方法序説 (岩波文庫)

著者 : デカルト
制作 : Ren´e Descartes  谷川 多佳子 
  • 岩波書店 (1997年7月16日発売)
3.53
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  • Amazon.co.jp ・本 (137ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003361313

作品紹介

すべての人が真理を見いだすための方法を求めて、思索を重ねたデカルト(1596‐1650)。「われ思う、ゆえにわれあり」は、その彼がいっさいの外的権威を否定して到達した、思想の独立宣言である。近代精神の確立を告げ、今日の学問の基本的な準拠枠をなす新しい哲学の根本原理と方法が、ここに示される。

方法序説 (岩波文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 人類史上最大の知性(の一人)、ルネ・デカルトが自分の論文集の序文として一般向けに書いた本。
    「我思う、ゆえに我あり」の一節はあまりにも有名。
    読み心地は哲学書というより、科学者のエッセイといった感じ。

    広範な学問を修め尽くしたデカルトは、「学問の基礎(哲学)なんて、いろんな人がいろんなことを言ってて、全然確固たる基盤がないじゃないか。土台があやふやなままだと科学も真理に迫れやしない」と考えた。
    それで、とりあえず根拠のあやふやものはすべて疑ってみた。
    ただ、世の中のものすべてが疑わしいと考えたわけではなく、あくまで真理に迫る手段として疑ってみた。(「方法的」懐疑)

    その結果、あらゆる思考の出発点として「物事を考えている私は確かに存在している、ひとまずそれを真理と認めましょう」という結論に至った。(「我思う、ゆえに我あり」=「コギト・エルゴ・スム」)

    それから、数学はとにかく正しい、直感的に考えて「2+2」の解は4以外にありえないし、三角形の内角の和が180度なのはたやすく証明できる。そういうものだけを真理と認めよう。(「明晰かつ判明」)

    ちなみに、中学や高校の数学で習う関数のグラフの書き方とか、微分・積分の理論とか、変数はx・y・zで表し、定数はa・b・cで表すっていうルールとか、「2乗・3乗」の2や3は右上に書くっていう記法とかを考えたのがデカルト(豆知識)。

    「コギト」の真理は一応見出したけど、デカルトはそこから推論を一つ一つ丁寧に重ねていくわけではない。そこはスピノザと違う。
    本書の中でデカルトは、神の存在証明をちょちょいとやってのけているけど、その出発点となる「実体」の定義や、「完全者が存在する」「人間は完全ではない」という前提もほんとにそれでいいの?と思ってしまう。
    「いろんな哲学者がいろんなことを言うから哲学は根拠があやふやだ」っていうなら、神の存在なんて一番最初に斥けられるのが筋じゃないのか。

    「コギト」以降のデカルトの論の展開の仕方はむしろ若干乱暴な感じがする。
    事実、デカルトが主張していた天文学や人体に関する数々の学説は、後世の科学者たちによって誤りであったことが指摘されていたりする。
    (世界は目に見えない謎の物質で満たされていて、潮の干満は月がエーテルを押したり引いたりすることによるという、いわゆる「エーテル論」をニュートンの万有引力が完全否定しさったことは有名。ただ、よく言われる「ニュートンの万有引力によってデカルトの物心二元論は崩れ去った」という言説には微妙に納得いかない。機械論的説明が否定されただけで物心二元論が否定されたわけじゃない……よね?)

    それはさておき、デカルトが自分に課した「3つの格率(自分ルール)」が面白い。俺ルールにも採用したい。

    ・第一格率:疑ってばかりではなく、とりあえず自国の法律と慣習には従っとけ。
    ・第二格率:自分がこれと決めた意見は、たとえ途中で疑わしくなっても最後まで投げ出すな。何が正しいか判断できないときは「より正しいっぽい」意見にしとけ。
    ・第三格率:「私の力」が及ぶ範囲はどうせ「私の思考」に限られているので、世界を変えようとするよりは自分が変われ。

  • 思考の過程が論理的に順序立てて書かれているので突飛なこともなくわかりやすい。〈ワレ惟ウ〜〉のフレーズはあまりにも有名だが、それに至るまでの考えも比較的明瞭に知れるし、心身二元論についても、あ〜これが!という感じで、とにかく概要だけ習っていたのを改めて確認するといった感じだった。

