日本滞在日記 1804-1805 (岩波文庫 青479-1)

  • 岩波書店 (2000年8月17日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (448ページ) / ISBN・EAN: 9784003347911

みんなの感想まとめ

日本の鎖国末期を背景に、異文化交流の視点から描かれた物語が魅力的です。江戸時代のロシア人の目を通して、日本の風景や人々の姿が生き生きと描写されており、翻訳の質も高く評価されています。特に、役人たちの対...

感想・レビュー・書評

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  • 漂流記関連の副読本として、興味深く読めました。翻訳がいいのか江戸時代の雰囲気が当時のロシア人の目を通していきいきと伝わってきます。もちろん役人もろもろの対応もおもしろいです。日本人って当時からはっきりしないというかこういう所が日本人を形成しているというか。

  • http://www.amazon.co.jp/gp/pdp/profile/AMLMD0ABGK8WK/ref=cm_cr_pr_pdpこはさんのレビューで見つける。(2011.6.25)

  • 150110 中央図書館
    鎖国末期、国境の現場で調整に苦闘する人々の姿が見える。レザーノフは、帰途、シベリアで亡くなったと。

  • 日本滞在日記,レザーノフ著,大島幹雄訳,2000.8.17.第1刷,青479-1

     1804年、ロシアから日本に通商を求めてやってきたレザーノフの滞在日記、とまことにタイトル通りの本である。
     あの「おろしや国酔夢譚」の数年後のことであり、幕末、あるいは開国寸前のできごとのように錯覚してしまったけれど、実際には遠山の金さんの父親の時代のことなのだ。江戸時代というのは、長く変わらない時代であったように見えて、いつもうねり続けている時間であったのを感じてしまう。
     レザーノフの交渉は、当然ながら頓挫し、彼は幕府と直接交渉することすらできぬまま、半年におよぶ幽閉同然の生活の末、失意のうちにロシアに帰国することになる。彼の手記には、通訳として関わった役人たちが、様々な官僚的手法で要求をはねのけつつ、江戸幕府の閉鎖性に自らも不満と憤りを抱いていることを明かしたり、こっそりと彼に便宜を計ったりしたと綴られている。中でも通訳のひとりは、レザーノフに、オランダ人と偽って出島にロシア人を送り込んで、徐々に内部から開国を迫っていくための腹案を伝えていた。様々な理由からこれは結局実現しなかったのだけれど、もし実現していたらどうなっていたのだろう、と楽しいifを想像することもできるだろう。

     レザーノフと役人たちの交渉の流れに、いかにも日本的・官僚的な嫌味を感じ取ることも可能である。しかし、手記を信じる限りでは、レザーノフのやり方ではそもそも交渉が成功するのはあり得なかったろうと思う。彼はロシア皇帝の権威と信牌を根拠に、当然のことのように交易を求める。その態度は当時のヨーロッパ外交としては常識だったのかも知れないけれど、日本という特殊な背景の国家が抱えている内部事情や難しい立場に対する理解や知識が、驚くほどない。謀略的な側面のものさえ。外交というのはあまりにもあっけらかんな態度だ。
     むしろこれを読んでいると、彼の対応に追われた役人たちの苦労を感じてしまう。昔から、日本というのはこういう、中間管理職の部分の人間に色々な苦労が集中し、逆に能力も集中してしまうのかなぁ、などと勝手な感想を抱いてしまった。

  • 吉村昭『間宮林蔵』(講談社文庫)の冒頭で、林蔵はロシア軍艦による択捉島襲撃事件に巻き込まれる。この事件を含め1806年9月から1807年6月にかけて樺太、択捉島など北方各地でロシア軍艦による襲撃事件が頻発するが、これら一連の事件は実はロシア全権大使たるレザーノフの命令に基づくものであった。

    レザーノフは、通商を求めるロシア皇帝の国書を携えて1804年9月に長崎に来航。12月になってようやく上陸を許されたが、竹矢来に囲まれた屋敷で事実上の軟禁状態に置かれた。その後も幕府ののらりくらりとした対応に翻弄され、挙句の果てに翌年3月には通商拒否を通告されて長崎を追い出されている。

    こんな仕打ちを受ければレザーノフならずとも何らかの腹いせをしたくなるもの。実際に日本側は襲撃事件をレザーノフによる報復行為と受け取って北辺の警備を強化、襲撃事件を知ったロシア側も狼狽して日本からの報復行為を恐れ、日露間は一触即発の緊張状態に陥った。

    しかし本書を読むと、彼の冷静で忍耐強い性格がよくわかる。彼は、決して幕府の非礼を怒り激情に駆られて樺太・択捉襲撃を命じたわけではない。長崎を離れて北太平洋ロシア領(アラスカ)を視察した彼は、そこで深刻な食糧不足に苦しむロシア人たちを目の当たりにする。これが対日通商の必要性を改めて痛感させたらしい。

    かくして1806年8月、レザーノフは樺太・択捉襲撃命令を発する。襲撃の目的は、ロシアとの貿易を望む日本民衆の不満をバネとし、日本政府にショックを与えて日露貿易を実現することだとされた。彼は翌月にはその命令書を撤回したが、彼の部下たちはこれを無視して各地で襲撃事件を起こす。レザーノフはその事実を知ることなく、1807年3月にシベリアで病没している。

    ところで、なぜ彼は日本民衆が対露貿易を望んでいると判断したのか。驚くべきことだが、彼は半年間の軟禁生活の間に日本語を話せるようになっていた。そして通訳だけでなく警固兵や下級役人たちとの交流を通じて、彼らがロシア人に好意を抱き幕府の政策に不満を抱いていると感得したのだ。

    本書には、通詞本木庄左衛門の次のような言葉が記録されている。

    「あなたが、自由を束縛されているのは、一時的なことだけですが、私たちは永遠にそれに堪えていかなくてはならないのです。私たちの父や祖父たちは、米を食べるだけを楽しみに生活を送っていたのです。そして私たちや私たちの子どもたちも同じようにこんな生活を送っていかねばならないのです」

  • ロシア人の人柄の良さや社交性、美徳が分かる。ただ最後は目的を果たせず帰るので寂しい感じ。

  •  
    http://booklog.jp/users/awalibrary/archives/4003347919
    ── レザーノフ/大島 幹雄・訳《日本滞在日記 1804-1805 20000817 岩波文庫》
     

  • 当時の日本よりもはるかに進んだ文明を獲得していたロシア人との関係が、数週間前に読み直した『失われた宇宙の旅2001』に登場した異星人と人間の関係に似たものに感じた。

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著者プロフィール

大島幹雄:1953年宮城県生まれ。早稲田大学第一文学部露文科卒業。ノンフィクション作家、サーカス学会会長。石巻若宮丸漂流民の会事務局長、早稲田大学非常勤講師も務める。著書に『海を渡ったサーカス芸人──コスモポリタン沢田豊の生涯』(平凡社)、『虚業成れり── 「呼び屋」神彰の生涯』(岩波書店)、『満洲浪漫──長谷川濬が見た夢』(藤原書店)、『〈サーカス学〉誕生──曲芸・クラウン・動物芸の文化誌』(せりか書房)、『明治のサーカス芸人はなぜロシアに消えたのか』(祥伝社)などがある。


「2021年 『日本の道化師 ピエロとクラウンの文化史』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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