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Amazon.co.jp ・本 (290ページ) / ISBN・EAN: 9784003342510
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当時の日本を外国人の視点から描いた本作は、明治維新の前夜を舞台に、1862年から1867年の日本の様子を詳細に記録しています。著者の独自の視点から、長崎と横浜の対比や、外国人に対する日本人のさまざまな...
感想・レビュー・書評
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再読。筆者のアーネスト・サトウは幕末~明治期にかけてイギリス公使館の駐日公使だったイギリス人外交官。サトウって妙に日本人的な名前だから親近感沸いちゃうけど日英ハーフというわけではなく生粋の西洋人、サトウはドイツ系?の苗字らしい。文久2年に来日、日本に来てから日本語の勉強を始めたけれど、1~2年で誰よりも達者な通訳に。薩摩が引き起こした生麦事件後の対応や、長州が異国船を攻撃した下関戦争後の交渉等に活躍。結果、薩長の志士らと交流を深め、幕府とそのタイクーン(大君=将軍のこと)には懐疑的に。当時の日本の有り方は他国から見て非常に複雑だったろうに(天皇と将軍、諸藩との関係、各々の本音と建て前)サトウの観察眼と理解力は非常に鋭い。上巻は慶応3年あたりまで。
当時の日本の風習なども詳しく描写されていて貴重。日本人の書き記したものなら当然のこととしてスルーされる部分も、外国人ゆえにしっかり観察、事細かに描写されている。
そして幕末オタク的な楽しみは、やはり歴史上の著名人との交流。下関戦争のときは、英国留学から大急ぎで帰国してきた伊藤俊輔(伊藤博文)志道聞多(井上馨)らと話をし、以降も伊藤、井上とはずっと仲良しに。倒幕側だけでなく、なぜか従者として会津出身の野口富蔵を雇っていたこともあり会津側との交流もあり。以下人物評を抜粋。
【高杉晋作】使者は、艦上に足を踏み入れた時には悪魔(ルシフェル)のように傲然としていたのだが、だんだん態度がやわらぎ、すべての提案を何の反対もなく承認してしまった。(142)
【西郷隆盛】この人物は甚だ感じが鈍そうで、一向に話をしようとはせず、私もいささか持てあました。しかし、黒ダイヤのように光る大きな目玉をしているが、しゃべるときの微笑には何とも言い知れぬ親しみがあった。(226)
【小松帯刀】小松は私の知っている日本人の中で一番魅力のある人物で、家老の家柄だが、そういう階級の人間に似合わず、政治的な才能があり、態度が人にすぐれ、それに友情が厚く、そんな点で人々に傑出していた。顔の色も普通よりきれいだったが、口の大きいのが美貌をそこなっていた。(238)
【梶原平馬(会津藩家老)】彼は色の白い、顔だちの格別立派な青年で、行儀作法も申し分がなかった。(241)
【徳川慶喜】将軍は、私がこれまで見た日本人の中で最も貴族的な容貌をそなえた一人で、色が白く、前額が秀で、くっきりした鼻つきの立派な紳士であった。(254)詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
歴史系の本にチャレンジ、半分ほどで断念
入りとしての本では無かったかも、幕末にもう少し詳しくなったらまたお世話になろう -
幕末日本を語る貴重な資料です。高杉晋作との会談は興味深い。
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リアル。最高。
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とても興味深い内容 いっぱい
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たぶん、自ら記していた日記のようなものを下にして書かれたものだろうと思われるが、その微に入り細を穿ったな記述に驚く。日本人ではなく、外国人から見た当時の日本の姿が新鮮である。
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- 冒険心の富むサトウ、結構日本をエンジョイしてる。
- 長崎と横浜の対比
- 横浜:山師ばかり
- 長崎:西国武士階級と外国人の間での友好的な雰囲気
- 一般的に、庶民は外国人を興味を持ってみるか、驚くか、好意を持つか。
- 武士階級が夷狄感情を持っている
- 開港直後(1859~)外国人の殺傷事件が横浜などで多発
- 外国人・外国人を補佐する人(通訳など)も殺された
- ヨーロッパ人:侵入者・国土を汚される
- サトウ、下関戦争を経て、長州人に好意、幕府に不信感。
- その後、幕府の力の無さから、権威落ちてく
- サトウ、結構酒飲む。 -
上巻は1862年から1867年まで、大政奉還前夜の日本を英通訳官の視点で描いている。明治維新期に活躍する錚々たる志士の面々も登場していて興味深い。