  • 「わたしは考える、ゆえに私は存在する(我思う、ゆえに我あり)」――聞いたことはあるけど、この一文が出てくる本そのものは読んだことがない。いや、そもそも何ていうタイトルだっけ?そんな人が多そうな(筑波には少ないと思いますが)、デカルトの『方法序説』を今回は紹介します。
    そもそも本書は、デカルトが自らの科学論文集のために書いた短い序文でした。そのなかで彼がテーマにしているのは、学問において真理を探究するための方法、つまり「どうすれば私たちは本当のことに辿りつくことができるのか」という問いです。
    どうしてデカルトはこのような問いを立てたのでしょうか。彼は自らの人生を回想しながら、学校で学んだ学問によっては自分が期待していた確実な真理を得ることができなかったと言います。いまの学生も同じことを思っていそうですが、デカルトはちょっと違います。「確信をもってこの人生を歩むために、真と偽を区別することを学びたいという、何よりも強い願望」を満たすために、彼は旅に出て、そしてひたすら思索に励むのでした。
    その結果として、デカルトは学問的な真理を見出すために、「ほんの少しでも疑いをかけうるものは全部、絶対的に誤りとして廃棄」した後で、私のなかに「疑いえない何かが残るかどうか」を見極めることにします。これは「方法的懐疑」と呼ばれる態度ですが、デカルトは驚くほどに徹底していて、「いままで見てきたものはすべて夢かもしれないから不確かだ」とまで言ってしまいます。しかし、こうやって疑ったり考えているあいだ、そうしている自分は必ず何ものかでなければならない、とデカルトは気づき、冒頭に挙げた真理に至るのでした。この絶対に確実な真理からスタートして、デカルトがどのように思索を進めていくのかは、本書を読んでもらいたいと思います。
    本書においては、神の存在証明や道徳に関するポリシー、自然科学といった様々な内容が語られます。しかしながら、『方法序説』が哲学史上に残る名著であるとともに、哲学のすぐれた入門書としても推薦されるのは、真理を希求するデカルトの態度のためでしょう。本書を通じて、哲学の神髄とも言えるこの態度に触れてもらえたら、と思います。
    (ラーニング・アドバイザー/哲学 KURIHARA)

    ▼筑波大学附属図書館の所蔵情報はこちら
    http://www.tulips.tsukuba.ac.jp/mylimedio/search/book.do?target=local&bibid=737829

  •  真理の探求のための基本則として、
     
     ①明証的に真といえるものだけを真と受け入れること
     ②問題は小部分に分割して検討すること
     ③単純なものから順番に思考を進めて複雑な認識へと至ること
     ④全てにおいて一つの見落としもないことを確認すること。

    この4つを掲げた上で、もっともらしく見える異なった主張が論争される哲学において、確かに堅固であるといえる第一原理として「我思う、故に我在り」を唱える。

     感覚も、推論も、思考さえも、自分の精神のなかの観念すべてを偽であると仮定しようとするところが、本当に画期的だったのではないかと思う。

     しかし、
    ・わたしたちがきわめて明晰かつ判明に捉えることはすべて真である
    ・わたしの存在よりも完全な存在の観念については、それを無から得るのは明らかに不可能
    など、「そうかな?」と思う論証もけっこうあって、しばらく考え込んでしまった。

  • とてつもないおもしろさ。デカルトを祖とする近代哲学、ここでデカルトの語る近代的な主体なるものがいかに崩されたかということを、私は哲学・思想の変遷を辿るいくつかの書物によって予め知っていました。しかしそのような前知識は、本書を読みながら感じた知的興奮をいささかも妨げるものではなかった。哲学といえば抽象的で難解、というイメージは持たれがちだし、私自身そういうイメージを抱いていたけれども、「方法序説」は小難しい哲学書というより人生訓を含んだエッセイのようなかんじ。アカデミズムは現実と乖離しているように見えるし、実際乖離しているとしか思えない部分もある。でも「方法序説」を読んでいると、思考が実生活/学問などという区別に限らず生きるうえで須く行う切迫した行為であること、その行為の切実さは専門性/非専門性といった枠を越境して重要さを知らしめるものであること、つまり、本当の意味で考えるとは、何らの乖離をもたらすことでもないのだとわかります。人生のあらゆる場面にあって自分がいかに生きるべきか、そもそも自分とは何なのか、自分が今生きているこの世界とは何なのか、という根本的な問題に対して真正面から闘いを挑んだデカルトは尊敬に値する。そしてデカルトのユーモア、その強靭な意志、賢さ、バランス感覚、権威に迎合することなく「世間という大きな書物」に向かっていったその姿勢。興味深すぎる。大学で学んで、アカデミズムの権威を否定して放浪して、っていうデカルトの人生語りは、とてもじゃないけど400年も昔の人間の話とは思えません。ガリレオの断罪と同時代…?信じられない。優れた書物は時を超えた普遍性を持つ、とも言えるかもしれないが、そういうことよりも、「近代」のなかでわたしは本当に生きているんだなあと。何はともあれ学問に向かう姿勢、その根本的な意味を考えるために非常に有益な書物でした。

