迷宮としての世界(上)――マニエリスム美術 (岩波文庫)

制作 : 種村 季弘  矢川 澄子 
  • 岩波書店
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本棚登録 : 133
レビュー : 7
  • Amazon.co.jp ・本 (512ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003357514

作品紹介・あらすじ

ルネッサンスは自然の理想化的表現に至ったが、ミケランジェロにはすでに調和的な古典主義と異なる表現が現われていた。主観にもとづく精神の創造力に価値をおくマニエリスムは世界を迷宮としても表現し、二十世紀復権する。膨大な例証による詳説。

感想・レビュー・書評

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  • 文庫化されたのか! すげえ! でも、図版をじっくり見るなら単行本をお勧めします(高いけど)。

  • 熟読している若桑みどり著[マニエリスム美術論]が、土台にある私には、[マニエリスム]を時代の様式として捉えるのではなく、表現の様式として、近代美術の思考表現と結びつける事に、かなりの衝撃をうけた。

  • 岩波文庫:青 080/I
    資料ID 2010200645

  • 文字どおり「膨大な例証による詳説」―読み通すには大変な労力を要するが、熟読する価値はある。

    「蛇状曲線的-痙攣的」

    対比-コントラスト-と逆説-パラドックス-の「蛇状曲線様式」による幻視者的な「高速度撮影-像」は、ヨーロッパ精神史の中でいくつかの頂点を閲している。こうした「爆発的に凝固した」頂点の一つがティントレットの傑作、ヴェネツィアのスクオーラ・ディ・サン・ロッコの「キリスト昇天」である。天使の翼の「爆発」に目をとめるがいい。これは全ヨーロッパ芸術の中にみずからの姿に似たものを探し求める一種の「異常-静力学(パラ・スタティック)」である。つぎにやや奥まった画面の中心点を見よう。すなわち「イデア」の世界からきたエーテル様の、テレプラズマ風なものの像-かたち-、さらにまた画面下方に重心をおく古典的構図が右手でなく左手へとずらされている点に注目しよう。すぐれて反古典的なのは天使の足である。それはまるで天使らしい点がないという怪物性を物語るように、エーテル様の中央のものの像をおそろしく非審美的な仕方で脅かしている-左画面の縁の上半-。何という対比、何という独創的な逆説! 対比と逆説はティントレットにおいて、-グレコにおけるとともに-当時のマニエリスムの頂点に達した。
    -「キリスト昇天」ティントレット(1518-1594)-

    フランスとイタリアのマニエリスムを識っていたグレコは、瑕瑾のない創造的な純粋性のうちに、このヨーロッパ的様式を適用し、ゴンゴラとともに、「形式と内容」のある醇乎たる、幻視者的な一致に到達したのであった。その蛇状曲線様式の傑作「ヨハネ幻視」は、グレコの先行者たちにとってのラオコオン群像のように、後の時代にとってひとつの「原像」となった。その今日の例としては、ピカソの「アヴィニヨンの娘たち」やマックス・エルンストの「動かない父親の幻視」などが挙げられる。
    而して、ドヴォルシャックとともに、こう断言して差し支えないだろう―「芸術的幻想はマニエリスムにおいてこそ、先行する幾世紀の間に創られたもの一切をささやかな序曲と想わせる飛翔にまで高められる」と。
    -「ヨハネ幻視」エル・グレコ(1541-1614) -

  •  自分のための読書メモ。
     高山宏が多くの所で、この本を紹介し、大体の流れを頭に入れてから読み始める。ぼくの理解はこんな感じ。
     ただ奇を衒っただけで手法にはしって、何でもやりすぎちゃった感じのあるマニエリスム。これを生み出したものは何か?それを作り出したのは、16世紀の危機的な社会状況。絵画とか芸術に込められているのは、芸術家の世界の見方、切り取り方。だから、まじめにというか、融通がきかなくて、まぁどうにでもなるかとか考えられない人は、ある意味発狂し、そのバラバラになった世界を一つにまとめようとするビジョンを探し、表現しようとする。
     第1章がとてもおもしろい。ここを読んでいると、頭の中で、後期ルネサンス、イギリスのダン、ロマン派が一連の流れの中で、つながりそうな感じがする。
     同僚に、マニエリスムってなんですか?と聞いてみた。曰く、『知的末法思想』。納得。

  • 欲しい本。
    買おうと思って買いそこねてたのが文庫になったもよう。

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著者プロフィール

(Gustav René Hocke)
1908年ブリュッセルでドイツ系の父とフランス系の母のもとに生れる。ベルリン大学在籍中にE. R. クルツィウスの著作に触発されてボン大学に移る。長期のパリ留学を経て1934年に師の審査のもとで哲学博士の学位を得る。同年ケルン新聞に入社。最初のイタリア旅行後イタリアと大ギリシア文化の研究に没頭する。1940年ケルン新聞ローマ特派員。戦争による中断後1949年戦後初のドイツ通信員としてローマを再訪し精力的なジャーナリズム活動を続ける傍ら包括的なマニエリスム研究に従事。その後は今日の世界における人間の地位に関して、文学と芸術の間の関係を主な研究テーマとした。1985年7月14日死去。1950年来ドイツ言語文学アカデミー会員、1969年イタリア共和国地中海アカデミーの、1970年ローマのテーヴェレ・アカデミーの会員。1978年ウィーン芸術大学から教授の称号を贈られ、またヴィエンナーレ国際美術批評賞を受賞したほか各国政府から数々の顕彰を受けている。主な著書は、著者のライフワークであり本書をも含めてマニエリスム研究の三部作をなす、『迷宮としての世界』(1957)、『文学におけるマニエリスム』(1959)が知られている。

「2014年 『ヨーロッパの日記 〈新装版〉』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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