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2019/05/13 読み終わった。
この人は、わざわざ故郷を離れて、アジアのよく分からん国の激動の時に、何年もいたなあと思う。普通に同僚が斬られて亡くなったりしているのに。
同僚が仕事できないとか、愚痴ぽいのも書かれてて親近感。 -
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原書名:A Diplomat in Japan
江戸在勤の通訳生を拝命(一八六一年)
横浜の官民社会(一八六二年)
日本の政情
条約、排外精神、外国人殺害
リチャードソンの殺害、日本語の研究
公用の江戸訪問
賠償金の要求、日本人の鎖港提議、賠償金の支払い(一八六三年)
鹿児島の砲撃
下関、準備行動
下関、海軍の行動
下関、長州との講和締結
バードとボールドウィンの殺害
天皇の条約批准
横浜の大火
鹿児島および宇和島訪問
最初の大坂訪問
大君の外国諸公使引見
陸路、大坂から江戸へ
著者:アーネスト・サトウ(Satow, Ernest Mason, 1843-1929、イングランド・ロンドン、外交官)
訳者:坂田精一(1903-1988) -
著者が日本に惹かれ、死をも恐れない好奇心があったからこそ、幕末から明治への歴史を側面から見ることができた。来日早々生麦事件に遭遇。開港場となる長崎、神戸、新潟などの日本各地に出向き、伏見から東海道で江戸へ下るなど精力的に日本を歩く様子が詳細に語られ興味深い。イギリス公使が譜代大名や将軍に接見しようとしても、病気と称して避ける(しかも仮病と知れている)様は、意思決定力や外様も含めた大名に対する統率力の低下をひしひしと感じた。また、世襲による統治の限界が御一新という時代の転換点を必要としたのかも知れない。
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萩原延壽の「遠い崖-アーネストサトウ日記抄」(全14巻)は好きな本で三回も繰り返し読んでおり、その都度新しい発見がある。この本は幕末期のイギリス外交官アーネストサトウの日記や1921年発行の本書「一外交官の見た明治維新」を繰り返し引用することから成り立っており、「一外交官」は、一度は読まなければとつねづね思っていた。
1861年以降の出来事を1921年に世に出したのが本書である。内容も激動の幕末期で面白いが、何より驚くのは原書が100年以上前に発行された本とは思えない程読みやすいことである。翻訳書であるためかとも思い文庫の奥付をみると、岩波文庫はなんと1960年発行。50年以上前の本であった。良書は時代を選ばぬと痛感した。
しかし、このブクログの表紙は新書版だが実際に手に取ったのは岩波文庫版である。字が小さい! 内容の面白さに文句は無いが、老眼が進んだ小生にはやや苦しい読書だった。
2016年12月読了。 -
「イヤダロナ(1867年)大政奉還」と暗記していた明治維新。昨日まで封建制度の社会で、突然今日から明治の開かれた日本になったわけではなくて、少しずつ少しずつ人の意識がかわり、いろんな事件が起こり、徐々に時代が変化していった。ゴロ暗記だけでは見えてこなかった本当の歴史に触れられた。平成の今も、何気なく「今」を生きているけど、この「今」一瞬一瞬も、未来の大きな変化につながっているのかもしれない。100年後、今の時代がどう評価されているのだろうか。
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タイトルの通り、明治維新のときに日本に来たイギリスの青年外交官、アーネスト・サトウが書いた、当時の日本の回想録。
日本側から書いた明治維新ものだったら、それこそ龍馬、新撰組、陽だまりの樹など数多く名著がありますが、外国人側からみたらなるほどこんな雰囲気だったんだな、ということがわかって面白いです。
日本側の自分からしてみたら、明治維新のとき、黒船で外国人は日本を征服しにきた、みたいなイメージを持ってました。
でもこれ読むと、外国人って商売しにきたんすね。
で、なるべく有利な商売をしようっていう意識であったと。
商売しようとしてる相手を征服者と思い込む、っていうのはなんだか今の日本でもありそうな話だよなあ、と思いました。 -
多少西洋至上主義の匂いもあるけれど、当時としては当然だろうしなかなか面白い。ペケってマレー語だったんだなー。
よく出てくる皮肉な言い回しがたまらん。フランス・アメリカに対してのが半端ない。一番はやっぱりフランスだけど。
他の資料とつき合わせて読むともっと経過が分かりやすいんだろうな。
伊藤と井上にはかなり好意を持ってるのが感じられる。伊藤のが上かな。
アーネストサトウの作品
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