自省録 (岩波文庫 青 610-1)

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  • Amazon.co.jp ・本 (327ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003361016

感想・レビュー・書評

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  • 【理想とは異なる人生だったとしても】

    史上稀にみる哲人皇帝だったとされる、ローマのマルクス・アウレーリウスが、自身の生き方に関する思いを、ひとり内省しながら書き留めた手記。

    巻末に収録された訳者の神谷美恵子さんの解説が素晴らしくて、そこにマルクスは平和を好んだにもかかわらず、生涯の多くの時間を戦場で過ごさざるを得なかったこと、そのことに傷つきながらも哲学に救いをもとめて前進する生き生きとした姿が本書の魅力になっていることが書かれていて、はっとさせられました。
    最近、人生でいうと立派な”半ば”に差しかかって、ちっとも若いころに思い描いたように人生が進んでいないことを、どう受け止めたものか……と悶々とする時間が増えつつあります。
    理想とする人生を歩んで、そのような自分に満ち足りて過ごすことができれば、それは確かに幸せなことだけれど。
    でも、そうじゃない人生だったとしても、それを懸命に生きる人は限りなく美しい……はず。
    ていうか、そうでなきゃ、やだ!

    個人的に特に好きだったのは、制約を受ける人生を炎に例えた次の一節。

    「小さな灯りならば、これに消されてしまうであろうが、炎々と燃える火は、持ち込まれたものをたちまち自分のものに同化して焼きつくし、投げ入れられたものによって一層高く躍りあがる」

    赤々と燃える炎のかけらを、自分のうちにも宿らせてもらった気持ちで読み終えた一冊でした。

  • きっかけは漫画の『ミステリと言う勿れ』だった。
    仕事で行き詰まり、気持ちの持って行き方がわからなくなった時にふと思い出した。
    心に響く言葉はマーカーを引き、付箋を貼り、何回も何回も読んだ。
    完璧ではないから、未だ気持ちの浮き沈みがあるけれど、都度救われている。
    この本だけは手放せない。

  • 10年前から手元に置いて読み返している作品です。元の文章なのか翻訳の仕業かは分かりませんが、いちいち言葉尻が激しくて面白いです。笑

    言ってることは正しいけど、ツッコミどころが多いところも好印象です。例えば、
    「驚かぬこと、臆さぬこと。決してあわてたり、しりごみしたり、とまどったり、落胆したり、せぬこと。またおこったり、猜疑の心をおこしたりせぬこと。」というフレーズがあります。
    単純に気をつけることが多すぎるし、そんな一気に書かずに分けて書いたら?とか思います。笑
    一気に書きすぎて、早口言葉みたいになっていたので、めっちゃ笑いました。

    とはいえ、普通に刺さるフレーズもたくさんあります。特に「公益を目的とするのでないかぎり、他人に関する思いで君の余生を消耗してしまうな。」は、すべての人に知ってもらいたいほど良い言葉。
    他にも人生を変えてくれるような有益な言葉が多くあります。
    ちなみに「克己の精神と確固たる目的を持つこと」は語呂が良くて好きです。ラップみたい。

  • この本読めば何事においても無敵になれるような気がする笑。

    ソクラテスの「哲学は死の練習である」という言葉の通り、自然法則に従えば死を恐れることはない。生死に関わらずとも、自然法則に従えばあらゆることは、″そのもの″として寛大に受け入れる姿勢を保つことができる。

    悩み事もなく、イライラすることもなく、不平不満をつぶやくこともなく、全てをあるがままに受け入れる。この本の特徴として、同じ趣旨のことを繰り返し言葉を変えて語られているのだが、だからこそ、読みながらマルクス・アウレリウスの精神が自然と自分に染み込んでいくのを感じる。




