デカルト的省察 (岩波文庫)

著者 :
制作 : 浜渦 辰二 
  • 岩波書店
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本棚登録 : 257
レビュー : 11
  • Amazon.co.jp ・本 (390ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003364338

感想・レビュー・書評

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  •  今もなお読み直している本。部分的に理解できていないからうんうん唸りながら読んで、気が付いたら、半分も意味が分からないままページが終わってた事が記憶に新しい。全部理解できるまで読み直す予定。よって詳細はかけません。

  • ライプニッツ著作集補完の為に読了。「言葉」に何故説明が必要か良く判った書物です。素朴さから始まりより根源的な素朴さに辿り着こうとする。そんな内容。
    本書は第四省察までが「我」論で、第五省察になり「他者」論となる間主観性が提示されます。

  • 終了しました。
    次は、メルロ=ポンティです。
    (2015年09月05日)

    ハイデガーが終わったので、
    次はこれです。
    (2015年07月20日)

    銀座に行く用事があったので、
    途中、教文館に寄って購入しました。
    (2015年02月03日)

  • デカルト的省察 フッサール著浜渦辰二訳

  • 初フッサール。ライプニッツのモナド論が結構言及されていてちょっとびっくり。末尾近くの一文が、哲学書に似つかわしくない美しい響きを奏でていてはっとさせられた。曰く、"世界を普遍的な自己省察において取りもどすために、まず世界を判断停止(エポケー)によって失わねばならない"。そして、どなたか学識ある方が一日も早く『間主観性の現象学』を翻訳してくれることを切に願う。

  • 現象学の古典。どのような径路を辿って現象学という考え方が生まれたのか。その問いの視角と内容はいかなるものかを理解できる一冊。
    端的にいえば、それまでの哲学で考えられてきたような「物自体」が、自分から独立に存在しているという考え方を放棄せよ、という主張。自分が認識しているものは、そしてしうるものは、すべて自分のもつ志向的な意識の働きがもたらすものだ、ということを証明するところまでで話が終わる。ハイデガーがこれよりもよりクリアに問題を整理し、構造を明らかにしたので、フッサールはどうも軽視されがちだが、やはりその問題構造や哲学的基底となりうるわけというのは、フッサールを読んでこそわかるなぁ、と感じた次第。
    間主観性や志向性など基本的で重要な概念も説明される。

    本書は、注も充実しており、索引もあり、長さも短いので読みやすい一冊に仕立てられている。

  • フッサール晩年の主著。デカルトの精神の復権を唱えつつ、「間主観性」を現象学的に問題化し解明しようとした、デカルトの自我論を乗り越えようとする試みである。間主観性や周囲世界、そして生活世界論の端緒など、『危機』や『イデーンⅡ』にもつながる問題が様々な形で現れる。まとまった著作ではあるが、ここで取り上げられた諸問題はこの著作で体系的に解決されているとは言えず、開かれたままになっていると思える。

  • 判断停止してから広がる世界に引き込まれた。

  • 出版社/著者からの内容紹介
    デカルトの精神を復権させつつ,デカルトを越えて超越論的現象学へと進む,「新デカルト主義」の主張.1929年のパリ講演「超越論的現象学入門」をもとに,明証性の学としての現象学を叙述し,独我論とその克服としての間主観性の問題を俎上に乗せ,異文化や形而上学の問題への道を示した,フッサール晩年の主著.

    目次
    デカルト的省察
     序論
     第一省察 超越論的な我への道
     第二省察 超越論的な経験の場を、その普遍的構造にしたがって開示する
     第三省察 構成に関わる問題圏。真理と現実
     第四省察 超越論的な我自身の構成という問題の展開
     第五省察 超越論的な存在の場をモナドの間主観性としてあらわにする
     結論
     解説―浜渦 辰二

  • [「私」が考えている]ことは間違いないとしても、そこから実体的な「私」が存在するということは必ずしも帰結しない
    「意識の生」の精密な分析を進めることで「我」の意味を解明して、それと相関する対象世界の緻密な構成を進めることで、確実な知の基盤を再構築しようとします。

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