永遠平和のために (岩波文庫 青625-9)

  • 岩波書店 (1985年1月16日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (144ページ) / ISBN・EAN: 9784003362594

感想・レビュー・書評

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  • 18世紀末、フランス革命を経た国際社会を背景に、「永遠平和の実現」についてのイマヌエル・カントが真面目に考察した国際平和理論と実践方法。以下、概略。
    【予備条項】
    1、将来の戦争の種がひそむ平和条約は単なる休戦
    2、独立している国家は互いに侵すことはできない
    3、常備軍は廃止。但し、防衛手段としてはOK
    4、戦争遂行を気安くさせるので戦争国債は禁止
    5、他国への不干渉
    6、戦争時の卑劣な戦略は和平時の信頼性を損なわせる
    【確定条項】
    1、各国の政治体制は共和制がベスト
    2、統一世界国家より諸国家の連合スタイルにすべき
    3、世界市民法は各国市民が友好である権利を保障
    【第1補説】
    自然の摂理によって人間社会は次第に成熟すると、結局、利己的人間を抑制するとともに商業を発達させようとするので平和が望ましくなる。人間は永遠平和を道徳的義務とするはず。
    【第2補説】
    国家は哲学者のこうした意見を妨げてはならない。
    【付録】
    政治家はこうした道徳を手段に使うべきでなく、道徳の実現を目指すべき。政治は自ら取り決めた原則は、民衆に担保するため公表しなければならない。

    21世紀初頭、2度の世界大戦、冷戦を経て、ここに書かれていることはシンプルな内容だけに不完全ながらも実現されているもの(国)も多い。そして、テロの時代。カントがある意味想定し、また想定を超えた国際社会と状況になっているが、当時も今も空想理論として斥けるのは容易いけれど、カントが実践論として真面目に考えた内容は時代を超えて不断な再構築の努力を惜しむべきではないだろう。
    ちなみに、とある旅館の看板に付いていたという本書名はカントがやはりお茶目に名付けたのでしょうか、それとも真面目な義憤なんでしょうかねぇ?あれれ?っていう観点があるのは仕方がない。(笑)

  • 目次でみる、章立てや「平和」を維持するための要件、端々にある一文など、響くことばは複数ありますし、そこを拾いながら読むだけでも、ロシアがウクライナへの侵攻を続ける今、考えさせられることが多いように感じます。

    第1章の第5条項「いなかる国家も、ほかの国家の体制や統治に、暴力をもって干渉してはならない」などは、まさに今日の事件が「誤った選択」によるものであることを明快に示しているように思います。

    とはいえ、一つひとつの文章が難解で、大変に読みづらいという印象を受けました。自分の読解力がないから、といえばそれまでなのですが、「で、結局何が言いたいの?」となるところが多く、最終的には「解説」のぶぶんをざっと読み、なんとなくわかったようなわからないような、というところです。
    立憲君主制の国家が多かった十八世紀末に書かれた論文だということも理由なのでしょうが、「共和制」という体制がいかに理想的か、という部分についても多くのページが割かれており、単純に「どのようにして「平和」を実現し、継続させるか」という具体的な姿が(特に現代の世界において)イメージしづらい、というのも個人的には読みづらさを感じた理由だと思います。

  • 1795年の本です。カントのこの考え方が、国際連合の元になったと言われています。


    難しい命題ではありますが、薄い本で手に取りやすく、よくまとまっていて読みやすいです。


    人が一緒に平和に生活するというのは自然ではなく、自然状態=戦争であり、だからこそ平和とは創設しなければならない
    という考えが元であり、甘い理想論ではありません。

    争いが起きる方が当たり前であり、「だから平和など意味がない」とするのではなく
    「永遠平和」を実現するために漸次努力し近づけていくものという思考は、
    闇雲に平和を叫ぶ現実的ではない平和主義者の思考よりも共感できました。

    軍があるということは、他国を戦争の脅威に晒しているということになります。ならば軍がなければ良いのかというと、自衛手段がなくては攻め込まれる隙を他国に与えることになり、戦争を呼び込んでしまいます。
    国を維持するというのは理想論だけでは当然運営できず、コストを考えての商業的な運営意識も必要になってきます。

    平和条約は実は休戦にすぎないというのはなるほどなと思わされました。
    「将来の戦争の種をひそかに保留して締結された平和条約は、けっして平和条約とみなされてはならない。」。
    平和とは、永遠平和のためにはどうしたら良いのか。自分なりに考えて求めていきたいと改めて思います。

