弁論家について〈上〉 (岩波文庫)

著者 : キケロー
制作 : Cicero  大西 英文 
  • 岩波書店 (2005年5月17日発売)
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  • Amazon.co.jp ・本 (394ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003361146

作品紹介

ローマ最高の弁論家キケロー(前106‐前43)が、既存の弁論術を批判・検討し、実践弁論の復権、哲学と弁論の再結合を説く。"人間的教養"の勧めである本書は、ヨーロッパ的精神の一大指導理念たるの形成にも大きな影響を与えた。自らの理念に忠実に生き、それに殉じた一つの偉大な精神の金字塔。

弁論家について〈上〉 (岩波文庫)の感想・レビュー・書評

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  •  調和のとれた弁論以上に甘美な音楽が何か見いだせるだろうか。技巧を凝らした完全分以上に円やかな歌が何か見いだせるだろうか。俳優は現実を模倣するが、現実を一手に引き受けて方に担う弁論家以上に快い俳優が誰か見いだせるだろか。いっぽうまた、弁論の見せる犀利で稠密な見解以上に精微なものが他にあるだろうか。言葉の光輝によって照らし出された事項以上に讃嘆すべきものが他にあるだろうか。万般の教養に裏打ちされた弁論家以上に豊かに満ちあふれたものが他にあるだろうか。少なくとも詞藻を凝らし、重厚に語られてしかるべきもので、弁論家の固有の対象とならないものは何一つないのである。(pp.188-9)

     アントーニウス:弁論の技能の全体は3つの要件から(第一は聴衆に行為を抱かせること、第二は教化すること、第三は心を動かすこと)。このうち、第一のものには弁論の穏やかさが、第二のものには鋭利さが、第三のものには力強さが求められる。なぜなら当然のことながら、われわれの係争に判定を下すことになる人は、心的傾向によってわれわれの側に傾き、弁護論の照明によって納得させられ、心の情動によって突き動かされるものだからである。(pp.248-9)

     じっさい、才能とこの精励とのあいだにあって、学術の入り込む余地はきわめてわずかしかない。学術は、ただ、探し求めるべき場所がどこか、発見しようと努めている目的物がどこにあるのかということしか示さないのである。あとはすべて、精神の注意力に、集中力に、思考力に、寸暇を惜しむ努力に、持続力に、粒々辛苦に、一言でいえば、すなわち、いま何度もその言葉を使ったように、精励にかかっているのである。(pp.259-60)

     弁論において、カルトゥス、聴衆が弁論家に好意をもつように仕向けること、そして、聴衆の心を動かし、聴衆が理性的な判断や思慮によってではなく、むしろ何かの情緒的な衝動や情動によって支配されるように仕向けることほど重要なものはないからである。なぜなら、人間は真実や何かの規定、法の原則や裁判の方式、あるいは法律に従って判断を下すよりも、憎悪や愛情、欲望や希望、恐れや過誤、その他何らかの情動に従って判断を下すことのほうがはるかに多いものだからである。(p.276)

  • カバーより:ローマ最高の弁論家キケロー(全106−前43)が、既存の弁論術を批判・検討し、実践弁論の復権、哲学と弁論の再結合を説く。フーマニタース(人間的教養)のすすめである本書は、ヨーロッパ的精神の一大指導理念たる<ヒューマニズム>の形成にも大きな影響を与えた。

  • ほとんど手をつけれなかった。またの機会に。

  • 読書猿さんの
    「よく考えるための10冊/思考技術のためのプラチナ・クラシックス」
    http://readingmonkey.blog45.fc2.com/blog-entry-500.html
    を見て、この10冊を読もう!と思い、最初に読み始めたのがこの本。

    古い言い回しなどが気にならなくなるほどおもしろい。
    上記で挙げられた他の本でもそうであるが、「慮る」ことの大切さが何度も繰り返し語られる。
    そして、他人を動かすには自分の熱情が必要である。
    と、現代でもまったく使える技術論の本であった。

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