本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
Amazon.co.jp ・本 (195ページ) / ISBN・EAN: 9784003361559
みんなの感想まとめ
倫理や善悪の定義について深く考察するこの作品は、読者に新たな視点を提供します。スピノザの探究は、固定概念に囚われず、相性を重視した生き方や、善悪の構成的理解へと導いてくれます。下巻では、実践的なテーマ...
感想・レビュー・書評
-
上巻の途中からずっとウズウズしていて、やはり書いてしまおうと思う。神の無限後退。つまり、神を創造したら、その神の創造主が必要になり、その創造主には、そのまた創造主が必要になる無限連鎖ですよーという持論だ。これが、人間は更なる偉大な何かに操られているとするシミュレーション仮説なんかも同じ論理の罠にハマっている。だが、そもそも私はこの円環がこの世界の真実だと信じている(危ない人っぽいが)。円環する永劫回帰、輪廻転生の世界だから、現世に意味はなく、意味がないから無理やり神話や物語などの意味づけで人生をトリミングしていくのだ。
で、ここまでは私のレビューで度々出てくる話なのでウズウズする程ではないが、今回、スピノザのお陰で、既にその世界を思考実験し、世界中の文化スクリプトに組み込まれた神話を思い出したのだ。神の無限後退の実例である。
それは、人間を超越する存在として、宇宙人を神に見たてた話。だがしかし、その宇宙人は神でありながら人格化されたため、上位概念として界王が必要となり、彼も人格化され、更に上位に大界王、その更に上の界王神、もう一つ上に大界王神、全王…と無限後退していく事を予言していたのだ(ドラゴンボールより)………。。
さて、気を取り直し、スピノザの神は、しばしば「汎神論」と要約される。神は世界の外にいる人格的存在ではなく、世界そのものであり、自然そのものである、と。
一見するとこれは、八百万の神にも通じる、穏健で脱宗教的な立場に見え、私自身も当初、そう理解しかけた。しかし読み進めるほどに、間違いに気付く。
そもそも、汎神論は「あらゆるものに神が宿る」という意味での多神論ではなく、むしろ逆だ。それはあらゆるものを、ただ一つの基体に還元する思想。石も人間も感情も思考も、すべては「唯一の実体」の様態(モード)にすぎない。
ここで神は、世界を一つに束ねるためのプラットフォーム概念である。「神とは、世界が世界であるためのOSのようなものだ」と言っているに等しい。スピノザは、このプラットフォームを「それ自体によって存在するもの」と定義することで、神の無限後退を断ち切ろうとした。
しかし、ここにこそ無謀さがあるのではないか。「それ自体によって存在する」という定義は、説明ではなく停止命令だ。なぜそう言えるのか、という問いに対して、スピノザは答えない。答えられないのに、QEDと書き、次へ進む。
これは「神の無限後退を避けた」のではなく、無限後退を“名前の変更”によって不可視化したにすぎない。
汎神論は「神を消した」のではなく「神を拡散した」。人格神を否定したことで、スピノザは神を合理化した。神はどこにもいない代わりに、どこにでもいる。むしろ、世界を必然として読むために、常に背後で働く原理として常駐するようになった。
エチカは、正しいからではなく、人類が必ず陥る構造的欲望を白日の下に晒したから残った。
スピノザは、「世界は必然である」と語った。ウィトゲンシュタインは、「世界が必然か偶然かを語ろうとすること自体が、言語の越境だ」と見抜いた。
汎神論は、その越境を正当化するための精巧な装置だった。だが装置である以上、それは世界の外に立ってしまう。語れないものを、あまりにも誠実に語ろうとして失敗した思想家である。それを戯画化してギャグにした鳥山先生の足下に及ばない。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
「エチカ(倫理学)(下)」スピノザ著・畠中尚志著、岩波文庫、1951.10.25
214p ¥778 C0110 (2025.07.14読了)(2024.10.15購入)(2017.12.05/56刷)
【目次】
第四部 人間の隷属あるいは感情の力について
第五部 知性の能力あるいは人間の自由について
訳 者 註
索 引
☆関連図書(既読)
「エチカ-倫理学-(上)」スピノザ著・畠中尚志訳、岩波文庫、1951.09.05
「スピノザ『エチカ』」國分功一郎著、NHK出版、2018.12.01
(アマゾンより)
上巻1~3部を前提にここでは本論である倫理学に入る。まず第4部では、感情と人間の外部への隷属との関係を追求し、感情の束縛から脱して他に隷属しない認識とは何かを明らかにする。さらに第5部では理性による感情の抑制が人間精神に何をもたらすかを論じ、最後に結論として、精神の自由、人間の至福の問題へと到達する。 -
固定概念や善悪の判断、べき思考に巻き込まれず、相性を重視して生きるという感じかな。
スピノザは悟った聖者ではないが、本質の探究者であり、彼の汎神論、神即自然はかなりいい線まで真実に近づいていると思われる。 -
(上巻より)
「神と人間」についての観念的な議論が中心だった上巻に比べ、下巻では「倫理」や「永遠の愛」といった実践的なテーマが中心。しかし当然これらは上巻の議論を下敷きにしているので、下巻を読みながらも何度も上巻に立ち戻り確認しながら読み進めることとなる。
