この人を見よ (岩波文庫)

著者 :
制作 : F.W. Nietzsche  手塚 富雄 
  • 岩波書店
3.52
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本棚登録 : 522
レビュー : 45
  • Amazon.co.jp ・本 (214ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003363966

感想・レビュー・書評

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  • ニーチェ自身がニーチェについて語る。書名の「この人」とはニーチェのことであり、当時世間から理解されることが少なかったニーチェが「(愚民ども)この私を(もっと)見よ!」と言っている。(笑)
    「解説」を読むとこんなにも深淵な大望が記されているのかと思いをいたすが、普通に読んでいると随所で笑いがこみあげてくる。(笑)
    章立てをみると、
    「なぜわたしはこんなに賢明なのか」
    「なぜわたしはこんなに利発なのか」
    「なぜわたしはこんなによい本を書くのか」
    といった感じでこれだけでも抱腹ものだ。(笑)
    「ひとにわたしのことを悪く思わせる技術を、どうしても身につけることができなかった」ニーチェさん。(笑)食べ物を通した比喩を記しているのかと思えば、本当に好きな食べ物の話を延々としているし・・・。(笑)「ドイツ人」や「キリスト教」へのねちねちと執念深く罵声を浴びせたりなど偏執ぶりもさることながら、数千年にわたる人類歴史のなかで最強の天才であるという自分自身への躁的誇大的な自画自賛を読んでいると、就寝前読書としては笑いがこみあげてしまい困ってしまう。(笑)
    ニーチェにとっては「ツァラトゥストラ」像は、辿りつくべき理想像なのですね。というか自分自身の仮託でしょうか。自身の概念であるディオニュソス的たらんとする思いだけはとっても強烈に伝わった。
    余談だが、ギリシャ神ディオニュソスは別名バッカスで、ワインの神。酒を飲まなかったというニーチェだが、バッカス「好き」なところは同感する。(笑)

    • lacuoさん
      ニーチェは、我ら酒好き、ワイン好きの最強の味方ですよね?

      だって、ディオニソスの支持者ですから。

      この本は、私も大好きなんです。...
      ニーチェは、我ら酒好き、ワイン好きの最強の味方ですよね?

      だって、ディオニソスの支持者ですから。

      この本は、私も大好きなんです。

      ニーチェのように苦痛に満ちた人生を、こんなにハッピーに表現できるなんて、最高のアーティストだし、最高の哲学者だ。
      2015/03/15
    • mkt99さん
      lacuoさん、こんにちわ。
      コメントいただきありがとうございます!

      本書は笑いがこみあげてきてなかなか寝付けなかった思い出がある本...
      lacuoさん、こんにちわ。
      コメントいただきありがとうございます!

      本書は笑いがこみあげてきてなかなか寝付けなかった思い出がある本です。(笑)
      酒に酔っぱらえなかった人間が、心の底から最高に酔っぱらっている。うーむ、ぶっ飛んでいてとても面白いですね!(笑)
      2015/03/15
  • 2009.8.5 読了

  • 現実を肯定する明るいニヒリズム、反キリスト教道徳、アンチクリスト等が揚言され、称揚されるのはツァラトゥストラ=ディオニュソスである。非-単純・簡明。40刷1996年。120

  • 自伝でとっつきやすい。
    しかし永井均がニーチェについて言ってたことが少しわかった気がした。
    ニーチェの人間味が溢れている

  • 途中から気付いたけど明らかに読む順番を間違えた
    主要著作を読んでから改めて読み直したい
    誰かそういう色んな人物の読む順番をまとめた本とか出してほしい

  • ポール・ヴェーヌによるフーコーは、あらゆる既成の真理とされているもの、さらにはもちろんあらゆる権威を徹底的に疑う者、つまり真正ニーチェ主義者とされたのだった。
    そして、さかのぼって、このニーチェ自身によるニーチェ。自作に対する尋常ならざる自負心を込めた饒舌は、まるで菊地成孔さんだが(笑)、発狂直前のこの明敏過ぎるスパークに、フーコーばかりでなく、後世は最大限の賛辞を贈らなければならないのだ。
    ニーチェが牙をむいたのは、キリスト教よりもむしろドイツだったことを改めて確認しよう。ワーグナーからの離反とともに。
    そして、ニーチェは確かにキリスト教を攻撃したけれど、キリストその人に対してはそうではなかった。むしろ時代の受難者として、自己を模していたのではないか、との訳者の指摘に納得する。
    ニーチェの超人は、後期フーコーに至ってより現実的に新たな自己の倫理の探索にとって変わられた。それは未完のまま、わたしたちの前に残されたままである。

  • いい感じに思想的なものに飽きてきた。しかし、新しい楽しみ方を発見した。現実逃避しがちなときにここまでのがちがちの思想系の文章を読むことによって「ここまでではないな」ということで現実世界に戻ろうとする自発性が生まれるらしいのである。先人の絶望との格闘履歴に感謝。

  • この自叙伝が書かれたのは、ニーチェが44歳のとき。この年が彼の正常な精神活動の最後の一年だったらしい。
    彼の精神活動の最後に遺されたこの自伝は、ニーチェの思考と著作の全体について自ら細かく解明していく構成になっている。
    シニカルな余裕に満ちた箴言、大上段から一気に振り落とす傲慢な名句に心踊るニーチェ好きには、目次からどストライクかもしれない。
    ・なぜわたしはこんなに賢明なのか
    ・なぜわたしはこんなに利発なのか
    ・なぜわたしはこんなによい本を書くのか
    言うまでもなく『この人をみよ』の「この人」とはニーチェさん自身のことである。

    とはいえシニカルな余裕というよりは、自己欺瞞にすらも目を背ける、傲慢と自虐の極致を両取りしているかのような弱さも垣間見れるのも事実。
    人間一般を観察し分析し記述することに関しては比類なき才をもちながら、とびきり強がりで誠実なニーチェさん。だから、この本はニヤニヤしながら読んでください。
    ニーチェは、人生には、人間には、そして世界にはなんの意味もないことを言ってのけた。国家の強大化、文化の繁栄、来世における救済、正義の実現、貧困の解消、幸福の追求。
    人生に何らかの意味、価値、目的を認めること、それは大いなる錯覚なのだ、と。
    はっきり言ってその思想の前にはすべての人間は生きる価値を剥奪される。だがニーチェ自身はどうだったのか。
    弱き者を徹底的に糾弾したのはなぜか。神が死んだと、神にこだわり叫び続けたのはなぜか。それは彼自身が極めて弱く、敬虔なクリスチャンとまでは言わないまでも誰よりもキリスト教的であったと言えなくもないのだ。これもまた外せない一冊。81点。

  • ドイツ人とキリスト教が嫌いで自信家ということ以外はあまり分からなかった。

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