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Amazon.co.jp ・本 (292ページ) / ISBN・EAN: 9784003363836
みんなの感想まとめ
人生の幸福について深く考察したこの作品は、約100年前に書かれたにもかかわらず、現代にも通じる普遍的なメッセージを提供しています。著者は、エッセイ風に簡潔に表現し、難解な哲学書のイメージを覆して読みや...
感想・レビュー・書評
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こりゃ深い。文字も小さいし、数学の本を読むのと同じで、しっかり反芻して理解したら素晴らしい物がみにつくわ。
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すまきんさんこりゃ深い。文字も小さいし、数学の本を読むのと同じで、しっかり反芻して理解したら素晴らしい物がみにつくわ。こりゃ深い。文字も小さいし、数学の本を読むのと同じで、しっかり反芻して理解したら素晴らしい物がみにつくわ。2015/09/05
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今から約100年前にヒルティによって書かれた著述。
終生勉強家でもあったヒルティは、
読書を、それも古典による故人を通して多くを語り合い学んだようだ。
体系的であることを好まなかったヒルティのこの著述は、
マルクス・アウレリウスの「自省録」と似て、エッセイ風に簡潔に書かれてあり、読み易い。
「時間のつくり方」の項目は特に面白く、強く同感。
世の中には猛烈な仕事量を、しかも多ジャンルでこなす人間がいる。
好きなことが複数ある人間は、
それらを創作意欲の赴くままに切り替えながらまわし、絶えず仕事を続ける中で、仕事をしながら仕事で休憩するというサイクルをつくりだす。
遊びと仕事が一体化し、仕事と休憩が一体化する。
人生の達人はあらゆることを一体化させていく。 -
ヒルティの幸福論。
哲学書のくせに読みやすい。
ヒルティは熱心なキリスト教でありながら、しかしその発言にはなぜか一神教よりも多神教的な考えが見え隠れしている。たぶん、哲学者うえの、その宗教の中では異端児ではなかったかと思う。
とても優しい言葉で分かりやすく考えを述べており、書き手の感情を素直に感じさせてくれ、共感を得やすい。
内容は、人間性について、仕事についてなどなどから、幸せとはどういうものかを書かれている。
『ひとが正当にもしばしば挙げる働きの徳は、働く人だけが真に楽しみと休養の味わいを知りうる事である。』
や
『あすのことを思い煩(わずら)うな。一日の苦労は、その日一日だけで充分である。(福音書より)明日はひとりでにやって来る、そして、それと共に明日の力もまた来るのである。』
などと、今後の生活において、支えともできる、短い格言のようなものも散りばめられており、読み手にその本を活用しやすくもなっている。 -
「幸福」という概念をしっかり考えたことがなかったのでいい機会になった。出版から現在に至るまで、あらゆる価値観が変化していくなかで、割と変化しづらい概念の1つに挙げられよう。(幸せの指標はひとそれぞれというのは前提に置き)
私の知識不足で途中何を言っているかわからない部分もあったが、現代人は読んで損しない1冊である。 -
アバタロー氏
1891年出版
《著者》
1833年生まれ スイス哲学者
法律学、弁護士、大学教授、国会議員、裁判員長
マルクスアウレリウスの愛読者
熱心なキリスト教徒で神に近づくことがゴール
《感想》
幸福論3冊を比較
ヒルティは根底にキリスト教とストア哲学の考えがある
そしてエリートだ
内面の豊かさを重視
不幸も必要という面がキリスト教と感じる
・1890年代の歴史(wiki)
植民地開拓、長期恐慌、第2次産業革命、文化は後期印象派
・アラン(1925年):ストア哲学、合理的ヒューマニズム
・ラッセル(1930年):現実主義、平和主義
・ショーペンハウアー(1851年):厭世主義
《内容》
・人間は生まれながら怠け者
ルーティン化する、要点を抑える事
・自分の内面を豊かにし精神的な満足感幸福感を与えられる
・人間が幸福を手にする上で不幸や苦しみが必要であるという確信があった
幸福の獲得において勇気こそが欠かせない人間の性質 -
19世紀のスイスの哲学者が書いた
幸福になるための方法論。
度々聖書とダンテの詩が影響されている。
キリスト教徒では無いのであまりなじめなかった。
ストア派からも影響を受けており、
エピクテトスの人生談義の抄訳が載っている。 -
別々の論文を一つにまとめたものなので、統一性はありません。それにキリスト教の視点にかたよっているので、私には馴染まない記述がいくつかありました。それでも幸福になるための知恵がたくさんつまっていて、たいへんおすすめです。