    ・たとえ一瞬間でも、理性以外の何ものにもたよらぬこと。
    ・一つ一つの行動を一生の最後のもののごとくおこなう。
    ・もっとも長い一生ももっとも短い一生と同じことになる。
    ・わずらわしいのはただ内心の主観からくるものにすぎない。
    ・すべて君の見るところのものは瞬く間に変化して存在しなくなるであろう。
    ・生きているうちに、許されている間に、善き人たれ。
    ・必要なことのみせよ。
    ・不運ではない。しかしこれを気高く耐え忍ぶことは幸運である。
    ・運命がこのことをあの人にもたらしたのだ。
    ・もっともよい復讐の方法は自分まで同じような行為をしないことだ。
    ・もののわかった人間は(幸福は)自分の行動の中にある。
    ・人間各々の価値は、その人が熱心に追い求める対象の価値に等しい。
    ・人に助けてもらうことを恥ずるな。
    ・完全な人格の特徴は、毎日をあたかもそれが自分の最後の日であるかのごとく過ごし、動揺もなく麻痺もなく偽善もないことにある。
    ・他人の過ちが気に障るときには、即座に自ら反省し、自分も同じような過ちを犯してはいないかと考えてみるがよい。
    ・人は各々自分を他の誰よりも愛していながら、自分に関する自分の意見を、他人の意見よりも重んじないのはどういうわけだろう。
    ・善事を他の善事につぎつぎとつないで行き、その間にいささかの間隙もないようにして人生を楽しむ以外になにがあろうか。
    ・主観的判断を取りのけよ。そのとき、私が害されたという思いは消えてしまう。すれば、害そのものが消えてしまう。

  • 注釈を踏まえながら、行きつ戻りつ読み進めると、表現は変われども、しかし根底に流れる変わらない思想が見えてくる。

    さながら、マルクス帝の周りで、次々に生じる政治的な問題などに直面した際に、それでも自己の在り方を見失わないために綴られたように思われる。それはまさしく自省録であり、時間に追われながら、忙しく生きる現代の自分たちにとっても、金言であると言えるのではないか。

  • 第16代ローマ皇帝であり、ストア派の哲学者であるマルクス・アウレーリウスが自身のために書いた文章をまとめたもの。

    怠け者な私にとっては、さすがにストイックすぎるわ〜と思う部分もあったけど、読んでいるとなぜか心が落ち着く感覚があって、ゆっくりじっくり読んだ。

    特に印象に残ったのは、人が持っているものは「現在」のみで、持っていないものは失うことはできないということ。

    長く生きたとしても、短い生涯だったとしても、亡くなる時に失うものは誰でも「現在のみ」なのだということ。

    私はこれまで、長く生きればその分、過去の思い出や周りの人との関係など多くのものを失い、若くして亡くなることはこれから先に起こるであろう全てを失うことだと考えていて、結局どちらにせよ死が怖いと感じていた。

    けれど、宇宙や地球、自然から見れば人の一生など一瞬であり、死後はあっという間に忘れられる存在なのだと言う。我が子を亡くすことに対しても、穀物の穂を刈り入れることと同じように自然のことなのだから、それさえも自然のこととして受け入れるべきだと。

    このような趣旨のことが、何度も出てくる。彼は何度もそう自分自身に言い聞かせていた?彼もまた、死への恐怖や我が子を失うことへの恐怖と戦っていた?と思うと、すごく共感してしまう。

    さらに、その一瞬である人生の短い時間を無駄に使うな、善き人間であれ、と彼は言う。

    『あたかも一万年も生きるかのように行動するな。不可避のものが君の上にかかっている。生きているうちに、許されている間に、善き人たれ。』

    この言葉は結構ガツンときた。私は1万年も生きるかのように行動してるな…と。今まで本当に膨大な無駄な時間を過ごしてきたし、特に社会のためになるようなこともしていない。年々洞察力や注意力、思考力も無くなっていくのが自然なのだから、短い人生の中でも社会のためになるようなことができる期間は限られているのだということが、怠け者の私には本当に響く。若いうちはこの言葉の意味を理解できないかもしれないけど、折を見て娘に話して聞かせたい。

    ☆恥ずかしながら、翻訳者の神谷美恵子さんのことを知らなかったのだけど、実は本文の前に、『母親としての多忙な生活のほんのわずかな余暇をさいての仕事なので、意にみたぬことのみ多い。』と書いてあったことが、この本で1番の衝撃だった。検索したら『天才』と書かれていたが、昭和初期に、子育てしながら仕事もして、さらにこんな素晴らしい翻訳までするなんて、便利な家電やサービスを使いながらもヒーヒー言ってる私からしたら神様のよう!