  • 三批判書で有名なドイツ哲学者イマヌエルカントの平和論。「目的の国を目指しましょう」というような啓蒙的内容を想定していたが、むしろ政治哲学的な内容であった。本文では、永遠平和のために求められる条項が解説とともに挙げられ、補説・付録で永遠平和の実現可能性や道徳と政治の関係性について語られている。割と難解で、自分も1周目では完全な理解は得られず、読了後ざっと読み返してようやく理解出来た。読解に労力を要するので、今回は「本書を読まなくても内容を把握できるように」というテーマでレビューを書くことにする。本書を読むにしても、本レビューを参照してから本書に取りかかることによって理解の助けになると思われる。

    まず、本文について。

    第一章では、予備条項と題して6つの禁止条項が挙げられている。具体的には、常備軍の廃止、他国への暴力的干渉の禁止、卑劣な敵対行為の禁止、などといった内容であり、戦争に発展し得る要素を排除するという、いわば"消極的な"施策となっている。一方、第二章ではより"積極的な"平和への施策として、国法、国際法、世界市民法のそれぞれの観点で3つの確定条項が挙げられている。

    第一章は決してMECEではなく、むしろ思いつきで語っているような印象を持つ。著者の観察において戦争の要因となったと考えられる、もしくは今後なり得ると想定されるものを挙げ、それを禁止したというプロセスであると考えられる。それに比べ第二章の方が個人的に興味深かったため、以下に少し深掘る。

    カントはまず自然状態として、ホッブズが想定したような戦争状態を想定する。この敵対行為によってたえず脅かされている状態から平和状態を創設するためには、民族が国家として集結し、立法状態を築く必要がある。この立法状態として、社会の成員が自由かつ平等であるために最も理想的なものが共和的体制であり、これにより国民の一般意志が国家の意思として統合されることができる。君主制による専制的統治においては、戦争によって直接的負担を受けにくい君主が戦争の意思決定をするため戦争の決断が容易にとられるのに対し、共和制では戦争の回避を望む国民の意思が反映されるため、戦争に発展しにくいとされる。

    続いて、国家間の関係について考察される。共和制の下に統一された国家は国民の一般意志が国家の意思として反映されているため、国家を一つの個として考えることができる。したがって、国家同士の関係についても前述の通り戦争状態から平和状態への移行として立法が求められる。しかし、国家形成の場合と異なり国家間の関係においてはさらに大きい国家への併合、すなわち諸民族合一国家の形成はいずれの国家も望まないし、また同時に、望ましくもない。なぜなら、法は統治範囲が拡がると共に重みを失い、無政府状態に陥ってしまうためである。このとき、立法状態を構築するための消極的代替物として、国家間の連合形成が提案される。

    これだけではまだ議論は完全ではない。国家内では国法による統治がなされ、国家間では国際法による一定の安定が期待されるが、国家内の個人が他国家の個人と国家を通さずに接触する場面が考えられ、この状態にもなんらかの法による秩序形成が求められる。この場面としては具体的に、現代的な観光による他国への訪問だけでなく、近海に近づく船を略奪する、漂着した船員を奴隷にする、といった状況が想定されている。これらの場面に置いて、外国人というそれだけの理由で敵意をもって扱われるべきではない、というのがカントが考案する世界市民法である。地球の表面は球面であり、地表は有限であることから、人間は並存し互いに忍耐しなければならず、地上のある部分について他人よりも多くの権利を所有するということはないと考えられる。この事実から、他国に存する者に交際を申し出るという訪問の権利が保障されるべきであるとされる。この世界市民法の理念が国法や国際法に書かれていない法典を補足することができ、この条件の下でのみ永遠平和にむけて前進することができると述べられている。

    以上が本文である。続く補説は、世間に対する反駁のような内容となっている。すなわち、第一補説では「永遠平和は空想にすぎないのではないか」という反応に対する反駁が述べられ、第二補説では哲学者への弾圧に対する反駁が述べられている。第二補説は哲学者の意見は有益であるといった内容で、第一補説がメインとなっている。以下概要。

    「永遠平和は空想にすぎない」という文言に対してカントは、人間の義務や理性、道徳に着目する議論ではなく、自然の摂理が永遠平和に向かっているという議論をする。具体的には、自然は人間が地球上のあらゆる地域で生活できるように配慮し、それだけでなく戦争を用いてあらゆる地域に分散して生活するように仕向けた。そして、同じく戦争を用いて、人間が法的関係に立ち入り国家を形成するように強制し、また、民族間に言語と宗教の違いを設けることにより、諸民族一国家ではなく国家間で生き生きとした競争による力の均衡と平和の確保に導いた。さらに、戦争とは両立し得ない商業精神の導入により、個人の利己心を通じて諸民族を結合し、民族の安全を保証した。これらの観察により、永遠平和は空想的ではなく現実的なものとして確実性を確認することができ、それに向けた努力の意義を感じることができるのである。

