迷宮としての世界 上 マニエリスム美術 (岩波文庫 青575-1)

  • 岩波書店 (2010年12月16日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (512ページ) / ISBN・EAN: 9784003357514

みんなの感想まとめ

深いテーマと豊かな知識をもとに、著者は芸術と文学の相互関係を探求しています。特に、後期ルネッサンスからバロックにかけてのマニエリスムを通じて、没落や時間、迷宮といった概念がどのように表現されているのか...

感想・レビュー・書評

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  • <学魔 高山宏のバイブル、文庫で登場>
    英文学者の「学魔」こと高山宏が大学生時代、大学闘争の最中、分厚い単行本の本書をバラバラに千切ってポケットの中に突っ込んで、バリケードの中で貪り読んだという記述を読んだ。
    「格好いい良いな、いつか<迷宮としての世界>を読んでみたいな」と思っていた。
    そんな本書がひょっこり岩波文庫の二巻本として登場した。

    ホッケによる大著の訳者は、種村季弘と矢川澄子(澁澤龍彦夫人)という強力布陣。
    何という贅沢。
    更に、1966年翻訳の初版本の惹句を書いたのは三島由紀夫ときている。
    そして、当然、この文庫版の解説を書いているのは、風貌が澁澤龍彦そっくりの「学魔」こと高山宏だ。
    1960-70年代の知的興奮の嵐が21世紀に吹いてくる(か?)

    この本を味わうためには、いくつかの能力と条件と志向が必要だ。
    ひとつ、忍耐力。
    ひとつ、暇。
    ひとつ、晦渋な文体への惑溺。
    ひとつ、奇想への耽溺。
    つまり、よほどマニアックで暇な大人(老人)ではなければ読み通すことができない、ということだ。
    読み通すことが困難と言われる、ストーリーが波乱に富んだ「カラマーゾフの兄弟」、文章が超論理的な「モビー•ディック 白鯨」、探偵が犯罪を誘発する「黒死館殺人事件」等とは、全く異質の読書の困難さを持つ。
    しかし、これは廣松渉の文語=翻訳語調にハマるのと同じこと。
    一度ハマると、その迷宮のもたらす快楽に<晴れ掘れ(ハレホレ)>と、落ち込んでいくのだ。
    「学魔」が、バリケードの中で耽読したというのもうなづける。
    澁澤龍彦がどれだけ本書の影響を受けていたか、本書を読んで初めて分かり、ふむふむとうなずくこと頻り。

    しかし、これだけ知らない名前のオンパレードの本を読むこともそうない。
    大体、ルネサンスから近代の間の新プラトン主義なんて、歴史の教科書でも教えないし、ミケランジェロ、ラファエルの後はマニエリスムスという「沈滞の時代」(これに異を唱えのが若桑みどりだが)で、美術史でもスキップするのが通常だ。
    そのマニエリスムの復権を目指す書物であるからにして、知らない名前のオンパレードとなることはやむを得ないのだ。

    それを我慢しながら(それもどこで終わるのか分からない蓮實重彦調文体。。。そうか!蓮實はマニエリスムだったのか!)、読んでいくと、知らない画家による変な絵が、いかにダリにピカソに大きな影響を与えていたのかが、実感されて、実に震撼させられるという寸法。
    マニエリスムは、一時代の流行なのではなく、古代から現代にまで連綿と続く時代精神だったのでR、という結論。

    この本を読破するためには、辻邦生「春の戴冠」(1996年)で新プラトン主義を、若桑みどり「マニエリスムス芸術論」(1980年)でマニエリスムの概要を掴んでおくのがオススメ。
    マニアックで暇な大人はどうぞ。

  •  著者によると、狭義には後期ルネッサンスとバロックの間に位置する芸術を指すマニエリスム概念は、古代から今日までのヨーロッパのあらゆる芸術・文学のうち古典様式と相互関係にあるものへと拡充できる。古今の作品を行きつ戻りつしながら、没落・死・時間・眼・機械・楕円・迷宮といったテーマを例に論証されていく。通勤電車内で読み進めようとしたらそれこそ迷宮に迷い込みそうになったので、自宅でじっくり取り組める時間にメモをとりながら読み直していくと、著者の語ってくれる美術史がおぼろげながらみえてきた。

