- Amazon.co.jp ・本 (464ページ)
- / ISBN・EAN: 9784003346716
作品紹介・あらすじ
明治大正期を代表する木彫家で、西郷隆盛銅像の製作者として知られる高村光雲(1852‐1934)の自伝的回想録。「お話し自身すでに立派な芸術」といわれるほど座談の名手であった光雲が、田村松魚や息子の高村光太郎を聞き手に、生立ちから彫刻家として名をなすまでを幕末維新の世相風俗を交えて生きいきと語る。
感想・レビュー・書評
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再読。高村光雲は上野の西郷さんの銅像を作った彫刻家で、詩人・高村光太郎の父。嘉永5年(1852年)生まれ、嘉永5年というと浦賀にペリーがやってくる前年。つまり少年時代は幕末の動乱期だったわけだけれど、江戸の下町で師匠に弟子入りし彫刻の修行にひたすら打ち込んでいた彼には尊皇攘夷も倒幕もどこふく風。当時の江戸の職人さんというのはこんな感じだったのかとしみじみ。
ゆえに、いわゆる幕末の志士や明治の政治家の自伝と違い、どちらかというと江戸っ子の回想録みたいな趣き。これはこれで好き。慶応元年に浅草であった火事、その前の浅草の様子など貴重な証言。その数年後には明治維新のすったもんだで上野で彰義隊の戦争、こちらも町民側からの認識はこの程度だったのかと不思議な気持ちすらする。パチパチと豆のはぜるような音がするから何かと思ったら鉄砲だったとか。
歴史の教科書以外でほぼ知る機会のない「廃仏毀釈」も、江戸時代の彫刻家=ほぼ仏師の立場から、名人の彫った素晴らしい仏像が燃やされるところを何とか救おうと奔走したり、現実的な問題として迫ってくる。小説や大河ドラマで描かれるような英雄たちの幕末維新史とはまた違った面が知れて新鮮。
大隈重信の二度目の奥さん(綾子)について、たまたまその実家が師匠のお得意先だったこともあり詳しく語られているのも興味深い。元は旗本の未亡人だった彼女のお母さんが当初は大隈を「田舎侍」程度にしか思っておらず、なんだかよくわからないうちに娘をかっさらわれた、と愚痴っていたりして、のちのち内閣総理大臣にまでなり歴史に名前を残す偉人もそんな感じだったのかとちょっと笑ってしまう。
全体的に、聞き書きということもあり非常に平易な話し言葉で読み易く、けして尊大な芸術家ではなくあくまで生真面目で謙虚な職人気質、人情家で爽やかな江戸っ子気質の光雲の人柄はとても好ましい。
似てないと評判だった(…)上野の西郷さんの銅像については語られていないけれど、銅像完成後に薩摩藩関係者の晩餐会に招かれ、そこで西郷従道や大山巌らの会話から上野の戦争当時の話題が出ていたことなどは記されている。
有名な矮鶏(チャボ)の木像について、モデルとなるチャボ探しに苦心したり、動物を彫るときは必ず実際にそれを飼ったり借りたりして詳細に観察してからでないと造らなかった拘り派であることは本書からわかるので、生きてる頃の西郷さん本人に会っていればきっとそっくりに造られたのではないかと思います。あの銅像ほぼ大山巌だもんなあ(笑)詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
実際に読んだのは、昭和4年の「光雲懐古談」
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岩波文庫
高村光雲 幕末維新懐古談
自伝的エッセイ
師匠とのエピソードは 心温まる。師弟関係のイメージが変わった。光雲の徴兵を避けるために師匠が奔走したり、光雲の作品に対する雑音を遮断したり、師匠が弟子の修行の場を守っている感じ
象牙彫全盛の時代に木彫に固執した話は プロ意識を感じる「師匠から小刀を譲られて、今さら生計のために家業の木彫りを捨てられない」
彫刻家 石川光明 や彫工会のエピソードは、芸術家の孤独というイメージを変える。共生や多様性を感じる
楠木正成像、狆、矮鶏、老猿などの作品のエピソードは 図書館で借りた作品集を見ながら 読んだ。受託して製作するスタイル。写生するように木彫する様子は 3Dプリンターのよう
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田中修二さんの『近代日本彫刻史』で知ってすぐに読んだ。高村光雲が彫刻家になってからの回顧談だが、江戸期の仏師や石工のあり方が知れてとても有難い。
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日本が江戸時代から明治時代に転換する時代に生きた、高村光雲という彫刻家の回顧録です。この時代って本当に日本が大きく動いた時代で、すごく劇的な事件とか、映画や小説になったようなシーンが数多くあったと思うのですが、光雲さんが語るのは「世の中が何か動いているなあ」と思いながら、そこそこに平凡な激動を生きた市井の物語です。この時代、スポットをあてるならあてるべき事件がたくさんある。そんな中、ここに当てたかー!という感じの本です。
東京の、行ったこともある知っている地名がたくさん出てくるけれど、描写されている町の風景はちっとも知っているものと一致せず、想像もつかない。たかだか100年ちょっとで、東京はこんなに変わったのだなあと、驚きます。でも上野に美術館がある理由が少し分かった気がして、時代のつながりも感じました。
『ところが、その博覧会というものが、まだ一般その頃の社会に何んのことかサッパリ様子が分からない。実にそれはおかしいほど分からんのである。今日ではまたおかしい位に知れ渡っているのであるが、当時はさらに何んのことか意味が分からん』というくだりで笑ってしまったのですが、読んでいる私もまた、光雲さんが当然のように出してくる「かっぽれの小屋」だの「毛抜き屋」だのが何のことだか分からないのです。100年後には私が当たり前に使っている言葉も、分からなくなるのだろうなあ、と思いました。カセットテープとか、ポケベルとかね。
私はアートのことはよく分かりませんが、光雲さんの彫ったものは直接この目で見てみたいと思いました。大勢の著名な芸術家も登場したので、今後日本の美術を鑑賞する機会があれば、また違った視点で楽しめる気がします。 -
高村光太郎の父で彫刻家、高村光雲が、若かりし日の幕末を回顧する。
当時の美術界のことから、縁日の商売のことまで幅広いです。 -
「大仏をこしらえたはなし」が非常に面白かったので,通して読みたくなったもの.光雲の少年時代,幕末の浅草辺りの思い出話が楽しい.明治時代になると,文化行政面で彫刻分野があまりにも手薄なことに焦った政府が光雲を召し出して美術学校の教授に据えようとするあたり,逡巡する光雲を説得に当たるのが岡倉 天心で,天心考案のおかしな制服を着させられようとしたりして閉口するなど,どことなくインチキ策士っぽい天心の説得工作の様子も興味深かった.