アナバシス: 敵中横断6000キロ (岩波文庫 青 603-2)

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  • Amazon.co.jp ・本 (438ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003360323

作品紹介・あらすじ

前401年、ペルシアのキュロス王子は兄の王位を奪うべく長駆内陸に進攻するが、バビロンを目前にして戦死、敵中にとり残されたギリシア人傭兵1万数千の6000キロに及ぶ脱出行が始まる。従軍した著者クセノポンの見事な采配により、雪深いアルメニア山中の難行軍など幾多の苦難を乗り越え、ギリシア兵は故国をめざす…。

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  • 紀元前401年、強大なペルシャ帝国の王子キュロスは、兄アルタクセルクセス2世の王位をさん奪するため、ギリシャの傭兵1万数千人のを加えた10万の大軍で兄王に迫ります。

    現在のトルコ・イスタンブールを南下したあたりのサルディスを出発し、えんえん東に向かうこと半年。チグリス・ユーフラテス川のふもとバビロン(現在のイラク付近)で兄王の軍勢とあいまみえるのですが、キュロスは戦死、大将と目的を喪失した1万余の兵士はどうなるのか……。2400年前の壮大な歴史、手に汗握るノンフィクションです。作者はこのギリシャ軍兵士の一人、クセノポンです。

    強大なペルシャ帝国支配地で孤立無援となったギリシャ軍は、奥深い内陸で脱出行路も見いだせず、北に位置する黒海をめざすのですが、これだけの大所帯では食糧の確保も容易ではありません。追い迫る敵軍、たび重なる少数民族の奇襲……雪深いアルメニアの山岳地帯では、厳しい寒さに兵士はバタバタ倒れ、凍傷に苦しむ彼らを鼓舞しながら、クセノポンは八面六臂の活躍です。

    黒海の水平線がうっすら見えてくると、「海が見えるぞ!」と雄たけびが次々とあがり、思わず私まで涙してしまうありさまの凄まじい強行軍です。
    1万数千人の兵士がしまいには6000人になり(それでもぎょっとするほどの数)、行軍距離は6000㎞! 
    ちなみに北海道の稚内から沖縄の那覇まで約3400㎞(直線距離は約2500㎞)を思えば、呆れて言葉もありません。食いつなぐためとはいえ、罪なき地の民への略奪の数々、不毛な行軍でもあります。すごいのは、この不毛さと他国での略奪の罪をクセノポンはちゃんとわかっている!

    戦記にくわえ、多彩な民族の風俗記録もあって見どころ満載ですが、なかでも光っていたのはギリシャ・アテナイの(直接)民主制の実行。話し合いと意見の応酬と挙手(多数決)で物事を決めていくさまは圧巻。
    30歳のクセノポンが指揮官に選ばれたのも民主的選抜の結果です。もちろん彼の武人としての才能、簡にして要を得た爽やかな弁舌は魅力にあふれています。これもソクラテス仕込みだったのかしらん。

    クセノポンとプラトンは、20歳ころからソクラテスに師事し、プラトンは哲学の道へ、クセノポンは武の道へと進みました。
    当時のアテナイでは、勇気、節度、知恵、正義、謙譲といった「徳」について議論され、ソクラテスと美少年メノンの有名な対話篇もあります(プラトン『メノン』)。でもクセノポンは、メノンとは反りがあわなかったよう。『アナバシス』では、ともにギリシャ軍に参加した武人メノンを、まるで「徳」のない小人(しょうじん)のように辛辣に描いていてけっこう可笑しい。

    本作は単なるクセノポンの手柄話や自画自賛だ、と切り捨ててしまうのはもったいない。バランス感覚に優れ、自己を外から客観的に眺める術をもったクセノポンに感激しますし、徳や信用を欠けばどういう結果を招くか? 兵士たちを何か月もただ働きさせ、給与を支払おうとしない部族王セウテスのさもしい姑息さに、威風堂々と諭すクセノポンがいい♫

    「……しかしセウテスよ、私は男子、ことに人の指導にあたる者にとっては、すぐれた能力と強い正義心、それに高邁な精神よりも結構で輝かしい財産はないと思っている。このような美徳を具えた者は、多くの友人を持つことで富んでいる……」

    神話も含め古代ギリシャやローマの作品は、ある種の豊穣さと深い静けさを湛えています。まるで2400年の時の流れが少しずつ川底の石を削っていくよう……その石をそっと手のひらに乗せてみると、温かい丸みに穏やかさが溢れてきます。

    本作は詩人のような目で多くの都市や民族や文化を紹介した歴史家ヘロドトス『歴史』や、卓越した文才でケルト戦士や民たちを描いたカエサル『ガリア戦記』のようでもあり、一方でソクラテスやプラトンといった哲学的な繋がりからも楽しめる器量の大きい作品だと思います。

    ちなみに表題の『アナバシス』とは、「上り」の意味だそう。その反対は下りの「カタバシス」。
    訳者の解説では、バビロンまでの「上り」よりも、その後の脱出行程の長さや地理上からして、実際は『アナバシス』というより「カタバシス」ではないか? そっか! なんて面白い意見でしょう、こういう考察と遊びはわたしの大好物。

    それでも私は『アナバシス』という表題がぴったりだと思います。四面楚歌のなか、ひたすら故国を目指し、1万人の兵士を率いて苦難にもめげず、指揮官として孤独に耐え、徳をもって魂を鼓舞する……そう、生きるも死ぬもアルカディアへの上り旅!