  • 美術

  • 文庫化されたのか! すげえ! でも、図版をじっくり見るなら単行本をお勧めします(高いけど)。

  • 熟読している若桑みどり著[マニエリスム美術論]が、土台にある私には、[マニエリスム]を時代の様式として捉えるのではなく、表現の様式として、近代美術の思考表現と結びつける事に、かなりの衝撃をうけた。

  • 文字どおり「膨大な例証による詳説」―読み通すには大変な労力を要するが、熟読する価値はある。

    「蛇状曲線的-痙攣的」

    対比-コントラスト-と逆説-パラドックス-の「蛇状曲線様式」による幻視者的な「高速度撮影-像」は、ヨーロッパ精神史の中でいくつかの頂点を閲している。こうした「爆発的に凝固した」頂点の一つがティントレットの傑作、ヴェネツィアのスクオーラ・ディ・サン・ロッコの「キリスト昇天」である。天使の翼の「爆発」に目をとめるがいい。これは全ヨーロッパ芸術の中にみずからの姿に似たものを探し求める一種の「異常-静力学(パラ・スタティック)」である。つぎにやや奥まった画面の中心点を見よう。すなわち「イデア」の世界からきたエーテル様の、テレプラズマ風なものの像-かたち-、さらにまた画面下方に重心をおく古典的構図が右手でなく左手へとずらされている点に注目しよう。すぐれて反古典的なのは天使の足である。それはまるで天使らしい点がないという怪物性を物語るように、エーテル様の中央のものの像をおそろしく非審美的な仕方で脅かしている-左画面の縁の上半-。何という対比、何という独創的な逆説! 対比と逆説はティントレットにおいて、-グレコにおけるとともに-当時のマニエリスムの頂点に達した。
    -「キリスト昇天」ティントレット(1518-1594)-

    フランスとイタリアのマニエリスムを識っていたグレコは、瑕瑾のない創造的な純粋性のうちに、このヨーロッパ的様式を適用し、ゴンゴラとともに、「形式と内容」のある醇乎たる、幻視者的な一致に到達したのであった。その蛇状曲線様式の傑作「ヨハネ幻視」は、グレコの先行者たちにとってのラオコオン群像のように、後の時代にとってひとつの「原像」となった。その今日の例としては、ピカソの「アヴィニヨンの娘たち」やマックス・エルンストの「動かない父親の幻視」などが挙げられる。
    而して、ドヴォルシャックとともに、こう断言して差し支えないだろう―「芸術的幻想はマニエリスムにおいてこそ、先行する幾世紀の間に創られたもの一切をささやかな序曲と想わせる飛翔にまで高められる」と。
    -「ヨハネ幻視」エル・グレコ(1541-1614) -

    鏡の魔術  -2011.07.09記

    「壁の間に影は重く沈む/そしてわたしはわたしの鏡のうちへと降りる/死者がその開かれた墓へと降り行くように」
    -ポ-ル.エリュア-ル
    「鏡の中に/わたしは見る/夢を鏡の中の夢を夢見る/やさしい男を」-E.E.カミングズ
    表現主義.超現実主義芸術にあっては、反映するものと反映されるもの、映像と歪曲-鏡映の例は枚挙にいとまがない。
    鏡の隠喩-メタフオ――は古代以来、文学にはしばしば見受けられる。とりわけヘレニズムと中世期に愛好された。
    盛期ルネツサンス以後、「マニエリスム」において、この隠喩は、不安、死、時間のモテイ-フと同様に、殆ど一つの幻覚とまでなる。
    レオナルドはロ-マ滞在中、八角形の鏡の間を構築しようとした。視覚の迷宮である。
    パルミジャニ-ノ-Parmigianino-ことフランチェスコ.マッツォ-ラというパルマ生まれの男が、
    1523年、凸面鏡を前にして、一幅の奇怪な自画像を描いた。
    時あたかも、マニエリスムの名をかちえた、新しい、一世を風靡する様式、その初頭にあたっていた。
    以来150年間、この先端芸術は、ロ-マからアムステルダムにいたるまで、マドリ-ドからブラハにいたるまで、時代の精神的社会的生活を決定することになったのである。
    ――Photo/フランチェスコ.マッツォ-ラ「凸面鏡の自画像」