アラン、ラッセルの幸福論も読みましたが、ヒルティのそれが一番本質的だと私は感じます。 -
精神的な仕事を容易にする最も有効な、とっておきの方法が一つある。それは繰りかえすこと、言い換えれば、いくどもやり直すことである。精神的な仕事はほとんどすべてが、最初はただその輪郭が つかめるだけであり、二度目に手がけてその細部が見えてきて、これに対する理解も一層明白になり、精密になるのが常である。だから、本当の勤勉は、現代のある有名な著述家が言ったように「ただ休む暇なく働き続けることではなく、頭の中の原型を見える形に完全に表現しようという熱望をもって仕事に没頭することである。普通に言われる勤勉、すなわち、相当大きな材料を征服して、一定の期間内に目に見えてこれをはかどらせようとする骨折りは、むしろただ当たり前の仕事の前提にすぎず、あの常に精励してやむことを知らぬ、より高い精神的な勤勉にくらべればはるかに及ばぬものである。(p28ヒルテイ「幸福論」)
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180年前に書かれたのにも関わらず、働くことや時間の作り方について、なんともまぁ正確に指摘できるものだと関心する一方で、
「こいつの言っている『良い習慣』を実践するには出家するしかないんじゃないか!?」と思った。
幸福なんて定義づけられるものではないし、「いつの時点で」というところを考えないとわからないけど、
幸福になるためかどうかは別として周りの人を愛し、まじめに働きたいと思いました。 -
『重力と恩寵』と比べて、かなり俗っぽいというか素朴な印象。
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働き過ぎると長続きせず、休みすぎるとバカになる。
基本的な考え方は、キリスト教信仰に基づく理想主義的な社会改善への熱意。
迷ったら、ともかく始めてみることが大切。思い悩まず、着手する。
1週間に6日は徹底的に働き、1日は休む。このペースを続ける。
それ以上働くと長続きせず、それ以上休むとバカになる。 -
・休息とは、怠けることによって得られるものではなく、むしろ反対に、心身の適度な、秩序ある活動によってに得られるものである。従って、真の休息は活動の最中にこそある。
・良い習慣を身につけるためには、消極的に悪い習慣を捨てようと努力するよりも、むしろ常に良い習慣を養うように心掛けなければならない。
・人生の財産は、道徳的確信、教養、愛、誠実、仕事の能力と仕事の楽しみ、精神と肉体の健康、そしてほどよい財産。
・習慣的に全ての人々を愛するように努めなければならない。
・不幸は人間の生活につきもの。幸福のために必要。 -
私の座右の書
キリスト教に根差した、幸福に生きるための方法を詳しく解説。
とっても、奥深い含蓄がある本で、外人が1世紀前に書いたとは思えないほど、現在にも通じるところが多々ある。
人間の本質は、古今東西ではあまり変わらないということが実感できる。
ただし、全3部あり、全部読むのは大変。私は、3カ月に1度読むようにしている。 -
幸福についてで語りかけてくれる本。
仕事は生活手段を生み出すだけでなく日々の幸福も運んできてくれる。
ただキリスト教的な思想をもとにしているので知識がないとわからない箇所も…。 -
キリスト教思想を中心として、「幸福とは」を論じた生活的な処世法が含蓄深くちりばめられている。信仰をもつことの強さを非常に訴えてあり、聖書、ダンテの「神曲」、ゲーテの著作等をふんだんに引用しながら私たちによりよき生き方を語りかける。とても面白く、ためになった。続編もゆっくりと読んでいきたい。
09/10/19 -
不幸は幸福のために必要なものなんだ、と説く。
不幸は人を謙虚にし、後でやってくる幸福の味を十二分に味わわせてくれる。
悪いことばっかりじゃないということらしい。
宗教観として極端な意見もあるので、完全に鵜吞みにするのはちょっと…
一つの考え方としてはいいと思う。 -
幸福とは何か。どこにあるのか。ひとりで悩む年になったら読む本。
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ヒルティ,C.(カール)/草間 平作/大和 邦太郎
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ヒルティの幸福論は三部構成であるが,第一部を今回の夏読書の対象本とした.大学一年生になりたての時,ブックオフにてタイトル買いし,そのまま眠っていたが,この機会に読むことにした.本書に登場するトピックごとに,心に残った本書の言い回しを引用+引用部分に対して可能な限りで自分の経験と照らし合わせながらの感想という構成とした.