第四部の冒頭でスピノザは、人間がなぜ善より悪に従うのか、そもそも何が善で何が悪なのかを明らかにする、という。上巻で触れた本書の構造の独特さの次に印象深かった点として、この「善/悪」の定義に見られる「構成的」な視点を挙げたい。第三部定理9備考にあるように、「善/悪」はそれ自体善/悪だからでなく我々が欲するものが善/悪なのだという転倒なのだが、これ以外にそもそも本書の公理系の中心に位置する「神」からして構成的である。「神」が神なのは、そのような神がどこかにいるからではなく、他に依るべき処なく自立し、原因もないままに存在するそのような実体を後から我々が想定し「神」と名付けたからだ。スピノザはこの構成のみを抽出して「神」として本書に頻出させているのだが、この神に人格的な色彩が殆ど感じられないのも当然だろう。
また、定理37備考1にあるように、人間が生まれながらにもつ「自然権」が感情に支配されてしまいホッブス的な競争状態を生むため、「国家状態」による法・刑罰で規制すべし、としているのも興味深い。善悪の構成が生じない自然状態というのは例外的であり、構成員の同意に基づく善悪の構成を伴う国家状態こそが常態なのだというリアリズム。これが第五部末尾に現れる「すべて高貴なものは稀であり困難である」というややペシミスティックな認識につながっているのではないだろうか。
第五部の議論は、その感情に受動的に突き動かされ善より悪を志向してしまう人間をどのように導くかというもの。神の観念に伴う必然性に事物の永遠を読み取り、その永遠の相のもとに事物を観念するという実践知が展開されるが、ここの深い理解にはスピノザの他の著述も参照する必要があると思われた。
上下巻通じての読後の印象は、とにかく本書は一度や二度読んだだけで済ませられるような代物ではなく、今後も何度も読み返す機会が生じ、その読み返しの過程もかなり楽しいものになるだろうという予感。それにしてもよくもこのような著作が世の中に生まれたものだと思う。 -
“善とは、それが我々に有益であることを我々が確知するもの、と解する。
これに反して、悪とは、我々がある善を所有するのに妨げとなることを我々が確知するもの、と解する。”
これは私にとっての善悪の概念を理解するのに大いに役立った。
私の人生のバイブル。 -
主知主義的な哲学の世界では「神」はたいてい究極的原因として引き合いに出される。スピノザも神を根本原因とするのだが、汎神論の特異な点は、神を超越的原因ではなく内在的原因として規定するところにある。これは循環とも思えるが、それは我々が差異の世界に生きているからだろう。神は一にして全なのだから、スピノザの言い分はむしろ合理的である。スピノザの方法に従って把握された神は世界の製作者ではなく世界そのものであり、自由意志さえ持たない。神の様態にすぎない我々にも、当然自由意志は与えられていない。
神は自己原因に従い様々な変状を呈する。これが世界の動きにほかならない。人間が自由意志に基づき行動しているなどと考えるのは、投げ飛ばされた石ころが自分の意志で飛んでいると思うようなものだ。しかし、理性はこの不自由性を認識することができる。そこに初めて倫理性と自由の萌芽が可能となるのだ。スピノザ哲学は、ヒュームやルソー以上にカント的問題を考える手がかりを我々に与えてくれるかもしれない。 -
下巻読了。汎神論・決定論からの感情のあり方に関する上巻の議論を受け継いで、下巻では倫理がどう立ち現れるかが考察される。理性の力によって受動的な感情を抑制できる人が、自由人として生きることができる、と。
やはり難解でよくわからない部分も多い(というより大半はわからない)が、スピノザ以前以後の議論との繋がりがよく見えたのはとても面白かった。例えば、デカルトを強く意識した議論が展開されているので、相互の対比で両者を理解することができる。
こういう繋がりをもっと勉強したらさらに面白くなるんだろうが、ぜんぜん知識が足らん。 -
22
開始:2023/9/27
終了:2023/10/2
感想
自由とは何か。自分の徳から発生する行動を遂行することができる人は自由であり幸福である。我慢と苦労が待ち受けていても必ず幸福は訪れる。 -
-
【貸出状況・配架場所はこちらから確認できます】
https://lib-opac.bunri-u.ac.jp/opac/volume/706523 -
-
さすがにスッキリとはいかなかった。解説も含め、何度も読まないと。
-
前巻からの続き
-
難解な本であった。理解不足を置いといて、すべては神の中にあり、良い、悪いは物事の組み合わせであり、その真理にたどり着こうとするならば、人は経験しか実感できないものである。ということなのか…?ということがおぼろげにわかった。
-
せっかく読み返してたのに、バイクの二人乗りからひったくられた!(^^ゞ古い版だけど買いなおした。まっいいか!
-
上の感想を参照
-
原書名:ETHICA
人間の隷属あるいは感情の力について
知性の能力あるいは人間の自由について
著者:ベネディクトゥス・デ・スピノザ(Spinoza, Benedictus de, 1632-1677、オランダ・アムステルダム、哲学者)
訳者:畠中尚志(1899-1980、哲学者) -
18/11/27。
-
新仮名遣いで読んだらとても読みやすい。しかし越境との関連性が読み取れなかった。
-
蠱惑的に在りて在る情動的な世界と、そこに生ける我々の理性を、幾何学的秩序によって論証-その宗教性を生々しく受肉させた-する破壊的に美しい書物。
-
『ぼくらの頭脳の鍛え方』
文庫&新書百冊(佐藤優選)103
思想・哲学・宗教
この本が好きな人におすすめの本
畠中尚志の作品
本棚登録 :
感想 :
