純粋理性批判 中 (岩波文庫 青 625-4)

著者 : カント
制作 : Immanuel Kant  篠田 英雄 
  • 岩波書店 (1961年10月18日発売)
3.42
  • (13)
  • (6)
  • (50)
  • (2)
  • (0)
  • 本棚登録 :281
  • レビュー :9
  • Amazon.co.jp ・本 (357ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003362549

作品紹介

全体の中心をなす先験的論理学のうちの第二部「先験的弁証法」を収める。独断的形而上学を批判し、純粋理性が必然的におちいる二律背反を克明に分析して、ついで有名な神の存在証明の論駁へと移ってゆく。最も有名なそして興味深い部分である。

純粋理性批判 中 (岩波文庫 青 625-4)の感想・レビュー・書評

並び替え:

表示形式:

表示件数:

  • 『ぼくらの頭脳の鍛え方』
    書斎の本棚から百冊(佐藤優選)5
    宗教・哲学についての知識で、人間の本質を探究する
    …カント的世界観が、現在も圧倒的多数の人々の常識を形成しているので、…目を通しておく意味がある

  • 内容(「BOOK」データベースより)

    全体の中心をなす先験的論理学のうちの第二部「先験的弁証法」を収める。独断的形而上学を批判し、純粋理性が必然的におちいる二律背反を克明に分析して、ついで有名な神の存在証明の論駁へと移ってゆく。最も有名なそして興味深い部分である。
    目次
      第二部 先験的弁証論
       緒言
       第一篇 純粋理性の概念について
        第一章 理念一般について
        第二章 先験的理念について
        第三章 先験的理念の体系
       第二篇 純粋理性の弁証的推理について
        第一章 純粋理性の誤謬推理について
        第二章 純粋理性のアンチノミー
        第三章 純粋理性の理想

  • 主に理性の役割に関して。
    感性(経験)の領域の外に神や自然を求めるためには、
    理性の働きは必須。
    ただ、理想や理念を元にして、
    物事を認識、統制していくことは、感性との差異を生むため間違い。
    大事なのは、あくまで感性の領域外、つまり現象として知覚されない領域に、
    自然や神が存在しているという前提を理性にもたせておくこと。
    下巻が楽しみじゃ。

    「弁証論において、確からしさは真。ただ不十分な証拠によって認識された仮象の論理学」

    「感官には判断はまったく存しない。つまり真なる判断もなければ偽なる判断もない」

    「制限を取り払うような原則、それどころかこの制限を踏み越えることを命じるような原則を超越的原則という」

    「錯覚はもともと主観的原則にもと基づくものであるにもかかわらず。これを客観的原則とすりかえる働きが理性にはある」

    「理性推理はいずれも認識を原理から引き出す形式」

    「悟性は規則を用いて現象を統一する能力で、理性は悟性の規則を原理の基に統一する能力」

    「理性推論を常に必要とするが、こうした推論に慣れてしまうと、おしまいには直接の知覚したものと思いなすことがしばしばある」

    「原理としての経験的規則の妥当性は、イデアによって無効にせられる」

    「純粋理性の客観的使用は常に超越的である、これに反して純粋悟性概念の客観的使用はその性質上内在的であり、このほうの客観的使用は可能的経験だけに制限されている」

    「理念とは必然的理性概念であり、この概念に対応するような対象は、感官には決して与えられえない」

    「自己意識(私は考えるという意識)の一般的表象に、知覚のほんの些細な対象でも(例えば快・不快だけでも)付け加わると、理性的心理学は忽ち経験的心理学に変じる」

    「私は直感において与えられた私を思惟の機能に関して規定しているものとして意識するときに私自身を認識する。従って思惟における自己意識の様態はいずれもそれ自体まだ対象に関する悟性概念ではなくて単なる論理的機能にすぎない」

    「思惟だけにとどまっている限り、我々は実体すなわちそれ自身だけで自存する主観という概念を思惟する存在者としての自分自身に適応するする必然的条件を持たない」

    「理性的心理学においては、意識の統一が客観としての主観に関する直感と解せられこのいわゆる直感なるものにカテゴリーを適用する」

    「思惟によって表象するところの私は、あるがままの私でもなければ、私にあらわれるままの私でもない」

    「純粋な先見的概念を生じされるのは悟性だけ」

    「純粋jな経験論は、道徳と宗教からそれぞれその力を奪い去るかのように見える」

    「経験論に従えば悟性は常に自分自身の本来の地盤、即ち可能的経験と言う領域にとどまっている」

    「常識は、たびたび使用することによって自分に慣れてしまったことをすでに知っていると思い込む」

    「弁証的主張は、単に思考によって作り出された空虚な概念を根拠にしているのではあるまいか」

    「先見的仮象が元来何もないところへあたかも実物があるかのように彼らを描き出して見せたのである」

    「純粋理性は対象が何であるかを我々に教えるのではなく、むしろ対象の完全な概念を得るためには、我々は経験的背信をいかに行うべきかうを指示している」

    「実践的意味における自由とは、意志が感性の衝動による強制にかかわりがないということである。意志は受動的に触発される限りでは感性的意志であり、またかかる意志が受動的に強制される場合は動物的意志と呼ぶ」

    「理性は経験的に与えられたところの根拠には一歩もよらず、また現象としての物の秩序に従うことを肯んじない」

    「経験的法則によって考えてはならぬものを、経験から推論するのは不可能」

    「感覚界における一切は偶然」

    「感官の対象として与えられるもののみに妥当する原則をあらゆる物一般にも妥当せねばならぬとみなすのは、我々の理性にとって自然的な錯覚」

    「思弁の力だけで感覚界を超越しようとしてもけっきょくはなんら得るところがない」

    「最高存在者という理念は、われわれの認識を拡張するものではない」

  • 2009年12月5日購入

  • ¥105

  • カントというと、私のイメージは『純粋理性批判』に尽きます。というか、まともに読んだのはこれだけなんですよね… 蒼ざめた痩せた冴えない、やや風変わりで孤独な、それでもうんと純粋で無垢で、人を愛したいと思い愛されたいと切望する青年。そんなカント像を読者に抱かせる魂の書だと思います。

  • obtnd

全9件中 1 - 9件を表示

カントの作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
ウィトゲンシュタ...
ヘミングウェイ
ドストエフスキー
フランツ・カフカ
三島 由紀夫
有効な右矢印 無効な右矢印

純粋理性批判 中 (岩波文庫 青 625-4)を本棚に登録しているひと

ツイートする