■働きと休息は対立概念であるか?
働きと休息はよく,対立概念として語られることが多い.直感的にも対立であると思う人が多数派ではないだろうか.
人の求める休息は肉体と精神とを全く働かせず,あるいはなるべく怠けることによって得られるのではなく,反対に心身の適度な秩序ある活動によってのみ得られるものである.人間の本性は働くようにできている.
本当の休息は活動の最中にのみあるのである.
ヒルティはこのように働きと休息は両立する.むしろ,働きがあるからこそ,本当の休息が生まれるのだと主張する.具体的には以下の記述がある.
精神的には仕事が着々と捗り,課された任務がよく果たされていくのをみることによって得られるし,また,肉体的には毎夜の睡眠や毎日の食事など,自然に与えられる合間の休みや何物にも変えがたい日曜日の休養のオアシスの中に,真の休息は得られるのである.
以前,長期インターン先で,仕事のストレス解消をインターン先の入社7年目のエース社員に聞いたことがある.予想していた回答は,ゲームだとか,飲酒だとか,そのようなことを想定して聞いた質問だった.が,回答としては,「仕事のストレスは仕事でしか解消できない」と返ってきた.彼の発言の本質は,まさしくこのことであろうと本書を読みながら思った.同じ質問を入社3年目の社員にも聞いたが,その社員はゲームと回答した.社会人として仕事に従事する中で,ヒルティの,働きと休息が両立する観念に辿りつくのだろうと納得感を得た.
■人生とは「享楽」すべきものであるか
人生はそもそも「享楽」すべきものではなく,必ず実を結ぶように営もうと心掛けなければならぬ.これを悟らぬ者はすでに精神的健康を失っているのである.その彼が,なおよく,肉体的健康を保っていようとは考えられない.肉体的健康はその生来の体質に応じて正しい生活の仕方をするときにのみ保たれうるからである.辛苦と勤労との生涯であっても,得がたく尊いものである.
この部分は自分にとって非常に印象的であった.というのも,自分は高校卒業後浪人経験があるのだが,高校時代,身分不相応にも,目指していたところが高かったこと,理系から文転したこと,などから,高校時代での勉強の貯金で浪人時は一年丸々遊んでも今の進路を叶えることができることを確信しており(実際今の進路となっているが),とにかく好きなだけ寝て,好きなだけ名探偵コナンのアニメを見て,深夜にカラオケに1人で出かけ,などといったことを繰り返していた浪人時代があった.高校時代の反動か,「享楽してやるぞ」という意気込みで一年過ごした.実際,毎日楽(らく)ではあったが,心の充足感がなく,それが非常に辛かった.精神的に不健康であったのだ.人生は「享楽」すべきものではないと身にしみて感じていたのである.そしてこれが次のトピック,「怠惰」に繋がる.
■怠惰について
障害に打ち勝つための第一歩はその障害を知ることである.仕事ができるのを妨げるのは主として怠惰である.勤勉は感情的な怠惰よりも一層強い動機がなければ生まれるものではない.動機には2種類ある.低いほうの動機は欲情,名誉心,生活維持の必要.高い方の動機は仕事そのものに対するあるいは,その人々のために仕事をしなければならぬその人々に対する愛や責任感情である.必ずしも結果に拘泥しないという特質を持つ.
