パイドン―魂の不死について (岩波文庫)

著者 :
制作 : Plato  岩田 靖夫 
  • 岩波書店
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レビュー : 46
  • Amazon.co.jp ・本 (221ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003360224

感想・レビュー・書評

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  • ソクラテスがその死の直前に語ったとして展開される魂の不死・不滅についての議論。
    彼の最期の場面に相応しく劇的な雰囲気で述べられるこの議論は、緊張感もあり議論も割とわかりやすいので、『プラトン』の中では読みやすい方なのではないだろうか。

    ソクラテスがいよいよ毒をあおり刑死するその当日、皆が最後の別れにと参集する。数えてみると何とその数20人ばかり!。牢獄の中はさぞや熱気でむんむんしていたことだろう。(笑)
    遺言を訊かれたソクラテスはそこで問題発言をする。同じ哲学者(?)であるエウエノスにも早く自分の後を追うようにと伝えよと。ここに、仰天し見事に喰いついてきたシミアス&ケベスとソクラテスとの対話が始まる。(今回も書名と対話相手とは不一致なのね・・・!?)
    ソクラテスは述べる。死とは神的な魂と快楽を追求してきた肉体との分離であり、肉体は消滅するが、魂は純粋なものとして死者の国ハデスへと赴き、そして、再び別の肉体へ転生する、肉体と魂が一体の時は五感を通じてしか把握できなかったことも、魂だけになったならば純粋な思惟が可能となり、本当の真理と知恵を獲得することができる、真理を知りたいのなら魂だけになるこれこそが哲学者が本当に求める道であるだろう、と。
    納得しないケベスは肉体と魂の分離はそうであったとしても、魂も一緒に消えてしまう可能性はないのかと反問する。ここでソクラテスは人間は学問をして新たに知識を得るのではなく、魂だけの時期に既にイデア(物事の真の姿)を見ているのであり、人間の時期の学習は単にそれを想起しているだけであり、そうであるがため魂は消滅していないと論証するのである。
    ここで語られているのは想起説により導かれた有名なイデア論である。「徳」とは何かなどの問いに対し、真理へ辿りつけないのはイデアを忘れているからであり、肉体を通じて見ているものはイデアと似ているものに過ぎないという論であるが、解説によれば、『プラトン』の中で初めて明確に記されたのがこの『パイドン』とのことである。
    そして、さらにシミアスとケベスは余命いくばくもないソクラテスを追及する。(笑)魂と肉体は調和して存在しているとしたら、やはり、肉体と分離された後、魂も消滅するのではないか?あるいは何度か輪廻転生している間に魂も衰弱して滅んでしまうことがあるのではないか?と。
    ここでソクラテスはお家芸の詭弁気味な議論(笑)にて相手を黙らせてしまうのである。いわく、想起説が正しいので魂が肉体を支配しているとみなすべきで、決して調和ではない、イデア論が正しいので魂は決して死なないし滅びもしない、と。そして、肉体が滅んだ後の魂がどのような場所に行くかの神話を語って聞かせるのである・・・。

    現代人からみると、ソクラテスの説明は証明しようとする結論を証明の前提にしていることが多くあり、議論としては詭弁としか思えないのだが(笑)、『プラトン』ではよくありがちなので、昔のギリシア人ってこういうので納得していたのかと思うとこれはこれで興味深い!(笑)また、この証明の過程でソクラテスが「自然学」(現在でいうところの「理系」か)に失望し、真実=イデアの探求→「哲学」を探求していることが述べられており、例えば、なぜ会話ができるのかという問いに対し、音声→空気の伝播→聴覚という説明が気に食わなかったようで、真の原因は別のところにあるとしていて、現代ならば新興宗教家と話しているような気分になったかもしれない。(笑)
    また、自分には、イデアの近似の説明のところはいまだに「???」なのであるが、そういえば小学生の時に、1+1はなぜ2であるかの説明を聞いた時にこのような話をされたような気もしてきた。あれば数学の話ではなく哲学の話だったのね。(笑)
    ソクラテスの死に際して述べられる「魂の不死」という議論がため(ということは死に行く者に対して魂は滅びるのでは?と議論を吹っ掛けていたことに・・・)、イデア論の登場も劇的であり、演出効果も抜群の一書であった。
    ラストは、ソクラテスの最期の場面も生々しく描写される。

