哲学原理 (岩波文庫 青613-3)

  • 岩波書店 (1964年4月16日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (180ページ) / ISBN・EAN: 9784003361337

感想・レビュー・書評

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  • 「我思う、ゆえに我あり」でおなじみ、17世紀フランスの哲学者・デカルト。

    その「機械論的人間観」と呼ばれる合理哲学は、約100年後にはジャンヴァッティスタ・ヴィーコに、約200年後はカントによって、そして約400年後にはドイツの哲学者ハイデガーにも批判の対象とされた。
    哲学に馴染むにつれて、西洋哲学史の偉人が皆こぞって批判したデカルトの偉大さがかえって感じられ、本著を手に取るに至った。

    デカルトは、「機械論」と称すほど厳密に、数学や物理の観点から人間を捉えようと試み、幾何学と形而上学を融合しようとしている。
    その試みが数学や物理学として正しいかはともかく、人間の思考パターンや人間の力の及ぶ範囲についての理論づけとしては腑に落ちるものであった。

    さらに、デカルトは存外に神の存在を繰り返し強調している。
    デカルト批判のヴィーコが神話世界から『新しい学』を記したことや、デカルトが「機械論的人間観」と言われることから、本著を読む前は人知や科学的正しさを称揚するものと予想していたため、この点は意外に思われた。
    ハイデガーは『存在と時間』で、デカルトが創造者と被造物の存在を一義的に論じたことに反論していたが、むしろデカルトこそ一義的な存在の理解を否定しているように見える。
    この点は『存在と時間』をさらに読み進めて理解したい。

    ハイデガーやカントと同程度の難解さはあるものの、過剰に複雑な言い回しなどはないため、読みやすい。フランスとドイツの国民性の違いか。


    以下、たとえが面白く感じられた部分をメモとして。

    -「何となれば自動機械は、運動を必然的に行うのであるから、≪中略≫ 運動を正確に行う点で、称賛されるということはない。しかしその機械の技術者は、≪中略≫ 機械を制作したことを称賛されるのである」(第一部・第三十七節)
    真理そのものではなく真理を捉える"我々"を称賛しよう、という主旨の一文が後に続くが、個人的にこのたとえは、「創造者(機械の技術者)としての神と、被造物(機械)としての人間」ととらえても面白いと感じた。

    -「何となれば堅さについて言えば、≪中略≫ 我々の手が当るときその手の運動に、堅い物体の部分が抵抗する ≪中略≫。もしも ≪中略≫ 物体が、手の進むのと同じ速さでいつでも退くとしたならば、我々は少しも堅さを感覚しないであろう。≪中略≫ ここから物体の本性は、それらの性質のいずれにも依存しないことが出てくる。」(第二部・第四節)
    『存在と時間』にも引用されていた「物体の本性」についての議論である。物体が手の動きと同じ方向によけるという発想に笑ってしまう。しかし、「手が堅さを感じないからと言って、その物体が堅くないわけではない=表象と本性は別」という議論はなるほどと思う。

    -「例えば、船が海上を進むとき船尾に坐っている人は、≪中略≫ 船の諸部分に関していえば、常に一つの場所に止っているが、≪中略≫ 海岸に関していえば、絶えず場所を変えているわけである。のみならずもしも我々が、船が東から西へ進むのと正確に同じだけ、地球が西から東に向かって動くと考えるならば、その船尾に坐っている人はその場所を変えない ≪中略≫。なぜならばこの場所の決定は、天空の或る不動の点から定めるだろうからである。≪中略≫ 我々の思惟によって定める以外には、恒久的な場所なるものは存在しない」(同第十三節)
    場所の移動などという明確な運動に関しても、見る地点からによって定義が違うという例え。まさに「我思う、ゆえに我あり」の本領発揮だ。ただし、最後に天空の不動の点を持ち出しているところが、人間中心というよりは神の視点を意識していると考えられる。自分の思考が中心というよりは、人間の考えなど視点にとって捉え方が違うこと、絶対的な視点は神にしかないことをデカルトは述べたかったのでは。

    -「例えば、船中を歩き回る人がポケットの中に時計を持っている場合、時計の歯車は自分に固有なただ一つの運動をするであろう。しかしまた ≪中略≫ 彼(人間)とともに ≪中略≫ 別の運動に与るであろうし、海に漂う船と一体をなすかぎり、≪中略≫ さらに海そのものと一体をなすかぎり、≪中略≫ そして最後に、大地そのものと一体をなす限り、≪中略≫ また別の運動に参加するであろう。」(同第三十一節)
    船の上の人のポケットの中の時計の中の歯車の運動は、回転運動か、船上を歩き回る運動か、海を進むのか、地球とともに回るのか。自分の意志で活動していると信じる人間存在も、大きな神の世界の運動の一部に過ぎない。