    最後に、付録について。付録では、道徳と政治の関係性について述べられている。多くの政治家は、道徳を実践から乖離し浮き世離れした理論的な概念に過ぎないと批判するが、カントによると、両者の間に矛盾や対立は存在し得ないとされる。なぜなら、カントの考える理想的な政治は、国家の繁栄や幸福といった目的を設定した後にその達成に向けて前進するものではなく、定言命法を基礎として純粋実践理性の実現と正義を積み重ねることにより自然と目的の達成に導かれるものであり、これは道徳の実践に他ならないためである。

    ここで、定言命法については明確に定義されているが、そこから積み重ねるべき正義とはなにであろうか。カントは、政治が道徳と一致しているかの基準として、「格率が公表性と一致しないものはすべて不正である」と規定する。これはつまり、公表できない格率、および公表することによって意図の実現が失敗する格率は、その格率が人間のアプリオリに理性にもつ規準に反していることを意味し、すなわち純粋理性に反することが明らかになるためである。


    以上が本書の要約である。本書の価値としては、人間の利己性を前提としてなお永遠平和の実現可能性を指摘しており、さらにそれに向けて求められる体制を予備条項、および確定条項という形で建設的に議論した点である。1795年出版であるため、現代から振り返ると具体性に欠ける記述や世界大戦を通して反証された記述も少なくない。それでもなお、困難と考えられる永遠平和の実現について現代人に一筋の光を与えてくれる作品である。

  • 定言命法、カント的道徳、倫理観、永遠なる(一時的でない)世界平和の達成という理路を示した本。積んどいたのですが、ようやく読みました。日本の鎖国を高く評価する有名な部分も。道徳と政治の一致について、他国に対する経緯と当時の列強ヨーロッパの振る舞いへの懐疑は興味深い。むしろ後からのヘーゲルのほうが、ヨーロッパやキリスト教への信頼はナイーブに過ぎるように今の眼からは思える。ただ、カントの永遠平和の根拠が自然(神?)の摂理というのは、これも今から思うとナイーブに過ぎるか、、、、もちと考えます。

  • カント曰く「公法の先験的公式」から、公表性と一致しない政治的格率はすべて不正なのだそうですよ、安倍さん。

  • 仕事も生活も、平和があってこそのもの。

    どんな国も、他の国の政治や体制に武力で干渉してはならない。
    平和とは、全ての敵意が終わった状態を指す。

    永遠平和をもたらすための6項目の予備条項
    1.戦争原因の排除‐平和条約を含む戦争の原因をはらむものはすべて排除する。
    2.国家を物件にすることこの禁止‐独立している国を他国の所有としてはならない。
    3.常備軍の廃止‐限りない力での競争で他国を絶えず脅威にされさせてはならない。
    4.軍事国債の禁止‐対外的な紛争を理由に国籍を発行してはならない。
    5.内政干渉の禁止‐他国の体制や統治に暴力で干渉しない。
    6.卑劣な敵対行為の禁止‐暗殺者や毒殺者を利用すること、
    降伏条件を破棄すること、戦争相手国で暴動を扇動することなど。

  • 18世紀末、ドイツの哲学者カントは、フランス革命を横目に、世界から戦争の種が永久に根絶されるためには何が必要なのかを考え抜いた。

  • 第36回OBPビブリオバトル「令和」で発表された本です。
    2019.4.24

  • ■書名

    書名:永遠平和のために
    著者:カント

    ■感想

    TOPPOINTで読了。

  • カントの晩年の代表作である「永遠平和のために」、やっと読むことができました。本書は訳注や解説を含めても150ページ程度なのであっさり読めるかと期待していましたが甘かったです。一行一行噛み砕きながら読み進めたものの、カント特有の婉曲的な表現なども多数散りばめられていて苦戦しました。そして本論よりも付録を読み解くことにさらに苦戦し、これは全体の3割くらいしか理解できていないのでは?と怖れを抱いていましたが、最後の訳者による解説によって理解度が一気に8割くらいに上がった気がします。おかげさまで腹落ちしてきた感じがするのですが、少し時間を空けてまた最初から一読しようと思っています。単なる理想像としての永遠平和ではなく、リアリズムの視点からも永遠平和がなしうることを説いた本として、とても興味深く読みました。
    以下、備忘録としてカントの述べている永遠平和のための条項です。