  • 読書サークルで読むことになり手に取る。わたしなんかにわかるのかと表紙から難解オーラが発せられている気がした。
    専門用語に溢れ理解不可ではという偏見を破り、訳出された日本語は普通で意外。読めない文字も言葉もほぼない。

    魂の不滅の対話は「ああ言えばこう言う」イメージ通りの訳の判らなさで可笑しくなる。その対話は何度読んでも頭に入らないものの、魂は美しく保ち、頭を使って考え続けなければ良い場所にはたどり着けないと書かれているのが良い。

    輪廻転生も、考えるという努力なしに良いところへ行けないらしく、ここ何年も流行っているスピリチュアルブームにちょっとそれに触れただけで、幸せになろうなんておこがましいもんだ・・・との気持ちを新たにすると同時にこれってホントに昔の本なの?と新しさのようなものを感じる。うまく表現できない・・・けど、変な自己啓発系の本を読むならこれを読め…
    紀元前400年頃の彼らは地球が球体なことは分かっていた驚き…水が流れる説明からの連なりはまるでファンタジー文学。わくわく感をもって読了。

    哲学者は屁理屈をこねてたのではなく、ちゃんと実際的に積極的に学び、実践した上での論証なんだな。いろんなことを知ってたんだなと昔の人はつくづくエライ。

  • 前半のイデア論にもとづく霊魂不滅の証明もおもしろいが、終盤の、ギリシア人が信じる死後の裁きとあの世の物語に関するソクラテス(プラトン)の向き合い方(p167)や、ソクラテスが毒薬を飲む前後のドラマチックな描写も印象的。プラトンはすごい。読み慣れてくるとクセになりそう。訳も読みやすくてよい。

  • 読了。良かった。プラトンの師ソクラテスの処刑当日に、ソクラテスと友人知人たちとの議論を描いたもの。早朝に始まり夕刻の処刑執行時間まで、ひたすら議論を行う。友人たちに、議論を恐れてはいけない、と笑って鼓舞する姿にほろりときた。ソクラテスは死後の幸福を確信し、一方で自殺を否定したので処刑を喜んだが、個人的には後2000年生きて、ヴィトゲンシュタインと対決してほしかったです。彼らは死後に会えるのかも知れないが、わたしは立ち会えないので。その意味であまり凄い人々には死んでほしくない。ギリシアらしからぬ輪廻転生思想は、オルフェウス教の影響にあるようで、プラトンとオルフェウス教を信じたピタゴラス教団との接触がこの本を書かせたようで、仏教にかなり近いため、何故こんなにも似ているのか不思議でした。

  • ソクラテスの死の当日の弟子たちとの最後の対話。

    人間、死んだらどうなるのか?
    魂はあるのか。あるならどこへいくのか。

    ソクラテスはハデスの国に行くという。
    ハデスの国が本当にあるのか、その存在を証明するべく、弟子たちとの問答がドラマを見ているようで面白いのだが、今の時代を生きる私にとって、根拠は脆弱すぎるように思われる。
    その後、次第に山は険しくなり、次第に理解できない部分が出てきたり、それを乗り越えるとまた道のりは楽になったり。
    こんな薄い本なのに……

    オカルト好きの私なので、魂の不死なんていうネタには飛びついてしまうのだが、この本は哲学書である。
    結局は、「よく死ぬためにはよく生きねばならない」という教えに貫かれているだ。

  • 本書はプラトンの代表作のひとつで、ソクラテスの刑死の日に、ソクラテスと弟子たちとの間で議論された「魂の不滅」について、その場にいた一人のパイドンが、その日のことについて尋ねてきたピタゴラス派の哲学者のエケクラテスに話をするという形式で進む対話篇です。