    仮面美を思わせる少年の貌は、なめらかで測り難く、謎めいている。
    表面の分解を通じて、それはほとんど抽象的な印象をさえ喚起する。凸面鏡による遠近法の歪曲の中で、画面の前景を、一個の巨人症的な、解剖学的にはもとより不可解な手が占めている。
    部屋は眩暈を起こさせるような痙攣的な動きの中に展開する。窓はそのごく一部分だけが、わずかに、やはり歪んだ形で見えていて、それが弧状の長辺三角形を形づくっており、光と影がそこに異様な徴を、驚異を喚び起こす象形文様-ヒェログリフ-を生みなしているように見える。
    このメダル状の形をした画面は、機略縦横の才智を生む定式の解説図の用をなしている。
    それは、当時の概念を援用していうなら、才気煥発の綺想体-Concetto-即ち視覚的形態における、鋭敏な先端絵画である。
    「マニエリスムはヨ-ロッパ文学のひとつの常数」また「あらゆる時期の古典主義への相補現象である」  -E.R.クルティウス

    <五つのマニエリスム的時代>
    ◇アレクサンドレイア期  -BC350-BC150頃
    ◇ロ-マの白銀ラテン時代 -AD14-138頃
    ◇中世初期、とりわけ中世末期 -1520-1650に及ぶ「意識的な」マニエリスム時代
    ◇ロマン派運動期  -1800-1830
    ◇そして現代直近の 1880-1950の時代
    これらの時代、そのマニエリスム形式は、いずれもはじめは「擬古典主義」に捕らわれているが、やがてその表現衝動を強化していく。それは「表現的」になり、ついには「歪曲的」「超現実的」「抽象的」になっていく。

  •  自分のための読書メモ。
     高山宏が多くの所で、この本を紹介し、大体の流れを頭に入れてから読み始める。ぼくの理解はこんな感じ。
     ただ奇を衒っただけで手法にはしって、何でもやりすぎちゃった感じのあるマニエリスム。これを生み出したものは何か?それを作り出したのは、16世紀の危機的な社会状況。絵画とか芸術に込められているのは、芸術家の世界の見方、切り取り方。だから、まじめにというか、融通がきかなくて、まぁどうにでもなるかとか考えられない人は、ある意味発狂し、そのバラバラになった世界を一つにまとめようとするビジョンを探し、表現しようとする。
     第1章がとてもおもしろい。ここを読んでいると、頭の中で、後期ルネサンス、イギリスのダン、ロマン派が一連の流れの中で、つながりそうな感じがする。
     同僚に、マニエリスムってなんですか?と聞いてみた。曰く、『知的末法思想』。納得。

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著者プロフィール

(Gustav René Hocke)
1908年ブリュッセルでドイツ系の父とフランス系の母のもとに生れる。ベルリン大学在籍中にE. R. クルツィウスの著作に触発されてボン大学に移る。長期のパリ留学を経て1934年に師の審査のもとで哲学博士の学位を得る。同年ケルン新聞に入社。最初のイタリア旅行後イタリアと大ギリシア文化の研究に没頭する。1940年ケルン新聞ローマ特派員。戦争による中断後1949年戦後初のドイツ通信員としてローマを再訪し精力的なジャーナリズム活動を続ける傍ら包括的なマニエリスム研究に従事。その後は今日の世界における人間の地位に関して、文学と芸術の間の関係を主な研究テーマとした。1985年7月14日死去。1950年来ドイツ言語文学アカデミー会員、1969年イタリア共和国地中海アカデミーの、1970年ローマのテーヴェレ・アカデミーの会員。1978年ウィーン芸術大学から教授の称号を贈られ、またヴィエンナーレ国際美術批評賞を受賞したほか各国政府から数々の顕彰を受けている。主な著書は、著者のライフワークであり本書をも含めてマニエリスム研究の三部作をなす、『迷宮としての世界』(1957)、『文学におけるマニエリスム』(1959)が知られている。

「2014年 『ヨーロッパの日記 〈新装版〉』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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