    ***
    「われもまたアルカディアに!」
                ゲーテ『イタリア紀行』

  • 稀に見る逃避行。
    古代ギリシアで実際に起こった出来事を、行軍を指揮した武人自らが書いた。

    途中で何とか食料を確保(時に略奪)するのだが、ビールなど現代にも存在する飲食物が、当時はどのように作られて貯蔵されていたかなどがうかがえる記述もあり、そのあたりがとても面白かった。

    まあしかし、戦争はするもんじゃないなあとこれを読むと本当に思う。

  • 時代:古代ギリシア・ペルシア

    ペルシア帝国のお家騒動の最中、敵の真っ只中に取り残されたギリシア人部隊が故郷へ戻る大遠征の記録です。
    ヒストリエでエウメネスがこれの最終巻を心待ちにしていたように、ハラハラさせてくれる実録モノです。
    舞台は当然ペルシア。そこも面白い要素のひとつ。
    その上今回再版された本書はとても読みやすく、注釈の量もほどよいので、原資料とはいえスラスラ読めます。
    作者のクセノフォンは自分を客観的に書いているのですが、途中から完全にヒーロー状態です。

  • 当事者が描いた実話なのに、エンターテイメント。
    すごく面白いですよ。

  • 塩野七生「ギリシア人の物語」にて、世界最古のノンフィクション小説と紹介されていたので読んでみた。
    まず思ったのは、撤退するギリシア兵迷惑すぎるということ。退却時に近くの村を襲って食糧や村人(美貌の女性や少年)を奪うわ、襲われた村が兵士を返り討ちにしてその遺体を返そうと使節を送ったら石を投げて殺すわ、すぐ内紛で分裂するわ、もうめちゃくちゃ。
    ただ、村もやられてばかりではなく、敵対部族との戦争にギリシア軍を差し向けたりする。巻4の第7章で、現地の案内人の男の導きでついに故郷に続く海が見えたときには、ギリシア軍が喜びのあまりその男にたくさん褒美をもたせたり、微笑ましい場面も。

    あと、作者のクセノポンがことあるごとに占いをするのだけど、そのやり方が犠牲獣(羊など)を捌いて内臓の出方等を見るというもの。それを進軍だったり出発だったりの際に何度も(吉兆が出るまで)行うので「またか」となる。大切な食糧が勿体ないのでは?と思うけど、当時の信心深さの表れということかな。

    クセノポンはソクラテスの弟子なだけあって弁論術が匠みで、何度も兵士に司令官として弾劾されそうになるのを長々とした説得で乗り切る。また、彼と中盤までほぼツートップとして軍の采配をしていたケイリソポスも、無骨なスパルタ人ながら中々的を射た発言をするのが面白い。
    巻4の第6章で、ペルシアからの追手を迎え撃つために、ギリシア兵がアルメニア地方の山の基地を「奪取」するという話がある。そこでクセノポンは「スパルタでは上位階級が子供の頃から盗みの稽古に励むそうじゃないか」という。それに対してケイリソポスは「きみの国(アテネ)こそ、公金を盗むことにかけては名人だと聞いている。しかも、いわゆる最高級の人間が一番凄腕だそうだ」と返す。
    このくだりは見事にやり込められ、結局基地の奪取に向かうクセノポンに笑ってしまった。この二人はなんだかんだで友情が芽生えていたのではないかと思ったが、ケイリソポスの死の描写から、クセノポンはあまり良く思っていなかったようで残念。

    他にも、雪の中で全軍が凍死しかける寸前に村を見つける場面や、キュロスの戦死後にクレアルコス以下初期の司令官たちがティッサペルネスの口車に乗せられて皆殺しにされる場面も見応えがあり、各地の村の文化や食べ物の記載等はロードムービー的な面白さもある。全体的にドラマティックで飽きないのだが、クセノポン自身の弁舌が長すぎるのが玉に瑕。

  • ギリシア人達を戦争に巻き込んだ張本人キュロスは、呆気なく打ち取られ、混乱の渦に巻き込まれるギリシア人達。さて、どうする⁈クセノポンの身の処し方、演説が冴える。

  • 本作は、ヘロドトス『歴史』と読み比べると、より深く味わうことが出来ると思われる。
    ヘロドトスの『歴史』は、脱線脱線雨あられである。アケメネス朝と古代ギリシアの諸都市の戦争についての記載が一応中心となるものの、各地の歴史・風俗・習慣を、知っている限り書き尽くす。そこには週刊紙のような、知らなかった裏話を知れた喜びがある。

    他方、本作『アナバシス』は、アケメネス朝ペルシア王家のいざこざに巻き込まれた(入り込んだ)著者クセノポンとその仲間の軍隊が、肩入れした側の王族が戦死してしまったために、自力で故郷まで帰らざるを得なくなった時のことを記載したものであるが、脱線が全くない。ひたすら、未知の道を行く自軍の様々な苦労を、贅肉がない文章で書き尽くす。読んでいる私も、まるでギリシア兵の一人になったかのようだ。

    興味を惹かれたのが、作戦会議で上官が自らの考えを述べた時、必ず兵士全員にその案の賛否を問うていたこと。賛成者は挙手をする仕組みである。周囲は敵か味方か分からない部族がうようよいて、今日の食糧も確保できるかどうかわからない状況であっても、だ。

    お上の意見には従う、部長がいうからそれでいい、という、日本人的根性が染み込んだ私には、このような作戦の決め方に新鮮な驚きを覚えた。

  • ペルシャにガンガン攻め込んだギリシャ兵が諸々訳あってギリシャまで逃げ帰る話
    様々なトラブルと内輪揉めを著者クセノフォンが理路整然と収めていく所が見所

  • 2021年4月期展示本です。
    最新の所在はOPACを確認してください。

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    https://opac.tenri-u.ac.jp/opac/opac_details/?bibid=BB00096485

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