    紀元前三九九年の春、ソクラテスは謂れのない罪で告発され、死刑を宣告されて牢獄に入れられました。それまでに詩を作ったことがなかったソクラテスですが、入獄後は作家のアイソポスの物語を詩に直したり、ギリシア神話の神であるアポロンへの賛歌を作ったりしていました。訳を知りたい弟子たちにソクラテスはその理由を話し、最後に彼は弟子に、ソフィストの一人への伝言をお願いしました、「できるだけ早く自分の後を追うように」と。弟子の一人はソクラテスが死を勧めることに大変驚きました。そして、その者は喜んでソクラテスの後は追わないだろうと答えたところから、議論が始まります。

    ソクラテスは、死は勧めましたが、神の意志に背くということで自殺をしてはならないと説きます。それでは自殺ではないにしても、なぜ死を勧めるのでしょうか。ソクラテスは、死後、この世を支配する神々とは別の賢くて良い神々のもとに行くことと、この世の人々よりはより優れた死んだ人々のもとにも行くと信じていました。そして、哲学者は死後にはあの世で最大の善と智慧を得られるとも考えていました。死後にはすばらしいことが待っているから死を勧めていたのです。しかし、それには条件があり、魂が肉体の愛慾、欲望、恐怖などにまみれていない状態でないといけません。従って、生きているうちから、死んだ状態になること、魂を惑わす肉体から魂を分離すること、言い換えれば、生きたうちから死の練習をする、その重要性を説きました。

    しかし弟子の一人は、人が死ぬと魂は消滅してしまうのではないかと考えました。そこで、魂の不滅を証明するために、ソクラテスは生成の循環的構造、想起説、魂とイデアの親近性、想起説と「魂は調和である」という説とは両立しないこと、そしてイデア論を挙げて話を進めていきました。

    弟子たちは幾度か反論しながらも、最終的に魂の不滅について納得しましたが、事柄の大きさ、人間の弱さにより、なお語られた内容について不安を抱いていました。そこでソクラテスは、魂の不滅とイデア論は信じられるものであっても、より一層明晰にそれらを検討しなければならないと主張しました。

    そして最後にソクラテスは、もしも魂が不死であるならば、生きている間だけでなく、未来永劫のために、魂の世話をしなければならず、また、これまでの議論に従って生きようとしないならば、今ここでどれほど多くのことを熱心に約束したところで、なんの役にも立たないということで、話をまとめられました。

    弟子たちと議論を尽くしたソクラテスは、死ぬ間際になっても尚、魂の不死を信じていましたが、弟子たちは不安でした。論理的に答えを導きましたが、彼らはそれを裏付けるために自分で魂を見ることはおろか、今までに見たこともない訳で、目に見えない形而上学的な事象における結論を確信できる心境には至らなかったのでしょう。理性によって正しく答えを導き、かつそれを信じていく難しさが垣間見られます。

  • 魂の不死を論じる対話編。ソクラテスの最期の場面が胸を打つ。

  • 魂の不死について語る最後期のソクラテスを描く「パイドン」。「不死性」についての議論は、証明というか一種のアナロジーで「こういうふうにソクラテスは考えてましたよ」という感じなのだけど、それはそれで面白い。

    それと古代ギリシャの風習やらを訳注が丁寧に追ってくれていて、世界観と比喩を理解するのにとても役立ちます。

    ラストのソクラテスの描写は、なかなかエモーショナル。哲学オタクは涙無しでは読めないはずです(笑)。

  • ソクラテスと論客の丁寧な対話は二千何百年の隔たりにもかかわらず新鮮に見えるものだなーと。
    結論はさておき、死を目前にした状況でなお、愉快そうにかつ真摯に議論するソクラテスを見、その死の描写を見た後でも、何か余韻によって生きていて、何かを語っているかのような錯覚があった。

  • ソクラテスが弟子に語る魂の永遠。ソクラテスの高められた思考世界を堪能できました。

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