新編 東洋的な見方 (岩波文庫)

著者 :
制作 : 上田閑照 
  • 岩波書店
3.65
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本棚登録 : 448
レビュー : 29
  • Amazon.co.jp ・本 (349ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003332320

作品紹介・あらすじ

鈴木大拙(1870‐1966)の最晩年-驚くべし、90歳前後-に書かれた思想的エッセイを収録した『東洋的な見方』を中心に、同時期の好文章を加えて再編成。世界にとって失われてはならない東洋の「よきもの」とは何か-文字通り世界に出て西洋を自らの生活世界とした著者が、身をもって探求しつつ生きたそのドキュメント。

感想・レビュー・書評

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  • 他の著作を読み、ここに戻ってこようと思う。

  • 禅文化を主軸とした仏教学者の鈴木大拙が、西洋における物の見方と対比して東洋ではどのように世界を認知するのかを、様々な角度から考察した晩年のエッセイ集。
    強引に一度読み終えてみたが、多分2%くらいしか理解出来ていない。

    端的に言えば、西洋では「主観と客観」「天と人」「自分と世界」と二元化した状態、境界を引き、世界を分けることで「分かろう」とする。対して、東洋では「目の前の世界とお前とは何が違うのか?同じ世界だろう」と、自分を客観視することすら許さず、いわゆる禅問答の先に世界を見る。

    世界を合理化するためには二元化は必須であり、元々その視点を持っていた西洋は資本主義社会において抜きん出た。
    東洋を研究しつつ、西洋にも長く住み西洋人の結婚した大拙は、どちらがよいと言うことなく、その視点の融和が可能であることを自身の中に見い出した。

    クライミング中に眼前の岩壁以外が意識から消えた時、あの世界と溶け合うような感覚。これが限りなく禅の思想に近いのではないか。
    禅の心は円相で描かれるが、これは「全てが世界であり、その流れである」という感覚の表れと解釈する。

    会社では合理的に振る舞うが、週末は山に籠り不合理に過ごす自分を省みても、両者の視点は融和可能に感じる。
    常々、信念を持つが柔軟な人間で在りたいと考えているが、ここにもその融和を見いだせそうだ。

    お盆に金沢旅行した時、鈴木大拙記念館の存在を教えてもらった縁でこうして東洋思想に触れる機会を得たのだけど、自分が山に、世界に何を求めているのかを理解するきっかけを掴んだような気がする。
    まだまだ山に籠って考えて、数年後にでも読み返してみたいと思う。

  • おもしろい。禅とはなにか、東洋思想と西洋思想の違いは。
    エッセーの形をとっており、ときおり垣間見られるユーモアも楽しい。
    著者の伝えたいことを理解できたかといえば、怪しいものだ。西洋というものは明暗、正義と悪、などはっきりとさせるが、東洋思想もしくは禅においては、混沌としたまま受け入れる、という理解でいいのだろうか。
    読んでいて、わかったような気になったが、本当はわかっていないのだとも思う。

  • 大拙氏は言語化が上手い。

  • 本筋とは関係ないが、明治初期に教育を受けた人は教科書も全部英語だったんだな。香港も最近までそうだったらしいが、現在自国語で十分な教育を受けられるのは幸せである。

    大拙はロックフェラー財団から海外に引っ張られたり、エラノス会議に出たり、井筒俊彦がその後を追うような経歴を持っている。
    漱石も『門』で宗助に参禅させてるし、井筒も父親の影響で瞑想座禅をよくしたそうだ。明治大正生まれの教養人は英語や西洋思想と禅的な素養と両方持ち合わせていたのだろうが、どこでアンバランスになったのだろう。
    戦時下には歪んだ東洋思想に傾いたろうし、敗戦直後は伝統的なものは完全に否定された。1950年代後半からは反動で日本的なるものが再度注目されるようになり、高度経済成長期には効率性一辺倒になる。いまはどうだろうか。

  • 西田に比べると大拙は主観的な自分の意見というか私小説っぽい感じが強くてあまり好きにはなれないのかもしれない。禅には興味があるのだが。。。

  • どうも語り口に古老のような印象を持ったが、どうやら筆者が90歳を過ぎての文章を集めた著作とのこと。
    そのためか、筆者自身は熟知している用語が解説なしで繰り出されると、その意味を追うのに困難を伴うところもあった。
    最後の解説は蛇足。あまりに長過ぎる。
    残念ながら、この解説は著作事態の価値を高めるものになっていない。読まなくてよいと思う。

  • 文体は読みやすいのだけど、なかなか頭にすっと入ってこない。再読の必要。

  •  鈴木大拙氏の本がアマゾンのお勧め本に何度もでてくるな、と思っていたら、積ん読の中に大拙氏の本発見。

     鈴木大拙氏は、戦中戦後を生きて、アメリカ人の奥さんをもらい、西洋人にもわかる禅を説いた人のよう。勝手に解釈すれば。

     禅で精神が安定するといいなと思って、高校、大学とお寺に通った経験があるが、挫折。それ以来、初めての禅の本。

     理屈を超越する文章が心地よい。何か、奥がありそうな気がする。その程度しかわからないけど。

    (1)「自由」とは自らに在り、自らに由り、自ら考え、自らで行為し、自らでつくることである。(p285)

    (2)真宗は他力、禅宗は自力というのが、一般の考え方であるが、それは表面上のことで、実際は、自力も他力もないのである。いわば、いずれも自力であり他力である。(p254)

    (3)禅とは、人間の心の底にある、無限の創造性に徹して、これに順応して動作することである。(p199)

     この手の話をどうやって英語で説明したのだろう。でも、大学で10年ぐらい教鞭をとっていたのだから、アメリカ人にもうけたんだろうな。なんとなく、超越した心境がわかる。

  • 12/03/08。

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著者プロフィール

1870年、石川県金沢市に生まれる。本名、貞太郎。1891年に上京後、鎌倉円覚寺の今北洪川、釈宗演に参禅。1996年の蝋八接心で見性。1997年より米国でオープンコート社編集員となり、1909年に帰国。学習院教授、東京帝国大学講師を歴任。1921年大谷大学教授となり、The Eastern Buddhist Societyを設立。禅や浄土系思想を発信する拠点とする。その後、米英の諸大学で禅と日本文化についての講義を続ける。1949年、学士院会員となり、文化勲章を受賞。1966年、没。

「2021年 『真宗とは何か』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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