうな。

  • 折にふれてちょろちょろ読んでます。
    が、通しで全部読むということはしないと思う。
    インド(ヒンドゥー)の規範の大元という感じでしょうか。
    「へぇ」があっておもしろくはあります。

    (全体のほんの一部ですが)これまで読んだ感じではあらゆることが「系」としてとらえられているのかなとは思います。
    まあ法律というのは元来そういうものなのでしょうがボクら現代日本人にとっての法はまず「個人」でありその個人がどう他とつながっていくべきかというようなものなのでしょう。
    でも「マヌの法典」ではまず「系」があり各自はその構成要素のひとつにすぎないという雰囲気でしょうか?
    構成要素それぞれは系の維持のためにどうしたらいいか。
    系の維持のためには個は犠牲になっても問題なし。そんなふうな。

    現代人たるボクにはそれがいいとはとても思えませんがボクらは個というものを重視ししすぎているきらいがあるかもしれません。
    だから生存が難しくなっていく。
    自分のことはすべて自分の問題であり自分で考えけっきょくは自分の責任であるから。
    自分の生存意義を自分でつくりあげなくてはならないから。
    系の維持という基準があると生きやすくはなると思います。
    そして社会全体としては安定しやすいとは思います。
    個人としては理不尽な圧迫が生じるでしょうが。
    しかし個を前面に押し出してしまうと価値観が人の数だけ存在することになり当然安定しにくい。

    「マヌの法典」での最小の系は「家(血)」というような感じでしょうか。
    「まずみんなで家族をたいせつにしようよ」というていどにとどめておけば現在でも使える考え方からもしれませんね。

  •  数千年にわたりインド民衆を支配した法典。相互で矛盾する法律があることから、さまざまな地方の法典の内容を合わせたものと推測されている。古代の法律書と読むよりも、古代の神話、伝説から、風習などを読み解くために読んだほうが有益に思った。

  • 中古で買ったものの、近々復刊するような気がしてなりません。(追記)絶版したわけがすこしわかったような。

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