キリスト教の本質 (下) (岩波文庫)

  • 岩波書店 (1965年4月16日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (394ページ) / ISBN・EAN: 9784003363324

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みんなの感想まとめ

現実的なものと理性の関係を深く掘り下げた本書は、キリスト教の本質を人間の視点から再考する重要な試みです。著者は、神を人間の本質の反映として捉え、信仰や教義よりも愛や道徳に重きを置くことで、宗教の実践的...

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  • 現実的なものは弁証法を通じた理性の自己展開であるとする、ヘーゲル哲学の解体の一つの方向として現れた著書。現実的なものにおいて理性による「正―反ー合」が実現されているのではなく、現実的なものにおいて、現実の人間が自分の理性を用いて、「正―反ー合」を行っているのだとする。ヘーゲルにおいては、歴史を超えた理性が「合」を生み出していることとなり、キリスト教に置き換えるならば、神が自らの真理を明らかにしてゆくプロセスとして捉えるロジックと親和性がある。しかし、フォイエルバッハにおいては、その場その場で人間が「合」を行うのだから、キリスト教の神や真理も人間が生み出したもの、ということになり、かつフォイエルバッハ自らキリスト教批判を通じて、正しく「合」を行おうと試みる。それが本書である。

  • 岩波文庫青

    フォイエルバッハ 「キリスト教の本質」下巻

    キリスト教の矛盾を批判する巻。宗教や神を 実践的な目的(救いや浄福)を否定せず、哲学(理性)の対象として扱うことに 成功している。文中の挿入文が多くて読みにくいが、とても面白い。

    著者は、神=人間 を論証することにより、従来のキリスト教を批判し、信仰より愛、教義より道徳、神より人間に目を向け、生活の中の宗教的行為に キリスト教の本質を見出したのだと思う


    本書を通して論証した項目
    *宗教の内容と対象は人間的である
    *神学は人間学である
    *神の本質は人間の本質である〜人間は人間にとって神である


    著者の結論
    *神は人間の本質が人間自身にとって対象的になったものにすぎない
    *人間に対する愛は派生的な愛であってはならず〜根源的な愛にならなければいけない
    *宗教が手段と認めるものを目的としてとらえ、宗教にとって従属的だったものを主要事象へ高めればよい


    信仰と愛との矛盾
    *信仰=教義学、愛=道徳
    *敵を愛せよ〜神の敵(信仰の敵)には適用しない
    *信仰は人間と人間とを分離する
    *信仰は宗教であり、愛は道徳である
    *信仰から出てくる道徳は、自然と人間とに矛盾する
    *信仰は神のために人間を犠牲に供する


    著者は結びの文において、「飲食は宗教的行為であるべき」として、生活から宗教的意義を獲得することを提唱しており、一片のパンごとに〜これらの有益な賜り物を贈る神(すなわち人間)のことを考え、自然への感謝を忘れるな としている


  • 読了メモ。M.ファラデー『ロウソクの科学』。フォイエルバッハ『キリスト教の本質(上・下)』。世界への認識を深め、関係を問い直す。前者はロウソクの燃焼から後者は神と人間の関係から。共に論理的かつ情熱的に。

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