仕事における大敵は怠惰なのである.働きと休息が対立であるという誤認とその誤認から来る,人生は「享楽」すべきものであるという人生観のためではないかと思われる.人生は「享楽」すべきものであるという人生観は目先の短期的な,刹那的な快楽,アリストテレスの言葉を借りるならば,ヘドニア的な快楽,幸せを追い求めてしまうことに大いに貢献する.そして,享楽は精神的不健康をもたらす.
先に働いていない休息は食欲のない食事と同じく楽しみのないものだ.最も愉快な最も報いられることの多い,その上最も安価な最も良い時間消費法は常に仕事である.
徒らな享楽は食欲のない食事であり,本当の意味で,食事の幸せを享受することはできないのである.仕事,働きの対義語は休息なのではなく,徒らな享楽なのである.怠惰の克服は働きと休息が対立であるという観念を改めることから始まるという教えを本書から得た.
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キリスト教道徳をベースに勤勉、誠実、調和を説く、正直に言って退屈な本。
最も、ヒルティ本人もそこは理解してるらしく、「自分の考え方に共感できない人間に何を言っても仕方がない」という趣旨のことを書いている。
それでもいくつか見るべきところはあった。
まだ小さい子供に宗教的教理を無理につめこむこともまた、教育上の誤りだ、とわれわれは考える。これは通常、キリストの言葉をすっかり誤ってとるところから生ずるのだ。聖書にはなるほど、キリストが幼な子を「抱き、そして祝福された」とは出ているが、しかし、かれらに話しかけたり、教えたり、まして自分に従うようにと要求した、などとは決して書いていないのである。子供に必要なのは多くの愛とお手本とであって、宗教的教理は少しも必要ではない。ところが、後者(この方がずっと安あがりだ)が多く与えられるほど、前の二つのものの与えられる分量はますます少なくなるのがふつうである。そして子供が自ら宗教を要求する時期がくると、この薬はそれまでに散々濫用されていて、もはや効き目がない。宗教を軽んずるすぐれた人たちはみな、このような生活体験をもつのである。
教育の目標とするところは、善への性向をもつ人間を育てあげることである。いつでも善と悪とをよく考えて選ぶというのでは、頼みにならない―人間の激しい感情に対してはそんなことをしている暇がない―、むしろ望ましいのは、いろいろ考えなくても即座に、善を実行する傾向である。
あまり自分自身を大事がらないことである。いいかえれば、時間、場所、位置、気乗りや気分などの準備に長い暇をかけないことだ。
気乗りは、仕事をはじめれば自然にわいてくるもので、よく最初にありがちな一種の倦怠でさえ、それが本当にからだの原因から来ていないかぎり、仕事にたいして単に受け身でなく、むしろ攻勢に出れば直ぐに消えるものである。
「決心がついたら即座に、できそうなことの前髪を思いきって引っ掴むことですね。そうすれば、金輪際それを放そうとはしないから、いやでも前へ進んで行けようというものです。(ゲーテ「ファウスト」劇場での前戯)」
学問と行動とを交互に行うことは、一般に人の精神を最も健康に保つ方法である。単なる学識は、いくぶん病的であって、「青白い思想の病気にかかる」という形容は決して誇張ではない。あらゆる時代の最大の学者の中に、ともすると人間として最も大切なものを欠く者がある。これは、特に国家生活においていちじるしい。そこでは彼等は、学者にふさわしく自由の代表者となる代わりに、きわめてしばしば権力の賛美者となるのである。
「神曲」煉獄篇 第四歌
この山を登ろうとする者、
その麓にて大きな困難に出会うであろう。
されど上るにしたがって困難は減じ、
おんみの辛苦は今ようやく愉しみとなる。
やがて登ることにきわめてやすく、
小舟で急流を下るがごとくになるであろう。
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