  • ただ前例と慣習だけで納得してきたことを、全て払拭し自分自身が真に納得したものだけを信ずる。

    その土台の上に物事の思考を展開していく。
    それは人間が本来もつ生まれながらの光である理性を働かせることだ。

    古典を読むことは過去の一流の人々と語り合うようなものであり、旅をするようなものだが、
    それも今現在からより発展させた未来へのバトンを渡すことで、古典は活きてくる。

  • 「私が真理を語っていると保証するものは、考えるためには存在しなければならないことを、私がきわめて明晰にわかっているという以外にはまったく何もないことを認めたので、次のように判断した」(47ページ)

    ……はぁ~ん? おめ、何言っでんだぁ? という、原文の「雰囲気」を表現しているのかもしれないが、翻訳ソフトに手を加えたかのような悪文である。日本語で読めるようにするのが「翻訳」だと思うのだが。

    しかし内容そのものは非常に示唆に富んでいるので、訳文がダメだからといって読まずにいるにはもったいない。
    御用とお急ぎの方はまず丁寧な解説書を読んでみて、しかるのちに御用とお急ぎでなければ本書を読むといいと思った。

  • 本文は100ページ弱とかなり薄いのですが、内容は哲学初心者の私からすれば濃く、なかなか読み終えられませんでした。

    しかしデカルトって「我思う、ゆえに我あり」だけじゃないいんですね…自然科学や数学への造詣も深いとは。
    とりあえず、ここまで来たら『省察』や『哲学原理』などにも手を出してみようと思います。

  • 正確なタイトル(邦訳)は、『理性を正しく導き、学問において真理を探究するための方法の話。および、その方法の試みである屈折光学、気象学、幾何学』。この書の最初の序文が、一般に『方法序説』と呼ばれ、哲学研究の世界にとどまらず、一般教養として広く知れ渡っている。デカルト41歳の時の著作である。

    既成の学問、特に中世神学、人文学に対して、その長所を認容しながらも、それとは距離をとるかたちで自身の学問探究の方法を述べている。とりわけ、第四部で展開されるデカルト形而上学の基礎、コギト・エルゴ・スムは有名。

    また、中世神学との決別は、記述された言語にもあらわれている。当時、哲学や神学の論文はラテン語で書かれるのが一般であった。そのため論文を読めるのも、非常に少数の者に限られていた。しかし本書は、当時としては例外的に、フランス語で書かれたのである。ルターが行った聖書の独訳と並んで、近代西欧の言語が学問言語として市民権を得るのに一役買ったのではなかろうか。

    心身二元論、数学をモデルとする幾何学的な世界観、コギト、近代の意識、主客の対立など、近代合理思想の中心的な原理を創出したデカルト。現在、デカルト哲学は、近代を乗り越えようとする一連の思想潮流のなかで真っ先に批判の矛先を向けられるものであるが、近代の超克を唱える前に、もう一度腰を据えてデカルトの著作に向き合うのも悪くないと思う。

  • 結果からいうとさっぱり解らないのですが。

    「我思う故に我あり」のくだりが読みたくて、それだけで本を用意したようなものです。

    すべての存在を否定してみたら、すべての存在を否定している自分の存在だけは否定できない。ゆえに私は存在する

    ってな感じのが正確な表現だっていうのをどこかで見てたような。
    現代ことわざや慣用句表現とは違うんですよってのを見てみたかった。

    まぁ哲学は難しいです。
    序説だから、内容の前の説明文ってことのようですし。

    もう一度読まないとね。そのうち・・・。

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