    -「車の車輪において二つの異なる運動、即ち一つは軸を廻る回転運動、他は車の通る道に沿った直線運動とを区別する場合のごとき」(同第三十二節)
    車輪の動きが回転運動か直線運動か、など考えたこともなかった。素晴らしすぎて本当に笑わせる。

    -「投石用革紐の中の石が、円周ABFを通って振り廻されるとき、≪中略≫ 石が投石革紐から放たれるならば、B(円周方向)に向ってではなくC(直線方向)に向って運動し続けるだろう ≪中略≫。円運動をするすべての物体は、≪中略≫ 円の中心から遠ざかる傾きを、絶えず有つ」(同第三十九節)
    岩波文庫の表紙の絵を参照。物体の運動は本質的に直線運動である、という例え。たとえ方はともかく、運動が常に中心から遠ざかる方向である、ということは、自由を求める人間の性質に置き換えることができると感じた。自由に遠ざかろうとする人間を中央へと集めるためには、引力の有るものを中心に据えるか、革紐のようなもので縛り付けておくしかないということか。面白い。

  • 自明的なこと
    【哲学者たちは、最も単純で自明的なことを、論理学的な定義によって、説明しようと試みた点で誤りを犯している。】


     「哲学者たちは、最も単純で自明的なことを、論理学的な定義によって、説明しようと試みた点で誤りを犯している、というのは、そうすることによって、それらを不明ならしめたからである。そして私が『我思惟す故に我あり』という命題が、誰でも正しい順序で哲学する人の出会う、最初のまた最確実な命題であると言ったとき、その故に、私はその前に『思惟とは何か』『存在とは何か』『確実性とは何か』、さらに同じく『思惟するものが存在しないことはあり得ない』等のことを、知らねばならぬことを否定はしなかった。しかしそれらは最も単純な概念であり、それらだけでは存在する事物を知らせはしないので、従って数え立てる必要を認めなかったのである。」

    • 命題集 未来のための哲学講座さん
      宇宙の法則
      【しかしながら、私が自分の意志により選択するように思えることも、これがこの全宇宙の一部であるのならば、この宇宙を支配する法則によ...
      宇宙の法則
      【しかしながら、私が自分の意志により選択するように思えることも、これがこの全宇宙の一部であるのならば、この宇宙を支配する法則によって、あらかじめ予定されていたものに違いない。(ルネ・デカルト(1596-1650))】
       「しかしながら今は神を知り、そのうちに無辺際の能力があることを認識して、従って、神によって前以って予定されなかったことをも、我々が為し得ると考えることは、不合理だと信じているから、もしも神のこの予定をば我々の意志自由と結びつけ、両者を同時に理解しようとするならば、容易に大きな難問に捲き込まれる可能性もあるわけである。」
      2022/01/08
    • 命題集 未来のための哲学講座さん
      自由意志はなぜ存在するか
      【未解決問題:我々の精神が有限であるのに対して、この宇宙を支配する諸法則はあまりに深遠で知りがたく、いかにして人間...
      自由意志はなぜ存在するか
      【未解決問題:我々の精神が有限であるのに対して、この宇宙を支配する諸法則はあまりに深遠で知りがたく、いかにして人間の自由な行為が、未決定に残されるかを、未だ明快には理解することができていない。しかし、この自由は確かに経験される。(ルネ・デカルト(1596-1650))】
       「だが我々はそうした難問からは、次のことを想起すれば免れるであろう。即ち、我々の精神は有限であるのに対して、神の能力は有りとあらゆる一切を、永遠いらい予知していたのみならず、これを意志しかつ予定していたから無限である。従って、なるほど我々はこの能力を、それが神のうちにあることを明晰判明に知るに充分な程度には悟るけれども、しかし充分十全的に把握して、いかにして人間の自由な行為が、未決定に残されるかを知るほどではない。しかるに、我々のうちにあるこの自由および未決定については、それ以上明証的かつ完全に捉えられるものがないほど、我々には意識されているのである。というのは、その本性上我々には十全的に把握できないことがわかっていることを、我々が把握しないからという理由で、我々が内的に把握し我々自らのうちに体験する他のことを、疑うとしたらそれは不合理だろうからである。」

      2022/01/08
    • 命題集 未来のための哲学講座さん
      真の哲学と未来への希望
      【真理の探究を続けることが、真の知恵、人間の生活の完成と幸福にとっていかに重要かを、認識してほしい。多くの優れた人た...
      真の哲学と未来への希望
      【真理の探究を続けることが、真の知恵、人間の生活の完成と幸福にとっていかに重要かを、認識してほしい。多くの優れた人たちが、この研究に従事しようと試みることを信ずる。願わくば我々の子孫がその成果を見んことを。(ルネ・デカルト(1596-1650))】