  • 今まで読んだなかでもっと美しい本。
    文学的高みを極めた本は何冊か読んだことがあるけど、これほど愛おしく、無駄ばかりで人間味のある本ははじめて。
    恐らく栗本薫さんのグイン・サーガのアキレウス帝のモデルがマルクス・アウレーリウスだと思われる。
    哲学者の皇帝として仁政で知られるが、到着時代がローマの威光に陰りがではじめた時で、意に反して戦争に明け暮れた皇帝だった。
    この本は遠征先で自分宛に綴ったいわば日記のようなもの。その言葉は飾り気なくソリッドで美しい。そして度々皇帝の心のうちの弱さを包み隠さず吐露している。
    各巻で文体が変わるが、最終巻は比較的キチンとまとまった文章で、正直この巻だけは面白みがなかった。もしかすると、後年の写本や編纂の手が一番加えられたのかもしれない。

    無人島に流されるなら、本書とモンテクリスト伯、そしてディフェンスを持っていく。

  • 2014.6記。

    古代ローマの皇帝の随筆。ひとつひとつの項目が短いせいか、パラパラ見るばかりでいつまでも読了できない、ので、もうアップする。

    ストア派(らしい)を基礎とする「自然、美、神々、善」みたいな教養・哲学は正直ぴんと来ない。
    それよりも、今の米国大統領をはるかに上回る「絶対的権力者」であったろうローマ皇帝も、平たく言うと「むかついたら終わり」と心に念じながら、部下の横暴への怒りをこらえ、正しいこととは何かを振り返り、日々自分に言い聞かせている、そのことに心動かされる。

    例えば、戦車競技(今で言えばプロ野球かJリーグ?)のひいきのチームを持たない、と決意するところとか、人間臭いが同時に本当の不偏不党とはここまでのことか、とふと胸を突かれる(昭和天皇もひいきの力士の名前を決して明かさなかったとか・・・)。

    自己啓発マネジメント本的な読み方からは本来最も遠い所にあるべき本、が、まあこんな感想も広い心でお許しいただこう・・・

  • “今をよく生きよ”と言う事だと思う。
    マルクスアウレリウスは本来は哲学者を志向していたのに、実際には在任中ほとんど戦地で過ごした。戦地での夜に自分を戒めることを綴ったのだろうか。
    ローマで見た銅像は馬に跨り、勇ましい姿だった。

  • アバタロー氏
    皇帝時代に就寝前書き綴っていた自分との対話の断片的なメモ集(遠征中も)
    本人が「自省録」と名付けたのではない

    《マルクス・アウレリウス》
    AD121~180
    ローマの名門貴族
    39才16代ローマ皇帝
    44才 天然痘でパンデミック
    20年間皇帝として激務をこなし自ら軍を引いていた
    マルコマンニ戦争 病死
    ストア派のエピクテトスに影響を受けた

    《感想》
    内省好きな哲学青年がよく皇帝になれたなと調べたら、親族のハドリアヌス帝から寵愛を受け出世したと見受ける
    頭が良い子はかわいいものだからかな

    考え方はストア派そのもの
    その中に、物事は常に動き変化し、絶え間なく移り変わっていくという考え方がある
    変わり続ける事が自然なのだ
    先進的な考えかと思っていたがそうではなく、動植物が環境に対応し生まれ無くなるように、それが普通、変化しない方が自然の摂理に合っていないのだなと理解した(自分考察)

    《変化の部分》
    どんな物事であっても変化なくして成し遂げることはできない
    いまこそ変化を求められているのは他ならぬ君自身なのだ

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