    <国家間の永遠平和のための予備条項>
    第1条項:将来の戦争の種をひそかに保留して締結された平和条約は、決して平和条約とみなされてはならない。
    第2条項:独立しているいかなる国家(小国であろうと、大国であろうと、この場合問題ではない)も、継承、交換、買収、または贈与によって、ほかの国家がこれを取得できることがあってはならない。
    第3条項:常備軍は、時とともに全廃されなければならない。
    第4条項:国家の対外紛争にかんしては、いかなる国債も発行されてはならない。
    第5条項:いかなる国家も、ほかの国家の体制や統治に、暴力を持って干渉してはならない。
    第6条項:いかなる国家も、他国との戦争において、将来の平和時における相互間の信頼を不可能にしてしまうような行為をしてはならない。

    <国家間の永遠平和のための確定条項>
    第1確定条項:各国家における市民的体制は、共和的でなければならない。
    第2確定条項:国際法は、自由な諸国家の連合制度に基礎を置くべきである。
    第3確定条項:世界市民法は、普遍的な友好をもたらす諸条件に制限されなければならない。

  • ・カントの永遠平和論。国家間の連合による世界平和構想。
    ・カントは、社交的だったという人物評があるが、カントの平和論もさもありなんという感を覚えた。
    ・自分は、人と仲良くするのが苦手なので、カントの議論のようにうまくいくのかと思った。

  • あまり意味が理解できなかったが、平和の当たり前、のことを提唱し、示したという意味で意義深いのだろう。ある事象でのパワーバランスに触れていたり、こうしたらこうなる、という当たり前を書いている。解説書とか見ながら中身が理解できるようになりたいな、、、

  • 長い間、文章を正しく理解する、ということをなおざりにしてきた。
    小説の文章は、その風景が、会話が、心情がすぐに自分の中で分かる文章だが、
    こういう国語の現代文のような文章は、論理的に述べられているので、読むだけでは分からない。
    読んで、もう一度読み返して、そこに述べられている論理が自分の中で分かるまで立ち止まって、ん?ん?とやらなければ、それを踏まえた次の文には進めない。
    読めば分かる文章ではない。
    その論理の把握作業を、逐一やりながら、頭の中にその著者の述べている世界を組み立てながら、組み立てたものを忘れずに、どんどん複雑になっても積み重なっても全体を作っていかなければ、この本を正確に読むことができない。
    まずカントの書き記したことを正確に受け取りたい。

  • カントの政治哲学(?)、国際法のありかた、政治と道徳(倫理)のあり方などが書かれている。

    難しいけど、完全にわからないわけではない。

    現在にも十分通じる部分が多くあるように感じた。

  • イマヌエルカント 永遠平和のために

    永遠平和のための9条項(予備条項6と確定条項3)を論じた本。一つの世界共和国を作るというより、それぞれの国家の独立を維持しながら、平和連合体制を作るイメージ

    ソンタグの「世界平和を信じる人間などいない」という諦めの論調より、カントの「世界平和のために9条項に着手せよ」というメッセージの方が 読む価値がある。 

    永遠平和は人間の利己的傾向から自然に導かれるとする第一補説を入れたあたりが、永遠平和が空想でなく実現可能であることを証明したいカントの哲学者としてのプライドを感じる

    9条項の中で最もハードルが高そうなのは「常備軍の全廃〜自衛軍は認めるが、段階的に常備軍はなくせ」という条項。カントは「平和とは、一切の敵意が終わることであり、軍事力による均衡は 平和につながらない」と考えていることがわかる


    6つの予備条項
    1.平和条約は将来戦争の種を残さない
    2.国家は 他の国家に取得されない
    3.常備軍の全廃
    4.戦時国債は発行しない
    5.暴力により他の国家に干渉しない
    6.戦争の最中においても卑劣な行為はしない

    3つの確定条項
    1.共和的な市民体制
    2.諸国家の連合制度に基礎を置いた国際法
    3.友好をもたらす世界市民法〜外国人が入っても敵意を持たれない

    共和的体制
    *自由と平等の権利が確保された国民が、共同の立法に従っている
    *代表制を採用し、国家の立法権と執行権が分離している
    *共和制の下では戦争をするには国民の賛同が必要〜戦争という割に合わない賭け事を国民は求めない