       「また、これらの原理から導き出し得るあらゆる真理を、かように導出してしまうまでには、幾世紀もが流れるかもしれないことも、私は充分に心得ています。なぜならば、今後発見されるはずの真理の大部分は、或る特殊な経験に依存し、この経験は決して偶然に出会われるものではなく、極めて知能のすぐれた人たちによって、配意と費用とをかけて求められねばならず、そしてこれをうまく利用することのできる同じ人が、そうした経験を行う能力を有つということは、困難であろうからであります。さらにまた、大部分の知能のすぐれた人たちは、彼らが現在まで行われてきた哲学のうちに認めた欠陥の故に、哲学全体に対して悪い考えを抱き、よりよい哲学を求めることに、専念できないだろうからであります。しかしながら結局、これら(私の)原理と、他の人々のあらゆる原理との間に見出される差異、ならびに前者から導き出される諸真理の堂々たる系列とが、これら真理の探究を続けることがいかに重要であり、そしてこれらの真理が知恵のどのような段階に、生活のどのような完成に、またどのような幸福にまで導き得るかを、彼らに認識せしめるならば、私はあえて信ずるのですが、かように有益な研究に従事しようと試みない人、或いは少なくとも、成果をあげてこれに従事するものに好意を示し、その全能力をあげて援助することを望まない人はないでありましょう。願わくば我々の子孫がその成果を見んことを云々。」
      2022/01/08
  • 人間認識、物質的事物の二部構成。
    第一部は「省察」の内容とほぼ
    同じ。第二部は物理に関する考察
    になっている。

    個人的には「省察」の叙述形式
    で語る形而上学の方が分かりすく
    感じた。哲学原理はその思想を
    分解して数学的定義として整理
    したものだ。

    第二部は物理について語られて
    いる。やはり引力の発見以前
    ということもあり、解釈に誤謬
    があったりもするが、概ね、
    しっかりとした理論展開で納得
    させられる。

    例えば、物体はどこまでも
    分割可能として、物質の
    最小単位を原子とする学説を
    否定している。現在、物質の
    最小単位は素粒子ということに
    なっているが、あくまで確定
    ではなく現段階で発見された
    単位に過ぎない。

    つまり、デカルトの主張は、
    まだ、覆されていない。

  • 神の存在を肯定してしまったところから、こんなにもずれていってしまうのだな、と思った。正しい地点から、正しい順序で、哲学していっていたはずなのに、なぜ神の存在に疑問を抱かなかったのか。時代的なものも勘案しなくてはいけないかもしれないけれど。
    それでも哲学の仕方は今でも勉強になる。

  • ここのとこ、哲学書とくれば圧倒的な読みやすさを誇る光文社新訳だったので岩波のひたすら堅い文体に四苦八苦。ですが「難点に拘泥することなく小説を読むようにざっと全体に目を通してほしい」という冒頭の書簡の言葉に甘えて、ざっと把握\(^o^)/すべてを疑えと言ったはずのデカルトがどうして神だけは信じることができたのか。自らの目を開いて歩いていたはずのデカルトでもそこは超えられなかったのか?そうまで内在化していたのか。異教徒の存在は前々からわかっていたはず。なのになぜこうも躍起になっているのか。わからない

  • 個人的には省察よりもこちらのほうが明快で好きだ

    方法序説と哲学原理、といくほうが、把握しやすいのでは?
    省察は論理の組み立て方が独特過ぎて、ちょっと簡単には追えないと感じた

    ただ、序説、省察、哲学原理と、整理されてはいくものの、続けて読むと、大筋は同じ話なので、段々とうんざりしてもくる

    二部も面白そうだったが、割と飛ばした

    また思い起こしたときに戻ってきて読もう
    そんで、デカルトに戻ってくるときは、哲学原理に戻ってこよう、と思った

    次は情念論

  • デカルトの哲学が体系的に整理された著作。第1部が形而上学で、省察などよりも分かりやすく展開されています。教科書的なスタイルであるからかもしれない。第2部以降は、現代の目からは誤りも多く、現代的価値が失われていますが、形而上学との関わりが見られる点で、なお読む意義があるでしょうか。

  • 観察に基づいた上で、全てを一つ一つ思惟の中で構築していく。
    かつてはベーコンを信奉しそうになったけど、デカルトは凄い。しかし、そのデカルトの思惟も経験に基づいているのは、また面白いところ。

  • 初めて読んだ哲学書

  • 一部、二部の訳出。ナルホド、明晰判明な本。理屈はしごく解りやすい。中世スコラ学の用語を使いながら意味は微妙に違うという、デカルト流スコラ学とでも言おうか…そんな感じの本。考え方は革新的なのかもしれないが、スコラ学から抜け出しきっていないという感じがなんとなく好きだ。個人的には第一部がオススメ。

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