  • 有名なので読んでみたがよく分からない

  • 永遠平和のための6つ条件:(第1章)予備条項
    殲滅戦に突入するのを防ぎ、永遠平和の展望を開くための条項

    1. 将来戦争の種が保留された平和条約は平和条約とみなされない
    2. 独立国家の相互不可侵性
    3. 常備軍の撤廃
    4. 戦争国債の禁止
    5. 他国への不干渉
    6. 国家間における信頼を損ないうる行為の禁止

    3の常備軍の撤廃は最も有名な条文。常備軍の存在が先制攻撃の原因となり、かつ国家が人を殺したり、殺されたりするために人を雇うのは、人間性の権利に反する。後者はカントの定言命法からも帰結する条項。ただし現在のスイスの国民皆兵のような自衛措置は認められる。

    予備条項を実現するための3つの条件:(第2章)確定条項
    永遠平和を実現するための具体的な条件

    1. 人間の法に完全に適合している唯一の体制は共和的体制
    2. 国際法の理念は諸国家は分離を前提とし、連合体制を基礎とする
    3. 世界市民権では普遍的な友好権が確立する

  • 2005/03/17読了

  • 宇宙には理性が貫かれている。人間は宇宙の一部なので、人間も理性に従って生きるのが自然だ。欲望や快楽に心を乱されてはいけない。あらゆる人間には等しく理性が宿っている。なので人類はみな等しい。全ての人間は1つのコミュニティに属するべきだ。特定のポリスに閉じこもるな。私はコスモ(世界)の市民だ。▼キュニコス派。制度や文化は人為的なもの。動物の生き方が理想。虚飾は捨てよ。自足せよ。ディオゲネス

    実践的な政治家は、国家の問題を考察するには経験が必要だと言い、私のような理論家をアカデミズムの世界の住人だといって見下す。しかし私が実現できそうもない理想を述べても、世間のことに通じている政治家にはなんの影響もないのだから、言いたいことを言わせていただく(留保条項)。▼代議制による立憲国家であれば、国民は戦争経費を自分の資産から支払い、自分たちが兵士として戦わなければならないため、戦争には賛成しない。だから立憲国家は戦争を起こしにくい。一方、専制国家では少数者の利益が優先され、国民の犠牲お構いなしに戦争を始める。だから専制国家は戦争を起こしやすい。なので各国は専制をやめ、立憲制になるべき。▼国家を超えた平和連盟をつくろう。世界政府は専制になるかもしれないので、国家連合にする。国際法(inter-national)を超えた、世界市民法を作ろう。カント『永遠平和のために』1795

    市民とは自ら責任を負える範囲で成り立つ概念であり、世界市民として世界中の問題に責任を負うとしたら、それは耐え難い重荷になる。ハンナ・アーレント『暗い時代の人々』1972

    国籍・階級・民族・ジェンダーの違いによって、人間の間に壁を作るべきでない。理性と道徳に期待しよう。マーサ・ヌスバウム

    グローバル化の時代、個人の法的権利・義務が国家を媒介としない形で問われることが増えた。国際機構(世銀・IMF・EUなど)が国家を拘束する意思決定をしているのに、デモクラシーは国内のレベルでしか実現していない。国の自律や安全は国単位のデモクラシーの基礎なのに、安全保障は他の軍事大国に依存・従属している。グローバル化により先進資本主義国が文化的に各国を支配しており、各国のアイデンティティが損なわれている。国際金融市場がグローバル化しており、各国の市場への管理能力が損なわれている。▼今や、個々人の生命・財産は重複するいくつかの共同体(国際組織や他国)に委ねられているのに、デモクラシーは未だに国単位のまま。デモクラシーは「国家とその国民の間」だけに限らない。デモクラシーをグローバルな形で再建しよう。デイヴィッド・ヘルドHeld『デモクラシーと世界秩序』1995

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著者プロフィール

1931年生まれ。東京大学大学院博士課程退学。北海道大学教授を経て、現在、北海道大学名誉教授。
著書:『人間の間と倫理』以文社1980年、『カントと神』(第12回和辻哲郎文化賞受賞)岩波書店1998年、『カントの啓蒙精神』岩波書店2006年、他多数。
訳書:『永遠平和のために』岩波文庫1985年、『判断力批判』上下巻、以文社1994年、『道徳形而上学の基礎づけ』以文社1998年、『純粋理性批判』上下巻、以文社2004年など。

「2007年 『道徳形而上学の基礎づけ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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